吸血鬼78(終)

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プレイ回数1462難易度(4.5) 5212打 長文 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 123 6282 S 6.4 97.0% 804.3 5209 156 71 2024/10/15

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問題文

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(そのほかにはうばのおなみさんだけです いや、まさかはんにんが、あなたがたのめに)

「その外には乳母のお波さんだけです」「イヤ、まさか犯人が、あなた方の目に

(つくばしょにいるとはおもいません。かくれているのです。もしぼくのそうぞうがまちがって)

つく場所にいるとは思いません。隠れているのです。若し僕の想像が間違って

(いなければ、やつはひじょうにへんてこな、だれもさがしてもみないようなところにかくれている)

いなければ、奴は非常に変てこな、誰も探しても見ない様な所に隠れている

(のです そんなばしょはぜったいにありません。ぼくはあらゆるぶぶんをしらべました。)

のです」「そんな場所は絶対にありません。僕はあらゆる部分を調べました。

(まさかぼくが、にんげんひとりみおとしたとはかんがえられません けいぶはしょうしょうかんしゃくを)

まさか僕が、人間一人見落としたとは考えられません」警部は少々かん癪を

(おこしていいはなった。ところが、あなたもしらべなかったぶぶんがあるのです)

起していい放った。「ところが、あなたも調べなかった部分があるのです」

(どこです。それはいったいどこなのです つねかわさん、あなた、そのだこっこうという)

「どこです。それは一体どこなのです」「恒川さん、あなた、園田黒虹という

(しょうせつかをおぼえていますか あけちはとつぜん、みょうなことをいいだした。しってます)

小説家を覚えていますか」明智は突然、妙なことをいい出した。「知ってます」

(あのおとこが いすになったおとこ というしょうせつをかいているのを、ごぞんじですか)

「あの男が『椅子になった男』という小説を書いているのを、ごぞんじですか」

(いすになったおとこ・・・・・・ですって?そうです。ね、そのだはたにやまのじょしゅをつとめ)

「椅子になった男……ですって?」「そうです。ね、園田は谷山の助手を勤め

(ひごうのさいごをとげたおとこです。かれらはいちどはともだちだったのです。で、たにやまが)

非業の最後をとげた男です。彼等は一度は友達だったのです。で、谷山が

(あのしょうせつをよんでいないはずはありません。よめば、あいつのことだ。しょうせつかの)

あの小説を読んでいない筈はありません。読めば、あいつのことだ。小説家の

(かんがえだしたきばつなくうそうてきはんざいを、そのままじっさいにおこなってみるきにならなかった)

考え出した奇抜な空想的犯罪を、そのまま実際に行って見る気にならなかった

(とはいえません。・・・・・・なぜって、ほら、ちょうどいつかまえには、しんちょうのかぐが、その)

とはいえません。……なぜって、ホラ、丁度五日前には、新調の家具が、その

(へやにはこびこまれたのですからね かぐですって?そのだこっこうのきかいなしょうせつを)

部屋に運びこまれたのですからね」「家具ですって?」園田黒虹の奇怪な小説を

(よんでいないつねかわしには、まだあけちのしんいがわからなかった。しずこさんの)

読んでいない恒川氏には、まだ明智の真意が分らなかった。「倭文子さんの

(ころされたながいすです。そのながいすをよくしらべてごらんなさい けいぶは、じゅわきを)

殺された長椅子です。その長椅子をよく調べてごらんなさい」警部は、受話器を

(にぎったまま、そのながいすにめをむけた。そして、じっとみつめているうちにかれの)

握ったまま、その長椅子に目を向けた。そして、ジッと見つめている内に彼の

(めは、いいしれぬきょうがくに、おおきくおおきくみひらいていった。かたんとおとをたてて、)

目は、いい知れぬ驚愕に、大きく大きく見開いて行った。カタンと音を立てて、

(じゅわきが、かれのてをすべりおちた。あれ、あれをみたまえ。あのいすのしたを)

受話器が、彼の手をすべり落ちた。「あれ、あれを見給え。あの椅子の下を

など

(みたまえ けいぶのさけびごえに、ひとびとのしせんが、そこにしゅうちゅうされた。)

見給え」警部の叫び声に、人々の視線が、そこに集中された。

(ぽとり、ぽとり、・・・・・・・・・・・・あまだれのような、かすかなおとがきこえる。ながいすの)

ポトリ、ポトリ、…………雨だれのような、かすかな音が聞こえる。長椅子の

(そこから、ゆかのじゅうたんのうえへと、まっかなしずくがたれているのだ。そして、)

底から、床のじゅうたんの上へと、真赤なしずくが垂れているのだ。そして、

(いつのまにか、じゅうたんのくぼみに、ぶきみなちのいけができていたのだ。)

