吸血鬼67

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(しんはんにん)

真犯人

(つねかわさん、おわすれになりましたか。さいぜんぼくが、しずこさんたちは、あんぜんだと)

「恒川さん、お忘れになりましたか。さい前僕が、倭文子さん達は、安全だと

(おうけあいしたのを あけちは、おちつきはらって、あせるけいぶをせいした。それは、)

お請合したのを」明智は、おちつき払って、あせる警部を制した。「それは、

(きみがしずこさんたちの、かくればしょをしっているといういみでしょう。しかし)

君が倭文子さん達の、隠れ場所を知っているという意味でしょう。しかし

(はんにんは?もしはんにんがそのかくれがをかぎつけて、おそったらどうします。やっぱり、)

犯人は?若し犯人がその隠れ家をかぎつけて、襲ったらどうします。やっぱり、

(ぐずぐずしているばあいではありません。さあ、そのばしょへあんないしてください)

ぐずぐずしている場合ではありません。サア、その場所へ案内して下さい」

(つねかわしは、あまりにゆうちょうなあけちのたいどに、はらだたしくさけんだ。いや、はんにんは)

恒川氏は、あまりに悠長な明智の態度に、腹立たしく叫んだ。「イヤ、犯人は

(とっくに、しずこさんたちをてにいれているのです。だいいち、あのひとたちをここから)

とっくに、倭文子さん達を手に入れているのです。第一、あの人達をここから

(にがしたのも、かくればしょをつくってやったのも、みんなはんにんのしわざなのですよ)

逃がしたのも、隠れ場所を作ってやったのも、みんな犯人の仕業なのですよ」

(え、なんですって けいぶはあきれはてて、ものがいえなかった。それなら、)

「エ、何ですって」警部はあきれはてて、物がいえなかった。「それなら、

(なおさらいそがなくては、しずこさんがころされてしまうではありませんか。きみはいったい)

なお更急がなくては、倭文子さんが殺されてしまうではありませんか。君は一体

(どうしようというおかんがえなのです むろん、はんにんのたいほにむかうつもりです。)

どうしようというお考えなのです」「無論、犯人の逮捕に向うつもりです。

(しかし、なにもあわてることはないのですよ けいぶはそれをきくと、すこしおちついた。)

しかし、何も慌てることはないのですよ」警部はそれを聞くと、少し落ついた。

(あけちともあろうものが、せいさんがなくて、こんなにゆうちょうにかまえているはずはないと)

明智ともあろうものが、成算がなくて、こんなに悠長に構えている筈はないと

(おもったからだ。で、きみははんにんをすでにしっているのですか ええ、)

思ったからだ。「で、君は犯人をすでに知っているのですか」「エエ、

(よくしっています しずこさんを、ひつぎにいれて、ここからにがしてやったのも)

よく知っています」「倭文子さんを、棺に入れて、ここから逃がしてやったのも

(そのはんにんのしわざだといいましたね。それがだいいち、ぼくにはよくのみこめない)

その犯人の仕わざだといいましたね。それが第一、僕にはよく呑みこめない

(のだが、すると、はんにんは、このていないのものだとおっしゃるのですか)

のだが、すると、犯人は、この邸内のものだとおっしゃるのですか」

(しずこさんをにがしたやつといえば、あのひとがもっともしんらいしていたひとに)

「倭文子さんを逃がした奴といえば、あの人が最も信頼していた人に

(ちがいありません。そのようなじんぶつは、おそらくしずこさんのこいびとのほかには)

違いありません。その様な人物は、恐らく倭文子さんの恋人の外には

など

(ないでしょう。つまり、このじけんのはんにんは、しずこさんのこいびとだったのです。)

ないでしょう。つまり、この事件の犯人は、倭文子さんの恋人だったのです。

(みたにふさおだったのです うむむむむむ といったきり、つねかわけいぶは、)

三谷房夫だったのです」「ウムムムムム」といった切り、恒川警部は、

(かんがえこんでしまった。あけちのすいりは、いっけんはなはだとっぴなばあいがおおいけれど、)

考え込んでしまった。明智の推理は、一見甚だ突飛な場合が多いけれど、

(よくかんがえてみると、いつもりろせいぜんとして、いっしのみだれもない。しずこさんの)

よく考えて見ると、いつも理路整然として、一糸の乱れもない。倭文子さんの

(こいびとが、そのしずこさんのいのちをねらうはんにんだとは、とっぴもとっぴ、むしろ)

恋人が、その倭文子さんの命をねらう犯人だとは、突飛も突飛、むしろ

(こうとうむけいなくうそうとしかおもわれぬが、あけちにしては、たしかなこんきょがなくて、)

