黒死館事件105

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小栗虫太郎の作品です。
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問題文

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(ぼくは、れヴぇずにたいするごしっぷが、あまりこくひょうにすぎやせんかとおもうのだ。)

「僕は、レヴェズに対するゴシップが、あまり酷評に過ぎやせんかと思うのだ。

(どうだろうのりみずくん、このくるみがたをしたむざんなやきいんには、たしかさっこうのかたちと、)

どうだろう法水君、この胡桃形をした無残な烙印には、たしか索溝の形状と、

(はいちするものがあるようにおもわれるんだが とてっきり、くるみのからとしか)

背馳するものがあるように思われるんだが」とてっきり、胡桃の殻としか

(おもわれないけっせつのあとが、ひとつはえぎわにとめられているのをさししめして、)

思われない結節の痕が、一つ生え際に止められているのを指し示して、

(なるほど、さくじょうがうわむきにつけられている。そうしたら、こんなけっせつの)

「なるほど、索状が上向きにつけられている。そうしたら、こんな結節の

(ひとつふたつなんぞは、おそらくさじにもすぎんだろう。しかし、ふるくさい)

一つ二つなんぞは、恐らく瑣事にもすぎんだろう。しかし、古臭い

(ほういがくきょうかしょ のなかにも、こういうれいがひとつあるじゃないか。)

『法医学教科書』の中にも、こういう例が一つあるじゃないか。

(それは ゆかにおちたしょるいをひろおうとして、ひがいしゃがからだをかがめたところを、)

それはーー床に落ちた書類を拾おうとして、被害者が身体を踞めたところを、

(そのものくるのきぬひもで、はんにんがうしろざまにしめあげたというのだ。もちろんそうすれば、)

その一眼鏡の絹紐で、犯人が後様に絞め上げたと云うのだ。勿論そうすれば、

(さっこうがななめじょうほうにつけられるので、あとではんにんは、そのうえにひもをあてがってしたいを)

索溝が斜め上方につけられるので、後で犯人は、その上に紐を当がって屍体を

(つるしたのだよ。ところが、くびすじにたったひとつけっせつがのこされていて、)

吊したのだよ。ところが、頸筋にたった一つ結節が残されていて、

(とうとうしまいには、それが、くちをきいてしまった というのだがね)

とうとう終いには、それが、口をきいてしまったーーと云うのだがね」

(そういってから、れヴぇずのじさつをしんりてきにかんさつして、けんじはこのきょくめんで、)

そう云ってから、レヴェズの自殺を心理的に観察して、検事はこの局面で、

(もっともいたいてんにふれた。それにのりみずくん、たとえばれヴぇずがめいん・すいっちをけし、)

最も痛い点に触れた。「それに法水君、仮令ばレヴェズが本開閉器を消し、

(それからぼくらのしらない、ひみつのつうろをもぐって、くりヴぉふふじんを)

それから僕等のしらない、秘密の通路を潜って、クリヴォフ夫人を

(さしたにしてもだ、だいたい、くにっとりんげんのまほうはかせふぁうすととも)

刺したにしてもだ、だいたい、クニットリンゲンの魔法博士ファウストとも

(あろうものが、なぜさいごのおおみえをきらなかったのだろうか。あれほど)

あろうものが、何故最後の大見得を切らなかったのだろうか。あれほど

(しばいげたっぷりだったはんざいしゃのさいごにしては、すべてがあまりにあっけないほど)

芝居げたっぷりだった犯罪者の最後にしては、すべてがあまりにあっけないほど

(さっぱりしすぎているじゃないか ととうていげしきれないれヴぇずの)

サッパリしすぎているじゃないか」ととうてい解しきれないレヴェズの

(じさつしんりが、けんじをまったくこんめいのそこにおとしいれてしまった。かれはくるわしげに)

じさつ心理が、検事をまったく昏迷の底に陥れてしまった。彼は狂わしげに

など

(のりみずをみて、のりみずくん、このじさつのふしぎなてんだけは、きみが、おはこの)

法水を見て、「法水君、このじさつの奇異な点だけは、君が、十八番の

(すといっくぱにじりっくからしょーぺんはうえるまでもちだしてきても、おそらくせつめいは)

ストイック頌讃歌からショーペンハウエルまで持ち出してきても、恐らく説明は

(つかんとおもうね。なぜなら、もっかはんにんのせんとうじょうたいたるや、かんぜんにぼくらを)

つかんと思うね。何故なら、目下犯人の戦闘状態たるや、完全に僕等を

(あっしているんだ。そこへもってきて、あまりにとうとつなしゅうきょくなんだ。)

圧しているんだ。そこへもってきて、あまりに唐突な終局なんだ。

(ああ、あわれむべきいしゅくじゃないか。どうして、このおとこのそうぞうりょくが、)

