晩年 ㊻

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プレイ回数616難易度(4.5) 5144打 長文
太宰 治
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 てんぷり 5382 B++ 5.6 95.6% 899.6 5074 232 74 2024/09/07
2 yo 1084 G+ 1.5 77.3% 3303.2 5069 1488 74 2024/09/08

関連タイピング

問題文

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(そのまま、すぐうちへかえるのもぐあいがわるいし、かれはそのあしで、ふるほんやへ)

そのまま、すぐうちへ帰るのも工合いがわるいし、彼はその足で、古本屋へ

(むかった。みちみちおとこはかんがえる。うんといいたよりにしよう。だいいちのつうしんは、)

むかった。みちみち男は考える。うんといい便りにしよう。第一の通信は、

(はがきにしよう。しょうじょからのたよりである。みじかいぶんしょうで、そのなかには、しゅじんこうを)

葉書にしよう。少女からの便りである。短い文章で、そのなかには、主人公を

(いたわりたいこころがいっぱいにあふれているようなそんなたよりにしたい。)

いたわりたい心がいっぱいにあふれているようなそんな便りにしたい。

(「わたし、べつにわるいことをするのではありませんから、わざとはがきにかきます。」)

「私、べつに悪いことをするのではありませんから、わざと葉書にかきます。」

(というかきだしはどうだろう。しゅじんこうががんたんにそれをうけとるのだから、)

という書きだしはどうだろう。主人公が元旦にそれを受けとるのだから、

(いちばんおしまいに、「わすれていました。しんねんおめでとうございます。」と)

いちばんおしまいに、「忘れていました。新年おめでとうございます。」と

(ちいさくかきくわえてあることにしよう。すこし、とぼけすぎるかしら。)

小さく書き加えてあることにしよう。すこし、とぼけすぎるかしら。

(おとこはゆめみるようなここちでまちをあるいている。じどうしゃににどもひかれそこなった。)

男は夢みるような心地で街をあるいている。自動車に二度もひかれそこなった。

(だいにのつうしんは、しゅじんこうがひところはやりのかくめいうんどうをして、ろうやにいれられた)

第二の通信は、主人公がひところはやりの革命運動をして、牢屋にいれられた

(とき、そのときうけとることにしよう。「かれがだいがくへはいってからは、しょうせつに)

とき、そのとき受けとることにしよう。「彼が大学へはいってからは、小説に

(こころをそそられなかった。」とはじめからことわっておこう。しゅじんこうはもはやだいいちの)

心をそそられなかった。」とはじめから断って置こう。主人公はもはや第一の

(つうしんをうけとるまえに、ぶんごうになりそこねていたいめにあっているのだから。)

通信を受けとるまえに、文豪になりそこねて痛い目に逢っているのだから。

(おとこは、もうそのときのぶんしょうをむねのなかにくみたてはじめた。「ぶんごうとしてなだかく)

男は、もうそのときの文章を胸のなかに組立てはじめた。「文豪として名高く

(なることは、いまのかれにとって、ゆめのゆめだ。しょうせつをかいて、たとえばそれが)

なることは、いまの彼にとって、ゆめのゆめだ。小説を書いて、たとえばそれが

(けっさくとしてよにけんでんされ、うちょうてんのかんきをえたとしても、それはいっしゅんの)

傑作として世に喧伝され、有頂天の歓喜を得たとしても、それは一瞬の

(よろこびである。おのれのさくひんにたいするけっさくのじかくなどありえない。)

よろこびである。おのれの作品に対する傑作の自覚などあり得ない。

(はかないいっしゅんかんのうちょうてんがほしくて、ごねんじゅうねんのくつじょくのひをおくるということは、)

はかない一瞬間の有頂天がほしくて、五年十年の屈辱の日を送るということは、

(かれにはなっとくできなかった。」どうやらえんぜつくさくなったな。おとこはひとりで)

彼には納得できなかった。」どうやら演説くさくなったな。男はひとりで

(わらいだした。「かれにはただ、じょうねつのもっともちょくさいなはけぐちがほしかったのである)

笑いだした。「彼にはただ、情熱のもっとも直截なはけ口がほしかったのである

など

(かんがえることよりも、うたうことよりも、だまってのそのそじっこうしたほうが)

考えることよりも、唄うことよりも、だまってのそのそ実行したほうが

(ほんとうらしくおもえた。げえてよりもなぽれおん。ごりきいよりもれにん。」)

ほんとうらしく思えた。ゲエテよりもナポレオン。ゴリキイよりもレニン。」

(やっぱりすこしぶんがくくさい。このへんのぶんしょうには、ぶんがくのぶのじもなくしなければ)

やっぱり少し文学臭い。この辺の文章には、文学のブの字もなくしなければ

(いけないのだ。まあ、いいようになるだろう。あまりかんがえすごすと、また)