いつの間にか、じゅうたんの窪みに、不気味な血の池が出来ていたのだ。

(ころされたしずこのちしおでないことはあきらかだ。なるほどながいすのひょうめんにちのあとはある)

殺された倭文子の血潮でないことは明かだ。成程長椅子の表面に血のあとはある

(けれど、それはとっくにかわいてしまった。いまごろまでしたたりおちているはずが)

けれど、それはとっくにかわいてしまった。今頃までしたたり落ちている筈が

(ない。しかも、いま、ちのあめだれは、こくこくそのそくどをまし、ついにはあかい)

ない。しかも、今、血の雨だれは、刻々その速度をまし、ついには赤い

(けいとのようにつながって、ますますはげしくふりそそいでいるではないか。きょだいな)

毛糸の様につながって、益々はげしく降りそそいでいるではないか。巨大な

(ながいすそのものが、まるでいっこのせいぶつででもあるように、ちをながしているのだ。)

長椅子そのものが、まるで一個の生物ででもある様に、血を流しているのだ。

(ひとびとはいきをのんで、そのちのあめだれをぎょうししたまま、たちつくした。むせいぶつの)

人々は息を呑んで、その血の雨だれを凝視したまま、立ちつくした。無生物の

(ながいすが、うめき、のたうつがごとき、きかいなげんそうが、かれらをなやました。)

長椅子が、うめき、のたうつが如き、奇怪な幻想が、彼等を悩ました。

(そのだこっこうのはんざいしょうせつ いすになったおとこ をよまれたどくしゃしょくんは、すでにすでに、)

園田黒虹の犯罪小説「椅子になった男」を読まれた読者諸君は、すでにすでに、

(あくまのとりっくがいかなるものであったかを、きづかれたはずだ。ああなんという)

悪魔のトリックが如何なるものであったかを、気付かれた筈だ。アア何という

(いようなちゃくそうであったろう。たにやまさぶろうは、そのながいすのなかにみをひそめて、)

異様な着想であったろう。谷山三郎は、その長椅子の中に身をひそめて、

(もたれとざせきとのさかいめの、ふかいすきまからたんとうをつきだして、そこにこしかけていた)

もたれと座席との境目の、深い隙間から短刀を突き出して、そこに腰かけていた

(しずこをさつがいしたのだ。かれはこっこうのしょうせつをそのまま、いすになったおとこであった。)

倭文子を殺害したのだ。彼は黒虹の小説をそのまま、椅子になった男であった。

(ながいすをやぶってみると、あついくっしょんのしたに、ばねのかわりに、ひんしのたにやまが、)

長椅子を破って見ると、厚いクッションの下に、バネの代りに、瀕死の谷山が、

(ながながとよこたわっていた。かれはそこから、つねかわしのでんわをきいて、もはや)

長々と横たわっていた。彼はそこから、恒川氏の電話を聞いて、最早や

(のがれられぬうんめいと、かんねんしたのであろう。かわいそうにぶきもないかれは、ちいさな)

のがれられぬ運命と、観念したのであろう。可哀相に武器もない彼は、小さな

(かいちゅうないふをしんぞうぶにつきたてて、ほとんどぜつめいしていた。しゅうねんのふくしゅうは)

懐中ナイフを心臓部に突き立てて、ほとんど絶命していた。執念の復讐は

(なしとげた。しんでもおしくないいのちだ。ひとびとはたにやまをいすのなかからひきだして、)

為し遂げた。死んでも惜くない命だ。人々は谷山を椅子の中から引き出して、

(しずこのしがいのそばによこたえた。うつくしいおとこ、うつくしいおんな、かれらはかつてこいびとどうしで)

倭文子の死骸のそばに横たえた。美しい男、美しい女、彼等はかつて恋人同士で

(あった。そしてじつはうつものとうたれるものであった。それがそうほうともほとんど)

あった。そして実は討つものと討たれるものであった。それが双方ともほとんど

(どうじにさっていくのだ。たにやま、ぼくだ、つねかわだ。わかるか。いいのこすことは)

同時に去って行くのだ。「谷山、僕だ、恒川だ。分るか。いいのこすことは

(ないか けいぶは、ひんしのたにやまに、じひのことばをかけた。たにやまはかたくとじていた)

ないか」警部は、瀕死の谷山に、慈悲の言葉をかけた。谷山はかたくとじていた

(りょうめを、わずかにひらいて、つねかわしのかおをみた。それから、かすかにあたまをうごかして、)

両眼を、僅かに開いて、恒川氏の顔を見た。それから、かすかに頭を動かして、

(となりによこたわっているしずこのしがいをながめた。かれはひとこともいわなかった。ただ)

