白痴 10

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坂口安吾の小説。

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問題文

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(いざわのじょうねつはしんでいた。)

伊沢の情熱は死んでいた。

(あさめがさめる。)

朝目がさめる。

(きょうもかいしゃへゆくのかとおもうとねむくなり、)

今日も会社へ行くのかと思うと睡くなり、

(うとうとするとけいかいけいほうがなりひびき、)

うとうとすると警戒警報がなりひびき、

(おきあがりげーとるをまきたばこをいっぽんぬきだしてひをつける。)

起き上りゲートルをまき煙草を一本ぬきだして火をつける。

(ああかいしゃをやすむとこのたばこがなくなるのだな、)

ああ会社を休むとこの煙草がなくなるのだな、

(とかんがえるのであった。)

と考えるのであった。

(あるばん、おそくなり、ようやくしゅうでんにとりつくことのできたいざわは、)

ある晩、おそくなり、ようやく終電にとりつくことのできた伊沢は、

(すでにしせんがなかったので、そうとうのよみちをあるいてわがやへもどってきた。)

すでに私線がなかったので、相当の夜道を歩いて我家へ戻ってきた。

(あかりをつけるときみょうにまんねんどこのすがたがみえず、)

あかりをつけると奇妙に万年床の姿が見えず、

(るすちゅうだれかがそうじをしたということも、)

留守中誰かが掃除をしたということも、

(だれかがはいったことすらもれいがないので)

誰かが這入(はい)ったことすらも例がないので

(いぶかりながらおしいれをあけると、)

訝(いぶか)りながら押入をあけると、

(つみかさねたふとんのよこにはくちのおんながかくれていた。)

積み重ねた蒲団の横に白痴の女がかくれていた。

(ふあんのめでいざわのかおいろをうかがいふとんのあいだへかおをもぐらしてしまったが、)

不安の眼で伊沢の顔色をうかがい蒲団の間へ顔をもぐらしてしまったが、

(いざわのいからぬことをしると、あんどのためにしたしさがあふれ、)

伊沢の怒らぬことを知ると、安堵のために親しさが溢れ、

(あきれるぐらいおちついてしまった。)

呆れるぐらい落着いてしまった。

(くちのなかでぶつぶつとつぶやくようにしかものをいわず、)

口の中でブツブツと呟くようにしか物を言わず、

(そのつぶやきもこっちのたずねることとなにのかんけいもないことを)

その呟きもこっちの訊ねることと何の関係もないことを

(ああいいまたこういいじぶんじしんのおもいつめたことだけを)

ああ言い又こう言い自分自身の思いつめたことだけを

など

(それもしごくばくぜんとようやくしてだんぺんてきにいいつづっている。)

それも至極漠然と要約して断片的に言い綴っている。

(いざわはとわずにじじょうをさとり、)

伊沢は問わずに事情をさとり、

(たぶんしかられておもいあまってにげこんできたのだろうとおもったから、)

多分叱られて思い余って逃げこんで来たのだろうと思ったから、

(むえきなおびえをなるべくあたえぬはいりょによってしつもんをしょうりゃくし、)

無益な怯えをなるべく与えぬ配慮によって質問を省略し、

(いつごろどこからはいってきたかということだけをたずねると、)

いつごろどこから這入ってきたかということだけを訊ねると、

(おんなはわけのわからぬことをあれこれぶつぶついったあげく、)

女は訳の分らぬことをあれこれブツブツ言ったあげく、

(かたうでをまくりあげて、)

片腕をまくりあげて、

(そのいっかしょをなでて(そこにはかすりきずがついていた)、)

その一ヶ所をなでて(そこにはカスリ傷がついていた)、

(わたし、いたいの、とか、いまもいたむの、とか、)

私、痛いの、とか、今も痛むの、とか、

(さっきもいたかったの、とか、いろいろじかんをこまかくくぎっているので、)

さっきも痛かったの、とか、色々時間をこまかく区切っているので、

(ともかくよるになってからまどからはいったことがわかった。)

ともかく夜になってから窓から這入ったことが分った。

(はだしでそとをあるきまわってはいってきたからへやをどろでよごした、)

跣足で外を歩きまわって這入ってきたから部屋を泥でよごした、

(ごめんなさいね、といういみもいったけれども、)

ごめんなさいね、という意味も言ったけれども、

(あれこれむすうのふくろこうじをうろつきまわるつぶやきのなかから)

あれこれ無数の袋小路をうろつき廻る呟きの中から

(いみをまとめてはんだんするので、ごめんなさいね、が)

意味をまとめて判断するので、ごめんなさいね、が

(どのみちにれんらくしているのだかけっていてきなはんだんはできないのだった。)

どの道に連絡しているのだか決定的な判断はできないのだった。

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