黒死館事件4

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(それは、ちとくうろんだろう とけんじはやりこめるようなごきで、にかいめの)

「それは、ちと空論だろう」と検事はやり込めるような語気で、「二回目の

(じけんで、ぜんごのれんかんがかんぜんにちゅうだんされている。なんとかいうかみがたやくしゃは、)

事件で、前後の聯関が完全に中断されている。何とかいう上方役者は、

(ふりやぎいがいのにんげんじゃないか そうなるかね。どこまできみにはてすうが)

降矢木以外の人間じゃないか」「そうなるかね。どこまで君には手数が

(かかるんだろう とのりみずはめでおおげさなひょうじょうをしたが、ところではぜくらくん、)

掛るんだろう」と法水は眼で大袈裟な表情をしたが、「ところで支倉君、

(さいきんあらわれたたんていしょうせつかに、こしろうおたろうというかわりだねがいるんだが、そのひとの)

最近現われた探偵小説家に、小城魚太郎という変り種がいるんだが、その人の

(きんちょに きんせいめいきゅうじけんこうさつ というのがあって、そのなかでゆうめいな)

近著に『近世迷宮事件考察』と云うのがあって、その中で有名な

(きゅーだびいかいほうろくをろんじている。ヴぃくとりあちょうまっきにさかえた)

キューダビイ壊崩録を論じている。ヴィクトリア朝末期に栄えた

(きゅーだびいのいえも、ちょうどふりやぎのさんじけんとおなじかたちでぜつめつされて)

キューダビイの家も、ちょうど降矢木の三事件と同じ形で絶滅されて

(しまったのだ。そのさいしょのものは、きゅうていしぶんしょうろうどくしのしゅきゅーだびいが、)

しまったのだ。その最初のものは、宮廷詩文正朗読師の主キューダビイが、

(しゅっししようとしたあさだった。とうじふていのうわさがたかかったつまのあんが、おくりだしの)

出仕しようとした朝だった。当時不貞の噂が高かった妻のアンが、送り出しの

(せっぷんをしようとしてうでをあいてのかたにめぐらすと、やにわにあるじはたんけんをひきぬいて、)

接吻をしようとして腕を相手の肩に繞らすと、やにわに主は短剣を引き抜いて、

(はいごのとばりにつきたてたのだ。ところが、あけにしんでたおれたのは、ちょうしの)

背後の帷幕に突き立てたのだ。ところが、紅に染んで斃れたのは、長子の

(うぉるたーだったので、きょうがいしたあるじは、かえすいちげきでじぶんのしんぞうをつらぬいて)

ウォルターだったので、驚駭した主は、返す一撃で自分の心臓を貫いて

(しまった。つぎはそれからななねんごで、じなんけんとのじさつだった。ゆうじんからみぎほおに)

しまった。次はそれから七年後で、次男ケントの自殺だった。友人から右頬に

(ぐらすをなげられてけっとうをいどまれたにもかかわらず、しらぬげなかおをしたというので、)

盃を投げられて決闘を挑まれたにもかかわらず、不関気な顔をしたと云うので、

(それがちょうしょうのまととなり、せひょうをはじたけっかだといわれている。しかし、)

それが嘲笑の的となり、世評を恥じた結果だと云われている。しかし、

(おなじうんめいはそのにねんごにも、ひとりとりのこされたむすめのじょーじあにもめぐってきた。)

同じ運命はその二年後にも、一人取り残された娘のジョージアにも廻ってきた。

(いいなずけとのしょやにどうしたことか、あいてをののしったので、ぎゃくじょうされてしんしょうのうえで)

許娘者との初夜にどうしたことか、相手を罵ったので、逆上されて新床の上で

(こうさつされてしまったのだ。それが、きゅーだびいのさいごだったのだよ。ところが)

絞殺されてしまったのだ。それが、キューダビイの最期だったのだよ。ところが

(こしろうおたろうは、とうていうんめいせつしかつうようされまいとおもわれるそのさんじけんに、)

小城魚太郎は、とうてい運命説しか通用されまいと思われるその三事件に、

など

(かがくてきなけいとうをはっけんした。そして、こういうだんていをくだしている。けつろんは、)

科学的な系統を発見した。そして、こういう断定を下している。結論は、

(せんこうてきにがんめんみぎはんそくにおこる、ぐぷらーまひのいでんにすぎないという。すなわち)

閃光的に顔面右半側に起る、グプラー痲痺の遺伝にすぎないという。すなわち

(あるじのちょうししさつは、つまのてがみぎほおにふれてもかんかくがないので、そのてがはいごの)

