黒死館事件111

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(ふたたびもとのへやにもどって、いすのうえにおちつくと、のりみずはぶぜんとあごをなでながら)

再び旧の室に戻って、椅子の上に落ち着くと、法水は憮然と顎を撫でながら

(おどろくべきことばをはいた。じつは、さんてつのしがいのなかに、ふたつのきょうぼうないしひょうじが)

驚くべき言葉を吐いた。「実は、算哲の屍骸の中に、二つの狂暴な意志表示が

(ふくまれているのだよ。いちどはでぃぐすびいのじゅそのためにころされ、そうして)

含まれているのだよ。一度はディグスビイの呪詛のためにころされ、そうして

(そせいしたところを、こんどはふぁうすとはかせがとどめをさしたのだ。つまり、あれは)

蘇生したところを、今度はファウスト博士が止めを刺したのだ。つまり、あれは

(にじゅうのさつじんなんだよ なに、にじゅうのさつじん!?とくましろがおどろきのあまりに)

二重の殺人なんだよ」「なに、二重の殺人!?」と熊城が驚きのあまりに

(といかえすと、のりみずはびはいんど・すていあす を、じつにさんどてんとうさせて、いよいよさいしゅうの)

問い返すと、法水は大階段の裏ーーを、実に三度転倒させて、いよいよ最終の

(きけつてんをあきらかにした。そうじゃないかくましろくん、ゆうめいならんじい ふらんすの)

帰結点を明らかにした。「そうじゃないか熊城君、有名なランジイ(仏蘭西の

(あんごうかいどくか のことばに、くりぷとめにつぇのさいしゅうはしらぶる・あじゃすとめんとにあり というのが)

暗号解読家)の言葉に、秘密記法の最終は同字整理にありというのが

(あるからね。そこで、そのしらぶる・あじゃすとめんとをくれすとれっす・すとーんにこころみて、s と s、)

あるからね。そこで、その同字整理を紋章のない石に試みて、sとs、

(re と le、st と st をのぞいてみた。すると、それが)

reとle、stとstを除いてみた。すると、それが

(cone まつかさ といういちじに、かわってしまったのだよ。ところが、)

Cone(松毬)という一字に、変ってしまったのだよ。ところが、

(そのまつかさというのが、しんだいのてんがいにあるたてばなにあって、それがまた、)

その松毬というのが、寝台の天蓋にある頂飾にあって、それがまた、

(うすきみわるいくらうんなんだがね とそれからとばりのなかにはいって、ふとんのうえに、)

薄気味悪い道化師なんだがね」とそれから帷幕の中に入って、蒲団の上に、

(てーぶるやいすをひとつひとつつみかさねていった。そうして、さいごにきゃびねっとが)

卓子や椅子を一つ一つ積み重ねていった。そうして、最後に立箪笥が

(のせられたとき、けんじとくましろははっとしていきをのんだ。というのは、)

載せられたとき、検事と熊城はハッとして息を嚥んだ。と云うのは、

(こーんのかたちをしたそのたてばながくちをひらいて、そこからさらさらと、しろいふんまつが)

松毬の形をしたその頂飾が口を開いて、そこからサラサラと、白い粉末が

(あふれでたからであった。すると、のりみずのしたが、こくしかんのかこを)

溢れ出たからであった。すると、法水の舌が、黒死館の過去を

(あんたんとさせたところの、みっつのへんしじけんにふれていった。これが、)

暗澹とさせたところの、三つの変死事件に触れていった。「これが、

(あんこくのしんぴ こくしかんのあくりょうさ。それをしゅうじがくてきれとりかるにいえば、)

暗黒の神秘ーー黒死館の悪霊さ。それを修辞学的レトリカルに云えば、

(さしずめちゅうせいいたんのろつぎぶつとでもいうところだろうがね。しかし、そのそうちの)

さしずめ中世異端の弄技物とでも云うところだろうがね。しかし、その装置の

など

(ないようたるや、かこのさんへんしじけんが、それぞれどうきんちゅうにおこったのをかんがえれば)

内容たるや、過去の三変死事件が、それぞれ同衾中に起ったのを考えれば

(わかるだろう。つまり、ふたりいじょうのじゅうりょうがはっとで、それがくわわると、こーんのたてばなが)

判るだろう。つまり、二人以上の重量が法度で、それが加わると、松毬の頂飾が

(ひらいて、このふんまつがあふれだすのだよ。それも、いぜんまりあ・あんなちょうじだいでは、)

開いて、この粉末が溢れ出すのだよ。それも、以前マリア・アンナ朝時代では、

(びやくなどをいれたものだが、このしんだいではまほがにーのていそうたいになっているのだ。)

媚薬などを入れたものだが、この寝台では桃花木の貞操帯になっているのだ。

(というのは、このふんまつがたしかすとらもにひなす ほとんどきしゅうにひとしい)

