晩年 ⑬

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プレイ回数715難易度(4.2) 5076打 長文 かな
太宰 治
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りく 5734 A 5.9 97.0% 875.9 5178 155 69 2024/04/23

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問題文

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(なにはさておまえはしゅうにすぐれていなければいけないのだ、というきょうはくめいた)

なにはさてお前は衆にすぐれていなければいけないのだ、という脅迫めいた

(かんがえかたからであったが、じじつわたしはべんきょうしていたのである。)

考えかたからであったが、じじつ私は勉強していたのである。

(さんねんせいになってからは、いつもくらすのしゅせきであった。てんとりむしと)

三年生になってからは、いつもクラスの首席であった。てんとりむしと

(いわれずにしゅせきになることはこんなんであったが、わたしはそのようなあざけりを)

言われずに首席になることは困難であったが、私はそのような嘲りを

(うけなかったばかりか、きゅうゆうをてならすすべまでこころえていた。たこというあだなの)

受けなかった計りか、級友を手ならす術まで心得ていた。蛸というあだなの

(じゅうどうのしゅしょうさえわたしにはじゅうじゅんであった。)

柔道の主将さえ私には従順であった。

(きょうしつのすみにかみくずいれのおおきなつぼがあって、わたしはときたまそれをゆびさして、)

教室の隅に紙屑入の大きな壺があって、私はときたまそれを指さして、

(たこもつぼへはいらないかといえば、たこはそのつぼへあたまをいれてわらうのだ。)

蛸もつぼへはいらないかと言えば、蛸はその壺へ頭をいれて笑うのだ。

(わらいごえがつぼにひびいていようなおとをたてた。くらすのびしょうねんたちもたいていわたしに)

笑い声が壺に響いて異様な音をたてた。クラスの美少年たちもたいてい私に

(なついていた。わたしがかおのふきでものへ、さんかくけいやろっかくけいやはなのかたちにきったばんそうこうを)

なついていた。私が顔の吹出物へ、三角形や六角形や花の形に切った絆創膏を

(てんてんとはりちらしてもだれもおかしがらなかったほどなのである。)

てんてんと貼り散らしても誰も可笑しがらなかった程なのである。

(わたしはこのふきでものにはこころをなやまされた。そのじぶんにはいよいよかずもふえて、)

私はこの吹出物には心をなやまされた。そのじぶんにはいよいよ数も殖えて、

(まいあさ、めをさますたびにてのひらでかおをなでまわしてそのありさまをしらべた。)

毎朝、眼をさますたびに掌で顔を撫でまわしてその有様をしらべた。

(いろいろなくすりをかってつけたが、ききめがないのである。わたしはそれをくすりやへ)

いろいろな薬を買ってつけたが、ききめがないのである。私はそれを薬屋へ

(かいにいくときには、かみきれへそのくすりのなをかいて、こんなくすりがありますかって)

買いに行くときには、紙きれへその薬の名を書いて、こんな薬がありますかって

(とたにんからたのまれたふうにしていわなければいけなかったのである。)

と他人から頼まれたふうにして言わなければいけなかったのである。

(わたしはそのふきでものをよくじょうのしょうちょうとかんがえてめのさきがくらくなるほどはずかしかった。)

私はその吹出物を欲情の象徴と考えて眼の先が暗くなるほど恥ずかしかっ た。

(いっそしんでやったらとおもうことさえあった。わたしのいちばんうえのあねは、おさむの)

いっそ死んでやったらと思うことさえあった。私のいちばん上の姉は、治の

(ところへはよめにくるひとがあるまい、とまでいっていたそうである。)

ところへは嫁に来るひとがあるまい、とまで言っていたそうである。

(わたしはせっせとくすりをつけた。おとうともわたしのふきでものをしんぱいして、なんべんとなくわたしの)

私はせっせと薬をつけた。弟も私の吹出物を心配して、なんべんとなく私の

など

(かわりにくすりをかいにいってくれた。わたしとおとうとはこどものときからなかがわるくて、)

代わりに薬を買いに行って呉れた。私と弟は子供のときから仲がわるくて、

(おとうとがちゅうがくへじゅけんするおりにも、わたしはおとうとのしっぱいをねがっていたほどであったけれど、)

弟が中学へ受験する折にも、私は弟の失敗を願っていたほどであったけれど、

(こうしてふたりでこきょうからはなれてみると、わたしもおとうとのよいかたぎがだんだんわかって)

こうしてふたりで故郷から離れて見ると、私も弟のよい気質がだんだん判って

(きたのである。おとうとはおおきくなるにつれてむくちでうちきになっていた。)

