黒蜥蜴22

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投稿者投稿者桃仔いいね3お気に入り登録
プレイ回数1504難易度(4.2) 5218打 長文 かな 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 123 6221 A++ 6.4 97.1% 814.1 5217 152 79 2024/10/02

関連タイピング

問題文

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(れいじょうへんしん)

令嬢変身

(おうせつまからもれていたぴあののおとがやんでしまってからもうさんじゅっぷんもたったのに)

応接間からもれていたピアノの音がやんでしまってからもう三十分もたったのに

(さなえさんは、いっこうでてくるようすがない。ついさいぜんまでは、ことことと)

早苗さんは、いっこう出てくる様子がない。ついさいぜんまでは、コトコトと

(ものをうごかすおとなどがきこえていたが、それさえいまはぱったりとだえて、どあの)

物を動かす音などが聞こえていたが、それさえ今はパッタリとだえて、ドアの

(むこうがわはしんだようにしずまりかえっている。おい、ながいね。いいかげんに)

向こう側は死んだように静まりかえっている。「おい、長いね。いいかげんに

(へやへかえってくれればいいのに それにしてもばかにしずかになってしまった)

部屋へ帰ってくれればいいのに」「それにしてもばかに静かになってしまった

(じゃないか。へんだぜ、なんだか みはりのしょせいが、しんぼうしきれなくなって、)

じゃないか。へんだぜ、なんだか」見張りの書生が、辛抱しきれなくなって、

(ささやきはじめたところへ、これもおじょうさんをあんじたばあやがきあわせた。)

ささやきはじめたところへ、これもお嬢さんを案じた婆やが来合わせた。

(おじょうさんは、おうせつまにいらっしゃるの?だんなさまもごいっしょなんだろうね)

「お嬢さんは、応接間にいらっしゃるの?旦那様もごいっしょなんだろうね」

(ばあやはしゅじんのがいしゅつをしらないでいたのだ。いや、ごしゅじんはさっき、みせから)

婆やは主人の外出を知らないでいたのだ。「いや、ご主人はさっき、店から

(でんわがかかって、おおさかへでかけられましたよ おやおや、じゃあ、あすこに)

電話がかかって、大阪へ出かけられましたよ」「おやおや、じゃあ、あすこに

(おじょうさんひとりぼっちなの。いけないねえ、そんなことしちゃあ ばあやは)

お嬢さん一人ぼっちなの。いけないねえ、そんなことしちゃあ」婆やは

(ふふくがおだ。だから、ぼくらがみはりをしているんだけれど、さっきからだいぶ)

不服顔だ。「だから、僕らが見張りをしているんだけれど、さっきからだいぶ

(じかんがたつのに、いっこうでていらっしゃらない。それにあまりしずかなので、)

時間がたつのに、いっこう出ていらっしゃらない。それにあまり静かなので、

(すこしへんにおもっているのですよ じゃあ、わたしがいってみましょう ばあやは)

少しへんに思っているのですよ」「じゃあ、わたしが行って見ましょう」婆やは

(そういって、つかつかとどあにちかづき、なにげなくそれをひらいて、なかを)

そういって、ツカツカとドアに近づき、なにげなくそれをひらいて、中を

(のぞいてみたが、のぞいたかとおもうと、またすぐしめて、いきなりしょせいたちの)

のぞいて見たが、のぞいたかと思うと、またすぐしめて、いきなり書生たちの

(ところへはしりもどってきた。どうしたのかかのじょのかおはまっさおになっている。)

所へ走りもどってきた。どうしたのか彼女の顔はまっさおになっている。

(たいへんですよ、ちょっといってみてください。へんなやつがながいすのうえに)

「大変ですよ、ちょっと行って見てください。へんなやつが長椅子の上に

(ねそべっているの。それにおじょうさんは、あすこにはみえませんよ。はやくあいつを)

寝そべっているの。それにお嬢さんは、あすこには見えませんよ。早くあいつを

など

(つかみだしてください。まあきみのわるい しょせいたちはむろんそんなことを)

つかみ出してください。まあ気味のわるい」書生たちはむろんそんなことを

(しんじなかった。このばあさんきでもちがったのではないかとうたがった。しかし、)

信じなかった。この婆さん気でも違ったのではないかと疑った。しかし、

(ともかくもいってみるほかはない。かれらはいきなりどあをあけて、おうせつしつへ)

ともかくも行って見るほかはない。彼らはいきなりドアをあけて、応接室へ

(とびこんでいった。みると、おどろいたことには、ばあやのことばはけっしてうそでは)

飛びこんで行った。見ると、驚いたことには、婆やの言葉は決して嘘では

(なかった。たしかにながいすのうえに、ぐったりとしんだようになって、ねそべって)

なかった。たしかに長椅子の上に、グッタリと死んだようになって、寝そべって

(いるやつがある。ぼろぼろのせびろをきた、かおじゅうぶしょうひげの、こじきみたいな)

いるやつがある。ボロボロの背広を着た、顔じゅう無精ひげの、乞食みたいな

(おとこだ。こらっ、きさまなにものだっ じゅうどうしょだんのごうけつしょせいが、くせもののかたにてをかけて)

