黒死館事件37
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問題文
(そのふぼんは、こげちゃいろにへんしょくしていて、かえってくいんあんのすかしずりがういてみえ、)
その譜本は、焦茶色に変色していて、かえって女王アンの透し刷が浮いて見え、
(かしはほとんどわからなかった。のりみずはてにとると、さっそくさいしゅうのぺーじに)
歌詞はほとんど判らなかった。法水は手に取ると、さっそく最終の頁に
(めをおとしたが、ははあ、こしきのせいおんぷきごうでかいてあるな とつぶやいただけで、)
眼を落したが、「ハハア、古式の声音符記号で書いてあるな」と呟いただけで、
(むぞうさにてーぶるのうえになげだした。そして、しずこにいった。ところでくがさん、)
無雑作に卓子の上に投げ出した。そして、鎮子に言った。「ところで久我さん、
(あなたは、このぶぶんになぜじゃくおんきふごうをつけたものか、ごしょうちですか?)
貴女は、この部分に何故弱音器符号を付けたものか、御承知ですか?」
(ぞんじませんとも しずこはひにくにわらった。consordinoには、)
「存じませんとも」鎮子は皮肉に笑った。「Consordinoには、
(じゃくおんきをつけよ いがいのいみがあるのでしょうか。それとも、)
弱音器を附けよ――以外の意味があるのでしょうか。それとも、
(hom fuge ひとのこよのがれされ とでも のりみずは、しずこのしんらつなちょうぶにも)
Hom Fuge(人の子よ逃れ去れ)とでも」法水は、鎮子の辛辣な嘲侮にも
(たじろがず、かえってこえをはげませていった。いや、かえってえっけ・ほも)
たじろがず、かえって声を励ませて云った。「いや、かえって此の人を見よ――
(のほうでしょうよ。これはわぐねるの ぱるしふぁる をみよ)
の方でしょうよ。これはワグネルの『パルシファル』を見よ――
(といっているのですからね ぱるしふぁる!?しずこはのりみずのきげんに)
と云っているのですからね」「パルシファル!?」鎮子は法水の奇言に
(めんくらったが、かれはふたたびそのもんだいにはふれず、べつのといをはっした。それから、)
面喰ったが、彼は再びその問題には触れず、別の問いを発した。「それから、
(もうひとつごむしんがあるのですが、れっさーの)
もう一つ御無心があるのですが、レッサーの
(ゆーべる・でぃ・ふぉるげ・でる・ぽすともるたらー・めかにしぇる・げヴぁるとあいんヴぃるくんげん が)
『死語機械的暴力の結果に就いて』が
(ありましたら...... たぶんあったとおもいますが としずこはしばらく)
ありましたら......」「たぶんあったと思いますが」と鎮子はしばらく
(かんがえたあとにいった。もしおいそぎでしたら、あちらのせいほんにだすざっしょのなかを)
考えた後に云った。「もしお急ぎでしたら、彼方の製本に出す雑書の中を
(さがしていただきましょう しずこにしめされたみぎてのくぐりどをあげると、そのないぶの)
探して頂きましょう」鎮子に示された右手の潜り戸を上げると、その内部の
(しょかには、さいよそいをひつようとするものがむぞうさにつきこまれていて、ただabcじゅんに)
書架には、再装を必要とするものが無雑作に突き込まれていて、ただABC順に
(ならんでいるのみだった。のりみずは、uのぶるいをさいしょからたんねんにめをとおしていったが)
列んでいるのみだった。法水は、Uの部類を最初から丹念に眼を通していったが
(やがて、かれのかおにさわやかないろがうかんだとおもうと、これだ といって、かんそな)
やがて、彼の顔に爽かな色が泛んだと思うと、「これだ」と云って、簡素な
(くろーしゅそうていのいっさつをぬきだした。みよ、のりみずのそうがんには、いじょうなこうきが)
黒布装幀の一冊を抜き出した。見よ、法水の双眼には、異常な光輝が
(みなぎっているではないか。このへんぺんたるいっさつが、はたしてなにものを)
漲っているではないか。この片々たる一冊が、はたして何ものを
(もたらそうとするのだろうか。ところが、ひょうしをひらくと、いがいなことに、かれのかおを)
薺そうとするのだろうか。ところが、表紙を開くと、意外な事に、彼の顔を
(さっときょうがくのいろがかすめた。そして、おもわずそのいっさつをゆかうえに)
サッと驚愕の色が掠めた。そして、思わずその一冊を床上に
(とりおとしてしまったのだった。どうしたのだ?けんじはびっくりして、)
取り落してしまったのだった。「どうしたのだ?」検事は吃驚して、
