人間失格【太宰治】17

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投稿者投稿者ひきにーと。いいね1お気に入り登録
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第二の手記10です
また、犯人意識~金に困りました。までです。

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問題文

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(またはんにんいしきということばもありますじぶんはこのにんげんのよのなかにおいて)

また、犯人意識、という言葉もあります。自分は、この人間の世の中に於いて、

(いっしょうそのいしきにくるしめられながらもしかし)

一生その意識に苦しめられながらも、しかし、

(それはじぶんのそうこうのつまのごときこうはんりょで)

それは自分の糟糠の妻の如き好伴侶で、

(そいつとふたりきりでわびしくあそびたわむれているというのも)

そいつと二人きりでわびしく遊びたわむれているというのも、

(じぶんのいきているしせいのひとつだったかもしれないしまたぞくにすねにきずもつみ)

自分の生きている姿勢の一つだったかも知れないし、また、俗に、脛に傷持つ身

(ということばもあるようですがそのきずはじぶんのあかんぼうのときから)

という言葉もあるようですが、その傷は、自分の赤ん坊の時から、

(しぜんにかたほうのすねにあらわれてちょうずるにおよんでちゆするどころか)

自然に片方の脛にあらわれて、長ずるに及んで治癒するどころか、

(いよいよふかくなるばかりでほねにまでたっし)

いよいよ深くなるばかりで、骨にまで達し、

(よよのくつうはせんぺんばんかのじごくとはいいながらしかしこれは)

夜々の苦痛は千変万化の地獄とは言いながら、しかし、(これは、

(たいへんきみょうないいかたですけどそのきずはしだいにじぶんのちにくよりもしたしくなり)

たいへん奇妙な言い方ですけど)その傷は、次第に自分の血肉よりも親しくなり

(そのきずのいたみはすなわちきずのいきているかんじょう)

その傷の痛みは、すなわち傷の生きている感情、

(またはあいじょうのささやきのようにさえおもわれるそんなおとこにとって)

または愛情の囁きのようにさえ思われる、そんな男にとって、

(れいのちかうんどうのぐるうぷのふんいきがへんにあんしんでいごこちがよくつまり)

れいの地下運動のグルウプの雰囲気が、へんに安心で、居心地がよく、つまり、

(そのうんどうのほんらいのもくてきよりもそのうんどうのはだがじぶんにあったかんじなのでした)

その運動の本来の目的よりも、その運動の肌が、自分に合った感じなのでした。

(ほりきのばあいはただもうあほうのひやかしで)

堀木の場合は、ただもう阿呆のひやかしで、

(いちどじぶんをしょうかいしにそのかいごうへいったきりでまるきしすとは)

いちど自分を紹介しにその会合へ行ったきりで、マルキシストは、

(せいさんめんのけんきゅうとどうじにしょうひめんのしさつもひつようだなどとへたなしゃれをいって)

生産面の研究と同時に、消費面の視察も必要だなどと下手な洒落を言って、

(そのかいごうにはよりつかずとかくじぶんを)

その会合には寄りつかず、とかく自分を、

(そのしょうひめんのしさつのほうにばかりさそいたがるのでしたおもえばとうじは)

その消費面の視察のほうにばかり誘いたがるのでした。思えば、当時は、

(さまざまなかたのまるきしすとがいたものですほりきのように)

さまざまな型のマルキシストがいたものです。堀木のように、

など

(きょえいのもだにてぃからそれをじしょうするものもありまたじぶんのように)

虚栄のモダニティから、それを自称する者もあり、また自分のように、

(ただひごうほうのにおいがきにいってそこにすわりこんでいるものもあり)

ただ非合法の匂いが気にいって、そこに坐り込んでいる者もあり、

(もしもこれらのじったいがまるきしずむのしんのしんぽうしゃにみやぶられたら)

もしもこれらの実体が、マルキシズムの真の信奉者に見破られたら、

(ほりきもじぶんもれっかのごとくおこられひれつなるうらぎりものとして)

堀木も自分も烈火の如く怒られ、卑劣なる裏切り者として、

(たちどころにおいはらわれたことでしょうしかしじぶんもまたほりきでさえも)

たちどころに追い払われた事でしょう。しかし、自分も、また、堀木でさえも、

(なかなかじょめいのしょぶんにあわずことにもじぶんはそのひごうほうのせかいにおいては)

なかなか除名の処分に遭わず、殊にも自分は、その非合法の世界に於いては、

(ごうほうのしんしたちのせかいのおけるよりもかえってのびのびといわゆるけんこう)

合法の紳士たちの世界の於けるよりも、かえってのびのびと、所謂「健康」

(にふるまうことができましたのでみこみのあるどうしとして)

