黒死館事件92

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(けれどもはぜくらくん、あのたいけつのなかには、はんにんにとってとうていさけがたいききが)

「けれども支倉君、あの対決の中には、犯人にとってとうてい避け難い危機が

(ふくまれているんだ。じじつぼくがひっくんだのは、れヴぇずじゃないのだ。)

含まれているんだ。事実僕が引っ組んだのは、レヴェズじゃないのだ。

(やはりふぁうすとはかせだったのだよ。じつをいうと、ぼくはまだじけんに)

やはりファウスト博士だったのだよ。実を云うと、僕はまだ事件に

(あらわれてこない、ごぼうせいじゅもんのさいごのひとつ こぼるとのふだのありかを)

現われて来ない、五芒星呪文の最後の一つーー地精の札の所在を

(しっているのだがね なに、こぼるとのしへん!?けんじもくましろも、)

知っているのだがね」「なに、地精の紙片!?」検事も熊城も、

(ぎょうてんせんばかりにおどろいてしまった。しかし、のりみずのびうかんには、とばくとするには)

仰天せんばかりに驚いてしまった。しかし、法水の眉宇間には、賭博とするには

(あまりにだんていてきなものがあらわれていた。かれのせいそうななーヴぁしずむが、)

あまりに断定的なものが現われていた。彼の凄愴な神経作用が、

(いかなるとりっくによって、あのゆうきのがじょうにこくはくしたのであろうか。そのにわかに)

いかなる詭計によって、あの幽鬼の牙城に酷迫したのであろうか。そのにわかに

(きんちょうしたくうきのなかで、のりみずはつめたくなったこうちゃをすすりおわるとかたりはじめたが、)

緊張した空気の中で、法水は冷たくなった紅茶を啜り終ると語りはじめたが、

(それは、おどろくべきしんりぶんせきだったのだ。ところで、ぼくはごーるとんのせおりーを)

それは、驚くべき心理分析だったのだ。「ところで、僕はゴールトンの仮説を

(ひょうせつして、それで、れヴぇずのしんぞうをぶんせきしてみたのだ。というのは、)

剽竊して、それで、レヴェズの心像を分析してみたのだ。と云うのは、

(あのしんりがくしゃのめいちょ いんくわいありー・いんとぅ・ひゅーまん・ふぁかるてぃ のなかに)

あの心理学者の名著『人間能力の考察』の中に

(あらわれていることだが、そうぞうりょくのすぐれたじんぶつになると、ことばやすうじにきょうかんげんしょうが)

現われていることだが、想像力の優れた人物になると、語や数字に共感現象が

(おこって、それにかんれんしたずしきを、ぐたいてきなめいりょうなかたちであたまのなかへうかべるばあいが)

起って、それに関聯した図式を、具体的な明瞭な形で頭の中へ泛べる場合が

(あるのだ。たとえばすうじをいうばあいに、とけいのばんめんがあらわれることなど)

あるのだ。例えば数字を云う場合に、時計の盤面が現われることなど

(いちれいだが・・・・・・いまれヴぇずのだんわのなかに、それにもました、きょうれつなひょうげんが)

一例だがいまレヴェズの談話の中に、それにもました、強烈な表現が

(あらわれたのだ。はぜくらくん、あのおとこはのぶこにあいをもとめたけっかについて、)

現われたのだ。支倉君、あの男は伸子に愛を求めた結果について、

(こういうことをかなしげにいったのだよ。 てんくうのにじはぱらぼりっく、ろてきのにじは)

こういうことを悲しげにいったのだよ。ーー天空の虹は抛物線、露滴の虹は

(はいぱーぼりっく、しかしそれがいりぷてぃっくでないかぎり、のぶこはじぶんのふところに)

双曲線、しかしそれが楕円形でない限り、伸子は自分の懐に

(とびこんではこない と。ところが、そのあいだれヴぇずのめに、かすかなうんどうが)

飛び込んでは来ないと。ところが、その間レヴェズの眼に、微かな運動が

など

(おこって、かれがきかがくてきなようごをくちにするたびごと、なんとなくちゅうにずしきを)

起って、彼が幾何学的な用語を口にするたびごと、なんとなく宙に図式を

(えがいているような、うごきがみとめられるのだった。そこでぼくは、)

