黒蜥蜴10
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問題文
(ひとりふたやく)
一人二役
(やがて、おんなどうしのひとくみはたちあがって、はなしこんでいるおとこたちをあとにのこし、)
やがて、女同士の一組は立ちあがって、話しこんでいる男たちをあとに残し、
(ひろまのいすのあいだを、さんぽでもするようにかたをならべて、そろそろとあるき)
広間の椅子のあいだを、散歩でもするように肩を並べて、ソロソロと歩き
(はじめた。まっくろなきぬのどれすとおれんじいろのはおりとが、きわだったたいしょうを)
はじめた。まっ黒な絹のドレスとオレンジ色の羽織とが、きわ立った対照を
(なしているほかには、ふたりはせかっこうも、かみのかたちも、としごろまでも、ほとんど)
なしているほかには、二人は背かっこうも、髪の形も、年頃までも、ほとんど
(おなじにみえた。びじんにねんれいがないのであろうか、さんじゅうをこしたみどりかわふじんは、)
同じに見えた。美人に年齢がないのであろうか、三十を越した緑川夫人は、
(ともすれば、しょうじょのようにあどけなく、わかわかしくみえることがあった。ふたりは、)
ともすれば、少女のようにあどけなく、若々しく見えることがあった。二人は、
(どちらからさそうともなく、いつしかひろまをすべりでて、ろうかをかいだんのほうへあるいて)
どちらから誘うともなく、いつしか広間をすべり出て、廊下を階段の方へ歩いて
(いた。おじょうさん、ちょっとあたしのへやへおよりになりません?きのう)
いた。「お嬢さん、ちょっとあたしの部屋へお寄りになりません?きのう
(おはなししたおにんぎょうを、おみせしますわ まあ、ここにもってきて)
お話ししたお人形を、お見せしますわ」「まあ、ここにもってきて
(いらっしゃいますの。はいけんしたいわ いつも、はなしたことがありませんの。)
いらっしゃいますの。拝見したいわ」「いつも、離したことがありませんの。
(かわいいあたしのどれいですもの ああ、みどりかわふじんのいわゆるにんぎょうとは、いったい)
可愛いあたしの奴隷ですもの」ああ、緑川夫人のいわゆる人形とは、いったい
(なにものであろう。さなえさんはすこしもきづかなかったけれど、かわいいどれい なんて)
何者であろう。早苗さんは少しも気づかなかったけれど、「可愛い奴隷」なんて
(じつにへんてこなけいようではないか。どれい といえば、どくしゃはただちに、)
実にへんてこな形容ではないか。「奴隷」といえば、読者はただちに、
(じゅんちゃんのやまかわけんさくしが、やっぱりふじんのどれいであったことをおもいだしは)
潤ちゃんの山川健作氏が、やっぱり夫人の奴隷であったことを思い出しは
(しないだろうか。みどりかわふじんのへやはかいかに、さなえさんたちのへやはにかいに)
しないだろうか。緑川夫人の部屋は階下に、早苗さんたちの部屋は二階に
(あった。ふたりはかいだんののぼりぐちでしばらくためらっていたが、とうとうふじんの)
あった。二人は階段の登り口でしばらくためらっていたが、とうとう夫人の
(へやへいくことになって、そのままろうかをすすんでいった。さあ、おはいり)
部屋へ行くことになって、そのまま廊下を進んで行った。「さあ、おはいり
(なさい へやにつくと、ふじんはどあをひらいて、さなえさんをうながした。)
なさい」部屋につくと、夫人はドアをひらいて、早苗さんをうながした。
(あら、ここちがってやしません?あなたのおへやは、にじゅうさんごうじゃ)
「あら、ここちがってやしません?あなたのお部屋は、二十三号じゃ
(ありませんの まったくそのとおりであった。どあのうえにはにじゅうよんのばんごうが)
ありませんの」まったくその通りであった。ドアの上には二十四の番号が