来たのである。弟は大きくなるにつれて無口で内気になっていた。

(わたしにくらべてがっこうのせいせきがよくないのをたえずくしていて、わたしがなぐさめでも)

私にくらべて学校の成績がよくないのを絶えず苦していて、私がなぐさめでも

(するとかえってふきげんになった。また、じぶんのひたいのはえぎわがふじのかたちに)

するとかえって不機嫌になった。また、自分の額の生えぎわが富士のかたちに

(さんかくになっておんなみたいなのをいまいましがっていた。ひたいがせまいからあたまが)

三角になって女みたいなのをいまいましがっていた。額がせまいから頭が

(わるいのだとかたくしんじていたのである。わたしはこのおとうとにだけはなにもかもゆるした。)

悪いのだと固く信じていたのである。私はこの弟にだけはなにもかも許した。

(わたしはそのころ、ひととたいするときには、みんなおしかくしてしまうか、みんなさらけ)

私はその頃、人と対するときには、みんな押し隠して了うか、みんなさらけ

(だしてしまうか、どちらかであったのである。わたしたちはなんでもうちあけてはなした)

出して了うか、どちらかであったのである。私たちはなんでも打ち明けて話した

(あきのはじめのあるつきのないよるに、わたしたちはみなとのさんばしへでて、かいきょうをわたってくる)

秋のはじめの或る月のない夜に、私たちは港の桟橋へ出て、海峡を渡ってくる

(いいかぜにはたはたとふかれながらあかいいとについてはなしあった。それはいつかがっこうの)

いい風にはたはたと吹かれながら赤い糸について話合った。それはいつか学校の

(こくごのきょうしがじゅぎょうちゅうにせいとへかたってきかせたことであって、わたしたちのみぎあしの)

国語の教師が授業中に生徒へ語って聞かせたことであって、私たちの右足の

(こゆびにめにみえぬあかいいとがむすばれていて、それがするするとながくのびていっぽうの)

小指に眼に見えぬ赤い糸がむすばれていて、それがするすると長く伸びて一方の

(はしがきっとあるおんなのこのおなじあしゆびにむすびつけられているのである、ふたりが)

端がきっと或る女の子のおなじ足指にむすびつけられているのである、ふたりが

(どんなにはなれていてもそのいとはきれない、どんなにちかづいても、たといじゅうらいで)

どんなに離れていてもその糸は切れない、どんなに近づいても、たとい従来で

(あっても、そのいとはこんぐらかることがない、そうしてわたしたちはそのおんなのこを)

逢っても、その糸はこんぐらかることがない、そうして私たちはその女の子を

(よめにもらうことにきまっているのである。わたしはこのはなしをはじめてきいたときには)

嫁にもらうことにきまっているのである。私はこの話をはじめて聞いたときには

(かなりこうふんして、うちへかえってからもすぐおとうとにものがたってやったほどであった。)

かなり興奮して、うちへ帰ってからもすぐ弟に物語ってやったほどであった。

(わたしたちはそのよるも、なみのおとや、かもめのこえにみみかたむけつつ、そのはなしをした。)

私たちはその夜も、波の音や、かもめの声に耳傾けつつ、その話をした。

(おまえのわいふはいまごろどうしてるべなあ、とおとうとにきいたら、おとうとはさんばしの)

お前のワイフは今ごろどうしてるべなあ、と弟に聞いたら、弟は桟橋の

(らんかんをにさんどりょうてでゆりうごかしてから、にわあるいてる、ときまりわるげに)

らんかんをニ三度両手でゆりうごかしてから、庭あるいてる、ときまり悪げに

(いった。おおきいにわげたをはいて、うちわをもって、つきみそうをながめているしょうじょは、)

言った。大きい庭下駄をはいて、団扇をもって、月見草を眺めている少女は、

(いかにもおとうととにつかわしくおもわれた。わたしのをかたるばんであったが、わたしはまっくらいうみに)

いかにも弟と似つかわしく思われた。私のを語る番であったが、私は真暗い海に

(めをやったまま、あかいおびしめての、とだけいってくちをつぐんだ。かいきょうをわたってくる)

眼をやったまま、赤い帯しめての、とだけ言って口を噤んだ。海峡を渡って来る

(れんらくせんが、おおきいやどやみたいにたくさんのへやべやへいろあかりをともして、)

連絡船が、大きい宿屋みたいにたくさんの部屋部屋へ色あかりをともして、

(ゆらゆらとすいへいせんからうかんででた。これだけはおとうとにもかくしていた。)

