黒死館事件85
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問題文
(・・・・・・そのひはたしか、さくねんのさんがつじゅうににちだったとおもいますが、とつぜんせんしゅが)
その日はたしか、昨年の三月十二日だったと思いますが、突然先主が
(わしをよびつけたのでなにかとおもうと、きょうぐうぜんおもいたったので、ここでゆいごんしょを)
儂を呼びつけたので何かと思うと、今日偶然思い立ったので、ここで遺言書を
(さくせいするともうされたのでした。そして、わしとふたりでしょさいにはいって、)
作成すると申されたのでした。そして、儂と二人で書斎に入って、
(わしはへだたったいすのむこうから、せんしゅがしきりにそうあんをしたためているのを)
儂は隔った椅子の向うから、先主がしきりに草案を認めているのを
(ながめておりました。それは、おくたーヴぉはんがたのしょかんしに)
眺めておりました。それは、オクターヴォ判型の書簡紙に
(にまいほどのものでしたが、したためおわると、そのうえにきんぷんをまいて、さらに)
二枚ほどのものでしたが、認め終ると、その上に金粉を撒いて、さらに
(しりんどりかる・しーるでおしました。たぶんあなたは、あのかたがいっさいをあんしゃんれじいむにあつかうのを)
廻転封輪で捺しました。たぶん貴方は、あの方がいっさいを旧制度的に扱うのを
(つまり、そのふっこしゅみをごぞんじでしょうな。ところで、それがすむと、)
つまり、その復古趣味を御存じでしょうな。ところで、それが済むと、
(そのふたばをきんこのひきだしのなかにおさめて、とうやはへやのないがいにげんじゅうなはりばんをたて、)
その二葉を金庫の抽斗の中に蔵めて、当夜は室の内外に厳重な張番を立て、
(そのはっぴょうをよくじつおこなうことになりました。ところが、よくあさになると、ずらりと)
その発表を翌日行うことになりました。ところが、翌朝になると、ズラリと
(かぞくをならべたまえで、せんしゅはなんとおもったか、いきなりそのなかのいちようを)
家族を並べた前で、先主はなんと思ったか、いきなりその中の一葉を
(やぶってしまったのです。そして、そのずたずたにすんだんしたものにさらに)
破ってしまったのです。そして、そのズタズタに寸断したものにさらに
(ひをつけて、またそのはいをこなごなにして、それをとうとう、まどからあめのなかに)
火をつけて、またその灰を粉々にして、それをとうとう、窓から雨の中に
(なげすててしまいました。そのしゅうとうをきわめた、いかにもさいげんされるのを)
投げ捨ててしまいました。その周到をきわめた、いかにも再現されるのを
(おそれるようなこういをみても、そのないようがうたがいもなく、いじょうにしれつなひみつだったに)
懼れるような行為を見ても、その内容が疑いもなく、異常に熾烈な秘密だったに
(そういありません。そして、のこったいちようをげんぷうして、それをきんこのなかにおさめ、)
相違ありません。そして、残った一葉を厳封して、それを金庫の中に蔵め、
(しごいちねんめにひらくようわしにもうしわたされました。ですから、あのきんこは、)
死後一年目に開くよう儂に申し渡されました。ですから、あの金庫は、
(まだひらくじきがとうらいしていないのですよ。のりみずさん、わしにはどうしても、)
まだ開く時機が到来していないのですよ。法水さん、儂にはどうしても、
(こじんのいしをあざむくことができんのです。しかしつまるところほうりつというものは、)
故人の意志を欺くことが出来んのです。しかしつまるところ法律と云うものは、
(ちほうのはふうにすぎんのでしょう。どんなにひみつっぽいわかんのびがあろうとも、)
痴呆の羽風にすぎんのでしょう。どんなに秘密っぽい輪奐の美があろうとも、
(あのぶさほうなかぜは、けっしてようしゃせんでしょうからな。よろしい、わしは)
あの無作法な風は、けっして容赦せんでしょうからな。よろしい、儂は
(あなたがたがなされるままに、いつまででもぼうかんしとりましょう とはかせは)
貴方がたが為されるままに、いつまででも傍観しとりましょう」と博士は
(かちほこったようにいいはなったが、さっきからたえずうかんではきえていたふあんのいろが)
勝ち誇ったように云い放ったが、先刻から絶えず泛んでは消えていた不安の色が
(いきなりがんめんいっぱいにひろがってきて、だが、あなたのいわれたひとことは、)
