黒死館事件88

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(いうまでもなく、でぃぐすびいのむけいなもうそうとぼくのきゆうとが、)

「云うまでもなく、ディグスビイの無稽な妄想と僕の杞憂とが、

(ぐうぜんいっちしたのかもしれません。しかし、つぎのさんてつのくだりになると、まずだれしも)

偶然一致したのかもしれません。しかし、次の算哲の件になると、まず誰しも

(おもいすごしとはおもわないものが、じつにいようなせいきをおびてくるのですよ。もちろん、)

思い過しとは思わないものが、実に異様な生気を帯びてくるのですよ。勿論、

(さんてつがいさんのはいぶんについてとったしょちは、めいはくなどうきのひとつです。また、)

算哲が遺産の配分について採った処置は、明白な動機の一つです。また、

(それには、はたたろういかつたこにいたるごにんのいちぞくが、かくじかくようのりゆうでもって)

それには、旗太郎以下津多子に至る五人の一族が、各自各様の理由でもって

(ほうがんされているのです。しかし、それいがいもうひとつのふしんというのは、)

包含されているのです。しかし、それ以外もう一つの不審と云うのは、

(ほかでもないゆいごんしょにあるせいさいのじょうこうでして、それが、じっこうじょうほとんど)

ほかでもない遺言書にある制裁の条項でして、それが、実行上ほとんど

(ふかのうだとおもわれるからです。ねえれヴぇずさん、たとえばれんあいというような)

不可能だと思われるからです。ねえレヴェズさん、仮令ば恋愛というような

(しんてきなものは、それをどうしてりっしょうするのでしょうね。ですから、そこにさんてつの)

心的なものは、それをどうして立証するのでしょうね。ですから、そこに算哲の

(ふかかいないしがうかがえるようにおもわれて、つまりぼくにとれば、かいふうがもたらした)

不可解な意志が窺えるように思われて、つまり僕にとれば、開封がもたらした

(あたらしいぎわくといってもさしつかえないのですよ。しかも、それはたんどくに)

新しい疑惑と云っても差支えないのですよ。しかも、それは単独に

(きりはなされているものではなくて、どうやらいちるのみゃくらくが・・・・・・。べつにぼくが、)

切り離されているものではなくて、どうやら一縷の脈絡が。別に僕が、

(ないざいてきどういんとよんでいるのがあって、そのにてんのあいだをとおっているものがあると)

内在的動因と呼んでいるのがあって、その二点の間を通っているものがあると

(おもわれるのです。そこでれヴぇずさん、ぼくはおもいきってあけすけにいいますがね。)

思われるのです。そこでレヴェズさん、僕は思いきって露骨に云いますがね。

(なぜ、あなたがたよにんのきじとみぶんとが、こうろくのものと)

何故、貴方がた四人の生地と身分とが、公録のものと

(ことなっているのでしょうか。で、そのいちれいをあげればくりヴぉふふじんですが、)

異なっているのでしょうか。で、その一例を挙げればクリヴォフ夫人ですが、

(ひょうめんあのかたは、かうかさすくじぬしのごじょであるといわれている。しかし、)

表面あの方は、カウカサス区地主の五女であると云われている。しかし、

(そのじつゆだやじんではないでしょうか うーむ、いったいそれを、どうして)

その実猶太人ではないでしょうか」「ウーム、いったいそれを、どうして

(しられたのです とれヴぇずは、おもわずめをみはったが、そのおどろきはすぐに)

知られたのです」とレヴェズは、思わず眼をみはったが、その驚きはすぐに

(かいふくされた。いや、それはたぶん、おりがさんだけのいれいでしょうが)

回復された。「いや、それはたぶん、オリガさんだけの異例でしょうが」

など

(しかし、いったんふこうなあんごうがあらわれたからには、それをあくまで)

「しかし、いったん不幸な暗合が現われたからには、それをあくまで

(ついきゅうせねばなりません。のみならず、いっぽうそのじじつとたいしょうするものに、)

追及せねばなりません。のみならず、一方その事実と対照するものに、

(いちぞくのとくいたいしつをあんじしているしようずがあるのです。また、それを、よにんのかたが)

一族の特異体質を暗示している屍様図があるのです。また、それを、四人の方が

(ようしょうのおり、にほんにつれてこられたというじじつにかんれんさせるとなると、それからは)

幼少の折、日本に連れて来られたという事実に関聯させるとなると、それからは

(あからさまに、さんてつのいじょうないとがすかしみえてくるのですよ とのりみずは、)

明らさまに、算哲の異常な意図が透かし見えてくるのですよ」と法水は、

(そこでちょっとことばをたちきったが、ひとつおおきなこきゅうをするといった。)

そこでちょっと言葉を截ち切ったが、一つ大きな呼吸をすると云った。

(ところがれヴぇずさん、ここにぼくじしんですらが、ことによったらじぶんの)