(みえている。つまりそこは、ふじんのりんしつのやまかわけんさくしのへやであった。)
見えている。つまりそこは、夫人の隣室の山川健作氏の部屋であった。
(あのひとごろしのけんとうかは、はやくゆうしょくをすませると、にげるようにこのへやに)
あの人殺しの拳闘家は、早く夕食をすませると、逃げるようにこの部屋に
(もどって、みをひそめて、そのときのくるのをまっているはずではないか。)
もどって、身をひそめて、その時のくるのを待っているはずではないか。
(そこには、ますいざいをしみこませたがーぜが、かんおけどうぜんのとらんくが、ぎせいしゃを)
そこには、麻酔剤をしみこませたガーゼが、棺桶同然のトランクが、犠牲者を
(まちかまえているはずではないか。さなえさんがちゅうちょしたのもむりではない。)
待ちかまえているはずではないか。早苗さんが躊躇したのも無理ではない。
(むしがしらせたのだ。つぎのいちせつなにおこるであろうじごくのこうけいを、せんざいいしきが)
虫が知らせたのだ。次の一刹那に起こるであろう地獄の光景を、潜在意識が
(びんかんにもつげしらせたのだ。だが、みどりかわふじんはそしらぬていで、いいえ、)
敏感にも告げ知らせたのだ。だが、緑川夫人は素知らぬていで、「いいえ、
(ちがやしません。ここがあたしのへやですわ。さあ、はやくおはいりなさいな)
ちがやしません。ここがあたしの部屋ですわ。さあ、早くおはいりなさいな」
(といいながら、さなえさんのかたをだくようにして、どあのなかにつれこんで)
といいながら、早苗さんの肩を抱くようにして、ドアの中につれこんで
(しまった。ふたりのすがたがきえると、どあはまたぴったりとしまった。)
しまった。二人の姿が消えると、ドアはまたピッタリとしまった。
(しまったばかりか、いようなことには、かちかちとかぎをまわすおとさえした。)
しまったばかりか、異様なことには、カチカチと鍵を廻す音さえした。
(とどうじに、どあのむこうがわに、なにかでおさえつけられるような、かすかでは)
と同時に、ドアの向こう側に、何かでおさえつけられるような、かすかでは
(あるがじつにひつうなうめきごえがきこえた。いちしゅんかん、へやのなかはまったくからっぽに)
あるが実に悲痛なうめき声が聞こえた。一瞬間、部屋の中は全くからっぽに
(なったようにしずまりかえったが、やがて、ぼそぼそとひとのささやくこえ、)
なったように静まりかえったが、やがて、ボソボソと人のささやく声、
(いそがしくあるきまわるあしおと、なにかのぶつかるおとなどが、ややごふんかんほどもつづいて)
いそがしく歩き廻る足音、何かのぶつかる音などが、やや五分間ほどもつづいて
(いたが、それもしずまると、ふたたびかぎをまわすけはいがして、どあがほそめに)
いたが、それも静まると、ふたたび鍵を廻すけはいがして、ドアが細目に
(ひらき、めがねをかけたしろいかおが、そっとろうかをのぞいた。だれもいないのを)
ひらき、目がねをかけた白い顔が、ソッと廊下をのぞいた。だれもいないのを
(みさだめたうえ、やがて、ぜんしんをへやのそとへあらわしたのをみると、それはいがいにも)
見定めた上、やがて、全身を部屋のそとへ現わしたのを見ると、それは意外にも
(みどりかわふじんではなくて、さなえさんであった。もうとらんくづめになってしまったと)
緑川夫人ではなくて、早苗さんであった。もうトランク詰めになってしまったと
(ばかりにおもっていたさなえさんであった。いや、そうではない。いかにも)
ばかりに思っていた早苗さんであった。いや、そうではない。いかにも
(さなえさんとおなじかみがた、おなじめがね、おなじきもの、おなじはおりではあったけれど、)
早苗さんと同じ髪形、同じ目がね、同じ着物、同じ羽織ではあったけれど、
(よくみれば、どこかしらちがったところがあった。むねがすこしはりすぎていた。)
