黒死館事件93

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(に、ひかりといろとおと それがやみにぼっしさったとき)

二、光と色と音ーーそれが闇に没し去ったとき

(ああ、しゃびえるしょうにんのて!それがこの、にじゅうのかぎにとざされたとびらを)

ああ、シャビエル上人の手!それがこの、二重の鍵に鎖された扉を

(ひらいたとは・・・・・・。じじつ、のりみずのとうししんけいがびみょうなほうしゅつをつづけて、きずきあげた)

開いたとは。事実、法水の透視神経が微妙な放出を続けて、築き上げた

(たかとうがこれだったのか。しかし、けんじもくましろも、しびれたようなかおになって)

高塔がこれだったのか。しかし、検事も熊城も、痺れたような顔になって

(よういにことばもでなかった。というのは、これがはたしてのりみずの)

容易に言葉も出なかった。と云うのは、これがはたして法水の

(かみわざであるにしても、とうていそのままをうのみにできなかったほど)

神技であるにしても、とうていそのままを鵜呑に出来なかったほどーー

(むしろきょうきにちかいかせつだったからである。つたこはそれをきくと、めまいを)

むしろ狂気に近い仮説だったからである。津多子はそれを聴くと、眩暈を

(かんじたようにたおれかかって、からくもてっさくどあでささえられた。が、そのかおは)

感じたように倒れかかって、辛くも鉄柵扉で支えられた。が、その顔は

(しにんのようにあおじろく、かのじょは、たえいらんばかりにいきせきつつ、)

死人のように蒼白く、彼女は、絶え入らんばかりに呼吸せきつつ、

(めをふせてしまった。のりみずもさもしてやったりというかぜに、かいしんのわらいをうかべて、)

眼を伏せてしまった。法水もさもしてやったりという風に、会心の笑を泛べて、

(ですからおくさん、あのよるのあなたは、みょうにいととかせんとかいうものにうんめいづけられて)

「ですから夫人、あの夜の貴女は、妙に糸とか線とか云うものに運命づけられて

(いたのですよ。しかし、そのほうほうとなると、あいかわらずいちねんいちにちのごとくで・・・・・・。)

いたのですよ。しかし、その方法となると、相変らず一年一日のごとくで。

(いやとにかく、ぼくのかんがえていることをじっけんしてみますかな それから、ふひょうと)

いやとにかく、僕の考えていることを実験してみますかな」それから、符表と

(もじばんをおおうている、てっせいのはこをひらくかぎを、しんさいからかりて、まずてつばこをひらき、)

文字盤を覆うている、鉄製の函を開く鍵を、真斎から借りて、まず鉄函を開き、

(それからもじばんを、みぎにひだりにまたみぎにあわせると、とびらがひらかれた。すると、とびらの)

それから文字盤を、右に左にまた右に合わせると、扉が開かれた。すると、扉の

(うらがわには、はいめんがろしゅつしているまりなーす・こむぱすのきかいそうちがあらわれたが、それにのりみずは)

裏側には、背面が露出している羅針儀式の機械装置が現われたが、それに法水は

(ひょうめんではもじばんのしゅういにあたる、かざりとっきにいとをまきつけ、そのいったんを)

表面では文字盤の周囲に当る、飾り突起に糸を捲き付け、その一端を

(こていさせた。ところで、このまりなーす・こむぱすのとくせいが、あなたのとりっくにもっともじゅうだいな)

固定させた。「ところで、この羅針儀式の特性が、貴女の詭計に最も重大な

(ようそをなしているのです。というのは、このあわせもじを、とじるときのほうこうと)

要素をなしているのです。と云うのは、この合わせ文字を、閉じる時の方向と

(ぎゃくにたどってゆくと、さんかいのそうさでかんぬきがひらく。また、それをはんたいにおこなうと、かけがねが)

逆に辿ってゆくと、三回の操作で閂が開く。また、それを反対に行うと、掛金が

など

(かんぬきあなのなかにはいってしまうのですからね。つまり、ひらくときのきてんはとざすときの)

閂孔の中に入ってしまうのですからね。つまり、開く時の基点は閉ざす時の

(しゅうてんであり、また、とじるときのきてんはひらくときのしゅうてんにそうとうするわけなのです。)

終点であり、また、閉じる時の基点は開く時の終点に相当する訳なのです。

(ですから、じっこうはしごくたんじゅんで、ようするに、そのさゆうかいてんをかっこうに)

ですから、実行はしごく単純で、要するに、その左右廻転を恰好に

(きろくするものがあって、またそれに、もじばんのほうへぎゃくにおよぼす)

記録するものがあって、またそれに、文字盤の方へ逆に及ぼす

(ちからさえあれば・・・・・・。そうすれば、りろんじょうとざされたかんぬきがひらくということに)

力さえあれば。そうすれば、理論上鎖された閂が開くということに

(なりましょう。もちろんないぶからでは、あのてつばこのかぎはもんだいではないのですよ。)