主の長子刺殺は、妻の手が右頬に触れても感覚がないので、その手が背後の

(とばりのかげにいるみつふにのべられたのでないかとごしんしたけっかであって、)

帷幕の蔭にいる密夫に伸べられたのでないかと誤信した結果であって、

(そうなると、じなんのじさつはろんずるまでもなく、むすめもやはりぐぷらーまひのために)

そうなると、次男の自殺は論ずるまでもなく、娘もやはりグプラー痲痺のために

(あいぶのふまんをうったえたためではないかとすいだんしているのだ。もちろんたんていさっかに)

愛撫の不満を訴えたためではないかと推断しているのだ。勿論探偵作家に

(ありがちな、えてかってきわまるくうそうにはちがいない。けれどもふりやぎのさんじけんには)

ありがちな、得手勝手きわまる空想には違いない。けれども降矢木の三事件には

(すくなくともれんさをあんじしている。それに、ちいさなまどをきりひらいてくれた)

少なくとも聯鎖を暗示している。それに、小さな窓を切り拓いてくれた

(ことだけはたしかなんだよ。しかしいでんがくというのみのせまいりょういきだけじゃない。)

ことだけは確かなんだよ。しかし遺伝学というのみの狭い領域だけじゃない。

(あのほうはくとしたもののなかには、かならずそうぞうもつかぬおそろしいものがあるに)

あの磅はくとしたものの中には、必ず想像もつかぬ怖ろしいものがあるに

(ちがいないのだ ふむ、そうぞくしゃがころされたというのなら、はなしになるがね。)

違いないのだ」「フム、相続者が殺されたというのなら、話になるがね。

(しかし、だんねべるぐじゃ・・・・・・といったんけんじはこくびをかしげたけれども、)

しかし、ダンネベルグじゃ……」といったん検事は小首を傾げたけれども、

(ところで、いまのちょうしょにあるにんぎょうというのは とといかえした。それが、)

「ところで、今の調書にある人形と云うのは」と問い返した。「それが、

(てれーずふじんのめもりーさ。はかせがこぺつきいいっか ぼへみあのめいあやつりにんぎょうこう に)

テレーズ夫人の記憶像さ。博士がコペツキイ一家(ボヘミアの名操人形工)に

(つくらせたとかいうとうしんのじどうにんぎょうだそうだ。しかし、なによりふかかいなのは、)

作らせたとかいう等身の自働人形だそうだ。しかし、何より不可解なのは、

(かるてっとのよにんなんだよ。さんてつはかせがちのみごのうちにかいがいからつれてきて、)

四重奏団の四人なんだよ。算哲博士が乳呑児のうちに海外から連れて来て、

(しじゅうよねんのあいだやかたからそとのくうきを、いちどもすわせたことがないというのだからね)

四十余年の間館から外の空気を、一度も吸わせたことがないと云うのだからね」

(うん、しょうすうのひひょうかだけが、ねんいっかいのえんそうかいでかおをみるというじゃないか)

「ウン、少数の批評家だけが、年一回の演奏会で顔を見ると云うじゃないか」

(そうなんだ。きっとうすきみわるいろいろのひふをしているだろう とのりみずも)

「そうなんだ。きっと薄気味悪い蝋色の皮膚をしているだろう」と法水も

(めをすえて、しかし、なぜにはかせが、あのよにんにきかいなせいかつをおくらせた)

眼を据えて、「しかし、何故に博士が、あの四人に奇怪な生活を送らせた

(のだろうか、また、よにんがどうしてそれにもくじゅうしていたのだろう。ところがね、)

のだろうか、また、四人がどうしてそれに黙従していたのだろう。ところがね、

(にほんのないちではただそれをふしぎがるのみのことで、いっこうつっこんだちょうさを)

日本の内地ではただそれを不思議がるのみのことで、いっこう突込んだ調査を

(したものがなかったのだが、ぐうぜんよにんのしゅっしょうちからみぶんまでしらべあげたこうずかを、)

した者がなかったのだが、偶然四人の出生地から身分まで調べ上げた好事家を、

(ぼくはがっしゅうこくではっけんしたのだ。おそらくこれが、あのよにんにかんするゆいいつのしりょうと)

僕は合衆国で発見したのだ。恐らくこれが、あの四人に関する唯一の資料と

(いってもいいだろうとおもうよ そしてとりあげたのは、1901ねんにがつごうの)