ゆらゆらと水平線から浮かんで出た。これだけは弟にもかくしていた。

(わたしがそのとしのなつやすみにこきょうへかえったら、ゆかたにあかいおびをしめたあたらしい)

私がそのとしの夏休みに故郷へ帰ったら、浴衣に赤い帯をしめたあたらしい

(こがらなこまづかいが、らんぼうなどうさでわたしのようふくをぬがせてくれたのだ。みよといった)

小柄な小間使が、乱暴な動作で私の洋服を脱がせて呉れたのだ。みよと言った

(わたしはねしなにたばこをいっぽんこっそりふかして、しょうせつのかきだしだなどをかんがえるくせが)

私は寝しなに煙草を一本こっそりふかして、小説の書き出しだなどを考える癖が

(あったが、みよはいつのまにかそれをしってしまって、あるばんわたしのとこをのべてから)

あったが、みよはいつの間にかそれを知って了って、ある晩私の床をのべてから

(まくらもとへ、きちんとたばこぼんをおいたのである。わたしはそのつぎのあさ、へやをそうじしに)

枕元へ、きちんと煙草盆を置いたのである。私はその次の朝、部屋を掃除しに

(きたたみよへ、たばこはかくれてのんでいるのだからたばこぼんなんかおいては)

来たみよへ、煙草はかくれてのんでいるのだから煙草盆なんか置いては

(いけない、といいつけた。みよは、はあ、といってふてくれたようにしていた。)

いけない、と言いつけた。みよは、はあ、と言ってふてくれたようにしていた。

(おなじきゅうかちゅうのことだったが、まちになにわぶしのこうぎょうぶつがきたとき、わたしのうちでは、)

同じ休暇中のことだったが、まちに浪花節の興行物が来たとき、私のうちでは、

(つかっているひとたちぜんぶをしばいごやへききにやった。わたしとおとうともいけといわれたが、)

使っている人たち全部を芝居小屋へ聞きにやった。私と弟も行けと言われたが、

(わたしたちにはいなかのこうぎょうぶつをばかにして、わざとほたるをとりにたんぼへ)

私たちには田舎の興行物を莫迦にして、わざと蛍をとりに田圃へ

(でかけたのである。となりむらのもりちかくまでいったが、あんまりよつゆが)

出かけたのである。隣村の森ちかくまで行ったが、あんまり夜露が

(ひどかったので、にじゅうそこそこを、かごにためただけでうちへかえった。なにわぶしへ)

ひどかったので、二十そこそこを、籠にためただけでうちへ帰った。浪花節へ

(いっていたひとたちもそろそろかえってきた。みよにとこをひかせ、かやを)

行っていた人たちもそろそろ帰って来た。みよに床をひかせ、蚊帳を

(つらせてから、わたしたちはでんとうをけしてそのほたるをかやのなかへはなした。)

つらせてから、私たちは電灯を消してその蛍を蚊帳のなかへ放した。

(ほたるはかやのあちこちをすっすっととんだ。みよもしばらくかやのそとにたたずんでほたるを)

蛍は蚊帳のあちこちをすっすっと飛んだ。みよも暫く蚊帳のそとに佇んで蛍を

(みていた。わたしはおとうととならんでねころびながら、ほたるのあおいひよりもみよのほのじろい)

見ていた。私は弟と並んで寝ころびながら、蛍の青い火よりもみよのほのじろい

(すがたをよけいにかんじていた。なにわぶしはおもしろかったろうか、とわたしはすこしかたくなって)

姿をよけいに感じていた。浪花節は面白かったろうか、と私はすこし固くなって

(きいた。わたしはそれまで、じょちゅうにはようじいがいのくちをけっしてきかなかったのである。)

聞いた。私はそれまで、女中には用事以外の口を決してきかなかったのである。

(みよはしずかなくちょうで、いいえ、といった。わたしはふきだした。おとうとは、かやのすそに)

みよは静かな口調で、いいえ、と言った。私はふきだした。弟は、蚊帳の裾に

(すいついているいっぴきのほたるをうちわでばさばさおいたてながらだまっていた。)

吸いついている一匹の蛍を団扇でばさばさ追いたてながら黙っていた。

(わたしはなにやらぐあいがわるかった。そのころからわたしはみよをいしきしだした。)

私はなにやら工合がわるかった。そのころから私はみよを意識しだした。

(あかいいとといえば、みよのすがたがむねにうかんだ。)

赤い糸と言えば、みよのすがたが胸に浮かんだ。

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