男だ。「こらっ、貴様何者だっ」柔道初段の豪傑書生が、曲者の肩に手をかけて

(ゆすぶった。わあ、たまらねえ。こいつよっぱらいだぜ。ながいすのうえへ)

ゆすぶった。「わあ、たまらねえ。こいつ酔っぱらいだぜ。長椅子の上へ

(こまものてんをならべやがった かれはこっけいなみぶりでとびのいてはなをつまんだ。)

小間物店をならべやがった」彼は滑稽な身振りで飛びのいて鼻をつまんだ。

(なるほど、よっぱらいのしょうこには、おとこのかおはいようにあおざめていたし、ながいすの)

なるほど、酔っぱらいの証拠には、男の顔は異様に青ざめていたし、長椅子の

(したには、ういすきーのおおびんが、からっぽになってころがっていた。それにしても)

下には、ウイスキーの大瓶が、からっぽになってころがっていた。それにしても

(そのへやでさけをのんだものとすれば、すこしよいのまわりかたがはやすぎるように)

その部屋で酒を飲んだものとすれば、少し酔いの廻り方が早すぎるように

(おもわれるのだが、しょせいたちはそこまできがつかなかった。ゆりおこされたくせものは)

思われるのだが、書生たちはそこまで気がつかなかった。ゆり起こされた曲者は

(うすめをあいて、きたなくよごれたくちのはたを、あかいしたでぺろぺろとなめまわし)

薄眼をあいて、きたなくよごれた口のはたを、赤い舌でペロペロとなめ廻し

(ながら、ふらふらとじょうはんしんをおこした。すまねえ、おらあ、もうだめだよ。)

ながら、フラフラと上半身を起こした。「すまねえ、おらあ、もうだめだよ。

(くるしくって、とても、もうのめねえ このしんしょうのおうせつしつを、さかばとでも)

苦しくって、とても、もう飲めねえ」この紳商の応接室を、酒場とでも

(おもいちがえているのか、おとこはわけのわからぬくだをまきはじめた。ばかっ、)

思いちがえているのか、男はわけのわからぬくだを巻きはじめた。「馬鹿っ、

(ここをどこだとおもっている。それに、きさま、いったいどうしてここへはいって)

ここをどこだと思っている。それに、貴様、一体どうしてここへはいって

(きたんだ え、うん、どうしてはいってきたっていうのか。そりゃおめえ、)

きたんだ」「え、ウン、どうしてはいってきたっていうのか。そりゃおめえ、

(じゃのみちはへびだあな。どこにうめえさけがかくしてあるくれえのことあ、)

蛇の道はへびだあな。どこにうめえ酒がかくしてあるくれえのことあ、

(ちゃあんと、ごぞんじだってことよ。へっへっへっへっへ それよりもきみ、)

ちゃあんと、ご存知だってことよ。ヘッヘッヘッヘッヘ」「それよりも君、

(おじょうさんのすがたがみえないんだぜ。こいつが、どうかしたんじゃないかい)

お嬢さんの姿が見えないんだぜ。こいつが、どうかしたんじゃないかい」

(べつのしょせいが、それにきづいてちゅういした。じつにふしぎなことにはへやじゅう)

別の書生が、それに気づいて注意した。実に不思議なことには部屋じゅう

(くまなくさがしてみたけれど、えたいのしれぬよっぱらいのほかには、ひとのかげも)

くまなく探してみたけれど、えたいの知れぬ酔っぱらいのほかには、人の影も

(ないのであった。いったいこれはどうしたというのだ。あのうつくしいおじょうさんが、)

ないのであった。一体これはどうしたというのだ。あの美しいお嬢さんが、

(たったさんじゅっぷんかそこらのあいだに、まるでてんしょうじょうのまじゅつみたいに、)

たった三十分かそこらのあいだに、まるで天勝嬢の魔術みたいに、

(このきたならしいよっぱらいにかわってしまったのであろうか。ぜんごの)

このきたならしい酔っぱらいに変ってしまったのであろうか。前後の

(じじょうだけからかんがえると、いくらばかばかしくても、どうもそうとしか)

事情だけから考えると、いくらばかばかしくても、どうもそうとしか

(おもえないのだが。おい、おまえ、いつここへきたんだ。ここにうつくしいおじょうさんが)

思えないのだが。「おい、お前、いつここへきたんだ。ここに美しいお嬢さんが

(いらしったはずだが、おまえみなかったか。おい、はっきりへんじをしろ かたを)

いらしったはずだが、お前見なかったか。おい、ハッキリ返事をしろ」肩を

(こづきまわされても、おとこはいっこうむかんかくだ。へっ、うつくしいおじょうさんだって、)

こづき廻されても、男はいっこう無感覚だ。「へっ、美しいお嬢さんだって、

(おなつかしいね。つれておいで、ここへ。おらあ、ひさしくうつくしいおじょうさんのかおを)

おなつかしいね。つれておいで、ここへ。おらア、久しく美しいお嬢さんの顔を

(おがまねえんだ。おがましてくんな。はやくさあ。はやく、ここへひっぱって)

