黒死館事件114

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(このびこうのれーぞん・でーとるは、あるいみではかくれごろもであり、また、いっしゅのくりすたる・げーじんぐを)

「この微孔の存在理由は、ある意味では隠れ衣であり、また、一種の水晶凝視を

(おこすにもあったのだ。それぞれしんこうにつうじているので、そこからみちびかれてきた)

起すにもあったのだ。それぞれ芯孔に通じているので、そこから導かれてきた

(ろうのじょうきが、ろうしんをつたわってたちのぼってゆく。しかし、そうなって、)

蝋の蒸気が、蝋身を伝わって立ち上ってゆく。しかし、そうなって、

(だんねべるぐふじんのがんぜんにじょうきのかべができ、さらに、ちゅうおうのさんぼんにほのおをまたたかせて)

ダンネベルグ夫人の顔前に蒸気の壁が出来、さらに、中央の三本に焔を瞬かせて

(ひかりをくらくするとだ。とうぜん、えんじんのまんなかにいるひとりのかおは、いじょうのない)

光を暗くするとだ。当然、円陣の中央にいる一人の顔は、異常のない

(りょうたんのひかりからもっともとおくなる。したがって、そのかおが、だんねべるぐふじんからは)

両端の光から最も遠くなる。したがって、その顔が、ダンネベルグ夫人からは

(ぜんぜんみえなくなってしまうのだ。また、どうじにりょうたんのにほんも、りょうがわから)

全然見えなくなってしまうのだ。また、同時に両端の二本も、両側から

(あがってくるじょうきにあおられて、ほのおがよこだおしになる。そして、ひかりのいちがさらに)

上ってくる蒸気に煽られて、焔が横倒しになる。そして、光の位置がさらに

(かたよるので、とうぜんりょうたんにいるふたりのかおも、このいちからみると、ひかりにさえぎられて)

偏るので、当然両端にいる二人の顔も、この位置から見ると、光に遮られて

(きえてしまうのだよ。つまり、はたたろう・のぶこ・せれなふじん と、こうかぞえた)

消えてしまうのだよ。つまり、旗太郎・伸子・セレナ夫人ーーと、こう数えた

(さんにんというのは、たとえちゅうとでこのへやからでたにしても、そのすがたを、)

三人というのは、仮令中途でこの室から出たにしても、その姿を、

(だんねべるぐふじんはとうぜんみることができなかっただろう。また、)

ダンネベルグ夫人は当然見ることが出来なかっただろう。また、

(それいがいのひとたちも、このいじょうなふんいきのために、おそらくしゅういのしきべつを)

それ以外の人達も、この異常な雰囲気のために、恐らく周囲の識別を

(うしなっていただろうからね。きづかないほうがむしろとうぜんだと)

失っていただろうからね。気づかない方がむしろ当然だと

(いいたいくらいなのだよ。そうすると、だんねべるぐふじんがたおれるとすぐ、)

云いたいくらいなのだよ。そうすると、ダンネベルグ夫人が倒れるとすぐ、

(のぶこがりんしつからみずをもってきた ということが、あるいはのぶこに)

伸子が隣室から水を持って来たーーという事が、あるいは伸子に

(ぎわくをもたらすかもしれない。つまり、それいぜんとうに、かのじょはへやをでていて、)

疑惑をもたらすかもしれない。つまり、それ以前既に、彼女は室を出ていて、

(あらかじめこのことをよきしていたために、みずをよういしていた)

あらかじめこの事を予期していたために、水を用意していたーー

(ともいえるだろう。けれども、もちろんこのすいそくは、あるこういのかのうせいを)

とも云えるだろう。けれども、勿論この推測は、ある行為の可能性を

(してきしたまでのはなしで、とうぜんしょうこいじょうのものでないのだよ たしか、このびこうは)

指摘したまでの話で、当然証拠以上のものでないのだよ」「たしか、この微孔は

など

(はんにんのさいくにはちがいあるまいがね とけんじはふかくあごをひいたが、といかえした。)

犯人の細工には違いあるまいがね」と検事は深く顎を引いたが、問い返した。

(けれども、あのときだんねべるぐふじんは、さんてつとさけんでそっとうしたのだったぜ。)

「けれども、あの時ダンネベルグ夫人は、算哲と叫んで卒倒したのだったぜ。

(たぶんそれが、あのおんなのげんかくばかりのせいじゃあるまいとおもうよ めいさつだ。)

