黒死館事件2

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小栗虫太郎の作品です。
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問題文

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(くらうでぃお・あくわヴぃば じぇすいっとかいちょう かいそうろく ちゅうの、)

――「クラウディオ・アクワヴィバ(耶蘇会会長)回想録」中の、

(どん・みかえる ちぢわのこと よりじぇんなろ・こるばるた ヴぇにすの)

ドン・ミカエル(千々石のこと)よりジェンナロ・コルバルタ(ヴェニスの

(がらすこう におくれるぶん。ぜんりゃく そのひばたりあそういんのしんぷヴぇれりおはよを)

玻璃工)に送れる文。(前略)その日バタリア僧院の神父ヴェレリオは余を

(えうかりすちやにまねきたれど、すがたをあらわさざればふしんにおもいいたるおりがら、とびらをはいして)

聖餐式に招きたれど、姿を現わさざれば不審に思いいたる折柄、扉を排して

(たけたがききしあらわれたり、みるに、ばろっさじりょうきしのいんしょうをはいつけ、かみなりのごとき)

丈高き騎士現われたり、見るに、バロッサ寺領騎士の印章を佩つけ、雷の如き

(めをみはりていう。ふらんちぇすこたいこうひびあんか・かぺるろどのは、)

眼をみはりて云う。フランチェスコ大公妃ビアンカ・カペルロ殿は、

(ぴさ・めでぃちけにおいてきかのたねをひそかにうめり。そのじょじにるーむの)

ピサ・メディチ家において貴下の胤を秘かに生めり。その女児に黒奴の

(うばをつけ、かりこみがきのそとにまたせおきたればうけとられよ と。よは、)

乳母をつけ、刈込垣の外に待たせ置きたれば受け取られよ――と。余は、

(おどろけるもしんじゅうおぼえあることなれば、そのむねをしょうじてきしをさらしむ。それより)

駭けるも心中覚えある事なれば、その旨を承じて騎士を去らしむ。それより

(こんちりさんをなし、しょくざいふをうけてそういんをされるも、きとせんちゅうるーむはごあにてしに、)

悔改をなし、贖罪符をうけて僧院を去れるも、帰途船中黒奴はゴアにて死に、

(えいじはすぐせとなづけてふりやぎのいえをおこしぬ。されどきこくごわがこころには)

嬰児はすぐせと名付けて降矢木の家を創しぬ。されど帰国後吾が心には

(もうぞうさんらんし、でうす、わがれをせめむるてんたさんのしょうげをめっしたまえりともおぼえず。)

妄想散乱し、天主、吾れを責むる誘惑の障礙を滅し給えりとも覚えず。

(いかりゃく つまり、ふりやぎのちけいが、かてりな・でぃ・めでぃちのかくしごと)

(以下略) 「つまり、降矢木の血系が、カテリナ・ディ・メディチの隠し子と

(いわれるびあんか・かぺるろからはじまっているということなんだが、そのおやこが)

云われるビアンカ・カペルロから始まっていると云うことなんだが、その母子が

(そろって、おそろしいざんぎゃくせいはんざいしゃときている。かてりなはゆうめいなきんしんさつがいしゃで、)

そろって、怖ろしい惨虐性犯罪者ときている。カテリナは有名な近親殺害者で、

(おまけにせんとばるてるみいっさいじつのぎゃくさつをしどうしたぼっとうにんなんだし、またむすめのほうは、)

おまけに聖バルテルミー斎日の虐殺を指導した発頭人なんだし、また娘の方は、

(どくのるくれちあ・ぼるじあからひゃくねんごにしゅつげんし、これはちょうけんのあんさつしゃと)

毒のルクレチア・ボルジアから百年後に出現し、これは長剣の暗殺者と

(うたわれたものだ。ところが、そのじゅうさんせいめになると、さんてつといういようなじんぶつが)

謳われたものだ。ところが、その十三世目になると、算哲という異様な人物が

(あらわれたのだよ とのりみずは、さらにそのほんのまつびにさしはさんである、いちようのしゃしんと)

現われたのだよ」と法水は、さらにその本の末尾に挾んである、一葉の写真と

(がいしのきりぬきをとりだしたが、けんじはなんどもとけいをだしいれしながら、おかげで)

外紙の切抜を取り出したが、検事は何度も時計を出し入れしながら、「おかげで

など

(てんしょうけんおうづかいのことはだいぶあかるくなったがね。しかし、よんひゃくねんごにおこったさつじんじけんと)

天正遣欧使の事は大分明るくなったがね。しかし、四百年後に起った殺人事件と

(そせんのちとのあいだに、いったいどういうかんけいがあるのだね。なるほどふどうとくという)

祖先の血との間に、いったいどういう関係があるのだね。なるほど不道徳という

(てんでは、しがくも、ほういがくやいでんがくときょうつうしてはいるが・・・・・・なるほど、とかく)