なりましょう。勿論内部からでは、あの鉄函の鍵は問題ではないのですよ。

(で、そのきろくづつというのが、なにあろう、あのおるごーるなのでした とのりみずは、いとを)

で、その記録筒と云うのが、何あろう、あの廻転琴なのでした」と法水は、糸を

(にんぎょうとけいのほうへひいていって、かんのんびらきをひらき、そのねいろをひくかいてんづつを、)

人形時計の方へ引いて行って、観音開きを開き、その音色を弾く廻転筒を、

(ほうじそうちにつづいているひっかけからはずした。そして、そのえんとうにむすうと)

報時装置に続いている引っ掛けから外した。そして、その円筒に無数と

(うえつけられているおどろのひとつに、いとのいったんをむすびつけて、それをぴいんとはらせ)

植えつけられている棘の一つに、糸の一端を結び付けて、それをピインと張らせ

(さてそうしてからけんじにいった。はぜくらくん、きみはそとからもじばんをまわして、)

さてそうしてから検事に云った。「支倉君、君は外から文字盤を廻して、

(このふひょうどおりにどあをしめてくれたまえ すると、けんじのてによってもじばんが)

この符表どおりに扉を閉めてくれ給え」すると、検事の手によって文字盤が

(かいてんしてゆくにつれて、おるごーるのつつがまわりはじめた。そして、うてんからさてんに)

廻転してゆくにつれて、廻転琴の筒が廻りはじめた。そして、右転から左転に

(うつるところには、そのきりかえしがほかのとげにひっかかって、さんかいのそうさが、そうして)

移る所には、その切り返しが他の棘に引っ掛って、三回の操作が、そうして

(みごとにきろくされたのである。それがおわると、のりみずはそのつつに、もとどおり)

見事に記録されたのである。それが終ると、法水はその筒に、旧どおり

(ほうじそうちのひっかけをれんぞくさせた。それが、ちょうどはちじに)

報時装置の引っ掛けを連続させた。それが、ちょうど八時に

(にじゅうびょうほどまえであった。きかいぶにつらなったかいてんづつは、じいっとぜんまいのひびきをたてて)

二十秒ほど前であった。機械部に連なった廻転筒は、ジイッと弾条の響を立てて

(いまおこなったとははんたいのほうこうにまわりはじめる。そのときかたずをのんでみまもっていた)

今行ったとは反対の方向に廻りはじめる。その時固唾を嚥んで見守っていた

(いちどうのめに、あきらかなおどろきのいろがあらわれた。なぜなら、そのかいてんにつれて、)

一同の眼に、明らかな駭きの色が現われた。何故なら、その廻転につれて、

(もじばんが、さてんうてんをあざやかにくりかえしてゆくではないか。そうしているうちに、)

文字盤が、左転右転を鮮かに繰り返してゆくではないか。そうしているうちに、

(じじいっと、きかいぶのぜんまいがものうげなおとをたてるとどうじに、とうじょうのどうじにんぎょうが)

ジジイッと、機械部の弾条が物懶げな音を立てると同時に、塔上の童子人形が

(みぎてをふりあげた。そして、かあんとちゃぺるしゅもくがあたる、とそのときまさしく)

右手を振り上げた。そして、カアンと鐘に撞木が当る、とその時まさしく

(どあのほうがくで、びょうきざみのおとにいりまじってはっきりとききとれたものがあった。ああ、ふたたび)

扉の方角で、秒刻の音に入り混って明瞭と聴き取れたものがあった。ああ、再び

(どあがひらかれたのだった。いちどうはふうとためていたいきをはきだしたが、くましろは)

扉が開かれたのだった。一同はフウと溜めていた息を吐き出したが、熊城は

(したなめずりをして、のりみずのそばにあゆみよった。なんて、きみというじんぶつは、)

舌なめずりをして、法水の側に歩み寄った。「なんて、君という人物は、

(ふしぎなおとこだろう しかしのりみずは、それにはみむきもせずに、すでにかんねんのいろを)

不思議な男だろう」しかし法水は、それには見向きもせずに、すでに観念の色を

(うかべているつたこのほうをむいて、ねえおくさん、つまり、このとりっくの)

泛べている津多子の方を向いて、「ねえ夫人、つまり、この詭計の

(はついんというのが、はかせにかけられたあなたのでんわにあったのですよ。しかし、)

発因と云うのが、博士にかけられた貴女の電話にあったのですよ。しかし、

(それをぼくにこくにおわせたのは、げんにほうすいくろらーるをのまされているにも)

それを僕に濃く匂わせたのは、現に抱水クロラールを嚥まされているにも

(かかわらず、あなたが、じつにふかかいなぼうおんしゅだんをほどこされていた)

かかわらず、貴女が、実に不可解な防温手段を施されていた

(ということなんです。あの、まるでみいらのように、もうふを)

ということなんです。あの、まるで木乃伊のように、毛布を

(くるくるまきつけられていなければ、おそらくあなたは、すうじかんのうちに)

クルクル捲き付けられていなければ、恐らく貴女は、数時間のうちに

(とうししていたでしょう。ますいざいをのませた、しかし、さつがいのいしがない 。)

