黒死館事件90
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問題文
(ですから、その ヴぁいすざーげんと・らうふ のそんざいがめいりょうになると、しぜんのぶこのうそが)
「ですから、その『予言の薫烟』の存在が明瞭になると、自然伸子の嘘が
(せいりつしなくなるのです。あのおんなは、よろめいたひょうしに せんとうるすらき をかびんに)
成立しなくなるのです。あの女は、蹌踉いた拍子に『聖ウルスラ記』を花瓶に
(あててたおしたといいました。しかし、そのかびんというのがいりぐちの)
当てて倒したと云いました。しかし、その花瓶というのが入口の
(むこうはしにあるのですから、とうじのぶこのたいいとかびんのいちをかんがえると、)
向う端にあるのですから、当時伸子の体位と花瓶の位置を考えると、
(とうていそのしちゅえーしょんはせいりつするどうりがないのです。まずのぶこがひだりききでないかぎりは、)
とうていその局状は成立する道理がないのです。まず伸子が左利でない限りは、
(せんとうるすらき をみぎてからなげてずじょうをこえ、それをかびんに)
『聖ウルスラ記』を右手から投げて頭上を越え、それを花瓶に
(ぶっつけるということは、ぜんぜんふかのうだろうとおもわれるのです。そこでぼくは、)
打衝けるということは、全然不可能だろうと思われるのです。そこで僕は、
(えるぶてんはんしゃをおもいだしました。それは、じょうはくをたかくあげるとかたのさこつと)
エルブ点反射を憶い出しました。それは、上膊を高く挙げると肩の鎖骨と
(せきちゅうとのあいだにいちだんのきんにくがもりあがってきて、そのちょうてんにじょうはくしんけいのいってんが)
脊柱との間に一団の筋肉が盛り上ってきて、その頂点に上膊神経の一点が
(あらわれるのです。ですからもし、そのいってんにつよいだげきをくわえると、そのそばの)
現われるのです。ですからもし、その一点に強い打撃を加えると、その側の
(じょうはくぶいかにげきれつなはんしゃうんどうがたって、そのしゅんごにはまひしてしまうのですよ。)
上膊部以下に激烈な反射運動が起って、その瞬後には痲痺してしまうのですよ。
(いや、じじつげんばにも、えるぶはんしゃをおこすにかっこうなじょうけんがそろっていたのでして、)
いや、事実現場にも、エルブ反射を起すに恰好な条件がそろっていたのでして、
(ちょうどそのにさつのあったばしょというのが、りょうてをあげなければとどかぬほどの)
ちょうどその二冊のあった場所と云うのが、両手を挙げなければ届かぬほどの
(たかさだったからです。ところがれヴぇずさん、そうしてのぶこのうそを)
高さだったからです。ところがレヴェズさん、そうして伸子の嘘を
(ていせいしてゆくうちに、ふとぼくは、とうじあのへやにおこったじっそうをえがきだすことが)
訂正してゆくうちに、ふと僕は、当時あの室に起った実相を描き出すことが
(できました。というのは、のぶこが せんとうるすらき をとりだそうとして、みぎてを)
出来ました。と云うのは、伸子が『聖ウルスラ記』を取り出そうとして、右手を
(しょだなのじょうだんにさしのべたさいでした。そのとき、ぜんぽうのへやのどこかで)
書棚の上段に差し伸べた際でした。その時、前方の室のどこかで
(ものおとがしました。それで、のぶこはほんをつかんだままこうほうをふりむいて、はいごにある)
物音がしました。それで、伸子は本を掴んだまま後方を振り向いて、背後にある
(しょだなのがらすどあをみたのです。そのときかのじょのめに、しんしつからでてきたあるじんぶつの)
書棚の硝子扉を見たのです。その時彼女の眼に、寝室から出て来たある人物の
(すがたがうつったのでした。ですから、そのびっくりしたはずみに、となりあった)
姿が映ったのでした。ですから、その吃驚した機に、隣り合った
(ヴぁいすざーげんと・らうふ をうごかしたのですから、あのせんぺーじにあまるおもいもくひょうしぼんが、)
『予言の薫烟』を動かしたのですから、あの千頁にあまる重い木表紙本が、
