黒死館事件52

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(それからぼくののうりで、そのひとつのしんぞうが、しだいにおおきなぎゃくせつとなって)

「それから僕の脳裡で、その一つの心像が、しだいに大きな逆説となって

(そだっていったのですが、しかし、さっきあなたのくちから、ようやくそのしんそうが)

育っていったのですが、しかし、先刻貴方の口から、ようやくその真相が

(はかれました。そして、ぼくのさんていがおわったのです なんといわれる。)

吐かれました。そして、僕の算定が終ったのです」「何と云われる。

(わしのくちからとは?しんさいはおどろきあきれるよりも、しゅんかんへんてんしたあいてのこうふんに、)

儂の口からとは?」真斎は驚き呆れるよりも、瞬間変転した相手の口吻に、

(ちょうろうされたようないきどおりをあらわした。それが、あなたにあるたったひとつの)

嘲弄されたような憤りを現わした。「それが、貴方にあるたった一つの

(しょうがいなのじゃ。ゆがんだくうそうのために、じょうきをいっしとるのです。)

障害なのじゃ。歪んだ空想のために、常軌を逸しとるのです。

(わしはうそののろしにはおどろかんて はははは、うそののろしですか のりみずはとたんに)

儂は虚妄の烽火には驚かんて」「ハハハハ、虚妄の烽火ですか」法水はとたんに

(ばくしょうをあげたが、しずかなせんれんされたちょうしでいった。いや、)

爆笑を上げたが、静かな洗煉された調子で云った。「いや、

(ほわい・れっと・ぜ・すとりくん・でぃーあ・ごー・ういーぷ・ぜ・はーと・あんぎゃらんと・ぷ れい)

打たれし牝鹿は泣きて行け、無情の牡鹿は戯るる――

(のほうでしょうよ。しかし、さっきあなたは、ぼくが ごんざーごごろし のなかの)

の方でしょうよ。しかし、先刻貴方は、僕が『ゴンザーゴ殺し』の中の

(ざう・みっくすちゅあ・らんく・おヴ・みっどないと・ういーず・これくてっど というと、そのつぎのくの)

汝真夜中の暗きに摘みし草の息液よ――と云うと、その次句の

(ういず・へきっつ・ばん・すらいす・ぷらすてっど・すらいす・いんふぇくてっど でこたえましたっけね。)

三たび魔女の呪詛に萎れ毒気に染みぬる――で答えましたっけね。

(そのときどうして、すらいすいごのいんりつをうしなってしまったのでしょう。)

その時どうして、三たび以後の韻律を失ってしまったのでしょう。

(また、どうしたりゆうかそれをいいなおしたときに with hecates を)

また、どうした理由かそれを云い直した時に With Hecates を

(いっせつにして、ban と thrice とをあわせ、しかもまた)

一節にして、Ban と thrice とを合わせ、しかもまた

(いぶかしいことには、その banthrice をくちにしたときに、あなたはいきなり)

訝しいことには、その Banthrice を口にした時に、貴方はいきなり

(かおいろをうしなってしまったのです。もちろんぼくのもくてきは、ぶんけんがくじょうの)

顔色を失ってしまったのです。勿論僕の目的は、文献学上の

(こうとうひはんをしようとしたのではありません。このじけんのほったんとそっくりで、)

高等批判をしようとしたのではありません。この事件の発端とそっくりで、

(じつにものものしくこけおどしてきな、うぃず・へきっつ・ばん・・・・・・いかをあなたのくちから)

実に物々しく白痴嚇的な、三たび魔女の……以下を貴方の口から

(はかせようとしたからです。つまり、しごには、とくにきょうれつなれんごうさようが)

吐かせようとしたからです。つまり、詩語には、特に強烈な聯合作用が

など

(あらわれる という、ぶるーどんのせおりーをひょうせつして、それを、さつじんじけんの)

現われる――という、ブルードンの仮説を剽竊して、それを、殺人事件の

(しんりしけんにことなったかたちでおうようしようとしたのです。いわば、ぶそうをかくしたしの)

心理試験に異なった形態で応用しようとしたのです。云わば、武装を隠した詩の

(けいしきでしょうかな。それで、あなたのしんけいうんどうをぎんみしようとこころみたのですが、)

形式でしょうかな。それで、貴方の神経運動を吟味しようと試みたのですが、

(とうとうそのなかから、ひとつのゆうれいてきなあくせんとをつまみだしましたよ。)

とうとうその中から、一つの幽霊的な強音を摘み出しましたよ。

(ところでばーべーじ えどまんど・きーんいぜんのしぇーく・すぴあげきめいゆう は、しぇーく・すぴあの)

ところでバーベージ(エドマンド・キーン以前の沙翁劇名優)は、沙翁の

(さくちゅうにりつごてきなぶぶん、すなわちぎりしゃしきりょうてきいんりつほうがおおいのをしてきしていますね。)

