黒死館事件16

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(のりみずはしずこのちょうぶに、ややごきをあららげてこたえた。あれはこうかいしゃくして)

法水は鎮子の嘲侮に、やや語気を荒らげて答えた。「あれはこう解釈して

(おります ぼくしはじさつでほかのふたりはぼくしにころされたのだと。で、それを)

おります――牧師は自殺で他の二人は牧師に殺されたのだと。で、それを

(じゅんじょどおりのべますと、さいしょぼくしはすてぃヴんをころして、そのしがいをおんどのたかい)

順序どおり述べますと、最初牧師はスティヴンを殺して、その屍骸を温度の高い

(きゅうぎょうちゅうのれんがろのなかにいれてふはいをそくしんさせたのです。そして、そのあいだにさいこうを)

休業中の煉瓦炉の中に入れて腐敗を促進させたのです。そして、その間に細孔を

(むすうにうがったけいりょうのふながたかんをつくって、そのなかにじゅうぶんふはいをみさだめてからしたいを)

無数に穿った軽量の船形棺を作って、その中に十分腐敗を見定めてから死体を

(おさめ、それにながいひもでおもりをつけてこていにしずめました。むろんすうじつならずしてふくちゅうに)

収め、それに長い紐で錘を附けて湖底に沈めました。無論数日ならずして腹中に

(ふはいがすがぼうまんするとともに、そのふながたかんはうきあがるものとみなければ)

腐敗瓦斯が膨満するとともに、その船形棺は浮き上るものとみなければ

(なりません。そこでぼくしは、あのよる、おもりのいちからばしょをはかってこおりをくだき、)

なりません。そこで牧師は、あの夜、錘の位置から場所を計って氷を砕き、

(すいめんにうかんでいるひつぎのさいこうからしたいのふくぶをさしてがすをはっさんさせ、それにひを)

水面に浮んでいる棺の細孔から死体の腹部を刺して瓦斯を発散させ、それに火を

(てんじました。ごしょうちのとおり、ふはいがすにはめたんのようなねつのきはくな)

点じました。御承知のとおり、腐敗瓦斯には沼気のような熱の稀薄な

(かねんせいのものがたりょうにあるのですから、そのりんこうが、げっこうであなのふちに)

可燃性のものが多量にあるのですから、その燐光が、月光で穴の縁に

(つくられているいんえいをけし、かっそうちゅうのつまをおとしこんだのです。おそらくすいちゅうでは、)

作られている陰影を消し、滑走中の妻を墜し込んだのです。恐らく水中では、

(ずじょうのふながたかんをとりのけようともがきくるしんだでしょうが、ついにちからつきてつまは)

頭上の船形棺をとり退けようともがき苦しんだでしょうが、ついに力尽きて妻は

(こていふかくしずんでいきました。そうしてぼくしは、じぶんのこめかみをいったけんじゅうを)

湖底深く沈んで行きました。そうして牧師は、自分のこめかみを射った拳銃を

(ひつぎのうえにおとして、そのうえにじぶんもたおれたのですから、そのりんこうにつつまれたしたいを)

棺の上に落して、その上に自分も倒れたのですから、その燐光に包まれた死体を

(そんみんたちがえいこうとごしんしたのもむりではありません。そのうち、がすの)

村民達が栄光と誤信したのも無理ではありません。そのうち、瓦斯の

(げんりょうにつれてふようせいをうしなったふながたかんは、けんじゅうをのせたままこていによこたわっている)

減量につれて浮揚性を失った船形棺は、拳銃を載せたまま湖底に横たわっている

(つまあびげいるのしたいのうえにしずんでいったのですが、いっぽうぼくしのからだは、ししが)

妻アビゲイルの死体の上に沈んでいったのですが、一方牧師の身体は、四肢が

(ひょうへきにささえられてそのままひょうじょうにのこってしまい、やがてうちゅうのすいめんにはこおりが)

氷壁に支えられてそのまま氷上に残ってしまい、やがて雨中の水面には氷が

(はりつめられてゆきました。おそらくどうきはつまとすてぃヴんとのみっつうでしょうが、)

