黒死館事件106

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(のりみずくん、このきょくめんのせきにんは、とうぜんきみの、どうとくてきかんじょうのうえにかかってくるんだ。)

「法水君、この局面の責任は、当然君の、道徳的感情の上に掛ってくるんだ。

(なるほど、あのさいのしんりぶんせきから、きみはこぼるとのふだのありかをしることができた。)

なるほど、あの際の心理分析から、君は地精の札の所在を知ることが出来た。

(また、あやうくやみからやみにほうむられるところだった このおとこと、だんねべるぐふじんとの)

また、危く闇から闇に葬られるところだったーこの男と、ダンネベルグ夫人との

(れんあいかんけいも、きみのとうしがんがてっけつしたのだ。けれども、れヴぇずはきみのきべんに)

恋愛関係も、君の透視眼が剔抉したのだ。けれども、レヴェズは君の詭弁に

(おいつめられて、じぶんのむこをしょうめいしようとしたけっか、ごえいをことわったんだぜ)

追い詰められて、自分のむこを証明しようとした結果、護衛を断ったんだぜ」

(それには、のりみずもまっこうからはんばくすることはできなかった。はいぼく、らくたん、しつい)

それには、法水も真向から反駁することは出来なかった。敗北、落胆、失意ー

(きぼうのすべてがかれからはなれてしまったばかりでなく、さながらえいせいの)

希望のすべてが彼から離れてしまったばかりでなく、さながら永世の

(おもにとなるようなあんえいが、ひとつこころのいちぐうにとまってしまった。たぶんそのゆうれいは)

重荷となるような暗影が、一つ心の一隅に止まってしまった。たぶんその幽霊は

(のりみずにたえずこうささやくことだろう、 おまえがふぁうすとはかせをして、)

法水に絶えずこう囁くことだろう、ーお前がファウスト博士をして、

(れヴぇずを させたのだ と。しかし、れヴぇずのきかんをきょうあつしたふたつの)

レヴェズを〇させたのだーと。しかし、レヴェズの気管を強圧した二つの

(ぼしこんは、このばあい、くましろにこおどりさせたほどのえものだった。それでさっそく、)

拇指痕は、この場合、熊城に雀躍りさせたほどの獲物だった。それでさっそく、

(かぞくぜんぶのゆびあとをしゅうしゅうすることになったが、そのとき、ひとりのばとらーをともなったしふくが)

家族全部の指痕を蒐集することになったが、その時、一人の召使を伴った私服が

(はいってきた。そのばとらーというのは、いぜんえきすけじけんのさいにも、)

入って来た。その召使というのは、以前易介事件の際にも、

(しょうげんをしたことのあるこがしょうじゅうろうというおとこで、こんどもきゅうけいちゅうに、れヴぇずの)

証言をしたことのある古賀庄十郎という男で、今度も休憩中に、レヴェズの

(ふかかいなきょどうをもくげきしたというのだった。きみがさいごにれヴぇずを)

不可解な挙動を目撃したと云うのだった。「君が最後にレヴェズを

(みたというのは、なんじごろだね とさっそくにのりみずがきりだすと、はい、たしか)

見たと云うのは、何時頃だね」とさっそくに法水が切り出すと、「はい、たしか

(はちじじゅっぷんごろだったろうとおもいますが とさいしょはしたいをみまいとするもののように)

八時十分頃だったろうと思いますが」と最初は屍体を見まいとするもののように

(かおをそむけていたが、いいはじめると、そのちんじゅつはてきぱきようりょうをえていた。)

顔を背けていたが、云いはじめると、その陳述はテキパキ要領を得ていた。

(きょくもくのだいいちがおわってきゅうけいにはいりましたので、れヴぇずさまはれいはいどうから)

「曲目の第一が終って休憩に入りましたので、レヴェズ様は礼拝堂から

(おいでになりました。そのときわたしはさろんをぬけて、ろうかをこのへやのほうに)

お出でになりました。その時私は広間を抜けて、廊下をこの室の方に

など

(あるいてまいりましたが、そのわたしのあとをつけて、れヴぇずさまもどうようあゆんで)

