吸血鬼76

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(つねかわしもあけちも、こまったものだ というめをみかわして、だまりこんで)

恒川氏も明智も、「困ったものだ」という目を見かわして、だまり込んで

(しまった。かんびょうにつきそっていたふみよさんもくちをはさんだ。わたし、だまって)

しまった。看病につき添っていた文代さんも口をはさんだ。「私、だまって

(いましたけれど、そういえば、おもいあたることがあります。にさんにちまえ、ていげきのまえを)

いましたけれど、そういえば、思い当ることがあります。二三日前、帝劇の前を

(とおりましたとき、しずこさんとそっくりのかたが、じどうしゃをおりて、あのしょうめんの)

通りました時、倭文子さんとそっくりの方が、自動車を降りて、あの正面の

(いりぐちからはいっていらっしゃるのをみかけましたわ。それがおひとりでは)

入口から這入っていらっしゃるのを見かけましたわ。それがお一人では

(ないのです。わかいおとこのかたと、さもしたしそうにかたをならべて・・・・・・あんなおそろしい)

ないのです。若い男の方と、さも親し相に肩を並べて……」あんな恐ろしい

(じけんのあったちょくご、しずこがこりずに、かってきままなまねをはじめたという)

事件のあった直後、倭文子がこりずに、勝手気ままな真似を始めたという

(そのことが、すでになにかのぜんちょうのようにかんじられた。これではぶじにすむはずが)

そのことが、既に何かの前兆のように感じられた。これでは無事に済む筈が

(ないというぼんやりしたきもちが、だれのむねにもあった。あたし、なんだか、)

ないというボンヤリした気持が、誰の胸にもあった。「あたし、何だか、

(こわいようにおもいますわ ふみよさんが、ふと、そのおそれをくちにした。こわいって)

こわい様に思いますわ」文代さんが、ふと、その恐れを口にした。「こわいって

(しずこさんのせいかつがですか。それとも、たにやまがどっかでまだいきているという)

倭文子さんの生活がですか。それとも、谷山がどっかでまだ生きているという

(かんがえがですか べっどのあけちが、うらないしゃにでもたずねるようにいった。)

考えがですか」ベッドの明智が、占者にでもたずねるようにいった。

(りょうほうですわ。あたし、しずこさんがあんなふうだと、なおさらたにやまがしんだのは)

「両方ですわ。あたし、倭文子さんがあんな風だと、尚更谷山が死んだのは

(うそのようにおもわれるのです。このふたつのことがらには、おそろしいうんめいのつながりが)

うそのように思われるのです。この二つの事柄には、恐ろしい運命のつながりが

(あるようなきがしますの ふみよさんは、かんがえかんがえ、なぞのようないいかたをした。)

ある様な気がしますの」文代さんは、考え考え、なぞのようないい方をした。

(つねかわさん。ぼくもそんなふうにかんじるのです あけちはまじめなひくいこえでいった。)

「恒川さん。僕もそんな風に感じるのです」明智は真面目な低い声でいった。

(これはりろんではありません。かんかくいじょうのものが、ちょくせつこころにささやくのです。)

「これは理論ではありません。感覚以上のものが、直接心にささやくのです。

(あなたがたのいわゆるだいろっかんというやつかもしれません つねかわしは、みょうなきもちに)

あなた方のいわゆる第六感という奴かも知れません」恒川氏は、妙な気持に

(なった。ここにふたりのうらないしゃがいる。そして、いんきなよげんをしているのだ。)

なった。ここに二人の占者がいる。そして、陰気な予言をしているのだ。

(しばらくはなしつづけていると、かんごふが、つねかわしへでんわをしらせてきた。)

しばらく話し続けていると、看護婦が、恒川氏へ電話を知らせて来た。

など

(けいしちょうからだ。それをきくと、けいぶはたちまちしょくぎょうてきなたいどにかえって、)

警視庁からだ。それを聞くと、警部はたちまち職業的な態度に帰って、

(あたふたとでんわしつへでていったが、まもなくひきかえしてきたかれのかおいろは)

アタフタと電話室へ出て行ったが、間もなく引返して来た彼の顔色は

(かわっていた。あけちさん、きみのよげんはてきちゅうしました え、なんですって?)