(つめよった。いかにも、ひょうしだけはれっさーのめいちょさ とのりみずはしたくちびるを)
詰め寄った。「いかにも、表紙だけはレッサーの名著さ」と法水は下唇を
(ぎゅっとかみしめたが、こえのふるえはおさまっていなかった。ところが、ないようは)
ギュッと噛み締めたが、声の慄えは治まっていなかった。「ところが、内容は
(もりえるの たるちゅふ なんだよ。みたまえ、どーみえのくちえで、)
モリエルの『タルチュフ』なんだよ。見給え、ドーミエの口絵で、
(あのぶらっく・もんくがわらっているじゃないか あっ、かぎがある!そのときくましろが)
あの悪党坊主が嗤っているじゃないか」「あッ、鍵がある!」その時熊城が
(とんきょうなこえでさけんだ。かれがゆかからそのいっさつをとりあげたときに、ちょうどないようの)
頓狂な声で叫んだ。彼が床からその一冊を取り上げた時に、ちょうど内容の
(ちゅうおうあたりとおぼしいあたりから、はたおののようなかたちをした、きんぞくがのぞいているのに)
中央辺と覚しいあたりから、旗斧のような形をした、金属が覗いているのに
(きがついたからだった。とりだしてみると、わがたにこふだがぶらさがっていて、)
気が付いたからだった。取り出してみると、輪形に小札がぶら下っていて、
(それにはやくぶつしつとかかれてあった。たるちゅふとふんしつしたやくぶつしつの)
それには薬物室と書かれてあった。「タルチュフと紛失した薬物室の
(かぎか......のりみずはうつろなこえでつぶやいたが、くましろをかえりみて、)
鍵か......」法水は空洞な声で呟いたが、熊城を顧みて、
(このさらしふだのいみはどうでも、だいたいはんにんのしばいっけたっぷりなところは)
「この曝し札の意味はどうでも、だいたい犯人の芝居気たっぷりなところは
(どうだ?くましろはふんまんのやりばをのりみずにむけて、どくづいた。ところが、やくしゃは)
どうだ?」熊城は憤懣の遣り場を法水に向けて、毒づいた。「ところが、役者は
(こっちのほうだといいたいくらいさ、さいしょから、しんしょうもでないくせに)
こっちの方だと云いたいくらいさ、最初から、給金もでないくせに
(わらわれどおしじゃないか どうして、あんないんきぷすそうじょうどころの)
嗤われどおしじゃないか」「どうして、あんなインキプス僧正どころの
(はなしじゃない とけんじはくましろをたしなめるようなかるいけいくをはいたが、かえって、)
話じゃない」と検事は熊城を嗜めるような軽い警句を吐いたが、かえって、
(それがぞっとするようなけつろんをひきだしてしまった。じじつまったく、)
それが慄然とするような結論を引き出してしまった。「事実まったく、
(くぉーだーこうのまくべすよう よにんのようばのかはく とでも)
クォーダー侯のマクベス様(四人の妖婆の科白)――とでも
(いいたいところなんだよ。どうしてあいつがしりょうでもなければ、のりみずくんが)
云いたいところなんだよ。どうして彼奴が死霊でもなければ、法水君が
(けんとうをつけたものを、それいぜんにかくすことなんてできるものじゃない うん、)
見当をつけたものを、それ以前に隠すことなんて出来るものじゃない」「うん、
(まさにこきみよいはいぼくさ。じつは、ぼくもじくじとなっているところなんだよ)
まさに小気味よい敗北さ。実は、僕も忸怩となっているところなんだよ」
(のりみずはなぜかふしめになって、しんけいてきないいかたをした。さっきぼくは、)
法水は何故か伏目になって、神経的な云い方をした。「先刻僕は、
(かぎのふんしつしたやくぶつしつにはんにんをはかるものがあるといった。また、えきすけのしいんに)
鍵の紛失した薬物室に犯人を秤るものがあると云った。また、易介の死因に
(あらわれたぎもんをとこうとして、れっさーのちょしょにきがついたのだ。ところが、)
現われた疑問を解こうとして、レッサーの著書に気がついたのだ。ところが、
(そのけっか、りちのしょうりょうがはんたいになってしまって、かえってこっちのほうが、)
その結果、理智の秤量が反対になってしまって、かえってこっちの方が、
(はんにんのしつらえたさらのうえにのせられてしまったのだよ。しかし、こうやって)
犯人の設えた秤皿の上に載せられてしまったのだよ。しかし、こうやって
(わらいのめんをふせておくところをみると、あんがいあのちんじゅつにも、ぼくがかんがえたような)
嗤いの面を伏せておくところを見ると、案外あの陳述にも、僕が考えたような
(ほんしつてきなきじゅつはないのかもしれない。とにかく、えきすけのさつがいも、さいしょから)