隣に横たわっている倭文子の死骸を眺めた。彼は一言もいわなかった。ただ

(さいごのちからをふりしぼって、ちのけのうせたてを、しずこのほうへのばした。)

最後の力をふりしぼって、血の気の失せた手を、倭文子の方へのばした。

(そのてさきが、まるでむしのはうように、すこしずつ、すこしずつ、にじりよって、)

その手先が、まるで虫のはう様に、少しずつ、少しずつ、にじり寄って、

(とうとうしずこのつめたいひだりてにさわった。ああ、なんというしゅうねんだ。ふくしゅうきは、)

とうとう倭文子のつめたい左手にさわった。アア、何という執念だ。復讐鬼は、

(ひんしのさいに、かたきのしがいにつかみかかろうとしているのか。いや、そうではない。)

瀕死の際に、敵の死骸につかみかかろうとしているのか。イヤ、そうではない。

(かれはつかみかかったのではない。しずこのてをにぎったのだ。つめたいてと、)

彼はつかみかかったのではない。倭文子の手を握ったのだ。つめたい手と、

(つめたいてとが、にぎりあわされたのだ。そして、たにやまのくちがきかいにゆがんだかと)

つめたい手とが、握り合わされたのだ。そして、谷山の口が奇怪にゆがんだかと

(おもうと、ぞっとみのすくむようなすすりなきのこえがもれ、そのままかれのからだは)

思うと、ゾッと身のすくむ様なすすり泣きの声が漏れ、そのまま彼の体は

(うごかなくなってしまった。ひとびとは、いようなかんがいにうたれて、ふかいちんもくのなかに、)

動かなくなってしまった。人々は、異様な感慨にうたれて、深い沈黙の中に、

(てをにぎりあっただんじょのしたいをながめた。そこにはもはやなんらのてきいも)

手を握り合った男女の死体を眺めた。そこには最早や何等の敵意も

(かんじられなかった。かれらはまるで、うつくしいいっついのじょうししゃのように、なかむつまじく)

感じられなかった。彼等はまるで、美しい一対の情死者の様に、仲むつまじく

(ねむっていた。ふくしゅうきたにやまさぶろうが、さいごのさつじんにしようした、こうみょうなしかけの)

眠っていた。復讐鬼谷山三郎が、最後の殺人に使用した、巧妙な仕掛けの

(ながいすは、ながくけいしちょうにほぞんされ、さんかんしゃたちのめをみはらせている。どくしゃしょくんが)

長椅子は、長く警視庁に保存され、参観者達の目をみはらせている。読者諸君が

(つてをもとめて、あのちんれつしつにはいるきかいがあったなら、いまでも、そのふしぎな)

伝手を求めて、あの陳列室に入る機会があったなら、今でも、その不思議な

(ながいすをみることができるであろう。これをせいさくしたかぐやがとりしらべられた)

長椅子を見ることが出来るであろう。これを製作した家具屋が取調べられた

(ことはいうまでもない。だが、かれはおそらくたにやまからばくだいなほうしゅうをうけとったので)

ことはいうまでもない。だが、彼は恐らく谷山から莫大な報酬を受取ったので

(あろう、おしげもなくみせをすてて、すでにゆくえをくらましていた。あわれをとどめた)

あろう、惜しげもなく店を捨てて、既に行方をくらましていた。憐れをとどめた

(のは、ひとりとりのこされたしげるしょうねんであった。いま、かれはうばのおなみとともに、はたやなぎていを)

のは、一人取残された茂少年であった。今、彼は乳母のお波と共に、畑柳邸を

(ひきついだしんぞくのものにやしなわれているが、さくしゃははたやなぎていのしんしゅじんが、このかれんなる)

引継いだ親族のものに養われているが、作者は畑柳邸の新主人が、この可憐なる

(こじにたいして、しんせつならんことをいのるものである。あけちこごろうは、じけんの)

孤児に対して、親切ならんことを祈るものである。明智小五郎は、事件の

(しゅくんしゃとして、れいによってしんぶんにかきたてられた。あけちびいきのどくしゃたちは、その)

殊勲者として、例によって新聞に書き立てられた。明智びいきの読者達は、その

(こいびとのふみよさんとがけっこんしきをあげるむねしるされているのをはっけんして、こういのびしょうを)

恋人の文代さんとが結婚式を上げる旨記されているのを発見して、好意の微笑を

(きんじえなかった。どうじに、しんこんのあけちこごろうが、おそらくとうぶんのあいだは、)

禁じ得なかった。同時に、新婚の明智小五郎が、恐らく当分の間は、

(ちなまぐさいたんていじけんにてをそめないであろうことを、)

血なまぐさい探偵事件に手を染めないであろうことを、

(いかんにおもわないではいられなかった。)

遺憾に思わないではいられなかった。

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