(のぶこのみぎかたにおちたのです。そして、そのとっさにたったはげしいはんしゃうんどうがいんで、)
伸子の右肩に落ちたのです。そして、その咄嗟に起った激しい反射運動が因で、
(みぎてにもった せんとうるすらき を、ずじょうごしにひだりてのかびんになげつけた)
右手に持った『聖ウルスラ記』を、頭上越しに左手の花瓶に投げつけた
(というわけなのですよ。ねえれヴぇずさん、そうなると、)
という訳なのですよ。ねえレヴェズさん、そうなると、
(その ヴぁいすざーげんと・らうふ によって、ひとつのしんてきけんしょうをおこなうことができるのです。)
その『予言の薫烟』によって、一つの心的検証を行うことが出来るのです。
(すなわち、そのときしんしつにひそんでいたじんぶつに、ひとつのきょすうをつけることが)
すなわち、その時寝室に潜んでいた人物に、一つの虚数をつけることが
(できるのです。いまじねりー・ヴぁりゅー しかし、りーまんはそれによって、くうかんのとくしつを、)
出来るのです。虚数ーーしかし、リーマンはそれによって、空間の特質を、
(どらいふぁは・あうすげでーんてん・ぐれーせんかからすくっているじゃありませんか。いや、ぼくは)
単なる三重に拡がった大きさから救っているじゃありませんか。いや、僕は
(そっちょくにいいましょう。そのときしんしつからでたあなたは、ものおとをきいてのぶこのそばに)
率直に云いましょう。その時寝室から出た貴方は、物音を聴いて伸子の側に
(いき、おちていた ヴぁいすざーげんと・らうふ をもとのいちにおしこんでやりました。そして、)
行き、落ちていた『予言の薫烟』を旧の位置に押し込んでやりました。そして、
(へやからさってゆくところをだんねべるぐふじんにみとめられたので、それが、さんてつの)
室から去ってゆくところをダンネベルグ夫人に認められたので、それが、算哲の
(しご、ひみつのかんけいにあったふじんをげきどさせたのでした。しかし、いっぽうもちぶんそうぞくに)
死後、秘密の関係にあった夫人を激怒させたのでした。しかし、一方持分相続に
(かんするきんせいがあるので、さすがにふじんも、それをあからさまには)
関する禁制があるので、さすがに夫人も、それを明らさまには
(いいえなかったのですよ そのあいだれヴぇずは、こぶしにくんだりょうてをひざのうえに)
いい得なかったのですよ」その間レヴェズは、拳に組んだ両手を膝の上に
(おいたままで、じいっとききいっていた。が、あいてのことばがおわってからも、)
置いたままで、凝然と聴き入っていた。が、相手の言葉が終ってからも、
(そのせいかんてきなひょうじょうはかわらなかった。かれはつめたくいいはなった。なるほど、どうきは)
その静観的な表情は変らなかった。彼は冷たく云い放った。「なるほど、動機は
(それでじゅうぶん。しかし、このさいなによりあなたにひつようなのは、たったひとつでも、)
それで十分。しかし、この際なにより貴方に必要なのは、僅った一つでも、
(かんぜんなけいほうてきいぎです。つまり、こんどははんざいげんしょうに、あなたのせんめいを)
完全な刑法的意義です。つまり、今度は犯罪現象に、貴方の闡明を
(ようきゅうしたいのですよ。のりみずさん、あのくさりのわのどこにわしのかおを)
要求したいのですよ。法水さん、あの鎖の輪のどこに儂の顔を
(しょうめいできますかな。いかにもわしには、あの ヴぁいすざーげんと・らうふ が)
証明出来ますかな。いかにも儂には、あの『予言の薫烟』が
(えいせいのきおくとなるでしょう。また、にじをおくって、わしのこころをのぶこに)
永世の記憶となるでしょう。また、虹を送って、儂の心を伸子に
(しってもらおうとしました。だが、とうていそれだけでは、わしとめふぃすととの)
知ってもらおうとしました。だが、とうていそれだけでは、儂とメフィストとの
(ぱくとが・・・・・・。いや、おそらくいまにわしは、あなたのぺだんとりーさにへどをはきかけるに)
契約が。いや、恐らくいまに儂は、貴方の衒学さに嘔吐を吐きかけるに
(いたるでしょう もちろんですれヴぇずさん、しかしあなたのしさくが、こんとんのなかから)
至るでしょう」「勿論ですレヴェズさん、しかし貴方の詩作が、混沌の中から