本質的な記述はないのかもしれない。とにかく、易介の殺害も、最初から
(すけじゅーるのなかにくまれてあったのだよ。どうして、あのしいんにあらわれたむじゅんが、)
計画表の中に組まれてあったのだよ。どうして、あの死因に現われた矛盾が、
(ぐうぜんなもんか のりみずは、かれがれっさーのちょじゅつをもくしたりゆうを)
偶然なもんか」法水は、彼がレッサーの著述を目した理由を
(あきらかにしなかったけれども、ともかくそこにいたるまでのかれらのしんろが、)
明らかにしなかったけれども、ともかくそこに至るまでの彼等の進路が、
(ふがいないことに、はんにんのしんけいせんいのうえをあるいていたものであることは)
腑甲斐ないことに、犯人の神経繊維の上を歩いていたものであることは
(たしかだった。のみならず、ここであきらかに、はんにんがてぶくろをなげたということも、)
確かだった。のみならず、ここで明らかに、犯人が手袋を投げたということも、
(また、そうぞうをぜっしているそのちょうじんせいも、このひとつでじゅうぶんうらがきされたといえよう。)
また、想像を絶しているその超人性も、この一つで十分裏書されたと云えよう。
(やがて、もとのしょこにもどると、のりみずはみせいりこのできごとをあからさまにはいわず、)
やがて、旧の書庫に戻ると、法水は未整理庫の出来事をあからさまには云わず、
(しずこにたずねた。とうとう、じけんのはどうがこのとしょしつにもおよんできましたよ。)
鎮子に訊ねた。「遂々、事件の波動がこの図書室にも及んできましたよ。
(さいきんこのくぐりどをとおったじんぶつをごきおくでしょうか まあ、そんなことですか。)
最近この潜り戸を通った人物を御記憶でしょうか」「マア、そんな事ですか。
(では、このいっしゅうかんほどのあいだだんねべるぐさまばかりともうしあげたら)
では、この一週間ほどのあいだダンネベルグ様ばかりと申し上げたら」
(としずこのとうべんは、このばあいきべんとしかおもわれなかったほどにいがいなものだった。)
と鎮子の答弁は、この場合詐弁としか思われなかったほどに意外なものだった。
(あのかたはなにかおしりになりたいものがあったとみえて、このみせいりこのなかを)
「あの方は何かお知りになりたいものがあったと見えて、この未整理庫の中を
(しきりにさがしておいでのようでございましたが さくやはどうなんです?)
頻りに捜してお出でのようでございましたが」「昨夜はどうなんです?」
(とくましろは、たまりかねたようなこえでいった。それが、あいにくとだんねべるぐさまの)
と熊城は、たまりかねたような声で云った。「それが、生憎とダンネベルグ様の
(おつきそいで、としょしつにかぎをおろすのをうっかりしてしまいました とむぞうさにこたえて、)
お附添で、図書室に鍵を下すのを迂闊してしまいました」と無雑作に答えて、
(それからしずこは、のりみずにひにくなびしょうをおくった。つきましてはあなたに、)
それから鎮子は、法水に皮肉な微笑を送った。「つきましては貴方に、
(しゅたいん・でる・ヴぁいぜんをおおくりしたいとおもうのですが、くにっぱーの)
賢者の石をお贈りしたいと思うのですが、クニッパーの
(ふぃじかる・ぐらふぉろじい ではいかがでございましょう?いや、かえってほしいのは)
『生理的筆蹟学』ではいかがでございましょう?」「いや、かえって欲しいのは
(まーろーの とらじかる・ひすとりー・おヴ・どくたー・ふぉーすたす なんですよ)
マーローの『ファウスト博士の悲史』なんですよ」
(とのりみずがあげたそのいっさつのなは、じゅもんのほんしつをしらないあいてのれいしょうを)
と法水が挙げたその一冊の名は、呪文の本質を知らない相手の冷笑を
(はじきかえすにはじゅうぶんだったが、なおそれいがいに、ろすこふの)
弾き返すには十分だったが、なおそれ以外に、ロスコフの
(でぃ・しゅとぅでぃえ・ふぉん・ふぉるくすぶっふ ふぁうすとのでんせつのげんぽんとしょうされている 、)
「Volksbuchの研究」(ファウストの伝説の原本と称されている)、
(ばるとの ゆーべるひすてりっしぇ・しゅらふつてんで 、うっずの)
バルトの「ヒステリー性睡眠状態に就いて」、ウッズの
(めんたる・えんど・もらる・ひでぃりてぃ・いん・ろやりてぃ をもしゃくようしたいむねをのべて、)
「王家の遺伝」をも借用したい旨を述べて、
(としょしつをでた。そして、かぎがてにはいったのをしおに、つづいてやくぶつしつを)
図書室を出た。そして、鍵が手に入ったのを機に、続いて薬物室を
(しらべることになった。)
調べることになった。