点では、史学も、法医学や遺伝学と共通してはいるが……」「なるほど、とかく

(ほうりつかは、しにかじょうをつけたがるからね とのりみずはけんじのひにくにくしょうしたが、)

法律家は、詩に箇条を附けたがるからね」と法水は検事の皮肉に苦笑したが、

(だが、れいしょうがないこともないさ。しゃるこーのずいそうのなかには、けるんで、あにが)

「だが、例証がないこともないさ。シャルコーの随想の中には、ケルンで、兄が

(おとうとにそせんはあくりゅうをたいじしたせんとげおるくだとじょうだんをいったばかりに、にそうのかげぐちを)

弟に祖先は悪竜を退治した聖ゲオルクだと戯談を云ったばかりに、尼僧の蔭口を

(きいたげじょをそのおとうとがころしてしまった というきろくがのっている。また、)

きいた下女をその弟が殺してしまった――という記録が載っている。また、

(ふぃりっぷさんせいがぱりいっちゅうのかったいかんじゃをふんさつしたというじせきをきいて、ろくだいごの)

フィリップ三世が巴里ー中の癩患者を焚殺したという事蹟を聞いて、六代後の

(らくはくしたべるとらんが、こんどはかりゅうびょうしゃにおなじことをやろうとしたそうだ。それを)

落魄したベルトランが、今度は花柳病者に同じ事をやろうとしたそうだ。それを

(ちけいいしきからおこるていおうせいもうそうと、しゃるこーがていぎをつけているんだよ)

血系意識から起る帝王性妄想と、シャルコーが定義をつけているんだよ」

(といって、めでがんぜんのものをみよとばかりに、けんじをうながした。しゃしんは、)

と云って、眼で眼前のものを見よとばかりに、検事を促した。写真は、

(じさつきじにそうにゅうされたものらしいさんてつはかせで、きょういちょっきのいちばんしたのぼたんを)

自殺記事に插入されたものらしい算哲博士で、胸衣チョッキの一番下の釦を

(かくすほどにながいはくぜんをたれ、たましいのくげんがこころのそこでもえくぶっているかのような、)

隠すほどに長い白髯を垂れ、魂の苦患が心の底で燃え燻っているかのような、

(ゆううつそうなかおつきのろうじんであるが、けんじのしせんは、さいしょからもういちまいのがいしのほうに)

憂鬱そうな顔付の老人であるが、検事の視線は、最初からもう一枚の外紙の方に

(うばわれていた。それは、1827ねんろくがつよっかはっこうの まんちぇすたーくうりあ しで)

奪われていた。それは、一八七二年六月四日発行の「マンチェスター郵報」紙で

(にほんいがくせいせんとりゅーくりょうようしょよりついほうさる というひょうだいのしたに、)

日本医学生聖リューク療養所より追放さる――という標題の下に、

(よーくちゅうざいいんはつのしょうきじにすぎなかった。が、ないようには、おもわずめをみはらしむ)

ヨーク駐在員発の小記事にすぎなかった。が、内容には、思わず眼を瞠らしむ

(ものがあった。 ぶらうんしゅわいくふつういがっこうよりじゅたくのにほんいがくせい)

ものがあった。――ブラウンシュワイク普通医学校より受託の日本医学生

(ふりやぎりきち さんてつのまえな は、かねてよりりちゃーど・ばーとんはいとまじわりて)

降矢木鯉吉(算哲の前名)は、予てよりリチャード・バートン輩と交わりて

(ちゅうもくをひけるおりがら、えくせたーきょうくかんとくをひぼうし、もっかきょうひのろんそうちゅうなる、)

注目を惹ける折柄、エクセター教区監督を誹謗し、目下狂否の論争中なる、

(ほうじゅつしろなるど・くいんしいとねんごろにせしため、ほんじつげんせきこうにさしもどされり。)

法術士ロナルド・クインシイと懇ろにせしため、本日原籍校に差し戻されり。

(しかるに、くいんしいはふしんにもきょがくのきんかをしょじし、それをついきゅうされたるけっか、)

然るに、クインシイは不審にも巨額の金貨を所持し、それを追及されたる結果、

(かれのひぞうにかかわる、ぶーれしゅしゃのういちぐすじゅほうてん、)

彼の秘蔵に係わる、ブーレ手写のウイチグス呪法典、

(わるでまーるいっせいしょくりょうじゅもんしゅう、へぶらいごしゅしゃぼんゆだやかばらほう)

ヷルデマール一世触療呪文集、希伯来語手写本猶太秘釈義法

(げまとりあとしてのたりく、てむらのしょほうをふくむ 、へんりー・くらむめるの)

(神秘数理術としてノタリク、テムラの諸法を含む)、ヘンリー・クラムメルの

(にゅーまとぐらふぃー、へんしゃふめいのらてんごしゅしゃぼんかるであごぼうせいしょうようじゅつ、ならびに)