変っていた。「明智さん、君の予言は的中しました」「エ、何ですって?」

(しずこさんが、ころされたのです いっせつな、いようなちんもくがあった。さんにんは)

「倭文子さんが、殺されたのです」一刹那、異様な沈黙があった。三人は

(だまって、おたがいのめをみあった。くわしいことはわかりませんが、はんにんの)

だまって、お互の目を見合った。「くわしいことは分りませんが、犯人の

(てがかりはまったくない。ひじょうにふしぎなさつじんじけんだというしらせでした けいぶは)

手懸りは全くない。非常に不思議な殺人事件だという知らせでした」警部は

(かえりじたくをしながらいった。ぼくはともかくはたやなぎけへいってみます。そのうえで)

帰り支度をしながらいった。「僕は兎も角畑柳家へ行って見ます。その上で

(くわしいじじょうをおしらせしましょう でんわをください。ぼくもげんばへいけないのが)

くわしい事情をお知らせしましょう」「電話を下さい。僕も現場へ行けないのが

(ざんねんです。しかしここのでんわしつくらいならあるけますからぜひもようをしらせてください)

残念です。しかしここの電話室位なら歩けますから是非模様を知らせて下さい」

(あけちはびょうしょうからおきあがるようにして、ねっしんにたのんだ。つねかわしがたくしーをとばして)

明智は病床から起き上る様にして、熱心に頼んだ。恒川氏がタクシーを飛ばして

(はたやなぎけへいってみると、しょせいにへんそうしたふたりのけいじが、かおいろをかえてげんかんに)

畑柳家へ行って見ると、書生に変装した二人の刑事が、顔色をかえて玄関に

(でむかえた。けんじきょくのひとびともすでにらいちゃくしていた。さつじんげんばは、どくしゃにもなじみのふかい)

出迎えた。検事局の人々も既に来着していた。殺人現場は、読者にも馴染の深い

(れいのようふうきゃくまであった。しずこはそこのながいすのまえに、あけにそまって)

例の洋風客間であった。倭文子はそこの長椅子の前に、あけにそまって

(ぜつめいしていた。ちめいしょうははいごからひだりはいのしんぶにたっするつききずで、きょうきはべつだん)

絶命していた。致命傷は背後から左肺の深部に達する突き傷で、兇器は別段

(とくちょうもないたんとうであった。まったくわかりません。どうしてこんなことがおこったのか)

特徴もない短刀であった。「全く分りません。どうしてこんなことが起ったのか

(まるでゆめのようでございます そのきゃくまには、べそをかいたしげるしょうねんをだきしめる)

まるで夢の様でございます」その客間には、ベソをかいた茂少年をだきしめる

(ようにして、うばのおなみがたたずんでいた。わたし、あれはただおばけだと)

ようにして、乳母のお波がたたずんでいた。「わたし、あれはただおばけだと

(ぞんじておりました。それがこんなほんとうのひとごろしをするなんて・・・・・・つねかわしは、)

存じて居りました。それがこんな本当の人殺しをするなんて……」恒川氏は、

(おなみのこのいようなことばを、ききとがめないではいられなかった。)

お波のこの異様な言葉を、聞きとがめないではいられなかった。

(おばけだって。なにかそんなことでもあったのかね ええ、おくさまが、それを)

「お化けだって。何かそんなことでもあったのかね」「エエ、奥様が、それを

(ごらんになったのです。しごにちまえのことでございます。おくさまは、ばあやゆめかも)

御覧になったのです。四五日前のことでございます。奥様は、婆あや夢かも

(しれないけれどといって、わたしにおはなししなさいました。まよなかに、みょうなかげのような)