いけないのだ。まあ、いいようになるだろう。あまり考えすごすと、また

(かけなくなる。つまり、このしゅじんこうは、どうぞうになりたくないとおもって)

書けなくなる。つまり、この主人公は、銅像になりたくないと思って

(いるのである。このぽいんとさえはずさないようにしてかいたなら、)

いるのである。このポイントさえはずさないようにして書いたなら、

(しくじることはあるまい。それから、このしゅじんこうがろうやでうけとるつうしんであるが)

しくじることはあるまい。それから、この主人公が牢屋で受け取る通信であるが

(それはながいながいたよりにするのだ。われにさくあり。たとえぜつぼうのそこにいるひとでも、)

それは長い長い便りにするのだ。われに策あり。たとえ絶望の底にいる人でも、

(それをよみさえすれば、もういちどじんえいをたてなおそうというきがおこらずには)

それを読みさえすれば、もういちど陣営をたて直そうという気が起こらずには

(すまぬ。しかも、これはおんなもじでかかれたてがみだ。「ああ。さまというじの)

すまぬ。しかも、これは女文字で書かれた手紙だ。「ああ。様という字の

(このぶきようなくずしかたに、かれはみおぼえがあったのである。ごねんまえのがじょうを)

この不器用なくずしかたに、彼は見覚えがあったのである。五年前の賀状を

(おもいだしたのであった。」だいさんのつうしんは、こうしよう。これははがきでもてがみでも)

思い出したのであった。」第三の通信は、こうしよう。これは葉書でも手紙でも

(ない、まったくのいようなかぜのたよりにしよう。つうしんぶんのおれのうでまえは、)

ない、まったくの異様な風の便りにしよう。通信文のおれの腕前は、

(もうみせてあるから、なにかめさきのかわったものにするのだ。)

もう見せてあるから、なにか目さきの変ったものにするのだ。

(どうぞうになりそこねたしゅじんこうは、やがてへいぼんなけっこんをして、さらりいまんに)

銅像になりそこねた主人公は、やがて平凡な結婚をして、サラリイマンに

(なるのであるが、これは、うちのつとめにんのせいかつをそのままかいてやろう。)

なるのであるが、これは、うちの勤人の生活をそのまま書いてやろう。

(しゅじんこうがかていにけんたいをかんじはじめているやさき。ふゆのにちようのごごあたり、)

主人公が家庭に倦怠を感じはじめている矢先。冬の日曜の午後あたり、

(しゅじんこうはえんがわへでて、たばこをくゆらしている。そこへ、ほんとうにかぜとともに)

主人公は縁側へ出て、煙草をくゆらしている。そこへ、ほんとうに風とともに

(いちようのてがみが、かれのてもとへひらひらとんできた。「かれはそれにめをとめた。)

一葉の手紙が、彼の手許へひらひら飛んで来た。「彼はそれに眼をとめた。

(つまがふるさとのかれのちちへりんごがついたことをしらせにしたためたてがみであった。)

妻がふるさとの彼の父へ林檎がついたことを知らせにしたためた手紙であった。

(なげておかないで、すぐだすといい。そうつぶやきつつ、ふとくびをかしげた。ああ。)

投げて置かないで、すぐ出すといい。そう呟きつつ、ふと首をかしげた。ああ。

(さまというじのこのぶきようなくずしかたにかれはみおぼえがあったのである。」)

様という字のこの不器用なくずしかたに彼は見覚えがあったのである。」

(このようなくうそうてきなものがたりをふしぜんでなくかくのには、もえるじょうねつがいるらしい。)

このような空想的な物語を不自然でなく書くのには、燃える情熱が要るらしい。

(こんなきぐうのかのうせいをさくしゃじしんが、まじめにしんじていなければいけないのだ。)

こんな奇遇の可能性を作者自身が、まじめに信じていなければいけないのだ。

(できるかどうか、とにかくやってみよう。おとこは、いきおいこんでふるほんやに)

できるかどうか、とにかくやってみよう。男は、いきおいこんで古本屋に

(はいったのである。ここのふるほんやには、「ちえほふしょかんしゅう」と「おねーぎん」が)

はいったのである。ここの古本屋には、「チエホフ書翰集」と「オネーギン」が

(あるはずだ。このおとこがうったのだから。かれはいま、そのにさつをよみかえしたく)

ある筈だ。この男が売ったのだから。彼はいま、その二冊を読みかえしたく

(おもって、このふるほんやへきたわけである。「おねーぎん」にはたちあなのよい)

思って、この古本屋へ来たわけである。「オネーギン」にはタチアナのよい

(こいぶみがある。にさつとも、まだうれずにいた。さきに「ちえほふしょかんしゅう」をたなから)

