黒死館事件71
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問題文
(しかし、しつないをいちじゅんして、ようやくすいぎゅうのつのとあざらしのついたヴぁいきんぐふうの)
しかし、室内を一巡して、ようやく水牛の角と海豹の附いた北方海賊風の
(かぶとのまえまでくると、かれはかたわらのへきめんにある、ふつりあいなくうかんにそそいだめをかえして、)
兜の前まで来ると、彼は側の壁面にある、不釣合な空間に注いだ眼を返して、
(すぐそのまえのゆかから、いっちょうのかじゅつどをひろいあげた。それは、ぜんちょうさんじゃくもある)
すぐその前の床から、一張の火術弩を拾い上げた。それは、全長三尺もある
(ふぃんらんだーしきのもので、かやくをからめたおにやをはっしゃして、てきせきにさしこみ、)
フィンランダー式のもので、火薬を絡めた鬼箭を発射して、敵塞に射込み、
(さっしょうしょうかいをかねるというこくれつなぶきだった。ところで、そのこうぞうをがいじゅつすると、)
殺傷焼壊を兼ねるという酷烈な武器だった。ところで、その構造を概述すると、
(きゅうけいにつけられたひねりひものつるをちゅうおうのはんどるまでひき、はっしゃするときは、そのはんどるを)
弓形に附けられた撚紐の弦を中央の把手まで引き、発射する時は、その把手を
(よこだおしにするというそうちで、かほうしょきごろのまきがみしきにくらべると、きわめてようちな)
横倒しにするという装置で、火砲初期頃の巻上式に比べると、きわめて幼稚な
(じゅうさんせいきあたりのものにそういなかった。すなわち、このひとつのかじゅつどから)
十三世紀あたりのものに相違なかった。すなわち、この一つの火術弩から
(はっしゃされたおにやが、くりヴぉふふじんにせいしのさーかすをえんぜしめたのであった。)
発射された鬼箭が、クリヴォフ夫人に生死の大曲芸を演ぜしめたのであった。
(が、それがかかげられていたへきめんのいちは、ちょうどのりみずのちさがりへんにあたっていた。)
が、それが掲げられていた壁面の位置は、ちょうど法水の乳下辺に当っていた。
(またそれとどうじに、くましろがいしたくのうえにあったおにやをもってきたけれども、)
またそれと同時に、熊城が石卓の上にあった鬼箭を持って来たけれども、
(そのやがらはにせんちにあまり、やじりはせいどうせいのよつまたになっていて、こうのとりのうもうでつくった)
その矢柄は二センチに余り、鏃は青銅製の四叉になっていて、鴻の羽毛で作った
(やはずといい、みるからにきょうじんきょうぼうをきわめ、くりヴぉふふじんをけんすいしながら)
矢筈と云い、見るからに強靱兇暴をきわめ、クリヴォフ夫人を懸垂しながら
(とっしんするだけのきょうりょくは、それにじゅうぶんうかがわれるのだった。のみならず、)
突進するだけの強力は、それに十分窺われるのだった。のみならず、
(どにもやにも、しもんはおろかしとうをふれたけいせきさえなかったのであるが、)
弩にも箭にも、指紋はおろか指頭を触れた形跡さえなかったのであるが、
(そのうえ、ぎもんはまずくましろのくちからはっせられて、しぜんはっしゃせつはさいしょから)
その上、疑問はまず熊城の口から発せられて、自然発射説は最初から
(へんえいもなかったのである。なぜなら、じけんはっせいのちょくぜんには、そのかじゅつどはやを)
片影もなかったのである。何故なら、事件発生の直前には、その火術弩は箭を
(つがえたまま、まどのほうへやじりをむけてかかっていたのだし、そのそうさは、じょせいでもあながち)
番えたまま、窓の方へ鏃を向けて掲っていたのだし、その操作は、女性でも強ち
(できえないこともないからであった。くましろはまず、とうじなかばひらいていたみぎがわの)
出来得ないこともないからであった。熊城はまず、当時半ば開いていた右側の
(よろいどから、そのへきめんにかけてゆびでちょくせんをひいた。のりみずくん、たかさはちょうど)
鎧扉から、その壁面にかけて指で直線を引いた。「法水君、高さはちょうど
(ころあいだがね。しかし、よろいどまでのかくどが、てんでにじゅうごどいじょうも)
頃合だがね。しかし、鎧扉までの角度が、てんで二十五度以上も
(くいちがっている。もし、なにかのげんいんでしぜんはっしゃがされたとすれば、へきめんとへいこうに)