と云うのは、この粉末が確かストラモニヒナスーーほとんど稀集に等しい

(しょくぶつどくだろうとおもうからだよ。それがびねんまくにふれると、きょうぼうなげんかくを)

植物毒だろうと思うからだよ。それが鼻粘膜に触れると、狂暴な幻覚を

(おこすのだから、さいしょめいじにじゅうきゅうねんにでんじろうじけん、それからさんじゅうごねんに)

起すのだから、最初明治二十九年に伝次郎事件、それから三十五年に

(ふでこじけん とふたつのたさつじけんをおこして、ついにさいごのさんてつを、にんぎょうをだいた)

筆子事件ーーと二つの他さつ事件を起して、ついに最後の算哲を、人形を抱いた

(あのひにたおしてしまったのだ。つまり、このでぃぐすびいのじゅそというのは、)

あの日に斃してしまったのだ。つまり、このディグスビイの呪詛と云うのは、

(とーてん・たんつ にしるされている、じゃいにすつ・あんだーらい・びろう・いんふぇるの の)

『死の舞踏』に記されている、奢那教徒は地獄の底に横たわらんーーの

(ほんたいなんだよ)

本体なんだよ」

(ごじつのりみずは、すとらもにひなすがついにでんせついじょうのものだったのに、)

(註)後日法水は、ストラモニヒナスがついに伝説以上のものだったのに、

(おどろいたといっている。それは、げおるひ・ばるてぃしゅ じゅうろくせいき)

驚いたと云っている。それは、ゲオルヒ・バルティシュ(十六世紀

(けーにひすぶるくのやくがくしゃ のちょじゅつのなかにしるされているのみで、)

ケーニヒスブルクの薬学者)の著述の中に記されているのみで、

(きんせいになってからは、1895ねんにふぃっしゅといって、いんどたいまのさいばいを)

近世になってからは、一八九五年にフィッシュと云って、印度大麻の栽培を

(しょうれいした、どいつりょうひがしあふりかがいしゃのでんどういしのみ。そして、まれにいんどたいまに)

奨励した、独領東亜弗利加会社の伝道医師のみ。そして、稀に印度大麻に

(すとりひなすぞく やどくくらーれのげんしょくぶつ がきせいすると、そのかじつをどじんが)

ストリヒナス属(矢毒クラーレの原植物)が寄生すると、その果実を土人が

(ちんちょうしてじゅじゅつにようゆるけれども、おそらくそれではないか というほうこくを)

珍重して呪術に用ゆるけれども、恐らくそれではないかーーという報告を

(ひとつもたらせたのみである。たぶんこくしかんのやくぶつしつにあったあきびんというのも、)

一つもたらせたのみである。たぶん黒死館の薬物室にあった空瓶というのも、

(でぃぐすびいから、あたえられるのをさんてつがまっていたからであろう。)

ディグスビイから、与えられるのを算哲が待っていたからであろう。

(このせんめいをさいごにして、こくしかんをおおうていた、かこのあんえいのぜんぶがきえた。)

この闡明を最後にして、黒死館を覆うていた、過去の暗影の全部が消えた。

(しかしけんじは、こうふんのなかにかるいしつぼうをまじえたようなちょうしで、なるほど、きみは)

しかし検事は、昂奮の中に軽い失望を混えたような調子で、「なるほど、君は

(しゃべった しかし、げんざいのじけんについては、なにもわからなかったのだ。それより、)

喋ったーーしかし、現在の事件については、何も判らなかったのだ。それより、

(このむじゅんを、きみはどうかいしゃくするかね。どあからへやのちゅうとまでは、かーぺっとのしたに、)

この矛盾を、君はどう解釈するかね。扉から室の中途までは、敷物の下に、

(にんぎょうのあしがたがみずでしるされていた。ところがいったんこうどうのなかにはいってしまうと、)

人形の足型が水で印されていた。ところがいったん坑道の中に入ってしまうと、

(こんどはそれがにんげんのものにばけてしまったんだ ところがはぜくらくん、それが)

今度はそれが人間のものに化けてしまったんだ」「ところが支倉君、それが

(ぷらすまいなすなんだよ。さいしょからにんぎょうのそんざいをしんじていないぼくには、それをくちにする)

+-なんだよ。最初から人形の存在を信じていない僕には、それを口にする

(ひつようがなかったのだ。しかし、このいちじだけは、とうていぐうぜんのあんごうとして、)

必要がなかったのだ。しかし、この一事だけは、とうてい偶然の暗合として、

(ひていしさることはできまいとおもうよ。なぜなら、こうどうにあるすりっぱのあとを)

否定し去ることは出来まいと思うよ。何故なら、坑道にあるスリッパの跡を

(にんぎょうのあしあとにひかくすると、そのほはばとあしがたのぜんちょうとがひとしく、またすりっぱの)

人形の足跡に比較すると、その歩幅と足型の全長とが等しく、またスリッパの

(あとが、にんぎょうのほはばとふごうするのだ。それがくましろくん、じつにおもしろいれいだいなんだよ)