恋文がある。二冊とも、まだ売れずにいた。さきに「チエホフ書翰集」を棚から

(とりだして、そちこちぺーじをひっくりかえしてみたが、あまりおもしろくなかった。)

とりだして、そちこち頁をひっくりかえしてみたが、あまり面白くなかった。

(げきじょうとかびょうきとかいうことばにみちみちているのであった。これは「かぜのたより」の)

劇場とか病気とかいう言葉にみちみちているのであった。これは「風の便り」の

(ぶんけんになりえない。ごうがんふそんのこのおとこは、つぎに「おねーぎん」をてにとって、)

文献になり得ない。傲岸不遜のこの男は、つぎに「オネーギン」を手にとって、

(そのこいぶみのくだりをさがした。すぐさがしあてた。かれのほんであったのだから。)

その恋文の条を捜した。すぐ捜しあてた。彼の本であったのだから。

(「わたしがあなたにおてがみをかくそのうえなにをつけたすことがいりましょう。」)

「わたしがあなたにお手紙を書くそのうえ何をつけたすことがいりましょう。」

(なるほど、これでいいわけだ。かんめいである。たちあなは、それから、かみさまの)

なるほど、これでいいわけだ。簡明である。タチアナは、それから、神様の

(みこころ、ゆめ、おもかげ、ささやき、ゆうしゅう、まぼろし、てんし、ひとりぼっち、)

みこころ、夢、おもかげ、囁き、憂愁、まぼろし、天使、ひとりぼっち、

(などということばを、おくめんもなくならべたてている。そうしてむすびには、)

などという言葉を、おくめんもなく並べたてている。そうしてむすびには、

(「もうこれでふでをおきます。よみかえすのもおそろしい、しゅうちのねんと、きょうふのじょうで)

「もうこれで筆をおきます。読み返すのもおそろしい、羞恥の念と、恐怖の情で

(きえもいりたいおもいがします。けれどもわたしは、こうけつむひのおこころをあてにしながら)

消えもいりたい思いがします。けれども私は、高潔無比のお心をあてにしながら

(ひとおもいにわたしのうんを、あなたのおてにゆだねます。たちあなより。)

ひと思いに私の運を、あなたのお手にゆだねます。タチアナより。

(おねーぎんさま。」こんなてがみがほしいのだ。はっときづいてまくをとじた。)

オネーギン様。」こんな手紙がほしいのだ。はっと気づいて巻を閉じた。

(きけんだ。えいきょうをうける。いまこれをよむとがいになる。はて。またかけなく)

危険だ。影響を受ける。いまこれを読むと害になる。はて。また書けなく

(なりそうだ。おとこは、あたふたといえへかえってきたのである。いえへかえり、いそいで)

なりそうだ。男は、あたふたと家へかえって来たのである。家へ帰り、いそいで

(げんこうようしをひろげた。あんらくなきもちでかこう。あまさやつうぞくをきにせず、らくらくと)

原稿用紙をひろげた。安楽な気持で書こう。甘さや通俗を気にせず、らくらくと

(かきたい。ことにかれのきゅうこう「つうしん」というたんぺんは、さきにもいったように、)

書きたい。ことに彼の旧稿「通信」という短篇は、さきにも言ったように、

(いわばしんさっかのしゅっせものがたりなのであるから、だいいちのつうしんをうけとるまでのびょうしゃは、)

謂わば新作家の出世物語なのであるから、第一の通信を受けとるまでの描写は、

(そっくりきゅうこうをかきうつしてもいいくらいなのであった。おとこは、たばこをにさんぼん)

そっくり旧稿を書きうつしてもいいくらいなのであった。男は、煙草をニ三本

(つづけざまにすってから、じしんありげにぺんをつまみあげた。にやにやと)

つづけざまに吸ってから、自信ありげにペンをつまみあげた。にやにやと

(わらいだしたのである。これはこのおとこのひどくこまったときのしぐさらしい。)

笑いだしたのである。これはこの男のひどく困ったときの仕草らしい。

(かれはひとつのなんぎをさとったのである。ぶんしょうについてであった。きゅうこうのぶんしょうは、)

彼はひとつの難儀をさとったのである。文章についてであった。旧稿の文章は、

(たけりたけってかかれている。これはどうしたってかきなおさねばなるまい。)

たけりたけって書かれている。これはどうしたって書き直さねばなるまい。

(こんなちょうしでは、ひともおのれもたのしむことができない。だいいち、ていさいが)

こんな調子では、ひともおのれも楽しむことができない。だいいち、ていさいが

(わるい。めんどうくさいが、これはかきあらためよう。きょえいしんのつよいおとこは)

わるい。めんどうくさいが、これは書き改めよう。虚栄心のつよい男は

(そうおもって、しぶしぶかきなおしはじめた。)

そう思って、しぶしぶ書き直しはじめた。

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