知れないけれどといって、私にお話しなさいました。真夜中に、妙な影の様な

(にんげんが、おくさまのしんだいのまくらもとにしょんぼりたって、じっとおくさまのねがおを)

人間が、奥様の寝台の枕もとにションボリ立って、じっと奥様の寝顔を

(のぞきこんでいたのだそうでございます ふん、そいつはどんなふうていを)

のぞき込んでいたのだそうでございます」「フン、そいつはどんな風体を

(していたとおっしゃったね けいぶはおなみのかいだんにきょうみをかんじた。それが)

していたとおっしゃったね」警部はお波の怪談に興味を感じた。「それが

(あなた。きものはなんだかくろっぽいもので、はっきりわからなかったけれど、かおは、)

あなた。着物は何だか黒っぽいもので、ハッキリ分らなかったけれど、顔は、

(たしかにあのみたにのやつにそういなかったと、おっしゃるのでございます で、)

確かにあの三谷のやつに相違なかったと、おっしゃるのでございます」「で、

(おくさまは、どうなすったのだね どうにもこうにも、ただもうむちゅうで、ふとんを)

奥様は、どうなすったのだね」「どうにもこうにも、ただもう夢中で、蒲団を

(あたまからかぶったまま、ふるえていらしたともうします。そして、しばらくたって)

頭からかぶったまま、ふるえていらしたと申します。そして、しばらくたって

(こわごわふとんのなかからのぞいてみると、そのときは、もうおばけは、どっかへすがたを)

怖々蒲団の中からのぞいて見ると、その時は、もうおばけは、どっかへ姿を

(けしてしまって、なにもみえなかったそうでございます。だから、やっぱり)

消してしまって、何も見えなかったそうでございます。だから、やっぱり

(ゆめだったかもしれない。こんなことだれにもいっちゃいけないよと、わたしだけに)

夢だったかも知れない。こんなこと誰にもいっちゃいけないよと、私だけに

(おうちあけなさいました おまえは、そのいいつけをまもって、だれにもはなさなかった)

お打あけなさいました」「お前は、そのいいつけを守って、誰にも話さなかった

(のだね けいぶはすこしひなんのちょうしをふくめていう。ええ、まさかこんなことに)

のだね」警部は少し非難の調子を含めていう。「エエ、まさかこんなことに

(なろうとは、ゆめにもおもわぬものですから・・・・・・わたし、おくさまのきのせいで、)

なろうとは、夢にも思わぬものですから……わたし、奥様の気のせいで、

(そんなものをごらんなすったのだろうとおもいましてね おなみもしずこの)

そんなものをごらんなすったのだろうと思いましてね」お波も倭文子の

(だらしないせいかつをみかねていたのだ。ところが、あなた。それもつい)

だらしない生活を見兼ねていたのだ。「ところが、あなた。それもつい

(けさになってわかったのでございますが、おくさまのごらんなすったのは、まんざらゆめでは)

今朝になって分ったのでございますが、奥様のごらんなすったのは、満更夢では

(なかったのです ほう、すると、やっぱりたにやまが、いきてここへしのびこんだ)

なかったのです」「ほう、すると、やっぱり谷山が、生きてここへ忍び込んだ

(しょうこでもあるというのかね じょちゅうのはなが、そっとわたしにいいますには、)

証拠でもあるというのかね」「女中の花が、ソッと私にいいますには、

(このあいだじゅうから、よるのうちに、だいどころのとだなにいれておいたはむだとか、たまごとか、)

この間中から、夜の内に、台所の戸棚に入れておいたハムだとか、卵とか、

(いろいろなものがなくなっているというのでございますよ。もしや、だれかが、)

色々なものがなくなっているというのでございますよ。若しや、誰かが、

(えんのしたにでもしのびこんでいたのではありますまいか と、おなみはこえをひそめる。)

縁の下にでも忍び込んでいたのではありますまいか」と、お波は声をひそめる。

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