拝まねえんだ。拝ましてくんな。早くさあ。早く、ここへ引っ張って

(こいってんだ。わはははは じつにたわいがなかった。こんなやつに、なにを)

こいってんだ。ワハハハハ」実にたわいがなかった。「こんなやつに、何を

(きいたってむだだよ。ともかくけいさつへでんわをかけて、ひきわたすことにしようじゃ)

聞いたって無駄だよ。ともかく警察へ電話をかけて、引き渡すことにしようじゃ

(ないか。いつまでもここへおいといたら、へやじゅうへどだらけに)

ないか。いつまでもここへ置いといたら、部屋じゅうヘドだらけに

(なっちまうぜ いわせふじんは、ばあやのしらせにおどろいてかけつけたが、ひといちばいけっぺきな)

なっちまうぜ」岩瀬夫人は、婆やの知らせに驚いて駈けつけたが、人一倍潔癖な

(かのじょは、こじきみたいなおとこがへどをはいているときくと、へやへはいるゆうきがなく)

彼女は、乞食みたいな男がヘドをはいていると聞くと、部屋へはいる勇気がなく

(じょちゅうたちにとりまかれてどあのそとからこわごわのぞいていたのだが、いまの)

女中たちにとりまかれてドアのそとからこわごわのぞいていたのだが、今の

(しょせいのことばをきくと、ああ、それがいい、はやくおまわりさんをよんで)

書生の言葉を聞くと、「ああ、それがいい、早くおまわりさんを呼んで

(ください。だれかけいさつへでんわを とさしずした。そして、けっきょく、そのえたいの)

ください。だれか警察へ電話を」と指図した。そして、結局、そのえたいの

(しれぬぶらいかんは、とちのけいさつのりゅうちじょうにぶちこまれたのだが、ふたりのけいかんが、)

知れぬ無頼漢は、土地の警察の留置場にぶちこまれたのだが、二人の警官が、

(くせもののりょうてをつかんで、ぶらさげるようにしてつれさると、あとには、かれの)

曲者の両手をつかんで、ぶら下げるようにしてつれ去ると、あとには、彼の

(はいたもののために、むざんによごれたながいすと、たえがたいしゅうきとがのこった。)

吐いたもののために、無残によごれた長椅子と、耐えがたい臭気とが残った。

(できてきたばかりのいすを、まあもったいない ばあやがかおをしかめながら)

「できて来たばかりの椅子を、まあもったいない」婆やが顔をしかめながら

(とおくからそれをながめていうのだ。おやおやへどばかりじゃありませんよ。)

遠くからそれを眺めていうのだ。「おやおやヘドばかりじゃありませんよ。

(たいへんなかぎざきだ。まあきみのわるい。あいつはものでももっていたの)

大へんなかぎ裂きだ。まあ気味のわるい。あいつ刃物でも持っていたの

(でしょうか。ながいすのきれがひどくやぶけてますよ いやだねえ、せっかく)

でしょうか。長椅子のきれがひどく破けてますよ」「いやだねえ、せっかく

(きれいになったばかりなのに。そんなものおうせつまにおけやしない。だれかかぐやへ)

綺麗になったばかりなのに。そんなもの応接間に置けやしない。だれか家具屋へ

(でんわをかけてね、とりにくるようにそういってください。はりかえなくっちゃ)

電話をかけてね、取りにくるようにそういってください。張りかえなくっちゃ

(しかたがない けっぺきかのいわせふじんは、いっこくでも、そのきたないものを、ていないに)

仕方がない」潔癖家の岩瀬夫人は、一刻でも、そのきたないものを、邸内に

(おくにたえなかったのだ。さて、よいどれさわぎがひとだんらくすると、こんどはにわかに)

置くにたえなかったのだ。さて、酔いどれ騒ぎが一段落すると、今度はにわかに

(さなえさんのことがきになりはじめた。しゅじんいわせしにこのことがきゅうほうされたのは)

早苗さんのことが気になりはじめた。主人岩瀬氏にこのことが急報されたのは

(いうまでもない。あけちのいきさきもわかっていたので、いそいでかえるようにでんわが)

いうまでもない。明智の行先もわかっていたので、急いで帰るように電話が

(かけられた。どうじに、ていないのだいそうさくがかいしされた。しゅっちょうしてきたさんにんのけいかんと、)

かけられた。同時に、邸内の大捜索が開始された。出張してきた三人の警官と、

(しょせいをはじめめしつかいたちのそうどういんで、おうせつしつやさなえさんのいまをてはじめに、)

書生をはじめ召使いたちの総動員で、応接室や早苗さんの居間を手はじめに、

(かいじょう、かいか、ていえんからえんのしたまで、のこるところもなくさがしまわった。だがうつくしい)

階上、階下、庭園から縁の下まで、残る所もなく探し廻った。だが美しい

(おじょうさんは、あさひにとけるはずえのつゆのように、かげろうとなってじょうはつして)

お嬢さんは、朝日にとける葉末の露のように、かげろうとなって蒸発して

(しまったのであろうか。そのすがたは、かげもかたちもみえないのであった。)

しまったのであろうか。その姿は、影も形も見えないのであった。

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