描いているような、動きが認められるのだった。そこで僕は、

(そのもくげきめいたしんりひょうしゅつに、ひとつのいきづまるようなちょうこうをはっけんしたのだよ。)

その黙劇めいた心理表出に、一つの息詰まるような徴候を発見したのだよ。

(なぜならぱらぼりっくとはいぱーぼりっくをいりぷてぃっくにつづけると、そのあわしたものが、)

何故なら拠物線と双曲線を楕円形に続けると、その合したものが、

(koになるだろうからね。つまり、ちせい kobold のあたまにじ)

KO になるだろうからね。つまり、地精(Kobold)の頭二字

(kとoとなんだよ。だから、ぼくはすかさず、それにあんじてきなしょうどうを)

KとOとなんだよ。だから、僕はすかさず、それに暗示的な衝動を

(あたえようとして、kobold の ko をのぞいたのこりのよじ bold に)

与えようとして、KoboldのKOを除いた残りの四字boldに

(にたはつおんをひきだそうとしたのだ。するとれヴぇずは、さんしゃやのことを)

似た発音を引き出そうとしたのだ。するとレヴェズは、三叉箭のことを

(bohr といった。またそれにつづいて、れヴぇずがぼくをやゆするのに、)

Bohrと云った。またそれに続いて、レヴェズが僕を揶揄するのに、

(あのやがうらのくさびらさいえんからはなたれたのだといって、そのなかにりゅーべと)

あの箭が裏の蔬菜園から放たれたのだと云って、その中に蕪菁と

(いちことを、しきりとやくどうさせるのだったよ。そこではぜくらくん、ぐうぜんにもぼくは、)

一語を、しきりと躍動させるのだったよ。そこで支倉君、偶然にも僕は、

(れヴぇずのいしきめんをふどうしている、いようなかいぶつをはっけんしたのだ。ああ、ぼくは)

レヴェズの意識面を浮動している、異様な怪物を発見したのだ。ああ、僕は

(すてーりんぐじゃないがね。しんぞうはひとつのぐるーぷであり、またそれには)

ステーリングじゃないがね。心像は一つの群であり、またそれには

(ふりもびりてぃあり といったのはしげんだとおもうよ。なぜなら、)

自由可動性ありと云ったのは至言だと思うよ。何故なら、

(そのれヴぇずのいちごには、あのおとこのこころふかくにひめられていたひとつのかんねんが、)

そのレヴェズの一語には、あの男の心深くに秘められていた一つの観念が、

(じつにあざやかなぶんれつをしてあらわれたからなんだ。いいかねはぜくらくん、さいしょ ko と)

実に鮮かな分裂をして現われたからなんだ。いいかね支倉君、最初KOと

(なむヴぁ・ふぉむすをうかべてから、れヴぇずはさんしゃやのことを bohr といい、しんちゅうこぼるとを)

数型式を泛べてから、レヴェズは三叉箭のことを Bohrと云い、心中地精を

(いしきしているのをあきらかにした。また、それか、りゅーべということばをつかったのだが、)

意識しているのを明らかにした。また、それか、蕪菁という語を使ったのだが、

(それにはじゅうだいないぎがひそんでいた。というのは、こぼるとにゆうどうされて、)

それには重大な意義が潜んでいた。と云うのは、地精に誘導されて、

(かならずれんそうしなければならない、ひとつのひみつがれヴぇずののうりにあったからだ。)

必ず聯想しなければならない、一つの秘密がレヴェズの脳裡にあったからだ。

(で、ためしにひとつ、ぼーるとりゅーべとをあわせてみたまえ。すると、ぼーるどるーべ 。)

で、試しに一つ、三叉箭と蕪菁とを合わせて見給え。すると、格子底机ーー。

(ああ、ぼくのあたまはくるっているのだろうか。じつは、そのつくえというのが、のぶこのへやに)

ああ、僕の頭は狂っているのだろうか。実は、その机と云うのが、伸子の室に

(あるのだがね こぼるとのふだ いまやじけんのしゅうきょくが、そのいってんにかけられている。)