に振舞う事が出来ましたので、見込みのある「同志」として、

(ふきだしたくなるほどかどにひみつめかした)

噴き出したくなるほど過度に秘密めかした、

(さまざまのようじをたのまれるほどになったのですまたじじつじぶんは)

さまざまの用事をたのまれるほどになったのです。また、事実、自分は、

(そんなようじをいちどもことわったことはなくへいきでなんでもひきうけ)

そんな用事をいちども断ったことは無く、平気でなんでも引受け、

(へんにぎくしゃくしていぬどうしはぽりすをそうよんでいました)

へんにぎくしゃくして、犬(同志は、ポリスをそう呼んでいました)

(にあやしまれふしんじんもんなどをうけてしくじるようなこともなかったしわらいながら)

にあやしまれ不審尋問などを受けてしくじるような事も無かったし、笑いながら

(またひとをわらわせながらそのあぶないそのうんどうのれんちゅうは)

また、ひとを笑わせながら、そのあぶない(その運動の連中は、

(いちだいじのごとくきんちょうしたんていしょうせつのへたなまねみたいなことまでして)

一大事の如く緊張し、探偵小説の下手な真似みたいな事までして、

(きょくどのけいかいをもちいそうしてじぶんにたのむしごとはまことに)

極度の警戒を用い、そうして自分にたのむ仕事は、まことに、

(あっけにとられるくらいつまらないものでしたがそれでもかれらは)

あっけにとられるくらい、つまらないものでしたが、それでも、彼等は、

(そのようじをさかんにあぶながってりきんでいるのでしたと)

その用事を、さかんに、あぶながって力んでいるのでした)と、

(かれらのしょうするしごとをとにかくせいかくにやってのけていました)

彼等の称する仕事を、とにかく正確にやってのけていました。

(じぶんのそのとうじのきもちとしてはとういんになってとらえられたといしゅうしん)

自分のその当時の気持としては、党員になって捕えられ、たとい終身、

(けいむしょでくらすようになったとしてもへいきだったのです)

刑務所で暮すようになったとしても、平気だったのです。

(よのなかのにんげんのじっせいかつというものをきょうふしながら)

世の中の人間の「実生活」というものを恐怖しながら、

(まいよのふみんのじごくでうめいているよりはいっそろうやのほうが)

毎夜の不眠の地獄で呻いているよりは、いっそ牢屋のほうが、

(らくかもしれないとさえかんがえていましたちちはさくらぎちょうのべっそうでは)

楽かも知れないとさえ考えていました。父は、桜木町の別荘では、

(らいきゃくやらがいしゅつやらおなじいえにいても)

来客やら外出やら、同じ家にいても、

(みっかもよっかもじぶんとかおをあわせることがないほどでしたがしかしどうにも)

三日も四日も自分と顔を合わせる事が無いほどでしたが、しかし、どうにも、

(ちちがけむったくおそろしくこのいえをでてどこかげしゅくでも)

父がけむったく、おそろしく、この家を出て、どこか下宿でも、

(とかんがえながらもそれをいいだせずにいたやさきに)

と考えながらもそれを言い出せずにいた矢先に、

(ちちがそのいえをうりはらうつもりらしいということをべっそうばんのろうやからききました)

父がその家を売り払うつもりらしいという事を別荘番の老爺から聞きました。

(ちちのぎいんのにんきもそろそろまんきにちかづき)

父の議員の任期もそろそろ満期に近づき、

(いろいろりゆうのあったことにちがいありませんが)

いろいろ理由のあった事に違いありませんが、

(もうこれきりせんきょにでるいしもないようすでそれにこきょうにひとむね)

もうこれきり選挙に出る意思も無い様子で、それに、故郷に一棟、

(いんきょじょなどをたてたりしてとうきょうにみれんもないらしくたかが)

隠居所などを建てたりして、東京に未練も無いらしく、たかが、

(こうとうがっこうのいちせいとにすぎないじぶんのためにていたくとめしつかいをていきょうしておくのも)

高等学校の一生徒に過ぎない自分のために、邸宅と召使いを提供して置くのも、

(むだなことだとでもかんがえたのかちちのこころもまたせけんのひとたちのきもちとどうように)

むだな事だとでも考えたのか、(父の心もまた、世間の人たちの気持ちと同様に

(じぶんにはよくわかりませんとにかくそのいえはまもなくひとでにわたり)

自分にはよくわかりません)とにかく、その家は、間も無く人手にわたり、

(じぶんはほんごうもりかわちょうのせんゆうかんというふるいげしゅくのうすぐらいへやにひっこして)

自分は、本郷森川町の仙遊間という古い下宿の、薄暗い部屋に引越して、

(そうしてたちまちかねにこまりました)

そうして、たちまち金に困りました。

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