たぶんそれが、あの女の幻覚ばかりのせいじゃあるまいと思うよ」「明察だ。

(けっして、たんじゅんなげんかくではない。だんねべるぐふじんは、たしかりぼーのいわゆる)

けっして、単純な幻覚ではない。ダンネベルグ夫人は、たしかリボーのいわゆる

(せかんど・さいたー つまり、さっかくからしてげんかくをつくりえるのうりょくしゃだったにちがいない。)

第二視力者ーーつまり、錯覚からして幻覚を作り得る能力者だったに違いない。

(それは、せんとてれざにもにゅうこうにゅうしんなどといわれているんだが、くんえんやじょうきのまくを)

それは、聖テレザにも乳香入神などと云われているんだが、薫烟や蒸気の幕を

(すかしてみると、おうとつがいっそうあざやかになり、またそのざんぞうが、ときおりきかいなぞうを)

透して見ると、凹凸がいっそう鮮かになり、またその残像が、時折奇怪な像を

(つくることがあるのだ。つまり、このばあいは、りょうたんのろうそくからみて)

作ることがあるのだ。つまり、この場合は、両端の蝋燭から見て

(うちがわにいるふたり つまり、しずことくりヴぉふふじんとのかおが、ぎょうしのため)

内側にいる二人ーーつまり、鎮子とクリヴォフ夫人との顔が、凝視のため

(ふくしてきにかさなりあったのだろう。そして、おそらくそのさっかくがいんで、)

複視的に重なり合ったのだろう。そして、恐らくその錯覚が因で、

(だんねべるぐふじんはげんしをおこしたにそういないのだよ。それを、りぼーは)

ダンネベルグ夫人は幻視を起したに相違ないのだよ。それを、リボーは

(にんげんせいしんさいだいのしんぴりょくといって、ことにちゅうせいきでは、もっともたかい)

人間精神最大の神秘力と云って、ことに中世紀では、最も高い

(にんげんせいのとくちょうとみなされていたのだ。ああ、きっとだんねべるぐふじんには、)

人間性の特徴と見なされていたのだ。ああ、きっとダンネベルグ夫人には、

(かつてのじゃんぬ・だるくやせんとてれざとおなじに、いっしゅのひすてりーせいげんしりょくが)

かつてのジャンヌ・ダルクや聖テレザと同じに、一種の比斯呈利性幻視力が

(そなわっていたにちがいないのだよ こうして、のりみずのすいりがはんてんやくどうしていって、)

具わっていたに違いないのだよ」こうして、法水の推理が反転躍動していって、

(あのよるはりだしふちにうごめいていてかんぱんをとりおとしたじんぶつにも、きおうのつたこいがいに、)

あの夜張出縁に蠢いていて乾板を取り落した人物にも、既往の津多子以外に、

(はたたろういかのさんにんをくわえることができた。まさにそのとき、のりみずのせんとうじょうたいは、)

旗太郎以下の三人を加えることが出来た。まさにその時、法水の戦闘状態は、

(こうじょうけんのぜっちょうにあった。あるいは、じけんがこんやじゅうにしゅうけつするのではないかと)

好条件の絶頂にあった。あるいは、事件が今夜中に終結するのではないかと

(おもわれたほどに、かれのせいそうななーヴぁしずむが そのみゃくうちさえも)

思われたほどに、彼の凄愴な神経運動がーーその脈打ちさえも

(ききとれるようなきがした。それから、くらいろうかをあるいて、もとのへやにもどると、)

聴き取れるような気がした。それから、暗い廊下を歩いて、旧の室に戻ると、

(そこには、さっきのぶこがやくそくしたかいとうがまっていた。しんいしんもんかいのつなわのなかで、)

そこには、先刻伸子が約束した回答が待っていた。神意審問会の索輪の中で、

(のうこうなぎわくにつつまれ、しかもそれが、ぴったりとげんそんのよにん、そのいちぐんに、)

濃厚な疑惑に包まれ、しかもそれが、ピッタリと現存の四人、その一群に、

(さいごのきりふだがとうぜられたのだ。のりみずはくちびるがかわき、ふうとうをもつみぎてがけしくも)

最後の切札が投ぜられたのだ。法水は唇が涸き、封筒を持つ右手が怪しくも

(ふるえだした。そして、こころのなかでさけんだ。のぶこよ、)

顫え出した。そして、心の中で叫んだ。伸子よ、

(いん・だいねる・ぶるすと・るーえん・だいね・しっくざーるす・しゅてるね!)

運命の星は汝の胸に横たわる!

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