(ぼくにひかりをあたえてくれました。じつは、このじけんのふぃなーれというのが、あのにじに)
僕に光を与えてくれました。実は、この事件の終局と云うのが、あの虹に
(あらわれている、ふぁうすとはかせのげねらる・ばいひでにあったのです。)
現われている、ファウスト博士の総懺悔にあったのです。
(いや、そっちょくにいいましょう。もちろんあのなないろは、しでもかんそうでもなく、じつは、)
いや、率直に云いましょう。勿論あの七色は、詩でも観想でもなく、実は、
(きょうあくむざんなやきばのかがやきだったのです。ねえれヴぇずさん、あなたは、)
兇悪無残な焼刃の輝きだったのです。ねえレヴェズさん、貴方は、
(くりヴぉふふじんを、あのにじのもうきによってそげきしたのでしたね とのりみずはとつじょ)
クリヴォフ夫人を、あの虹の濛気によって狙撃したのでしたね」と法水は突如
(すさまじいぎょうそうになって、くるったようなことばをはいた。そのしゅんかん、れヴぇずは)
凄じい形相になって、狂ったような言葉を吐いた。その瞬間、レヴェズは
(かせきしたようにかたくなってしまった。とつぜんずじょうにひらめきおちてきたものは、)
化石したように硬くなってしまった。突然頭上に閃き落ちてきたものは、
(おそらくれヴぇずにとって、それまでそうぞうもつかぬほどいがいなものであったに)
恐らくレヴェズにとって、それまで想像もつかぬほど意外なものであったに
(そういない。げんわく、きょうがく もちろんそのいっせつなに、れヴぇずがちせいのすべてを)
相違ない。眩惑、驚愕ーー勿論その一刹那に、レヴェズが知性のすべてを
(うしなってしまったことはいうまでもないのである。ところが、そうしてあいてが)
失ってしまったことは云うまでもないのである。ところが、そうして相手が
(じしつしたありさまに、むしろのりみずは、ざんにんなはんのうをかんじたらしかった。かれは、しゅちゅうの)
自失した有様に、むしろ法水は、残忍な反応を感じたらしかった。彼は、手中の
(いきえをもてあそぶようなたいどで、ゆったりくちをひらいた。じじつあのにじは、ひにくな)
生餌を弄ぶような態度で、ゆったり口を開いた。「事実あの虹は、皮肉な
(ちょうしょうてきなかいぶつでしたよ。ところであなたは、おすとろごーとのおうておどりっひを・・・・・・。)
嘲笑的な怪物でしたよ。ところで貴方は、東ゴートの王テオドリッヒを。
(あのらヴぇんなじょうさいのひげきをごぞんじでしょうか ふむ、さいしょいそんじても、)
あのラヴェンナ城塞の悲劇を御存じでしょうか」「フム、最初射損じても、
(ておどりっひにはにのやにひとしいたんけんがあったのです。だがしかしだ、わしは、)
テオドリッヒには二の矢に等しい短剣があったのです。だがしかしだ、儂は、
(くぎょうしゃでもじゅんきょうしゃでもない。むしろそういうじょうざいりんねのしそうは、わしにではなく)
苦行者でも殉教者でもない。むしろそういう浄罪輪廻の思想は、儂にではなく
(ふぁうすとはかせにいってもらいたいものだ とれヴぇずがこえをふるわせ、まんめんに)
ファウスト博士に云ってもらいたいものだ」とレヴェズが声を慄わせ、満面に
(ぞうおのいろをみなぎらしたというのは、そのらヴぇんなじょうのひげきに、くりヴぉふじけんを)
憎悪の色を漲らしたと云うのは、そのラヴェンナ城の悲劇に、クリヴォフ事件を
(ほうふつとさせるしーんがあったからだ。)
髣髴とさせる場面があったからだ。
(きげんご493ねんさんがつ、にしろーまのせっしょうおどわかるは、おすとろごーとのおう)
(註)紀元後四九三年三月、西羅馬の摂政オドワカルは、東ゴートの王
(ておどりっひとのたたかいにやぶれて、らヴぇんなのしろにろうじょうし、ついにわをこうた。)
テオドリッヒとの戦いに敗れて、ラヴェンナの城に籠城し、ついに和を乞うた。
(そのわやくのせきじょうで、ておどりっひはかしんにめいじ、はいでくるっぐのゆみで)
その和約の席上で、テオドリッヒは家臣に命じ、ハイデクルッグの弓で
(おどわかるをねらわせたのであったが、つるがゆるんでいて、もくてきをおおせず、やむなく)