歩いてまいりましたが、その私の後を跟けて、レヴェズ様も同様歩んで

(おいでになるのでした。しかし、それなりわたしは、このへやのまえをすぎて)

お出でになるのでした。しかし、それなり私は、この室の前を過ぎて

(こういしつのほうにまがってしまいましたけども、そのまがりかどでふとうしろをふりむきますと)

換衣室の方に曲ってしまいましたけども、その曲り角でふと後を振り向きますと

(れヴぇずさまはこのへやのまえにつったったままで、わたしのほうをじっと)

レヴェズ様はこの室の前に突っ立ったままで、私の方を凝然と

(みているのでございます。それはまるで、わたしのすがたがきえるのを)

見ているのでございます。それはまるで、私の姿が消えるのを

(まっているかのようでございました それによると、れヴぇずがじぶんから)

待っているかのようでございました」それによると、レヴェズが自分から

(このへやにはいったといっても、それにはすんぶんも、うたがうよちがないのであった。)

この室に入ったと云っても、それには寸分も、疑う余地がないのであった。

(のりみずはつぎのしつもんにはいった。それから、そのときほかのさんにんはどうしていたね?)

法水は次の質問に入った。「それから、その時他の三人はどうしていたね?」

(それはごめいめいに、いちおうはおへやにひきあげられたようでございました。そして、)

「それは御各自に、一応はお室に引き上げられたようでございました。そして、

(きょくもくのつぎがはじまるちょうどごふんまえごろに、さんにんのほうはおつれだちになり、)

曲目の次が始まるちょうど五分前頃に、三人の方はお連れ立ちになり、

(またのぶこさんは、それからいくぶんおくれぎみにいらっしゃったよう、)

また伸子さんは、それから幾分遅れ気味にいらっしゃったよう、

(きおくしておりますが それに、くましろがことばをさしはさんで、そうするときみは、)

記憶しておりますが」それに、熊城が言葉を挾んで、「そうすると君は、

(そのあとに、このろうかをとおらなかったのかい はい、まもなくにばんめが)

その後に、この廊下を通らなかったのかい」「はい、間もなく二番目が

(はじまりましたので。ごしょうちのとおり、このろうかにはじゅうたんが)

始まりましたので。御承知のとおり、この廊下には絨毯が

(しいてございませんので、おとがたちますものですから、えんそうちゅうはおもてろうかを)

敷いてございませんので、音が立ちますものですから、演奏中は表廊下を

(とおることになっておりますので とれヴぇずのふかかいなこうどうをひとつのこして、)

通ることになっておりますので」とレヴェズの不可解な行動を一つ残して、

(しょうじゅうろうのちんじゅつはそれでおわった。ところが、おわりにかれは、ふとおもいだしたような)

庄十郎の陳述はそれで終った。ところが、終りに彼は、ふと思い出したような

(いいかたをして、ああそうそう、ほんちょうのがいじかいんとおっしゃるかたが、さろんで)

云い方をして、「ああそうそう、本庁の外事課員と仰言る方が、広間で

(おまちかねのようでございますが それから、もちゅありー・るーむをでてさろんにいくと、)

お待ちかねのようでございますが」それから、殯室を出て広間に行くと、

(そこには、がいじかいんのひとりが、くましろのぶかとつれだってまっていた。)

そこには、外事課員の一人が、熊城の部下と連れ立って待っていた。

(もちろんそのひとつは、こくしかんのけんちくぎし でぃぐすびいのせいしいかんにかんする)

勿論その一つは、黒死館の建築技師ーディグスビイの生死いかんに関する

(ほうこくだった。しかし、けいしちょうのいらいによって、らんぐーんのけいさつとうきょくが、)

報告だった。しかし、警視庁の依頼によって、蘭貢の警察当局が、

(たぶんふるいぶんしょまでもあさってくれたのであろう。そのへんでんには、でぃぐすびいが)

たぶん古い文書までも漁ってくれたのであろう。その返電には、ディグスビイが

(とうしんしたとうじのてんまつが、かなりしょうさいにわたってしるされてあった。)