「ところがレヴェズさん、ここに僕自身ですらが、事によったら自分の

(あたまのちょうしがくるっているのではないかと、おもわれるようなじじつがあるのです。)

頭の調子が狂っているのではないかと、思われるような事実があるのです。

(というのは、これまでみだりおぼえにすぎなかったさんてつせいぞんせつに、ほぼかくじつな)

と云うのは、これまで妄覚にすぎなかった算哲生存説に、ほぼ確実な

(すいていがついたことなんですよ あっ、なんといわれる!としゅんかんれヴぇずの)

推定がついたことなんですよ」「アッ、なんと云われる!」と瞬間レヴェズの

(ぜんしんから、いっせいにかんかくがうせてしまった。そのしょうげきのつよさは、けんきんまでも)

全身から、いっせいに感覚が失せてしまった。その衝撃の強さは、瞼筋までも

(きょうちょくさせたほどで、れヴぇずは、なにやらわけのわからぬことを、おしのように)

強直させたほどで、レヴェズは、なにやら訳の判らぬことを、唖のように

(わめきはじめた。そうしたあとに、かれはなんどとなくといなおして、)

喚きはじめた。そうした後に、彼は何度となく問い直して、

(ようやくのりみずのせつめいでなっとくがゆくと、ぜんしんがねつびょうかんじゃのようにふるえはじめた。)

ようやく法水の説明で納得がゆくと、全身が熱病患者のように慄えはじめた。

(そして、かつてなんぴとにもみられなかったほどの、きょうふとくのうのいろに)

そして、かつて何人にも見られなかったほどの、恐怖と苦悩の色に

(つつまれてしまったのである。そのうちやがて、ああ、やはりそうだったのか。)

包まれてしまったのである。そのうちやがて、「ああ、やはりそうだったのか。

(おぐに・もーと・あてんで・ある・すお・まてにめんと とひくいうなるようなこえでつぶやいたが、)

動き始めれば決して止めようとはしまい」と低い唸るような声で呟いたが、

(ふとなににおもいあたったものか、れヴぇずのめがらんらんとかがやきだして ふしぎだ)

ふと何に思い当ったものか、レヴェズの眼が爛々と輝き出して「不思議だ

(なんというおどろいたあんごうだろう。ああさんてつのせいぞん 。たしか、このじけんの)

なんという驚いた暗合だろう。ああ算哲の生存。たしか、この事件の

(しょやには、ちかのぼこうからたちあがってきたにそういない 。それがのりみずさん、)

初夜には、地下の墓宕から立ち上って来たに相違ない。それが法水さん、

(まだあらわれていないこぼると・じっひ・みゅーえん に、つまり、あのごぼうせいじゅもんの)

まだ現われていない地精よ、いそしめに、つまり、あの五芒星呪文の

(よんばんめにあたるのではないでしょうかな。なるほど、わしらのめには)

四番目に当るのではないでしょうかな。なるほど、儂等の眼には

(みえなかったでしょう。けれども、あのふだはとうにうんでぃねいぜん つまり、)

見えなかったでしょう。けれども、あの札は既に水精以前つまり、

(このきょうふひげきでは、しらぬまにじょまくへあらわれてしまったのですよ とかおいちめんに)

この恐怖悲劇では、知らぬ間に序幕へ現われてしまったのですよ」と顔一面に

(ぜつぼうしたような、わらいともつかぬものがころげまわるのだった。そのきょうみある)

絶望したような、笑いともつかぬものが転げ廻るのだった。その興味ある

(れヴぇずのかいしゃくには、のりみずもそっちょくにうなずいたけれども、かれはしだいにことばのちょうしを)

レヴェズの解釈には、法水も率直に頷いたけれども、彼はしだいに言葉の調子を

(たかめていった。ところがれヴぇずさん、ぼくはゆいごんしょとふかぶんのかんけいにある、)

高めていった。「ところがレヴェズさん、僕は遺言書と不可分の関係にある、

(もうひとつのどうきをはっけんしたのでした。それは、さんてつがのこしたきんせいのひとつ)

もう一つの動機を発見したのでした。それは、算哲が残した禁制の一つ

(れんあいのしんりなのです なに、れんあい・・・・・・れヴぇずはかすかにおののいたけれども、)

恋愛の心理なのです」「なに、恋愛」レヴェズは微かに戦いたけれども、

(いや、いつものあなたなら、それをふぇるりーぷと・ざいん・ヴぉーれんとでもいうところでしょうな)

「いや、いつもの貴方なら、それを恋愛的欲求とでも云うところでしょうな」

(とあいてをにくにくしげにみすえていいかえすのだった。それに、のりみずはれいしょうをうかべて、)

と相手を憎々しげに見据えて云い返すのだった。それに、法水は冷笑を泛べて、

(なるほど・・・・・・。でも、あなたのようにふぇるりーぷと・ざいん・ヴぉーれんとなどというと、)

「なるほど。でも、貴方のように恋愛的欲求などと云うと、

(ますますそのいちごに、けいほうてきいぎがくわわってくるわけですな。しかし、ぼくは)