喰い違っている。もし、何かの原因で自然発射がされたとすれば、壁面と平行に
(すみのきばそうこうへぶつからなきゃならんよ。きっとはんにんは、しゃがんでこのいしゆみをひいたに)
隅の騎馬装甲へ打衝らなきゃならんよ。きっと犯人は、踞んでこの弩を引いたに
(ちがいないんだ だが、はんにんはひょうてきをいそんじたのだ。それがぼくには、なにより)
違いないんだ」「だが、犯人は標的を射損じたのだ。それが僕には、何より
(ふしぎにおもわれるんだがね と、つめをかみながらのりみずはうかぬかおでつぶやいた。)
不思議に思われるんだがね」と、爪を噛みながら法水は浮かぬ顔で呟いた。
(だいいち、きょりがちかい。それに、このいしゆみにはひょうしゃくがある。そのときくりヴぉふは、)
「第一、距離が近い。それに、この弩には標尺がある。その時クリヴォフは、
(はいごをむけていすからくびだけをだしていたのだ。そのこうとうぶをねらうのは、おそらく)
背後を向けて椅子から首だけを出していたのだ。その後頭部を狙うのは、恐らく
(てるが、むしばりでりんごをさすよりたやすいだろうとおもうが ではのりみずくん、きみは)
テルが、虫針で林檎を刺すより容易いだろうと思うが」「では法水君、君は
(いったいなにをかんがえているんだね とそれまでなにものかきたいしていたけんじは、)
いったい何を考えているんだね」とそれまで何ものか期待していた検事は、
(しゅういのつみいしをしらべあるいて、しっくいにそれらしいやぶれめでもみいだそうとしていた。)
周囲の積石を調べ歩いて、漆喰にそれらしい破れ目でも見出そうとしていた。
(が、むなしくもどってくると、のりみずにするどくたずねた。すると、のりみずはいきなりまどぎわへ)
が、空しく戻って来ると、法水に鋭く訊ねた。すると、法水は突然窓際へ
(あゆみよっていき、そこからまどごしに、ぜんぽうのふんせんをゆびさしていった。ところで)
歩み寄って行き、そこから窓越しに、前方の噴泉を指差して云った。「ところで
(もんだいというのが、あのうぉーたー・さーぷらいずなんだよ。あれは、ばろっくじだいにさかった)
問題と云うのが、あの驚駭噴泉なんだよ。あれは、バロック時代に盛った
(あくしゅみのさんぶつなんだが、あれにはすいあつがりようされていて、だれかいっていのきょりに)
悪趣味の産物なんだが、あれには水圧が利用されていて、誰か一定の距離に
(ちかづくものがあると、そのそばにあたるぐんぞうから、ふいにすいえんがあがるという)
近づく者があると、その側に当る群像から、不意に水煙が上るという
(そうちになっているのだ。ところが、このまどがらすをみると、まだなまなましげなしぶきの)
装置になっているのだ。ところが、この窓硝子を見ると、まだ生々しげな飛沫の
(あとがのこされている。してみると、きわめてちかいじかんのうちに、あのふんせんに)
跡が残されている。してみると、きわめて近い時間のうちに、あの噴泉に
(ちかづいて、すいえんをあげさせたものがなけりゃならない。もちろんそれだけなら、)
近づいて、水煙を上げさせたものがなけりゃならない。勿論それだけなら、
(さしてあやしむべきことでもないだろう。ところが、きょうはびふうもないのだ。)
さして怪しむべき事でもないだろう。ところが、今日は微風もないのだ。
(そうなると、しぶきがここまでなぜにきたか というぎもんがおこってくる。)
そうなると、飛沫がここまで何故に来たか――という疑問が起ってくる。
(はぜくらくん、それが、またじつにおもしろいれいだいなんだよ とつづいていいかけたのりみずのかおに)
支倉君、それが、また実に面白い例題なんだよ」と続いて云いかけた法水の顔に
(みるみるあんえいがさしてゆき、かれはかびんそうにめをひからせた。とにかく、)
みるみる暗影が差してゆき、彼は過敏そうに眼を光らせた。「とにかく、
(らいぷちっひはにいわせたら、こんにちのくりみなる・じちゅあちよんはぜーる・しゅりひと)
ライプチッヒ派に云わせたら、今日の犯罪状況はきわめて単純なり――
(というところだろう。なにものかがようかいてきなせんにゅうをして、あのあかげのゆだやばばあの)
と云うところだろう。何者かが妖怪的な潜入をして、あの赤毛の猶太婆の
(こうとうぶをねらった。そして、いそんずるとどうじに、そのすがたが)
後頭部を狙った。そして、射損ずると同時に、その姿が
(かききえてしまった と。もちろん、そのふかかいきわまるしんにゅうには、)