ああ、憐れむべき萎縮じゃないか。どうして、この男の想像力が、

(あのさるヴぃに ひょうじょうえんぎのこだいないたりーはいゆうのてんけい ばりのおおしばいだけで、)

あのサルヴィニ(表情演技の誇大な伊太利俳優の典型)張りの大芝居だけで、

(つきてしまったとはしんじられんよ。ときのせんたくをあやまらないためにか、それとも、)

尽きてしまったとは信じられんよ。時の選択を誤らないためにか、それとも、

(ほこらしげにしぬためか・・・・・・。いやいや、けっしてそのどっちでもないはずだ)

誇らしげに死ぬためか。いやいや、けっしてそのどっちでもないはずだ」

(あるいは、そうかもしれんがね とのりみずはたばこでけーすのふたをたたきながら、みょうに)

「あるいは、そうかもしれんがね」と法水は莨で函の蓋を叩きながら、妙に

(ふくむところのあるような、それでいて、けんじのせつをしんそこからこうていするようにも)

含むところのあるような、それでいて、検事の説を真底から肯定するようにも

(おもわれるいようなうなずきかたをしたが、そうすると、さしずめきみには、)

思われる異様な頷き方をしたが、「そうすると、さしずめ君には、

(ぴでりっとの みみく・うんと・ふぃじおくのみーく でもよんでもらうことだね。このひつうなひょうじょうは)

ピデリットの『擬容と相貌学』でも読んでもらうことだね。この悲痛な表情は

(ふぉーるといって、とうていじさつしゃいがいにはもとめられないものなんだよ)

落ちると云って、とうていじさつ者以外には求められないものなんだよ」

(そういってからたれまくをつよくひくと、ずじょうにてつぼうのうなりがおこった。ねえはぜくらくん、)

そう云ってから垂幕を強く引くと、頭上に鉄棒の唸りが起った。「ねえ支倉君、

(ああしてきこえてくるひびきが、このけっせつをくせものにみせたのだったよ。なぜなら、)

ああして聴えてくる響が、この結節を曲者に見せたのだったよ。何故なら、

(れヴぇずのじゅうりょうがとつぜんくわわったので、てつぼうにはずみがついてしなりはじめたのだ。)

レヴェズの重量が突然加わったので、鉄棒に弾みがついてしなりはじめたのだ。

(すると、そのはんどうで、つるされているからだが、こまみたいに)

すると、その反動で、懸吊されている身体が、独楽みたいに

(まわりはじめるだろう。もちろんそれによって、かわひもがくるくるよじれてゆく。)

廻りはじめるだろう。勿論それによって、革紐がクルクル撚れてゆく。

(そして、それがきょくげんにたっすると、こんどはぎゃくもどりしながらほどけてゆくのだ。)

そして、それが極限に達すると、今度は逆戻りしながら解けてゆくのだ。

(つまり、そのかいてんがじゅうすうかいとなくくりかえされるので、しぜんよりめのさいきょくのところに)

つまり、その廻転が十数回となく繰り返されるので、自然撚り目の最極の所に

(けっせつができ、それがれヴぇずのくびすじを、つよくあっぱくしたからなんだよ)

結節が出来、それがレヴェズの頸筋を、強く圧迫したからなんだよ」

(そうして、じしょうとしてはかんぜんなせつめいがついたものの、なんとなくのりみずには、)

そうして、事象としては完全な説明がついたものの、なんとなく法水には、

(それがひとりうらないのようにおもえてならなかった。かれはいぜんくらいかおのままで、むやみと)

それが独り占いのように思えてならなかった。彼は依然暗い顔のままで、無暗と

(たばこをけむにしながらかんがえにふけっていた。)

莨を烟にしながら考えに耽っていた。

(どくたーふぁうすとえーりあすおっとかーる・れヴぇずが、じんせいをけむりのようにさった。)

ーー博士ファウスト別名オットカール・レヴェズが、人生を煙のように去った。

(しかし、それはなぜであるか。それから、いちおうここでけんしをおこなうことになったが)

しかし、それは何故であるか。それから、一応ここで検屍を行うことになったが

(まずぜんしつのどあのかぎが、ぽけっとのなかからはっけんされた。ところが、そのちょくご)

まず前室の扉の鍵が、衣袋の中から発見された。ところが、その直後ーー

(ひしゃげつぶれたれヴぇずのからーをはずしたときに、おもいがけなく、そのしたから)

ひしゃげ潰れたレヴェズの襟布をはずした時に、思いがけなく、その下から

(さんにんのめをはげしくいかえしたものがあった。ついに、れヴぇずのしがろんりてきに)