作中に律語的な部分、すなわち希臘式量的韻律法が多いのを指摘していますね。

(つまり、ひとつのながいしらぶるが、りょうにおいてふたつのみじかいしらぶるにひとしいというのが)

つまり、一つの長い音節が、量において二つの短い音節に等しいというのが

(げんそくで、それに、あそてれーしょん・えんどらいむ・あくせんとなどをあんばいしたあいあむばすをつくって、)

原則で、それに、頭韻・尾韻・強音などを按配した抑揚格を作って、

(しけいにおんがくてきせんりつをうんでいくのです。ですから、いちごでもそのろうしょうほうをあやまると)

詩形に音楽的旋律を生んでいくのです。ですから、一語でもその朗誦法を誤ると

(いんりつがぜんぶのふしにわたってこんらんしてしまいます。しかしあなたがすらいすでつかえて、)

韻律が全部の節にわたって混乱してしまいます。しかし貴方が三たびで逼えて、

(それいごのいんりつをうしなってしまったのは、けっしてぐうぜんのじこではないのですよ。)

それ以後の韻律を失ってしまったのは、けっして偶然の事故ではないのですよ。

(そのいちごには、すくなくともあいくちくらいのしんりてきこうかがあるからなんです。)

その一語には、少なくとも匕首くらいの心理的効果があるからなんです。

(ですからあなたは、それがぼくをしげきするのにきがついたので、すぐに)

ですから貴方は、それが僕を刺戟するのに気がついたので、すぐに

(あわてふためいていいなおしたのでしょう。けれども、そのふくしょうには、いまもいった)

周章てふためいて云い直したのでしょう。けれども、その復誦には、今も云った

(いんりつほうをむししなければなりませんでした。それがぼくのおもうつぼだったので、)

韻律法を無視しなければなりませんでした。それが僕の思う壺だったので、

(かえってしゅうしゅうのつかないこんらんをまねいてしまったのです。というのは、)

かえって収拾のつかない混乱を招いてしまったのです。と云うのは、

(thrice をさけて、ぜんせつの ban とつづけた banthrice が)

thrice を避けて、前節の Ban と続けた Banthrice が

(banshee けるとでんせつにあるのりしば がへんしのかどべにたつとき)

Banshee(ケルト伝説にある告死婆)が変死の門辺に立つとき

(ばけるというろうじん すなわち banthrice のように)

化けると云う老人――すなわち Banthrice のように

(ひびくからなんですよ。ねえたごうさん、ぼくがもちだしたざう・みっくすちゅあ・らんく.....)

響くからなんですよ。ねえ田郷さん、僕が持ち出した汝真夜中の.....

(のいっくには、こういうぐあいに、にじゅうにもさんじゅうにもかんせいがもうけられて)

の一句には、こういう具合に、二重にも三重にも陥穽が設けられて

(あったのです。もちろんぼくは、あなたがこのじけんで、ばんしゅらいすのやくわりを)

あったのです。勿論僕は、貴方がこの事件で、告死老人の役割を

(つとめていたとはおもいませんが、しかしその、へかてがのろいどくにしんだという)

つとめていたとは思いませんが、しかしその、魔女が呪い毒に染んだという

(すらいすは、いったいなにごとをいみしているんでしょうか。)

三たびは、いったい何事を意味しているんでしょうか。

(だんねべるぐふじん......えきすけ......そうしてさんどめは?)

ダンネベルグ夫人......易介......そうして三度目は?」

(そういってのりみずは、しばらくあいてをせいししていたが、しんさいのかおは、しだいに)

そう云って法水は、しばらく相手を正視していたが、真斎の顔は、しだいに

(もうろうとしたぜつぼうのいろにつつまれていった。のりみずはつづけて、それからぼくは、)

朦朧とした絶望の色に包まれていった。法水は続けて、「それから僕は、

(その ごんざーごごろし のすらいすをふたたびそじょうにのせて、こんどははんたいに、)

その『ゴンザーゴ殺し』の三たびを再び俎上に載せて、今度は反対に、

(かこうしていくきょくせんとしてかんさつしたのです。そして、いよいよそのいちごに、)

下降して行く曲線として観察したのです。そして、いよいよその一語に、

(きょうじゅつのしんりをてっとうてつびしはいしている、おそろしいちからがあるのをたしかめることが)

供述の心理を徹頭徹尾支配している、恐ろしい力があるのを確かめることが

(できました。そのために、ぽーぷの れーぶ・おヴ・ぜ・ろっく のなかでいちばんおどけている、)

出来ました。そのために、ポープの『髪盗み』の中で一番道化ている、

(めん・ぶるーヴ・ういず・ちゃいるど・あず・ぱわーふる・ふぁんしい・うぉーくす をひきだして、)

異常に空想が働き、男自ら妊れるものと信ずるならん――を引き出して、

(ごうもしんじゅうさくぼうのないのを、あなたにほのめかしたのです。ところが、そのつぎくの、)