掻き消えてしまった――と。勿論、その不可解きわまる侵入には、
(あのbehind stairs だいかいだんのうら のいちごが、いちみゃくのきぼうを)
あのBehind stairs(大階段の裏)の一語が、一脈の希望を
(もたせるだろう。けれども、ぼくのよかんがくるわないかぎりは、たとえげんしょうてきに)
持たせるだろう。けれども、僕の予感が狂わない限りは、仮令現象的に
(かいけつしてもだよ。きょうのできごとをきえんとして、このじけんのめかくしがじつに)
解決してもだよ。今日の出来事を機縁として、この事件の目隠しが実に
(あつくなるだろうとおもわれるのだ。あのすいえん それをしんぴてきにいえば、うんでぃねが)
厚くなるだろうと思われるのだ。あの水煙――それを神秘的に云えば、水精が
(ざらまんだーにかわり、しかもいそんじたのだ と また、はるつふうけいかい。)
火精に代り、しかも射損じたのだ――と」「また、妖精山風景かい。
(だがいったい、そんなことをほんきでいうのかね けんじはたばこのはしをぐいとかんで、)
だがいったい、そんなことを本気で云うのかね」検事は莨の端をグイと噛んで、
(ひなんのやをはなった。のりみずはゆびさきをしんけいてきにうごかして、まどがまちをたたきながら、)
非難の矢を放った。法水は指先を神経的に動かして、窓框を叩きながら、
(そうだとも。あのあいすべきあまのじゃくには、しだいにもくしずのけいじをむししてゆく)
「そうだとも。あの愛すべき天邪鬼には、しだいに黙示図の啓示を無視してゆく
(けいこうがある。つまり、こくしかんさつじんじけんこんぽんのてきすとさえ、がんろうしてるんだぜ。)
傾向がある。つまり、黒死館殺人事件根元の教本さえ、玩弄してるんだぜ。
(がりばるだはさかさになってころさるべし それはのぶこのしっしんしたいに)
ガリバルダは逆さになって殺さるべし――それは伸子の失神姿体に
(あらわれている。それから、めをおおわれてころさるべきはずのくりヴぉふがあぶなく)
現われている。それから、眼を覆われて殺さるべきはずのクリヴォフが危なく
(ちゅうにうかんでころされるところだったのだ。そのとき、ちゅうたかくにあがったうぉーたー・さーぷらいずの)
宙に浮んで殺されるところだったのだ。その時、宙高くに上った驚駭噴泉の
(すいえんが、めにみえないてでみちびかれたのだよ。そして、このへやのまどに、おどろと)
水煙が、眼に見えない手で導かれたのだよ。そして、この室の窓に、おどろと
(ただよいよってきたものがあったのだ。いいかねはぜくらくん、それがこのじけんの)
漂い寄って来たものがあったのだ。いいかね支倉君、それがこの事件の
(でものろじいなんだぜ。びょうてきな、しかもこれほどこうしきてきなふごうが、じじつぐうぜんに)
悪魔学なんだぜ。病的な、しかもこれほど公式的な符号が、事実偶然に
(そろうものだろうか そのいちじは、かつてけんじが、ぎもんいちらんひょうのなかに)
そろうものだろうか」その一事は、かつて検事が、疑問一覧表の中に
(くわえたほどで、ほうはくとほんたいをへだてているほそくしがたいきりのようなものだった。)
加えたほどで、磅はくと本体を隔てている捕捉し難い霧のようなものだった。
(しかし、こうのりみずからあからさまにしてきされてしまうと、このじけんの)
しかし、こう法水から明らさまに指摘されてしまうと、この事件の
(はんざいげんしょうよりも、そのなかにいんいんとしたすがたでふどうしているしょうきのようなものかたに、)
犯罪現象よりも、その中に陰々とした姿で浮動している瘴気のようなもの方に、
(よりいじょうぞっとくるものをおぼえるのだった。が、そのときどあがひらいて、しふくに)
より以上慄然とくるものを覚えるのだった。が、その時扉が開いて、私服に
(ごえいされたせれなふじんとれヴぇずしがはいってきた。ところが、はいりしなにさんにんの)
護衛されたセレナ夫人とレヴェズ氏が入って来た。ところが、入りしなに三人の
(ちんうつなようすをいちべつしたとみえて、あのみたところおんわそうなせれなふじんが、)
沈鬱な様子を一瞥したとみえて、あの見たところ温和そうなセレナ夫人が、
(ろくろくにあいさつもかえさず、いしたくのうえにあらあらしいかたてづきをしていった。)
碌々に挨拶も返さず、石卓の上に荒々しい片手突きをして云った。