人間失格【太宰治】3

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投稿者投稿者ひきにーと。いいね1お気に入り登録
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第一の手記2です。
めしを食べなければ死ぬ~幼く悲しい道化の一種でした。
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1 ヤス 6203 A++ 6.4 95.7% 467.5 3034 134 51 2024/10/31

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問題文

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(めしをたべなければしぬということばはじぶんのみみには)

めしを食べなければ死ぬ、という言葉は、自分の耳には、

(ただいやなおどかしとしかきこえませんでしたそのめいしんは)

ただイヤなおどかしとしか聞こえませんでした。その迷信は、

(いまでもじぶんにはなんだかめいしんのようにおもわれてならないのですがしかし)

(いまでも自分には、なんだか迷信のように思われてならないのですが)しかし

(いつもじぶんにふあんときょうふをあたえましたにんげんはめしをくわなければしぬから)

いつも自分に不安と恐怖を与えました。人間は、めしを食わなければ死ぬから、

(ということばほどじぶんにとってなんかいでかいじゅうで)

という言葉ほど自分にとって難解で晦渋で、

(そうしてきょうはくめいたひびきをかんじさせることばはなかったのですつまりじぶんには)

そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。つまり自分には

(にんげんのいとなみというものがいまだになにもわかっていないということになりそうです)

人間の営みというものが未だに何もわかっていない、という事になりそうです。

(じぶんのこうふくのかんねんとよのすべてのひとたちのこうふくのかんねんとが)

自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、

(まるでくいちがっているようなふあんじぶんはそのふあんのためにややてんてんし)

まるで食いちがっているような不安、自分はその不安の為に夜々、転輾し、

(しんぎんしはっきょうしかけたことさえありますじぶんはいったいこうふくなのでしょうか)

呻吟し、発狂しかけた事さえあります。自分は、いったい幸福なのでしょうか。

(じぶんはちいさいときからじつにしばしばしあわせものだとひとにいわれてきましたが)

自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われてきましたが、

(じぶんではいつもじごくのおもいでかえって)

自分ではいつも地獄の思いで、かえって、

(じぶんをしあわせものだといったひとたちのほうが)

自分を仕合せ者だといったひとたちのほうが、

(ひかくにもなにもならぬくらいずっとずっとあんらくなようにじぶんにはみえるのです)

比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。

(じぶんにはわざわいのかたまりがじゅっこあってそのなかのいっこでもりんじんがせおったら)

自分には、禍のかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負ったら、

(そのいっこだけでもじゅうぶんにりんじんのいのちとりになるのではあるまいかと)

その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、

(おもったことさえありましたつまりわからないのですりんじんのくるしみのせいしつ)

思ったことさえありました、つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、

(ていどがまるでけんとうつかないのですぷらくてかるなくるしみただ)

程度が、まるで見当つかないのです。プラクテカルな苦しみ、ただ、

(めしをくえたらそれでかいけつできるくるしみしかしそれこそもっともつよいつうくで)

めしを食えたらそれで解決できる苦しみ、しかし、それこそ最も強い痛苦で、

(じぶんのれいのじゅっこのわざわいなどふっとんでしまうほどの)

自分の例の十個の禍など、吹っ飛んでしまう程の、

など

(せいさんなあびじごくなのかもしれないそれはわからないしかしそれにしては)

凄惨な阿鼻地獄なのかもしれない、それは、わからない、しかし、それにしては

(よくじさつもせずはっきょうもせずせいとうをろんじぜつぼうせず)

よく自殺もせず、発狂もせず、政党を論じ、絶望せず、

(くっせずせいかつのたたかいをつづけていけるくるしくないんじゃないのか)

屈せず生活のたたかいを続けて行ける、苦しくないんじゃないのか?

(えごいすとになりきってしかもそれをとうぜんのこととかくしんし)

エゴイストになりきって、しかもそれを当然のことと確信し、

(いちどもじぶんをうたがったことがないんじゃないかそれなららくだしかし)

いちども自分を疑ったことがないんじゃないか?それなら、楽だ、しかし、

(にんげんというものはみなそんなものでまたそれでまんてんなのではないかしら)

人間というものは、皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、

(わからないよるはぐっすりねむりあさはそうかいなのかしら)

わからない、……夜はぐっすり眠り、朝は爽快なのかしら、

(どんなゆめをみているのだろうみちをあるきながらなにをかんがえているのだろうかね)

どんな夢を見ているのだろう、道を歩きながら何を考えているのだろう、金?

(まさかそれだけでもないだろうにんげんはめしをくうためにいきているのだ)

まさか、それだけでもないだろう、人間は、めしを食うために生きているのだ、

(というせつはきいたことがあるようなきがするけれどもかねのためにいきている)

という説は聞いたことがあるような気がするけれども、金のために生きている、

(ということばはみみにしたことがないいやしかしことによるといや)

という言葉は、耳にした事が無い、いや、しかし、ことに依ると、……いや、

(それもわからないかんがえればかんがえるほどじぶんにはわからなくり)

それもわからない、……考えれば考えるほど、自分には、わからなくり、

(じぶんひとりまったくかわっているようなふあんときょうふにおそわれるばかりなのです)

自分ひとり全く変わっているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。

(じぶんはりんじんとほとんどかいわができませんなにをどういったらいいのか)

自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。何を、どう言ったらいいのか、

(わからないのですそこでかんがえだしたのはどうけでしたそれはじぶんの)

わからないのです。そこで考え出したのは、道化でした。それは、自分の、

(にんげんにたいするさいごのきゅうあいでしたじぶんはにんげんをきょくどにおそれていながら)

人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、

(それでいてにんげんをどうしてもおもいきれなかったらしいのです)

それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。

(そうしてじぶんは)

そうして自分は、

(このどうけのいっせんでわずかににんげんにつながることができたのでしたおもてでは)

この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、

(たえずえがおをつくりながらもないしんはひっしの)

絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、

(それこそせんばんにいちばんのかねあいとでもいうべきききいっぱつの)

それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、

(あぶらあせながしてのさーヴぃすでしたじぶんはこどものころから)

油汗流してのサーヴィスでした。自分は子供の頃から、

(じぶんのかぞくのものたちにたいしてさえかれらがどんなにくるしく)

自分の家族の者たちに対してさえ、彼らがどんなに苦しく、

(またどんなことをかんがえていきているのかまるでちっともけんとうつかず)

またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも検討つかず、

(ただおそろしくそのきまずさにたえることができず)

ただおそろしく、その気まずさに堪えることが出来ず、

(すでにどうけのじょうずになっていましたつまりじぶんはいつのまにやら)

既に道化の上手になっていました、つまり、自分は、いつのまにやら、

(ひとこともほんとうのことをいわないこになっていたのですそのころの)

一言も本当のことを言わない子になっていたのです。その頃の、

(かぞくたちといっしょにうつしたしゃしんなどをみると)

家族たちと一緒にうつした写真などを見ると、

(ほかのものたちはみなまじめなかおをしているのにじぶんひとり)

他の者たちは皆まじめな顔をしているのに、自分ひとり、

(かならずきみょうにかおをゆがめてわらっているのですこれもまた)

必ず奇妙に顔をゆがめて笑っているのです。これもまた、

(じぶんのおさなくかなしいどうけのいっしゅでした)

自分の幼く悲しい道化の一種でした。

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