荒唐無稽な空想としか思われぬが、明智にしては、確な根拠がなくて、

(こんなことをくちばしるはずがない。いったいこれは、なんというへんてこなじけんであろう。)

こんなことを口走る筈がない。一体これは、何という変てこな事件であろう。

(つねかわしは、いくらかんがえてもわからなかった。では、なぜみたにくんをつかまえないの)

恒川氏は、いくら考えても分らなかった。「では、なぜ三谷君を捕えないの

(です。かれはさっきから、われわれとどうせきしていたではありませんか。それにしても、)

です。彼はさっきから、我々と同席していたではありませんか。それにしても、

(とうのはんにんであるみたにくんが、じぶんのおかしたつみをあばかれるあのしばいを、へいきで)

当の犯人である三谷君が、自分の犯した罪をあばかれるあの芝居を、平気で

(けんぶつしているなんて、ぼくには、なにがなんだか、さっぱりわけがわかりません いや、)

見物しているなんて、僕には、何が何だか、さっぱり訳が分りません」「イヤ、

(あいつは、けっしてへいきでいたのではありません。きみはきづかなかったですか。)

あいつは、決して平気でいたのではありません。君は気づかなかったですか。

(ものおきでたねあかしをしているおりなど、あいつは、まっさおになって、ひたいぎわにたまのあせを)

物置で種明しをしている折など、あいつは、真青になって、額ぎわに玉の汗を

(うかべて、ぶるぶるふるえていたではありませんか うん、そういえば、へんな)

浮かべて、ブルブルふるえていたではありませんか」「ウン、そういえば、変な

(きょどうがないでもなかった。きみのすいりはあとできくとして、ともかく、みたにくんを)

挙動がないでもなかった。君の推理はあとで聞くとして、兎も角、三谷君を

(といただしてみるのがはやみちだ。あのひとはまだここにいるはずです とっくに)

問い正して見るのが早道だ。あの人はまだここにいる筈です」「とっくに

(にげてしまいました。さいぜん、ものおきからこのへやへくるとちゅうで、すがたをくらまして)

逃げてしまいました。さい前、物置からこの部屋へ来る途中で、姿をくらまして

(しまいました。おそらくろうかのまどから、にわへでたのだとおもいます あけちは、のんきな)

しまいました。恐らく廊下の窓から、庭へ出たのだと思います」明智は、呑気な

(ことをいっている。それをしっていて、きみはだまっていたのですか、はんにんを)

ことをいっている。「それを知っていて、君はだまっていたのですか、犯人を

(にがしてしまったのですか けいぶはたまりかねて、はげしいけんまくで、きつもんした。)

逃がしてしまったのですか」警部はたまりかねて、はげしい見幕で、詰問した。

(つねかわしがねっしてくればくるほど、あけちははんたいにおちついていくようにみえた。)

恒川氏が熱して来れば来る程、明智は反対に落ついて行くように見えた。

(ごあんしんなさい。ぼくはちゃんと、あいつのいきさきをしっているのです。そのじょうねんの)

「ご安心なさい。僕はちゃんと、あいつの行先を知っているのです。その上念の

(ために、みたにのあとをびこうまでさせてあります びこうですって、いつのまに?)

ために、三谷のあとを尾行までさせてあります」「尾行ですって、いつの間に?

(だれが?けいぶがめんくらうと、あけちはわらって、ほかにそんなことをたのむひとは)

誰が?」警部が面食うと、明智は笑って、「外にそんなことを頼む人は

(ありません。ふみよさんとこばやしくんですよ。あのふたりは、おんなやこどもだけれど、)

ありません。文代さんと小林君ですよ。あの二人は、女や子供だけれど、

(なまじっか、おとなよりはびんしょうで、あたまもはたらきます。めったにあいつをみうしなうきづかいは)

なまじっか、大人よりは敏捷で、頭も働きます。滅多にあいつを見失う気遣いは

(ありません で、きみのしっているという、あいつのいきさきというのは?)

ありません」「で、君の知っているという、あいつの行先というのは?」

(めぐろのこうじょうがいにある、いっけんのちいさなこうじょうです。みたにが、はたしてそこへはいったか)

「目黒の工場街にある、一軒の小さな工場です。三谷が、果してそこへ入ったか

(どうか、ふみよさんからでんわをかけてくるてはずです。ああ、もしかしたら、あれが)

どうか、文代さんから電話をかけて来る手筈です。アア、若しかしたら、あれが

(そうかもしれません しょせいがはいってきて、あけちにでんわだとつげた。あけちはしつないの)

そうかも知れません」書生が入って来て、明智に電話だと告げた。明智は室内の

(たくじょうでんわにせつぞくさせて、じゅわきをとった。あたし、ふみよです。あのひと、)