云ってもいいだろうと思うよ」そして取り上げたのは、一九〇一年二月号の

(はーとふぉーどえヴぁんじぇりすと しで、それがたくじょうにのこったさいごだった。)

「ハートフォード福音伝道者」誌で、それが卓上に残った最後だった。

(よんでみよう。ちょしゃはふぁろうというひとで、きょうかいおんがくのぶにある)

「読んでみよう。著者はファロウという人で、教会音楽の部にある

(きじゅつなんだが ところもあろうににほんにおいて、じゅんちゅうせいふうのしんぴがくじんが)

記述なんだが」――所もあろうに日本において、純中世風の神秘楽人が

(げんそんしつつあるということは、おそらくきちゅうのきともいうべきであろう。)

現存しつつあるということは、恐らく稀中の奇とも云うべきであろう。

(おんがくしをたどってさえも、そのむかししゅヴぇつぃんげんのじょうえんにおいて、)

音楽史を辿ってさえも、その昔シュヴェツィンゲンの城苑において、

(まんはいむせんきょこうかある・ておどるが、かめんをつけたろくにんのがくしをようせいした)

マンハイム選挙侯カアル・テオドルが、仮面をつけた六人の楽師を養成した

(といういちじにつきている。ここにおいてよは、そのきょうみあるふうせつにこころひかれ、)

という一事に尽きている。ここにおいて予は、その興味ある風説に心惹かれ、

(しゅじゅさくをめぐらしてちょうさをこころみたけっか、ようやくよにんのみぶんのみをしることが)

種々策を廻らして調査を試みた結果、ようやく四人の身分のみを知ることが

(できた。すなわち、だいいちヴぁいおりんそうしゃのぐれーて・だんねべるぐは、おーすとりーちろるけん)

出来た。すなわち、第一提琴奏者のグレーテ・ダンネベルグは、墺太利チロル県

(まりえんべるぐむらしゅりょうくかんとくうるりっひのさんじょ。だいにヴぁいおりんそうしゃ)

マリエンベルグ村狩猟区監督ウルリッヒの三女。第二提琴奏者

(がりばるだ・せれなはいたりーぶりんでっししちゅうきんかがりかりにのろくじょ。)

ガリバルダ・セレナは伊太利ブリンデッシ市鋳金家ガリカリニの六女。

(ヴぃおらそうしゃおりが・くりヴぉふはろしあこうかさすしゅうたがんつしーすくむらじぬし)

ヴィオラ奏者オリガ・クリヴォフは露西亜コウカサス州タガンツシースク村地主

(むるごちのよんじょ。ちぇろそうしゃおっとかーる・れヴぇずははんがりーこんたるつぁまち)

ムルゴチの四女。チェロ奏者オットカール・レヴェズは洪牙利コンタルツァ町

(いしはどなっくのじなん。いずれもかくちめいもんのでである。しかし、そのがくだんの)

医師ハドナックの二男。いずれも各地名門の出である。しかし、その楽団の

(しょゆうしゃふりやぎさんてつはかせが、はたしてかある・ておどるの、ごうしゃなろここしゅみを)

所有者降矢木算哲博士が、はたしてカアル・テオドルの、豪奢なロココ趣味を

(まなんだものであるかどうか、そのてんはぜんぜんふめいであるといわねばならない。)

学んだものであるかどうか、その点は全然不明であると云わねばならない。

(のりみずのふりやぎけにかんするしりょうは、これでつきているのだが、そのふくざつきわまる)

法水の降矢木家に関する資料は、これで尽きているのだが、その複雑きわまる

(ないようは、かえってけんじのずのうをこんらんせしむるのみのことであった。しかし、かれが)

内容は、かえって検事の頭脳を混乱せしむるのみの事であった。しかし、彼が

(きょうふのいろをうかべくちずさんだところの、ういちぐすじゅほうてんといういちごのみは、)

恐怖の色を泛べ口誦さんだところの、ウイチグス呪法典という一語のみは、

(さながらゆめのなかでみるしろいはなのように、いつまでもじいんともうまくのうえに)

さながら夢の中で見る白い花のように、いつまでもジインと網膜の上に

(とどまっていた。またいっぽうのりみずにも、かれのゆくてにあたって、さつじんしじょうくうぜんともいう)

とどまっていた。また一方法水にも、彼の行手に当って、殺人史上空前ともいう

(いようなしたいがよこたわっていようとは、そのときどうしてよちすることが)

異様な死体が横たわっていようとは、その時どうして予知することが

(できたであろうか。)

出来たであろうか。

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