人間失格【太宰治】6

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投稿者投稿者ひきにーと。いいね1お気に入り登録
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第一の手記6です。
自分は、~嘆き合っていたのです。まで。
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1 ヤス 7301 7.6 95.6% 511.7 3914 178 61 2024/10/31

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問題文

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(じぶんはおかねもちのいえにうまれたということよりもぞくにいうできることによって)

自分は、お金持ちの家に生れたという事よりも、俗にいう「できる」事に依って

(がっこうじゅうのそんけいをえそうになりましたじぶんはこどものころからびょうじゃくで)

学校中の尊敬を得そうになりました。自分は、子供の頃から病弱で、

(よくひとつきふたつき)

よく一つき二つき、

(またいちがくねんちかくもねこんでがっこうをやすんだことさえあったのですがそれでも)

また一学年ちかくも寝込んで学校を休んだ事さえあったのですが、それでも、

(やみあがりのからだでじんりきしゃにのってがっこうへゆきがくねんまつのしけんをうけてみると)

病み上りのからだで人力車に乗って学校へ行き、学年末の試験を受けてみると、

(くらすのだれよりもいわゆるできているようでしたからだのぐあいのよいときでも)

クラスの誰よりも所謂「できて」いるようでした。からだの具合のよい時でも、

(じぶんはさっぱりべんきょうせずがっこうへいってもじゅぎょうじかんにまんがなどをかき)

自分は、さっぱり勉強せず、学校へ行っても授業時間に漫画などを書き、

(きゅうけいじかんにはそれをくらすのものたちにせつめいしてきかせてわらわせてやりました)

休憩時間にはそれをクラスの者たちに説明して聞かせて、笑わせてやりました。

(またつづりかたにはこっけいばなしばかりかきせんせいからちゅういされてもしかしじぶんは)

また、綴り方には滑稽噺ばかり書き、先生から注意されても、しかし、自分は

(やめませんでしたせんせいは)

やめませんでした。先生は、

(じつはこっそりじぶんのそのこっけいばなしをたのしみにしていることをじぶんは)

実はこっそり自分のその滑稽噺を楽しみにしていることを自分は、

(しっていたからでしたあるひじぶんはれいによって)

知っていたからでした。或る日、自分は、れいに依って、

(じぶんがははにつれられてじょうきょうのとちゅうのきしゃで)

自分が母に連れられて上京の途中の汽車で、

(おしっこをきゃくしゃのつうろにあるたんつぼにしてしまったしっぱいだんしかし)

おしっこを客車の通路にある痰壺にしてしまった失敗談(しかし、

(そのじょうきょうのときにじぶんはたんつぼとしらずにしたのではありませんでした)

その上京の時に、自分は痰壺と知らずにしたのではありませんでした。

(こどものむじゃきをてらってわざとそうしたのでしたを)

子供の無邪気をてらって、わざと、そうしたのでした)を、

(ことさらかなしそうなひっちでかいてていしゅつしせんせいは)

ことさら悲しそうな筆致で書いて提出し、先生は、

(きっとわらうというじしんがありましたのでしょくいんしつにひきあげていくせんせいのあとを)

きっと笑うという自信がありましたので、職員室に引き揚げて行く先生のあとを

(そっとつけていきましたらせんせいはきょうしつをでるとすぐじぶんのそのつづりかたを)

そっとつけていきましたら、先生は、教室を出るとすぐ、自分のその綴り方を、

(ほかのくらすのものたちのつづりかたのなかからえらびだしろうかをあるきながらよみはじめて)

他のクラスの者たちの綴り方の中から選び出し、廊下を歩きながら読みはじめて

など

(くすくすわらいやがてしょくいんしつにはいってよみおえたのか)

クスクス笑い、やがて職員室にはいって読み終えたのか、

(かおをまっかにしておおごえをあげてわらいほかのせんせいに)

顔を真赤にして大声を挙げて笑い、他の先生に、

(さっそくそれをよませているのをみとどけじぶんはたいへんまんぞくでした)

さっそくそれを読ませているのを見とどけ、自分は、たいへん満足でした。

(おちゃめじぶんはいわゆるおちゃめにみられることにせいこうしましたそんけいされることから)