毫も心中策謀のないのを、貴方に仄めかしたのです。ところが、その次句の、

(えんど・めいど・たーんと・ぼとるす・こーる・あらうど・ふぉあ・こーくす・すらいす でこたえたあなたは、)

処じょは壺になったと思い、三たび声を上げて栓を探す――で答えた貴方は、

(そのなかに thrice というじがあるのをほとんどいしきしないかのように、)

その中に thrice という字があるのをほとんど意識しないかのように、

(へいぜんとしかも、きわめてほんかくてきなろうしょうほうでくちにしているではありませんか。)

平然としかも、きわめて本格的な朗誦法で口にしているではありませんか。

(もちろんそれは、しかんしたしんりじょうたいにありがちなもうてんげんしょうです。さらに、ぜんごの)

勿論それは、弛緩した心理状態にありがちな盲点現象です。さらに、前後の

(ふたつをたいひしてみると、おなじ thrice いちじでも、ごんざーごごろし に)

二つを対比してみると、同じ thrice 一字でも、『ゴンザーゴ殺し』に

(あらわれているのと れーぶ・おぶ・ぜ・ろっく のそれとでは、しんりてきえいきょうにおいて、)

現われているのと『髪盗み』のそれとでは、心理的影響において、

(いちじるしいさいがあるのをはかることができたのでした。そこでぼくは、けつろんより)

いちじるしい差異があるのを測ることが出来たのでした。そこで僕は、結論より

(いっそうかくじつにするために、こんどはせれなふじんから、さくやこのやかたにいた)

いっそう確実にするために、今度はセレナ夫人から、昨夜この館にいた

(かぞくのかずをひきだそうとこころみました。ところが、ぼくのいったごっとふりーとの)

家族の数を引き出そうと試みました。ところが、僕の云ったゴットフリートの

(うぁす・ひえるて・みっひ・だす・いひす・にひと・ほいて・といふぇる にたいして、)

吾今ただちに悪魔と一つになるを誰か妨げ得べき――に対して、

(そのつぎくの ぜっひ・しゅてむべる・しゅれっけん・けっと・どぅるひ・まいん・げばいん)

セレナ夫人は、その次句の――短剣の刻印に吾身は慄え戦きぬ――

(でこたえたのです。しかし、なぜか sech たんけん というとろうばいのいろが)

で答えたのです。しかし、何故か sech(短剣)と云うと狼狽の色が

(あらわれて、しかもぜっひ・しゅてむべると、ありてれーしょんをひびかせてひとつのしらぶるにしていうところを)

現われて、しかも短剣の刻印と、頭韻を響かせて一つの音節にして云うところを

(sech と stempel こくいん のあいだにふひつようなぽーずをおいたのですから)

sech と Stempel(刻印)の間に不必要な休止を置いたのですから

(それいかのいんりつをこんらんにおとしいれてしまったことはいうまでもありません、)

それ以下の韻律を混乱に陥れてしまったことは云うまでもありません、

(なぜせれなふじんは、そういうばかげたろうしょうほうをおこなったのでしょうか。)

何故セレナ夫人は、そういう莫迦げた朗誦法を行ったのでしょうか。

(それはとりもなおさず、sechs tempel むっつのみや とひびくのを)

それはとりもなおさず、Sechs Tempel(六つの宮)と響くのを

(おそれたからです。そのでんせつしのこうはんにあらわれて、)

懼れたからです。その伝説詩の後半に現われて、

(でいふぉでゅるむ げんざいのめっつふきん のりょうしゅのまほうでヴぁるぷるぎす・なはとの)

『神の砦』(現在のメッツ附近)の領主の魔法でヴァルプルギス・ナハトの

(しんりんちゅうにしゅつげんするという そのむっつめのしんでんにはいると、はいったにんげんのすがたは)

森林中に出現すると云う――その六つ目の神殿に入ると、入った人間の姿は

(ふたたびみられないというのですからね。ですから、せれなふじんが)

再び見られないと云うのですからね。ですから、セレナ夫人が

(とわずかたらずのうちにあんじした、そのろくばんめのじんぶつというのは......。)

問わず語らずのうちに暗示した、その六番目の人物と云うのは......。

(いや、さくやこのやかたから、とつぜんきえさったろくにんめがあったということは、)

いや、昨夜この館から、突然消え去った六人目があったという事は、

(ぼくのしんけいにうつったあなたがたふたりのしんぞうだけででも、もはやひていするよちが)

僕の神経に映った貴方がた二人の心像だけででも、もはや否定する余地が

(なくなりました。こうして、ぼくのもうじんぞうけいはかんせいされたのです しんさいは、)

なくなりました。こうして、僕の盲人造型は完成されたのです」真斎は、

(たまりかねたらしく、ひじかけをにぎったりょうてがあやしくもふるえだした。)

たまりかねたらしく、肱掛を握った両手が怪しくも慄え出した。

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