あるのだがね」地精の札今や事件の終局が、その一点にかけられている。

(もし、のりみずのすいだんがしんじつであるならば、あのはつらつたるむすめは、ふぁうすとはかせに)

もし、法水の推断が真実であるならば、あの溌溂たる娘は、ファウスト博士に

(もどせられなければならない。それから、のぶこのへやにいくまでのろうかが、)

擬せられなければならない。それから、伸子の室に行くまでの廊下が、

(さんにんにとると、どんなにながいことだったろうか。しかし、のりみずはこだいとけいしつの)

三人にとると、どんなに長いことだったろうか。しかし、法水は古代時計室の

(まえまでくると、なにをおもったか、ふいにたちどまった。そして、のぶこのへやのちょうさを)

前まで来ると、何を思ったか、不意に立ち止った。そして、伸子の室の調査を

(しふくにまかせて、おしがねふじんつたこをよぶようにめいじた。じょうだんじゃない。)

私服に任せて、押鐘夫人津多子を呼ぶように命じた。「冗談じゃない。

(つたこをとじこめたもじばんに、あんごうでもあるのならべつだがね。しかし、あのおんなの)

津多子を鎖じ込めた文字盤に、暗号でもあるのなら別だがね。しかし、あの女の

(じんもんならあとでもいいだろう とくましろは、ふどういらしいいらいらしたくちょうで)

訊問なら後でもいいだろう」と熊城は、不同意らしい辛々した口調で

(いうのだった。いや、あのおるごーるどけいをみるのさ。じつは、みょうなひょうちゃくが)

云うのだった。「いや、あの廻転琴時計を見るのさ。実は、妙な憑着が

(ひとつあってね。それが、ぼくをきちがいみたいにしているのだよ)

一つあってね。それが、僕を狂気みたいにしているのだよ」

(ときっぱりいいきって、ほかのふたりをめんくらわせてしまった。)

とキッパリ云い切って、他の二人を面喰わせてしまった。

(のりみずのまるてぃののようなびみょうなしんけいは、ふれるものさえあれば、たちどころに、)

法水の電波楽器のような微妙な神経は、触れるものさえあれば、たちどころに、

(るいすいのかべんとなってひらいてしまうのだ。それゆえ、いっけんむきどうのようにみえても)

類推の花弁となって開いてしまうのだ。それゆえ、一見無軌道のように見えても

(さてふたがあけられると、それがゆうりょくなれんじふともなり、あるいは、じけんのぜんとに)

さて蓋が明けられると、それが有力な連字符ともなり、あるいは、事件の前途に

(ぜんぜんみちのかがやかしいひかりがとうしゃされるばあいがおおいのであった。そこへ、かべにてを)

全然未知の輝かしい光が投射される場合が多いのであった。そこへ、壁に手を

(てをささえながら、つたこふじんがあらわれた。かのじょはたいしょうのちゅうき ことに)

手を支えながら、津多子夫人が現われた。彼女は大正の中期ーーことに

(めーてるりんくのしょうちょうひげきなどでなをうたわれただけあって、しじゅうを)

メーテルリンクの象徴悲劇などで名を謳われただけあって、四十を

(いち、にこえていても、そのじょうそうのゆたかさは、せいじいろのめくまに、はだえをつつんでいる)

一、二越えていても、その情操の豊かさは、青磁色の眼隈に、肌を包んでいる

(とうきのようなひかりに、かつてぶたいにおけるめりざんどのおもかげがほうふつと)

陶器のような光に、かつて舞台におけるメリザンドの面影が髣髴と

(なるのであった。しかも、おっとおしがねはかせとのせいしんせいかつが、かのじょにていかんてきなふかさを)

なるのであった。しかも、夫押鐘博士との精神生活が、彼女に諦観的な深さを

(くわえたことももちろんであろう。しかし、のりみずはこのてんがなふじんにたいして、へきとうから)

加えたことも勿論であろう。しかし、法水はこの典雅な婦人に対して、劈頭から

(いささかもかしゃくせず、しゅんれつなたいどにでた。ところで、さいしょからこんなことを)

些かも仮借せず、峻烈な態度に出た。「ところで、最初からこんなことを

(もうしあげるのは、もちろんぶしつけしごくなはなしでしょう。しかし、このやかたのひとたちのことばを)