跡が、人形の歩幅と符合するのだ。それが熊城君、実に面白い例題なんだよ」

(とそれからだんろのまえで、のりみずはあかいおきにてをかざしながらつづけた。)

とそれから煖炉の前で、法水は紅いおきに手をかざしながら続けた。

(ところで、あのにんぎょうのあしがたというのは、がんらいぼくが、かーぺっとのしたにあるすいてきの)

「ところで、あの人形の足型というのは、元来僕が、敷物の下にある水滴の

(ひろがりをはかってできたものなんだ。そして、じょうげりょうたんのいちばんあざやかだった)

拡がりを測って出来たものなんだ。そして、上下両端の一番鮮かだったーー

(つまりいいかえれば、すいてきのりょうのもっともおおいぶぶんを、きじゅんとしての)

つまり云い換えれば、水滴の量の最も多い部分を、基準としての

(はなしだったのだったからね。・・・・・・そこで、ぼくがぷらすまいなすとよぶとりっくを)

話だったのだったからね。そこで、僕が+-と呼ぶ詭計を

(さいげんできるんだよ。で、それはほかでもなく、すりっぱのしたにもうふたつの)

再現できるんだよ。で、それはほかでもなく、スリッパの下にもう二つの

(すりっぱをあおむけにつけて、またそのふたつのすりっぱを、たがいちがいに)

スリッパを仰向けに附けて、またその二つのスリッパを、互い違いに

(くみあわせるのだ。そして、それにどあをひらいたみずをたっぷりふくませてから、)

組み合わせるのだ。そして、それに扉を開いた水をタップリ含ませてから、

(さいしょにうしろのほうのかヴぁを、つよくかかとでふむ。すると、かヴぁのちゅうおうに、ややちいさいえんけいの)

最初に後の方の覆を、強く踵で踏む。すると、覆の中央に、やや小さい円形の

(ちからがおちることになるから、とうぜんそのおしだされたみずが、)

力が落ちることになるから、当然その圧し出された水が、

(うわむきかっこのかたちになるじゃないか。また、つぎにまえのあのかヴぁをつまさきで)

上向き括弧())の形になるじゃないか。また、次に前のあの覆を前踵部で

(ふむと、こんどはそこのかたちがばていがたをしているので、ちゅうおうよりりょうたんにちかいほうのみずが)

踏むと、今度はそこの形が馬蹄形をしているので、中央より両端に近い方の水が

(つよくとびだして、それがしたむきかっこのかたちになってしまうのだ。そして、)

強く飛び出して、それが下向き括弧(()の形になってしまうのだ。そして、

(そのじょうげにようのかっこがたをしたみずのあとを、さゆうかわるがわるにあんばいしていったのだよ。)

その上下二様の括弧形をした水の跡を、左右交互に案配していったのだよ。

(つまりはんにんは、あらかじめじょうじんのさんばいもある、にんぎょうのあしがたをはかっておいた。)

つまり犯人は、あらかじめ常人の三倍もある、人形の足型を計っておいた。

(そうしてから、ほはばをそれにふごうさせていったので、とうぜんそのふたつのかっこに)

そうしてから、歩幅をそれに符合させていったので、当然その二つの括弧に

(さしはさまれたちゅうかんが、にんぎょうのあしがたをほうふつとするかたちにかわってしまったのだ。したがって)

挾まれた中間が、人形の足型を髣髴とする形に変ってしまったのだ。したがって

(そのすりっぱのぜんちょうが、よちよちあるくにんぎょうのほはばにひとしくなって、そこで、)

そのスリッパの全長が、ヨチヨチ歩く人形の歩幅に等しくなって、そこで、

(ようがといんがのすべてがぎゃくてんしてしまったというわけなんだよ)

陽画と陰画のすべてが逆転してしまったという訳なんだよ」

(こうして、ききょうをたやしたぎこうがあきらかにされて、にんぎょうのすがたがきえてしまうと、)

こうして、奇矯を絶した技巧が明らかにされて、人形の姿が消えてしまうと、

(とうぜんしこうとそうもん といずれかふたつのうちに、はんにんがこのむろにちんにゅうしたもくてきが)

当然屍光と創紋ーーといずれか二つのうちに、犯人がこの室に闖入した目的が

(あるのではないかとおもわれてきた。すでに、じゅういちじさんじゅっぷん 。しかし、よなかに)

あるのではないかと思われてきた。すでに、十一時三十分ーー。しかし、夜中に

(なんとかして、かいけつまでおしきろうとするのりみずには、いっこうに)

なんとかして、解決まで押し切ろうとする法水には、いっこうに

(ひきあげるようなけはいもなかった。そのうちけんじが、)

引き上げるような気配もなかった。そのうち検事が、

(たんそくともつかぬようなこえをだしていった。)

嘆息ともつかぬような声を出して云った。

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