人間失格【太宰治】19
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問題文
(そのころじぶんにとくべつのこういをよせているおんながさんにんいましたひとりは)
その頃、自分に特別の好意を寄せている女が、三人いました。ひとりは、
(じぶんのげしゅくしているせんゆうかんのむすめでしたこのむすめは)
自分の下宿している仙遊館の娘でした。この娘は、
(じぶんがれいのうんどうのてつだいでへとへとになってかえり)
自分がれいの運動の手伝いでへとへとになって帰り、
(ごはんもたべずにねてしまってから)
ごはんも食べずに寝てしまってから、
(かならずようせんとまんねんひつをもってじぶんのへやにやってきてごめんなさいしたでは)
必ず用箋と万年筆を持って自分の部屋にやって来て、「ごめんなさい。下では、
(いもうとやおとうとがうるさくてゆっくりてがみもかけないのですといって)
妹や弟がうるさくて、ゆっくり手紙も書けないのです。」と言って、
(なにやらじぶんのつくえにむかっていちじかんいじょうもかいているのですじぶんもまた)
何やら自分の机に向って一時間以上も書いているのです。自分もまた、
(しらんぷりをしてねておればいいのに)
知らん振りをして寝ておればいいのに、
(いかにもそのむすめがなにかじぶんにいってもらいたげのようすなので)
いかにもその娘が何か自分に言ってもらいたげの様子なので、
(れいのうけみのほうしのせいしんをはっきして)
れいの受け身の奉仕の精神を発揮して、
(じつにひとこともくちをききたくないきもちなのだけれども)
実に一言も口をききたくない気持なのだけれども、
(くたくたにつかれきっているからだにうむときあいをかけてはらばいになり)
くたくたに疲れ切っているからだに、ウムと気合をかけて腹這いになり、
(たばこをすいおんなからきたらヴれたーで)
煙草を吸い、「女から来たラヴ・レターで、
(ふろをわかしてはいったおとこがあるそうですよあらいやだ)
風呂を沸かして入った男があるそうですよ。」「あら、いやだ。
(あなたでしょうみるくをわかしてのんだことはあるんですこうえいだわ)
あなたでしょう?」「ミルクをわかして飲んだ事はあるんです。」「光栄だわ、
(のんでよはやくこのひとかえらねえかなあてがみだなんて)
飲んでよ。」早くこのひと、帰らねえかなあ、手紙だなんて、
(みえすいているのにへへののもへじでもかいているのにちがいないんです)
見えすいているのに。へへののもへじでも書いているのに違いないんです。
(みせてよとしんでもみたくないおもいでそういえばあらいやよあら)
「見せてよ。」と死んでも見たくない思いでそう言えば、あら、いやよ、あら、
(いやよといってそのうれしがることひどくみっともなく)
いやよ、と言って、その嬉しがる事、ひどくみっともなく、
(きょうがさめるばかりなのですそこでじぶんはようじでもいいつけてやれ)
興が覚めるばかりなのです。そこで自分は、用事でも言いつけてやれ、
(とおもうんですすまないけどねでんしゃどおりのくすりやにいって)
と思うんです。「すまないけどね、電車通りの薬屋に行って、
(かるもちんをかってきてくれないあんまりつかれすぎてかおがほてって)
カルモチンを買って来てくれない?あんまり疲れすぎて、顔がほてって、
(かえってねむれないんだすまないねおかねはいいわよおかねなんか)
かえって眠れないんだ。すまないね。お金は、……」「いいわよ、お金なんか」
(よろこんでたちますようをいいつけるというのは)
よろこんで立ちます。用を言いつけるというのは、
(けっしておんなをしょげさせることではなくかえっておんなは)
決して女をしょげさせる事ではなく、かえって女は、
(おとこにようじをたのまれるとよろこぶものだということも)
男に用事をたのまれると喜ぶものだという事も、
(じぶんはちゃんとしっているのでしたもうひとりは)
自分はちゃんと知っているのでした。もうひとりは、
(じょしこうとうしはんのぶんかせいのいわゆるどうしでしたこのひととは)
女子高等師範の文科生の所謂「同志」でした。このひととは、
(れいのうんどうのようじでいやでもまいにちかおをあわせなければならなかったのです)
れいの運動の用事で、いやでも毎日、顔を合せなければならなかったのです。
(うちあわせがすんでからもそのおんなはいつまでもじぶんについてあるいてそうして)
打ち合せがすんでからも、その女は、いつまでも自分について歩いて、そうして
(やたらにじぶんにものをかってくれるのでした)
やたらに自分に、モノを買ってくれるのでした。
(わたしをほんとうのあねだとおもってくれていいわそのきざにみぶるいしながらじぶんは)
「私を本当の姉だと思ってくれていいわ。」そのキザに身震いしながら、自分は
(そのつもりでいるんですとうれえをふくんだびしょうのひょうじょうをつくってこたえます)
そのつもりでいるんです。と愁えを含んだ微笑の表情をつくって答えます
(とにかくおこらせてはこわいなんとかしてごまかさなければならぬ)
とにかく、怒らせては、こわい、何とかして、ごまかさなければならぬ、
(というおもいひとつのためにじぶんはいよいよそのみにくいいやなおんなにほうしをして)
という思い一つのために、自分はいよいよその醜い、いやな女に奉仕をして、
(そうしてものをかってもらってはそのかいものは)
そうして、ものを買ってもらっては、(その買い物は、
(じつにしゅみのわるいしなばかりでじぶんはたいていすぐにそれを)
実に趣味の悪い品ばかりで、自分はたいてい、すぐにそれを、
(やきとりやのおやじなどにやってしまいましたうれしそうなかおをして)
焼きとり屋の親爺などにやってしまいました)うれしそうな顔をして、
(じょうだんをいってはわらわせあるなつのよるどうしてもはなれないので)
冗談を言っては笑わせ、或る夏の夜、どうしても離れないので、
(まちのくらいところでそのひとにかえってもらいたいばかりに)
街の暗いところで、そのひとに帰ってもらいたいばかりに、
(きすをしてやりましたらあさましくきょうらんのごとくこうふんしじどうしゃをよんで)
キスをしてやりましたら、あさましく狂乱の如く興奮し、自動車を呼んで、
(そのひとたちのうんどうのためにひみつにかりてあるらしいびるのじむしょみたいなせまい)
そのひとたちの運動のために秘密に借りてあるらしいビルの事務所みたいな狭い
(ようしつにつれていきあさまでおおさわぎということになりとんでもないあねだ)
洋室に連れて行き、朝まで大騒ぎという事になり、とんでもない姉だ、
(とじぶんはひそかにくしょうしましたげしゅくやのむすめといいまたこのどうしといい)
と自分はひそかに苦笑しました。下宿屋の娘と言い、またこの「同志」と言い、
(どうしたってまいにちかおをあわせなければならぬぐあいになっていますので)
どうしたって毎日、顔を合せなければならぬ具合になっていますので、
(これまでのさまざまなおんなのひとのようにうまくさけられずつい)
これまでの、さまざまな女のひとのように、うまく避けられず、つい、
(ずるずるにれいのふあんのこころからこのふたりのごきげんをただけんめいにとりむすび)
ずるずるに、れいの不安の心から、この二人のご機嫌をただ懸命に取り結び、
(もはやじぶんはかなしばりどうようのかたちになっていました)
もはや自分は、金縛り同様の形になっていました。