凍死していたでしょう。痲酔剤を嚥ませた、しかし、殺害の意志がないーー。

(そういうげしきれないむじゅんが、ぼくのけねんをのうこうにしたのでした。ところでおくさん、)

そういう解しきれない矛盾が、僕の懸念を濃厚にしたのでした。ところで夫人、

(あのよるあなたがこのどあをひらかれて、さてそれからどこへいかれたものか、)

あの夜貴女がこの扉を開かれて、さてそれからどこへ行かれたものか、

(あててみましょうか。いったい、やくぶつしつのさんかえんのびんのなかには、)

当ててみましょうか。いったい、薬物室の酸化鉛の瓶の中には、

(なにがあったのでしょう。あのあせやすいやくぶつのいろを、いぜんあざやかに)

何があったのでしょう。あの褪せやすい薬物の色を、依然鮮かに

(たもたせていたのは・・・・・・ですけど つたこはすっかりおちついていて、)

保たせていたのは」「ですけど」津多子はすっかり落着いていて、

(しずかなおもみのあるこわねでいった。あのやくぶつしつのどあが、)

静かな重味のある声音でいった。「あの薬物室の扉が、

(わたしがまいりましたときには、すでにひらかれておりました。それに、)

私がまいりましたときには、すでに開かれておりました。それに、

(かかえみずくろらーるにも、そのいぜんにてをつけたらしいけいせきがのこっていたのですわ。)

抱水クロラールにも、その以前に手を付けたらしい形跡が残っていたのですわ。

(もうもうしあげるひつようはございませんでしょうが、あのさんかえんのびんのなかには、)

もう申し上げる必要はございませんでしょうが、あの酸化鉛の罎の中には、

(ようきにおさめたにぐらむのらじうむがかくされてあったのです。それをわたしは、)

容器に蔵めた二グラムのラジウムが隠されてあったのです。それを私は、

(かねておじからきいておりましたので、おしがねのびょういんけいえいをすくうために、)

かねて伯父から聴いておりましたので、押鐘の病院経営を救うために、

(あるじゅうだいなけついをいたさねばなりませんでした。そして、ひとつきほどまえから、)

ある重大な決意をいたさねばなりませんでした。そして、一月ほど前から、

(このやかたをはなれずに 。ああ、そのあいだ、わたしにはあらゆるいみでの、しせんが)

この館を離れずにーー。ああ、その間、私にはあらゆる意味での、視線が

(そそがれました。しかし、それさえもじっとこらえて、わたしはたえず、じっこうの)

注がれました。しかし、それさえもじっと耐らえて、私は絶えず、実行の

(きかいをねらっていたのでございます。ですから、わたしがこのへやでこころみました)

機会を狙っていたのでございます。ですから、私がこの室で試みました

(いっさいのものは、むろんおろかなぼうえいさくなのでございます。もしも、らじうむの)

いっさいのものは、無論愚かな防衛策なのでございます。もしも、ラジウムの

(おとりもどしなすって さっきおしがねがもちかえりましたのですから。けれども、)

お取り戻しなすってーー先刻押鐘が持ち帰りましたのですから。けれども、

(このてんだけはだんげんいたしますわ。いかにも、わたしはぬすんだにそういないのですが、)

この点だけは断言いたしますわ。いかにも、私は盗んだに相違ないのですが、

(しかし、わたしのはんこうとどうじにおこったさつじんじけんには、)

しかし、私の犯行と同時に起ったさつじん事件には、

(ぜったいかんけいがございませんのですから つたこふじんのこくはくをきいて、のりみずは)

絶対関係がございませんのですから」津多子夫人の告白を聴いて、法水は

(しばらくもっこうしていたが、ただもうしばらく、このやかたにとどまるようめいじたのみで)

しばらく黙考していたが、ただもうしばらく、この館に止まるよう命じたのみで

(そのままかのじょをもどしてしまった。それに、くましろがふふくらしいそぶりをみせると、)

そのまま彼女を戻してしまった。それに、熊城が不服らしい素振を見せると、

(のりみずはしずかにいった。なるほど、あのつたこというおんなは、じかんてきにすこぶる)

法水は静かに云った。「なるほど、あの津多子という女は、時間的にすこぶる

(ふこうなあんごうをもっている。けれども、だんねべるぐじけんいがいには、あのおんなのかおが)

不幸な暗合を持っている。けれども、ダンネベルグ事件以外には、あの女の顔が

(どこにもあらわれてはいないのだよ。しかしくましろくん、じつをいうと、あのでんわひとつに)

どこにも現われてはいないのだよ。しかし熊城君、実を云うと、あの電話一つに

(もっともっとふかいぎぎがあるのではないかとおもうよ。とにかく、くがしずこの)

もっともっと深い疑義があるのではないかと思うよ。とにかく、久我鎮子の

(みぶんとおしがねはかせを、しきゅうあらいあげるようにめいじてくれたまえ)

身分と押鐘博士を、至急洗い上げるように命じてくれ給え」

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