よく見れば、どこかしら違ったところがあった。胸が少し張りすぎていた。
(せもこころもちたかかった。それよりもかおが・・・・・・じつにたくみなめーく・あっぷでは)
背も心持ち高かった。それよりも顔が……実にたくみなメーク・アップでは
(あったが、そしてまたかみのかたちとめがねとで、そのおけしょうがいっそうまことしやかに)
あったが、そしてまた髪の形と目がねとで、そのお化粧が一そうまことしやかに
(みえたが、どんなにこしらえてもひとのかおがかわるものではない。それは)
見えたが、どんなにこしらえても人の顔がかわるものではない。それは
(さなえさんとそっくりのいでたちをしたみどりかわふじんにすぎなかった。それにしても、)
早苗さんとそっくりのいでたちをした緑川夫人にすぎなかった。それにしても、
(これだけのへんそうをわずかごふんかんにやってのけたはやわざは、さすがにまじゅつしと)
これだけの変装をわずか五分間にやってのけた早業は、さすがに魔術師と
(じしょうするかのじょであった。では、かわいそうなさなえさんはどうしたのか、もう)
自称する彼女であった。では、可哀そうな早苗さんはどうしたのか、もう
(うたがうよちはない。にょぞくのゆうかいけいかくはじゅんちょうにしんこうしているのだ。さなえさんは)
疑う余地はない。女賊の誘拐計画は順調に進行しているのだ。早苗さんは
(とらんくにおしこめられてしまったのだ。みどりかわふじんがそのふくそうをすっかり)
トランクに押しこめられてしまったのだ。緑川夫人がその服装をすっかり
(はいしゃくしているところをみると、かのじょは、けさふじんがみほんをしめしたとおり、すっぱだかに)
拝借しているところを見ると、彼女は、けさ夫人が見本を示した通り、すっ裸に
(され、さるぐつわをはめられ、てあしをしばられて、みじめにも、とらんくのなかに)
され、猿ぐつわをはめられ、手足をしばられて、みじめにも、トランクの中に
(おれまがっているのにちがいない。では、しっかりたのむわね さなえさんに)
折れまがっているのにちがいない。「では、しっかりたのむわね」早苗さんに
(ばけたみどりかわふじんが、どあをしめながらささやくと、なかからふといおとこのこえが、)
化けた緑川夫人が、ドアをしめながらささやくと、中から太い男の声が、
(ええ、だいじょうぶです とこたえた。じゅんちゃんのやまかわけんさくしだ。ふじんはなにかしら)
「ええ、大丈夫です」と答えた。潤ちゃんの山川健作氏だ。夫人は何かしら
(かさばったふろしきづつみをこわきにかかえている。かのじょはそれをかかえたままひとめを)
かさばった風呂敷包みを小脇にかかえている。彼女はそれをかかえたまま人眼を
(さけながら、かいだんをのぼった。いわせしのへやへたどりつき、そっとのぞいて)
さけながら、階段をのぼった。岩瀬氏の部屋へたどりつき、ソッとのぞいて
(みると、よきしたとおりいわせしはまだかえっていない。かれはかいかのひろまで)
みると、予期した通り岩瀬氏はまだ帰っていない。彼は階下の広間で
(あけちこごろうとはなしこんでいたのだ。そこはそふぁやひじかけいすやかきものづくえなどを)
明智小五郎と話しこんでいたのだ。そこはソファや肘掛椅子や書きもの机などを
(ならべたいまと、しんしつと、ばす・るーむのさんへやつづきになっていたが、ふじんは)
ならべた居間と、寝室と、バス・ルームの三部屋つづきになっていたが、夫人は
(そのいまにはいると、かきものづくえのひきだしをあけて、いわせしじょうようのかるもちんの)
その居間にはいると、書きもの机の引出しをあけて、岩瀬氏常用のカルモチンの
(こばこをとりだし、なかのじょうざいをぬきとって、よういしてきたべつのじょうざいとすりかえて、)
小箱を取り出し、中の錠剤を抜き取って、用意してきた別の錠剤とすりかえて、
(もとどおりひきだしにおさめた。)
元通り引出しにおさめた。