いきなり顔面一杯に拡がってきて、「だが、貴方の云われた一言は、
(ききずてになりませんぞ。いいですかな、さくせいしたとうやはげんじゅうなかんしで)
聴き捨てになりませんぞ。いいですかな、作成した当夜は厳重な監視で
(まもられていた そして、せんしゅはやきすてたのこりのいちようをきんこにおさめて)
護られていたそして、先主は焼き捨てた残りの一葉を金庫に蔵めて
(そのもじあわせのふごうもかぎも といいかけて、ぽけっとからふちょうとかぎをつきだした。)
その文字合せの符号も鍵も」と云い掛けて、衣袋から符帳と鍵を突き出した。
(そして、それをそぼうなてふでがちゃりとたくじょうにおいた。いかがですのりみずさん、)
そして、それを粗暴な手附でガチャリと卓上に置いた。「いかがです法水さん、
(ういっとやゆーもあでは、あのどあはあけられんでしょうからな。それとも、)
機智や飄逸では、あの扉は開けられんでしょうからな。それとも、
(てるみっとでしょうか。いやとにかく、あなたがああいうきげんをおはきになるには、)
熔鉄剤でしょうか。いやとにかく、貴方がああいう奇言をお吐きになるには、
(むろんそうとうなろんきょがおありのうえでしょう のりみずはけむりのわをてんじょうにはいて、)
無論相当な論拠がおありの上でしょう」法水は烟の輪を天井に吐いて、
(うそぶくようにいった。いや、じつにきみょうなことです。じっさいきょうのぼくは、いととか)
嘯くように云った。「いや、実に奇妙な事です。実際今日の僕は、糸とか
(せんとかいうものにひどくうんめいづけられていましてな。つまり、あのときも)
線とかいうものにひどく運命づけられていましてな。つまり、あの時も
(またきれなかったということが、ゆいごんしょのないようをうしなわせたげんいんだと)
また切れなかったということが、遺言書の内容を失わせた原因だと
(しんじているのですよ のりみずのいちゅうにひそんでいるものは、ばくとして)
信じているのですよ」法水の意中に潜んでいるものは、漠として
(わからなかったけれども、それをきいたはかせは、そうみをかんでんしたようにおののかせて、)
判らなかったけれども、それを聴いた博士は、総身を感電したように戦かせて、
(なにかあるいちじのため、のりみずにまったくあっとうされてしまったようにおもわれた。)
何か或る一事のため、法水にまったく圧倒されてしまったように思われた。
(そして、ちのけのうせたかおをこわばらせて、しばらくもくねんにふけっていたが、)
そして、血の気の失せた顔を硬張らせて、しばらく黙念に耽っていたが、
(やがてたちあがると、ひそうなけついをうかべていった。よろしい。あなたのごしんを)
やがて立ち上ると、悲壮な決意を泛べて云った。「よろしい。貴方の誤信を
(とくためにはやむをえんことです。わしはせんしゅとのやくそくをやぶって、きょうここに)
解くためにはやむを得んことです。儂は先主との約束を破って、今日ここに
(ゆいごんしょをひらきましょう それから、ふたりがもどってくるまでのあいだは、だれひとりこえを)
遺言書を開きましょう」それから、二人が戻ってくるまでの間は、誰一人声を
(はっするものがなかった。それぞれのあたまのなかでは、かくじんかくしゅのしねんがうずのように)
発する者がなかった。それぞれの頭の中では、各人各種の思念が渦のように
(まきゆらいでいた。けんじとくましろには、じけんのかいてんがきたいされ、また、はたたろうは)
巻き揺いでいた。検事と熊城には、事件の開展が期待され、また、旗太郎は
(そのかいふうに、なにかじぶんのふりをいっきょにくつがえすようなものを、)
その開封に、何か自分の不利を一挙に覆すようなものを、
(まちもうけているかのごとくであった。まもなく、ふたりのすがたがふたたびあらわれて、)
待設けているかのごとくであった。間もなく、二人の姿が再び現われて、
(のりみずのてにいちようのおおがたふうとうがにぎられていた。ところが、かんしのなかでふうをきり、)
法水の手に一葉の大型封筒が握られていた。ところが、環視の中で封を切り、
(ないようをいちべつするとどうじに、のりみずのかおにはいたいたしいしつぼうのいろがあらわれた。)
内容を一瞥すると同時に、法水の顔には痛々しい失望の色が現われた。
(ああ、ここにもまた、きぼうのひとつがかけおちてしまったのだ。それには、)