申し上げるのは、勿論無躾至極な話でしょう。しかし、この館の人達の言を

(かりると、あなたのことをにんぎょうつかいとよばなければならないのですよ。ところが、)

借りると、貴女のことを人形使いと呼ばなければならないのですよ。ところが、

(そのにんぎょうといとですが、じけんのへきとうには、それがてれーずのにんぎょうにありました。)

その人形と糸ですが、事件の劈頭には、それがテレーズの人形にありました。

(そして、またそのあくのみなもとは、えいせいりんねのかたちでくりかえされていったのです。)

そして、またその悪の源は、永生輪廻の形で繰り返されていったのです。

(ですからおくさん、ぼくには、あなたにとうじのじょうきょうをおたずねして、あいかわらずでもーにっしゅな)

ですから夫人、僕には、貴女に当時の状況をお訊ねして、相変らず鬼談的な

(うんめいろんをうかがうひつようはないのですよ ぼうとうにつたこは、ぜんぜんよきしてもいなかった)

運命論を伺う必要はないのですよ」冒頭に津多子は、全然予期してもいなかった

(ことばをきいたので、そのすんなりしたあおじろいからだが、きゅうにこわばったようにおもわれ)

言葉を聴いたので、そのすんなりした青白い身体が、急に硬ばったように思われ

(ごくんとおとあらくつばをのみこんだ。のりみずはつづけて、そのうすきみわるいついきゅうを)

ゴクンと音あらく唾を嚥み込んだ。法水は続けて、その薄気味悪い追求を

(やすめなかった。もちろん、あなたがあのゆうべろくじごろに、ごふぎみのはかせにでんわを)

休めなかった。「勿論、貴女があの夕六時頃に、御夫君の博士に電話を

(かけられたということも、また、そのちょくごきかいしごくにも、あなたのすがたがおへやから)

掛けられたという事も、また、その直後奇怪至極にも、貴女の姿がお室から

(きえてしまったということも、ぼくにはとうからわかっているのですからね)

消えてしまったという事も、僕には既から判っているのですからね」

(それでは、なにをおたずねになりたいのです。このこだいとけいしつには、わたしが)

「それでは、何をお訊ねになりたいのです。この古代時計室には、私が

(こんすいさせられてとじこめられていたのですわ。しかも、あのよるはちじにじゅっぷんごろには)

昏睡させられて鎖じ込められていたのですわ。しかも、あの夜八時二十分頃には

(たごうさんが、このどあのもじばんをおまわしになったというそうじゃございませんか)

田郷さんが、この扉の文字盤をお廻しになったと云うそうじゃございませんか」

(とがんめんをかすかにどちょうさせて、つたこはややはんこうぎみにといかえした。すると、)

と顔面を微かに怒張させて、津多子はやや反抗気味に問い返した。すると、

(のりみずはてっさくどあからせをはなして、じいっとあいてのかおをみいりながら、まさに)

法水は鉄柵扉から背を放して、凝然と相手の顔を見入りながら、まさに

(くるったのではないかとおもわれるようなことをいいはなった。いや、ぼくの)

狂ったのではないかと思われるようなことを云い放った。「いや、僕の

(けねんというのは、けっしてこのどあのそとではなく、かえってなかに)

懸念というのは、けっしてこの扉の外ではなく、かえって内部に

(あったのですよ。あなたは、ちゅうおうにあるおるごーるつきのにんぎょうどけいを 。また、)

あったのですよ。貴女は、中央にある廻転琴附きの人形時計ーーを。また、

(そのどうじにんぎょうのみぎてが、しゃびえるしょうにんのしりけきょうになっていて、ほうじのさいに、)

その童子人形の右手が、シャビエル上人の遺物筐になっていて、報時の際に、

(ちゃぺるをうつこともごぞんじでいらっしゃいましょう。ところが、あのよるくじになって)

鐘を打つことも御存じでいらっしゃいましょう。ところが、あの夜九時になって

(しゃびえるしょうにんのみぎてがふりおろされると、どうじにこのてっぴが、ひとでもないのに)

シャビエル上人の右手が振り下されると、同時にこの鉄扉が、人手もないのに

(ひらかれたのでしたね)

開かれたのでしたね」

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