ますますその一語に、刑法的意義が加わってくる訳ですな。しかし、僕は

(そのぜんていとして、ひとこと、さんてつのせいぞんとこぼるととのかんけい にふれなければ)

その前提として、一言、算哲の生存と地精との関係に触れなければ

(ならないのです。いかにも、そのまほうてきこうかにいたっては、ぜつだいなものに)

ならないのです。いかにも、その魔法的効果に至っては、絶大なものに

(ちがいありますまい。ですがれヴぇずさん、けっきょく、ぼくはそれがぷろぽーしょんの)

違いありますまい。ですがレヴェズさん、結局、僕はそれが比例の

(もんだいではないかとおもうのですよ。あなたは、たぶんそのふごうをむげんきごうのように)

問題ではないかと思うのですよ。貴方は、たぶんその符合を無限記号のように

(かいしゃくして、えいごうあくりょうのすむなみだのたに とくらいに、このじけんを)

解釈して、永劫悪霊の棲む涙の谷とくらいに、この事件を

(しんじておられるでしょう。けれども、ぼくはそれとははんたいに、すでにぜんりょうな)

信じておられるでしょう。けれども、僕はそれとは反対に、すでに善良な

(げにうす ぐれーとへんのてが、ふぁうすとはかせにさしのべられているのを)

護神グレートヘンの手が、ファウスト博士に差し伸べられているのを

(しっているのです。では、なぜかといいますと、だいたいあのあっきの)

知っているのです。では、何故かと云いますと、だいたいあの悪鬼の

(ぎせいとならなかったじんぶつが、もうあとなんにんのこっているとおもいますね。ですから、)

犠牲とならなかった人物が、もうあと何人残っていると思いますね。ですから、

(あれほどのちせいとどうさつりょくをそなえているはんにんなら、とうぜんここで、はんこうのけいぞくに)

あれほどの知性と洞察力を具えている犯人なら、当然ここで、犯行の継続に

(きけんをかんじなければならぬどうりでしょう。いや、そればかりではないのですよ。)

危険を感じなければならぬ道理でしょう。いや、そればかりではないのですよ。

(もうはんにんにとっては、このうえしたいのかずをかさねてゆかねばならぬりゆうは)

もう犯人にとっては、この上屍体の数を重ねてゆかねばならぬ理由は

(ないのです。つまり、くりヴぉふふじんのそげきをさいごにして、あのしたいしゅうしゅうへきが、)

ないのです。つまり、クリヴォフ夫人の狙撃を最後にして、あの屍体蒐集癖が、

(きれいさっぱりしょうめつしてしまったからなんですよ。さて、ここでれヴぇずさん、)

綺麗さっぱり消滅してしまったからなんですよ。さて、ここでレヴェズさん、

(ぼくのさいしゅうしたしんりひょうほんを、ひとつおめにかけることにしましょう。つまり、)

僕の採集した心理標本を、一つお目にかけることにしましょう。つまり、

(ほうしんりがくしゃのはんす・りーひぇるなどは、どうきのこうさつはぷろじぇくちヴに と)

法心理学者のハンス・リーヒェルなどは、動機の考察は射影的にと

(いいますけれども、しかしぼくは、どうきについてもあくまでめとりかるです。そして、)

云いますけれども、しかし僕は、動機についてもあくまで測定的です。そして、

(じけんかんけいしゃぜんぶのしんぞうを、すでにくまなくさぐりつくしたのでした。で、それによると)

事件関係者全部の心像を、すでに隈なく探り尽したのでした。で、それによると

(はんにんのこんぽんとするもくてきは、ただいっと、だんねべるぐふじんにあったということが)

犯人の根本とする目的は、ただ一途、ダンネベルグ夫人にあったと云うことが

(できます。ですから、くりヴぉふふじんやえきすけのじけんは、どうきをけんとうちがいのいさんに)

出来ます。ですから、クリヴォフ夫人や易介の事件は、動機を見当違いの遺産に

(むけさせようとしたり、あるいはまた、それをさでぃすてぃっしゅに)

向けさせようとしたり、あるいはまた、それを作虐的に

(おもわせんがためなのでした。もちろん、のぶこのごときは、もっともいんけんきょうあくをきわめた、)

思わせんがためなのでした。勿論、伸子のごときは、最も陰険兇悪をきわめた、

(つまり、あのあっきとくゆうのじょうらんさくというのほかにないのですよ とのりみずははじめて)

つまり、あの悪鬼特有の擾乱策と云うのほかにないのですよ」と法水は始めて

(たばこをとりだしたが、こわねにみなぎっているあくまてきなひびきだけは、どうしても)

莨を取り出したが、声音に漲っている悪魔的な響だけは、どうしても

(かくすことはできなかった。つづいて、かれはおどろくべきけつろんをのべた。)

隠すことは出来なかった。続いて、彼は驚くべき結論を述べた。

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