ああ、ここにもまた、希望の一つが虧け落ちてしまったのだ。それには、
(いっこうにたきもない、つぎのすうこうがしたためられてあるのみだった。)
いっこうに他奇もない、次の数項が認められてあるのみだった。
(いち、いさんは、はたたろうならびにぐれーて・だんねべるぐいかのよにんにたいし、きんとうに)
一、遺産は、旗太郎並びにグレーテ・ダンネベルグ以下の四人に対し、均等に
(はいぶんするものとす。)
配分するものとす。
(に、なお、すでにとうかんえいしゅてきなかいごである やかたのちいきいがいへのがいしゅつ・れんあい・)
二、なお、すでに当館永守的な戒語である館の地域以外への外出・恋愛・
(けっこん、ならびに、このいっしょのないようをこうがいしたるものは、ただちにそのけんりを)
結婚、並びに、この一書の内容を口外したるものは、ただちにその権利を
(はくだつさるるものとす。ただし、そのしついたるぶぶんは、それをあんぶんにぶんかつして、)
剥奪さるるものとす。ただし、その失いたる部分は、それを按分に分割して、
(ほかにきんてんさるるものなり。)
他に均霑さるるものなり。
(いじょうは、こうとうにてもそれぞれにつたえおきたり。)
以上は、口頭にても各々に伝え置きたり。
(はたたろうにも、どうようがっかりしたらしいそぶりがあらわれたけれども、さすがにねんしょうのかれは)
旗太郎にも、同様落胆したらしい素振が現われたけれども、さすがに年少の彼は
(すぐにりょうてをおおきくひろげてきえつのいろをもやせた。これですよのりみずさん、)
すぐに両手を大きく拡げて喜悦の色を燃やせた。「これですよ法水さん、
(やっとこれで、ぼくはじゆうになることができました。じつをいいますとぼくは、)
やっとこれで、僕は自由になることが出来ました。実を云いますと僕は、
(どこかのすみにあなをほって、そのなかへどなろうかとおもいましたよ。でも、)
どこかの隅に穴を掘って、その中へ怒鳴ろうかと思いましたよ。でも、
(かんがえてみると、もしそんなことをしたひには、あのおそろしいめふぃすとが、)
考えてみると、もしそんなことをした日には、あの怖ろしいメフィストが、
(どうしてようしゃするものですか こうして、ついにのりみずとのかけに、おしがねはかせが)
どうして容赦するものですか」こうして、ついに法水との賭に、押鐘博士が
(かった。しかし、ないようをはくしとしゅちょうしたのりみずのしんいは、)
勝った。しかし、内容を白紙と主張した法水の真意は、
(けっしてそうではなかったらしい。もちろんそのひとことは、はかせをおさえた)
けっしてそうではなかったらしい。勿論その一言は、博士を抑えた
(えたいのしれない、けいぼうにはやくだったにそういないが、おそらくないしんでは、)
得体の知れない、計謀には役立ったに相違ないが、恐らく内心では、
(もくしずのしれないはんようをあえぎもとめていたのであろう。そして、むなしく)
黙示図の知れない半葉をあえぎ求めていたのであろう。そして、空しく
(このかつもくされたひとまくを、おわらねばならなかったにちがいない。ところが、)
この刮目された一幕を、終らねばならなかったに違いない。ところが、
(ふしぎなことには、かちほこったはずのはかせからは、いぜんしんけいてきなものがさらずに)
不思議なことには、勝ち誇ったはずの博士からは、依然神経的なものが去らずに
(みょうにおどおどしたふしぜんなこえでいうのだった。これでやっとわしのせきにんが)
妙に怯々した不自然な声で云うのだった。「これでやっと儂の責任が
(おわりましたよ。しかし、ふたをあけてもあけなくても、けつろんはすでにめいはくです。)
終りましたよ。しかし、蓋を明けても明けなくても、結論はすでに明白です。
(ようするにもんだいは、きんぶんりつのぞうかにあるのですからな そこで、のりみずらはさろんを)
要するに問題は、均分率の増加にあるのですからな」そこで、法水等は広間を
(さることにした。かれははかせにたいして、いろいろめいわくをかけたことをしきりに)
去ることにした。彼は博士に対して、色々迷惑を掛けたことをしきりに
(わびてからへやをでたが、それからかいじょうをとおりすがりに、なんとおもってか、)
詫びてから室を出たが、それから階上を通りすがりに、なんと思ってか、
(かれひとりのぶこのへやにはいっていった。)
彼一人伸子の室に入っていった。