投身した当時の顛末が、かなり詳細にわたって記されてあった。

(それをがいじゅつすると、 1888ねんろくがつじゅうしにちふつぎょうごじ、えるむぷれす・おヴ・ぱーしゃの)

それを概述すると、ー一八八八年六月十七日払暁五時、波斯女帝号の

(かんぱんからとうしんしたひとりのせんきゃくがあった。そして、たぶんくびは、すいしんきに)

甲板から投身した一人の船客があった。そして、たぶん首は、推進機に

(されたのであろうが、どうたいのみはそのさんじかんごに、どうしをさるにまいるの)

××されたのであろうが、胴体のみはその三時間後に、同市を去る二マイルの

(かいひんにひょうちゃくした。もちろん、そのしたいがでぃぐすびいであるということは、)

海浜に漂着した。勿論、その屍体がディグスビイであるということは、

(ちゃくいめいしそのほかのしょじひんによって、うたがうべくもないのだった。つぎにくましろのぶかは)

着衣名刺その他の所持品によって、疑うべくもないのだった。次に熊城の部下は

(くがしずこのみぶんにかんするほうこくをもたらした。それによると、かのじょは)

久我鎮子の身分に関する報告をもたらした。それによると、彼女は

(いがくはかせやぎさわせっさいのちょうじょで、ゆうめいなひかりごけのけんきゅうしゃくがじょうじろうにとつぎ、)

医学博士八木沢節斎の長女で、有名な光蘚の研究者久我錠二郎に嫁ぎ、

(おっととはたいしょうにねんろくがつにしべつしている。もちろんしずこをそのちょうさにまで)

夫とは大正二年六月に死別している。勿論鎮子をその調査にまで

(みちびいていったものは、いつぞやのりみずがかのじょのしんぞうをあばいて、さんてつのしんぞういへんを)

導いていったものは、いつぞや法水が彼女の心像を発いて、算哲の心臓異変を

(しることのできたしんりぶんせきにあったのだ。またしずこがそればかりでなく、)

知ることの出来た心理分析にあったのだ。また鎮子がそればかりでなく、

(そうきまいそうぼうしそうちのしょざいまでもさんてつからあかされているとすれば、とうぜんりょうしゃの)

早期埋葬防止装置の所在までも算哲から明かされているとすれば、当然両者の

(かんけいに、しゅじゅうのかきをこえたいようなものがあるようにおもわれたからである。)

関係に、主従の墻を越えた異様なものがあるように思われたからである。

(しかし、やぎさわというきゅうせいにめがふれると、とつぜんのりみずはいようなこきゅうをはじめ、)

しかし、八木沢という旧姓に眼が触れると、突然法水は異様な呼吸を始め、

(わくらんしたようなひょうじょうになった。そして、そのほうこくしょをつかむや、ものもいわずに)

惑乱したような表情になった。そして、その報告書を掴むや、物も云わずに

(さろんをでて、そのあしでつかつかとしょしつのなかにはいっていった。としょしつのなかには、)

広間を出て、その足でつかつか図書室の中に入って行った。図書室の中には、

(あかんさすけいをしただいのあるしょくだいが、ぽつりとひとつともされているのみで、)

アカンサス形をした台のある燭台が、ポツリと一つ点されているのみで、

(そのあんうつなふんいきは、ちょさくをするときのしずこのしゅうかんであるらしかった。)

その暗鬱な雰囲気は、著作をする時の鎮子の習慣であるらしかった。

(しかしかのじょは、いっこうなんのかんかくもなさそうに、じっとはいってきたのりみずを)

しかし彼女は、いっこう何の感覚もなさそうに、凝と入って来た法水を

(みつめている。そのぎょうしは、のりみずにきりだすきかいをうしなわせたばかりでなく、)

瞶めている。その凝視は、法水に切り出す機会を失わせたばかりでなく、

(けんじとくましろには、いっしゅのきょうふさえももたらせてきた。やがて、かのじょのほうから、)

検事と熊城には、一種の恐怖さえももたらせてきた。やがて、彼女の方から、

(きれぎれな、しかもいあつするようなちょうしでいいだした。)

切れぎれな、しかも威圧するような調子で云い出した。

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