張り詰められてゆきました。恐らく動機は妻とスティヴンとの密通でしょうが、

など

(あいじんのしたいであなにふたをしてしまうなんて、なんというあくまてきなふくしゅうでしょう。)

愛人の死体で穴に蓋をしてしまうなんて、なんという悪魔的な復讐でしょう。

(しかしだんねべるぐふじんのは、そういったぶざつなもくげきげんしょうではありません)

しかしダンネベルグ夫人のは、そういった蕪雑な目撃現象ではありません」

(ききおわると、しずこはかすかなきょういのいろをうかべたが、べつにかおいろもかえず、かいちゅうから)

聴き終ると、鎮子は微かな驚異の色を泛べたが、別に顔色も変えず、懐中から

(にまいにおったまきがみがたのじょうしつしをとりだした。ごらんくださいまし。さんてつはかせの)

二枚に折った巻紙形の上質紙を取り出した。「御覧下さいまし。算哲博士の

(おかきになったこれが、こくしかんのじゃれいなのでございます。えいこうはゆえなくして)

お描きになったこれが、黒死館の邪霊なのでございます。栄光は故なくして

(えがかれ、ひだりがわには、むっつのかくのどのなかにも、しかくのこうはいをつけたはかせじしんが)

描かれ、左側には、六つの劃のどのなかにも、四角の光背をつけた博士自身が

(たっていて、かたわらにあるいようなしたいをながめている。そして、そのしたに)

立っていて、側にある異様な死体を眺めている。そして、その下に

(ぐれーて・だんねべるぐふじんからえきすけまでのろくにんのながしるされていて、うらめんには)

グレーテ・ダンネベルグ夫人から易介までの六人の名が記されていて、裏面には

(おそろしいさつじんほうほうをよげんしたつぎのしょうくがかかれてあった。)

怖ろしい殺人方法を予言した次の章句が書かれてあった。

(ぐれーてはえいこうにかがやきてころさるべし。)

グレーテは栄光に輝きて殺さるべし。

(おっとかーるはつるされてころさるべし。)

オットカールは吊されて殺さるべし。

(がりばるだはさかさになりてころさるべし。)

ガリバルダは逆さになりて殺さるべし。

(おりがはめをおおわれてころさるべし。)

オリガは眼を覆われて殺さるべし。

(はたたろうはちゅうにうかびてころさるべし。)

旗太郎は宙に浮びて殺さるべし。

(えきすけははさまれてころさるべし。)

易介は挾まれて殺さるべし。

(まったくおそろしいもくしです とさすがののりみずもこえをふるわせて、しかくのこうはいは)

「まったく怖ろしい黙示です」とさすがの法水も声を慄わせて、「四角の光背は

(たしかせいぞんしゃのしむぼるでしたね。そして、そのふながたのものは、こだいえじぷとじんが)

確か生存者の象徴でしたね。そして、その船形のものは、古代埃及人が

(しごせいかつのなかでむそうしている、ふしぎなししゃのふねだとおもいますが というと、)

死後生活の中で夢想している、不思議な死者の船だと思いますが」と云うと、

(しずこはちんつうなかおをしてうなずいた。さようでございます。ひとりのかこもなく)

鎮子は沈痛な顔をして頷いた。「さようでございます。一人の水夫もなく

(れんこのなかにうかんでいて、ししゃがそれにのると、そのめいずるいしのままに、)

蓮湖の中に浮んでいて、死者がそれに乗ると、その命ずる意志のままに、

(いろいろなふねのきぐがひとりでにうごいていくというのです。そうして、しかくのこうはいと)

種々な舟の機具が独りでに動いて行くというのです。そうして、四角の光背と

(もくぜんのししゃとのかんけいを、どういういみでおかんがえになりますか?つまり、はかせは)

目前の死者との関係を、どういう意味でお考えになりますか?つまり、博士は

(えいえんにこのやかたのなかでいきているのです。そして、そのいしによってひとりでに)

永遠にこの館の中で生きているのです。そして、その意志によって独りでに

(うごいていくししゃのふねというのが、あのてれーずのにんぎょうなのでございます)

動いて行く死者の船というのが、あのテレーズの人形なのでございます」

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