卓上電話に接続させて、受話器を取った。「あたし、文代です。あの人、

(やっぱりあすこへはいっていきました。おおいそぎできてくださいまし ありがとう。だが)

やっぱりあすこへ入って行きました。大急ぎで来て下さいまし」「有難う。だが

(おおいそぎというのは?でも、あのひと、なんだか、わたしたちのつけてきたのを、)

大急ぎというのは?」「でも、あの人、何だか、私達のつけて来たのを、

(かんづいたらしいようすですの よろしい。それではすぐに、つねかわさんと)

感づいたらしい様子ですの」「よろしい。それではすぐに、恒川さんと

(いきます。こばやしくんをそこへのこして、あなたは、れいのことをはこんでください。)

行きます。小林君をそこへ残して、あなたは、例のことを運んで下さい。

(じゃあ あけちはたくじょうでんわをはなれると、つねかわしにむかって、おききのとおりです。)

じゃあ」明智は卓上電話を離れると、恒川氏に向って、「お聞きの通りです。

(やっぱりめぐろのこうじょうがいへかえったそうです。すぐおともしましょう では、ぼくは)

やっぱり目黒の工場街へ帰った相です。すぐお伴しましょう」「では、僕は

(おうえんのじゅんさを、そこへあつめるてはいをしておきましょう いさみたったけいぶは、)

応援の巡査を、そこへ集める手配をしておきましょう」勇み立った警部は、

(あけちからそのこうじょうのしょざいをきいて、けいしちょうと、しょかつけいさつしょとにでんわをかけた。)

明智からその工場の所在を聞いて、警視庁と、所轄警察署とに電話をかけた。

(やくさんじゅっぷんのあと、ふたりはじどうしゃを、もくてきのこうじょうのすこしてまえでおりると、とほで、)

約三十分の後、二人は自動車を、目的の工場の少し手前で降りると、徒歩で、

(そのもんぜんへちかづいていった。くらやみのなかから、まちかねていたこばやししょうねんが)

その門前へ近づいて行った。暗闇の中から、待ち兼ねていた小林少年が

(とびだしてきた。あいつは、たしかにこのこうじょうにいるんだね あけちがこごえで)

飛び出して来た。「あいつは、確にこの工場にいるんだね」明智が小声で

(たずねる。だいじょうぶ、そとへでたけいせきはありません こばやしじょしゅが、じむてきにこたえた。)

尋ねる。「大丈夫、外へ出た形跡はありません」小林助手が、事務的に答えた。

(まもなく、しょかつけいさつからごめいのしふくせいふくのけいかんがとうちゃくした。きみたち、てわけを)

間もなく、所轄警察から五名の私服制服の警官が到着した。「君達、手分けを

(して、このこうじょうのおもてとうらをみはってください つねかわしは、みたにのようぼうふうさいをつげて)

して、この工場の表と裏を見張って下さい」恒川氏は、三谷の容貌風采を告げて

(ごめいのけいかんにいらいした。そして、あけちとつねかわけいぶのふたりだが、まっくらなもんないへ)

五名の警官に依頼した。そして、明智と恒川警部の二人だが、真暗な門内へ

(はいっていった。あんやのことゆえ、くわしくはわからぬけれど、こうじょうというのは、)

入って行った。暗夜のこと故、くわしくは分らぬけれど、工場というのは、

(いかにもあれはてた、みすぼらしいもので、いたべいは、とたんいたの)

いかにも荒れ果てた、みすぼらしいもので、板塀は、トタン板の

(つぎはぎだらけ、たおれかかったまるたのもんばしらには、それでも、ちいさながいとうが)

つぎはぎだらけ、倒れかかった丸太の門柱には、それでも、小さな街燈が

(ついていて、そのあわいひかりで、せいなんせいひょうがいしゃ というかんばんのもじが、やっと)

ついていて、その淡い光で、「西南製氷会社」という看板の文字が、やっと

(よめる。もんをはいると、やみのなかに、おおにゅうどうのようなくろいたてもの。むろんばらっくどうようの)

読める。門を這入ると、暗の中に、大入道の様な黒い建物。無論バラック同様の

(あれすさんだこうじょうだ。いやこうじょうのざんがいだ。さつじんはんとせいひょうがいしゃと、いったいどんな)

荒れすさんだ工場だ。イヤ工場の残骸だ。「殺人犯と製氷会社と、一体どんな

(いんねんがあるのだろう つねかわしはふしんにたえなかったけれど、むやみにくちを)

因縁があるのだろう」恒川氏は不審に堪えなかったけれど、無暗に口を

(きくわけにはいかぬ。もくもくとしてあけちのあとからついていった。)

きく訳には行かぬ。黙々として明智のあとからついて行った。

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