三人の眼を激しく射返したものがあった。ついに、レヴェズの死が論理的に

(あきらかとなった。ちょうどなんこつのした きかんのりょうがわのあたりに、ふたつのぼしの)

明らかとなった。ちょうど軟骨の下ーー気管の両側の辺りに、二つの拇指の

(あとが、まざまざとしるされていたのである。しかも、そのぶぶんにあたるけいついに)

痕が、まざまざと印されていたのである。しかも、その部分に当る頸椎に

(だっきゅうがおこっていて、うたがいもなくれヴぇずのしいんは、そのやくさつによるもので・・・・・・)

脱臼が起っていて、疑いもなくレヴェズの死因は、その扼さつによるもので

(おそらくそうしてから、ぜつめいにこっこくとせまってゆくからだを、はんにんは)

恐らくそうしてから、絶命に刻々と迫ってゆく身体を、犯人は

(つるしあげたのであろう とだんぜねばならなくなってしまった。)

吊し上げたのであろうーーと断ぜねばならなくなってしまった。

(すでにめいはくである きょくめんはふたたびあざやかなとんぼがえりをうった。しかし、それには)

すでに明白であるーー局面は再び鮮かな蜻蛉返りを打った。しかし、それには

(みぎゆびのほうにきわだったとくちょうがあって、そのほうにのみ、つめのあとがいちじるしく)

右指の方にきわだった特徴があって、その方にのみ、爪の痕がいちじるしく

(しるされている。そして、しとうのきんにくにあたるぶぶんが、うすっすらとおちくぼんでいて、)

印されている。そして、指頭の筋肉に当る部分が、薄っすらと落ち窪んでいて、

(それがなにかはれものでも、せっかいしたあとらしくおもわれるのだった。しかし、もちろんそれで)

それが何か腫物でも、切開した痕らしく思われるのだった。しかし、勿論それで

(れヴぇずのじさつしんりにかんするぎねんだけは、いっそうされたけれども、)

レヴェズの自さつ心理に関する疑念だけは、一掃されたけれども、

(いっぽうかぎのはっけんによって、ぎもんはさらにふかめられるにいたった。すでにこのきょくめんには)

一方鍵の発見によって、疑問はさらに深められるに至った。すでにこの局面には

(ひていもこうていもいっせいにせいりされていて、そこにはいくつかの、とうていこえがたい)

否定も肯定もいっせいに整理されていて、そこには幾つかの、とうてい越え難い

(しょうへきがしょうめいされているのだった。おそらくはんにんは、れヴぇずをぜんしつにひきこんで)

障壁が証明されているのだった。恐らく犯人は、レヴェズを前室に引き込んで

(やくさつし、そのしたいをおくのししつのなかにかつぎいれたのであろう。しかし、)

扼さつし、その屍体を奥の屍室の中に担ぎ入れたのであろう。しかし、

(ぜんしつのかぎが、ひがいしゃのぽけっとのなかにしまわれているにもかかわらず、そのどあを、)

前室の鍵が、被害者の衣袋の中に蔵われているにもかかわらず、その扉を、

(いかにしてはんにんはとじたのであろうか。また、ししつにのこされているあしあとにも、)

いかにして犯人は閉じたのであろうか。また、屍室に残されている足跡にも、

(れヴぇずいがいのものがないばかりでなく、がんめんひょうじょうもじさつしゃとくゆうのもので、)

レヴェズ以外のものがないばかりでなく、顔面表情もじさつ者特有のもので、

(それにきょうふきょうがくというような、じょうちょがかけているのはなぜであろうか。)

それに恐怖驚愕と云うような、情緒が欠けているのは何故であろうか。

(もっとも、よころうかにひらいているぴいど・ういんどうには、そのじょうだんだけがとうめいな)

もっとも、横廊下に開いている聖趾窓には、その上段だけが透明な

(がらすになっているけれども、いちめんにあついほこりのそうでおおわれていて、それにはだっしゅつの)

硝子になっているけれども、一面に厚い埃の層で覆われていて、それには脱出の

(ほうほうを、そうきしえるじゅつすべもないのだった。したがって、くれすとれっす・すとーん に、)

方法を、想起し得る術すべもないのだった。したがって、紋章のない石ーーに、

(かいとうのすべてがかけられてしまったのも、ぜひないことである。けんじはしたいの)

解答のすべてがかけられてしまったのも、是非ないことである。検事は屍体の

(かみをつかんで、そのかおをのりみずにむけた。そして、かれがかつてれヴぇずにたいして)

髪を掴んで、その顔を法水に向けた。そして、彼がかつてレヴェズに対して

(とったところの、こくれつきわまりないしゅだんをひなんするのだった。)

採ったところの、酷烈きわまりない手段を非難するのだった。

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