神霊手書法、編者不明の拉典語手写本加勒底亜五芒星招妖術、並びに

(はんど・おぶ・ぐろーりー こうしゅじんのてのひらをすづけにしてかんそうしたもの を、ふりやぎにゆずり)

栄光の手(絞首人の掌を酢漬けにして乾燥したもの)を、降矢木に譲り

(わたしたるむねをこくはくせり。よみおわったけんじに、のりみずはこうふんしたくちょうをなげた。)

渡したる旨を告白せり。読み終った検事に、法水は亢奮した口調を投げた。

(すると、ぼくだけということになるね。これをてにいれたばかりに、さんてつはかせと)

「すると、僕だけということになるね。これを手に入れたばかりに、算哲博士と

(こだいじゅほうとのいんねんをしっているのは。いや、しんじつおそろしいことなんだよ。もし、)

古代呪法との因縁を知っているのは。いや、真実怖ろしい事なんだよ。もし、

(ういちぐすじゅほうしょがこくしかんのどこかにのこされているとしたら、はんにんのほかに、)

ウイチグス呪法書が黒死館のどこかに残されているとしたら、犯人の外に、

(もうひとりぼくらのてきがふえてしまうのだからね そりゃまたなぜだい。まほうぼんと)

もう一人僕等の敵がふえてしまうのだからね」「そりゃまた何故だい。魔法本と

(ふりやぎにいったいなにが?ういちぐすじゅほうてんはいわゆるあーと・まじっくで、こんにちの)

降矢木にいったい何が?」「ウイチグス呪法典はいわゆる技巧呪術で、今日の

(せいかくかがくを、じゅそとじゃあくのころもでつつんだものといわれているからだよ。)

正確科学を、呪詛と邪悪の衣で包んだものと云われているからだよ。

(がんらいういちぐすというひとは、あらぶ・へれにっくのかがくをこしょうした)

元来ウイチグスという人は、亜剌比亜・希臘の科学を呼称した

(しるヴぇすたーにせいじゅうさんしとのひとりなんだ。ところが、むぼうにもそのいっぱは)

シルヴェスター二世十三使徒の一人なんだ。ところが、無謀にもその一派は

(ろーまきょうかいにだいけいもううんどうをおこした。で、けっきょくじゅうににんはいたんふんさつに)

羅馬教会に大啓蒙運動を起した。で、結局十二人は異端焚殺に

(あってしまったのだが、ういちぐすのみはひそかにのがれ、このだいあーと・まじっくしょを)

逢ってしまったのだが、ウイチグスのみは秘かに遁れ、この大技巧呪術書を

(かんせいしたとつたえられている。それがこうねんになって、ぼっかねぐろのちくじょうじゅつや)

完成したと伝えられている。それが後年になって、ボッカネグロの築城術や

(ヴぉーばんのこうじょうほう、また、でいやくろうさあのまきょうじゅつやかりおすとろの)

ヴォーバンの攻城法、また、デイやクロウサアの魔鏡術やカリオストロの

(れんきんじゅつ、それに、ぼっちげるのじきせいぞうほうからほーへんはいむやぐらはむの)

煉金術、それに、ボッチゲルの磁器製造法からホーヘンハイムやグラハムの

(ちりょういがくにまでそいんをなしているといわれるのだから、おどろくべきじゃないか。)

治療医学にまで素因をなしていると云われるのだから、驚くべきじゃないか。

(また、ゆだやかばらほうからは、よんひゃくにじゅうのあんごうがつくれるというけれども、)

また、猶太秘釈義法からは、四百二十の暗号がつくれると云うけれども、

(それいがいのものはいわゆるじゅんせいじゅじゅつであって、こうとうむけいもきわまったしろもの)

それ以外のものはいわゆる純正呪術であって、荒唐無稽もきわまった代物

(ばかりなんだ。だからはぜくらくん、ぼくらがしんじつおそれていいのは、ういちぐすじゅほうてん)

ばかりなんだ。だから支倉君、僕等が真実怖れていいのは、ウイチグス呪法典

(ひとつのみといっていいのさ はたして、このよそくはこうだんにじじつとなってあらわれた)

一つのみと云っていいのさ」はたして、この予測は後段に事実となって現われた

(けれども、そのときはまだ、けんじのしんけいにふかくふれたものはなく、のりみずがきがえに)

けれども、その時はまだ、検事の神経に深く触れたものはなく、法水が着換えに

(りんしつへたったあいだつぎのいっさつをとりあげ、おったかしょのあるぺーじをひらいた。それは)

隣室へ立ったあいだ次の一冊を取り上げ、折った個所のある頁を開いた。それは

(めいじ19ねんにがつここのかはっこうのとうきょうしんしだい413ごうで、とうせいちょぼくれはかせ と)

明治十九年二月九日発行の東京新誌第四一三号で、「当世零保久礼博士」と

(だいしたたじましょうじ よいたどうし かりゅうじじょう などのちょしゃ のぎぶんだった。)

題した田島象二(酔多道士――「花柳事情」などの著者)の戯文だった。

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