オドワカルを狙わせたのであったが、弦が緩んでいて、目的を果せず、やむなく
(けんをもってさしころしたのだった。)
剣をもって刺ころしたのだった。
(しかし、あのにじのつげぐちだけは、どうすることもできません とのりみずはさらに)
「しかし、あの虹の告げ口だけは、どうすることも出来ません」と法水はさらに
(きゅうついをやすめず、せいきをそうがんにうかべていいはなった。しかし、あなたが)
急追を休めず、凄気を双眼に泛べて云い放った。「しかし、貴方が
(おどわかるごろしのこちをまなばれたのは、さすがだったとおもいます、)
オドワカルごろしの故智を学ばれたのは、さすがだったと思います、
(ごしょうちでしょうが、ておどりっひのもちいたゆみのつるというのは、びすくすらえの)
御承知でしょうが、テオドリッヒの用いた弓の弦と云うのは、ビスクスラエの
(せんいであんだ、はいでくるっぐおう きたどいつげるまんぞくのいちぞくちょう からの、)
繊維で編んだ、ハイデクルッグ王(北独逸ゲルマン族の一族長)からの、
(りょかくひんだったのですからね。ところが、そのびくすくらえというしょくぶつせんいには、)
虜獲品だったのですからね。ところが、そのビクスクラエという植物繊維には、
(おんどによってそしきがしんしゅくするというとくせいがあるのです。したがって、かんれいの)
温度によって組織が伸縮するという特性があるのです。したがって、寒冷の
(きたどいつからおんだんのちゅうぶいたりーにきたために、さしもほっぽうばんぞくのさつじんぐも、)
北独逸から温暖の中部伊太利に来たために、さしも北方蛮族のさつじん具も、
(たちまちそのおそれるべきせいのうをうしなってしまったのでした。ですから、あのかじゅつどの)
たちまちその怖るべき性能を失ってしまったのでした。ですから、あの火術弩の
(つるをみたときに、ぼくは、いようなよかんにそそられました。そして、そのびくすくらえの)
弦を見た時に、僕は、異様な予感に唆られました。そして、そのビクスクラエの
(しんしゅくを、あるいはじんこうてきにもつくりえるのではないかとおもいました。)
伸縮を、あるいは人工的にも作り得るのではないかと思いました。
(ねえれヴぇずさん、あのとうじ、かじゅつどはかべにかかっていて、やをつがえたまま、)
ねえレヴェズさん、あの当時、火術弩は壁に掲っていて、箭を番えたまま、
(いくぶんゆみがたのほうがうわむきになっていました。そして、そのたかさも、ちょうどぼくらの)
幾分弓形の方が上向きになっていました。そして、その高さも、ちょうど僕等の
(ちちあたりだったのです。ところが、ここでちゅういをようするのは、それをささえている)
乳辺りだったのです。ところが、ここで注意を要するのは、それを支えている
(くぎのいちなのです。それは、ひらあたまのものがさんぼん、そのうちのふたつはつるのよりめへ)
釘の位置なのです。それは、平頭のものが三本、そのうちの二つは弦の撚り目へ
(のこりのひとつははっしゃはんどるのましたでどうぎをささえていたのです。もちろん、そのいちで)
残りの一つは発射把手の真下で胴木を支えていたのです。勿論、その位置で
(じどうはっしゃをさせるためには、やくにじゅうどほどかべとひらきをつくらねばなりません。)
自働発射をさせるためには、約二十度ほど壁と開きを作らねばなりません。
(つまり、そのいんけんなぎこうというのは、いまもいったかくどをつくることと、それから、)
つまり、その陰険な技巧と云うのは、今も云った角度を作ることと、それから、
(ひとでをからずにゆみをしぼり、さらにまた、このきんちょうをゆるめることでした。)
人手を藉らずに弓を絞り、さらにまた、この緊張を緩めることでした。
(で、それにひつようだったのが、かつてはつたこをたおした)
で、それに必要だったのが、かつては津多子を斃した
(ほうすいくろらーるだったのですよ とのりみずはあしをくみかえ、あたらしいたばこを)
抱水クロラールだったのですよ」と法水は足を組み換え、新しい莨を
(とりだしてからいいつづけた。)
取り出してから云い続けた。