お茶目。自分は、所謂お茶目に見られる事に成功しました。尊敬される事から。

(のがれることにせいこうしましたつうしんぼはぜんがっかともじゅってんでしたが)

のがれる事に成功しました。通信簿は全学科とも十点でしたが、

(そうこうというものだけはななてんだったりろくてんだったりして)

操行というものだけは、七点だったり、六点だったりして、

(それもまたいえじゅうのおおわらいのたねでしたけれどもじぶんのほんしょうは)

それもまた家中の大笑いの種でした。けれども自分の本性は、

(そんなおちゃめさんなどとはおよそたいせきてきなものでしたそのころすでにじぶんは)

そんなお茶目さんなどとは、凡そ対蹠的なものでした。その頃、既に自分は、

(じょちゅうやげなんからかなしいことをおしえられおかされていましたようしょうのものにたいして)

女中や下男から、哀しい事を教えられ、犯されていました。幼少の者に対して、

(そのようなことをおこなうのはにんげんのおこないうるはんざいのなかでもっともしゅうあくでかとうで)

そのような事を行うのは、人間の行い得る犯罪の中で最も醜悪で下等で、

(ざんこくなはんざいだとじぶんはいまではおもっていますしかしじぶんはしのびました)

残酷な犯罪だと、自分はいまでは思っています。しかし、自分は、忍びました。

(これでまたひとつにんげんのとくせいをみたというようなきもちさえしてそうして)

これでまた一つ、人間の特性を見たというような気持さえして、そうして、

(ちからなくわらっていましたもしじぶんにほんとうのことをいうしゅうかんがついていたなら)

力無く笑っていました。もし自分に、本当のことを言う習慣がついていたなら、

(わるびれずかれらのはんざいをちちやははにうったえることができたのかもしれませんがしかし)

悪びれず、彼らの犯罪を父や母に訴える事が出来たのかも知れませんが、しかし

(じぶんはそのちちやははをもぜんぶはりかいすることができなかったのですにんげんにうったえる)

自分は、その父や母をも全部は理解する事が出来なかったのです。人間に訴える

(じぶんはそのしゅだんにはすこしもきたいできませんでしたちちにうったえても)

自分は、その手段には少しも期待できませんでした。父に訴えても、

(ははにうったえてもおまわりにうったえてもせいふにうったえてもけっきょくはよわたりにつよいひとの)

母に訴えても、お巡りに訴えても、政府に訴えても、結局は世渡りに強い人の、

(せけんにとおりのいいいいぶんにいいまくられるだけのことではないかしら)

世間に通りのいい言いぶんに言いまくられるだけの事では無いかしら。

(かならずかたておちのあるのがわかりきっているしょせんにんげんにうったえるのはむだである)

必ず片手落のあるのが、わかり切っている、所詮、人間に訴えるのは無駄である

(じぶんはやはりほんとうのことはなにもいわずしのんで)

自分はやはり、本当の事は何も言わず、忍んで、

(そうしておどけつづけているよりほかないきもちなのでしたなんだ)

そうしてお道化つづけているより他、無い気持なのでした。なんだ、

(にんげんへのふしんをいっているのかへえおまえはいつくりすちゃんになったんだい)

人間への不信を言っているのか?へえ?お前はいつクリスチャンになったんだい

(とちょうしょうするひともあるいはあるかもしれませんがしかしにんげんへのふしんは)

と嘲笑する人も或いはあるかも知れませんが、しかし、人間への不信は、

(かならずしもすぐにしゅうきょうのみちにつうじているとはかぎらないと)

必ずしもすぐに宗教の道に通じているとは限らないと、

(じぶんにはおもわれるのですけどげんにそのちょうしょうするひとをもふくめてにんげんは)

自分には思われるのですけど、現にその嘲笑する人をも含めて、人間は、

(おたがいのふしんのなかでえほばもなにもねんとうにおかず)

お互いの不信の中で、エホバも何も念頭に置かず、

(へいきでいきているではありませんかやはりじぶんのようしょうのころでありましたが)

平気で生きているではありませんか。やはり、自分の幼少の頃でありましたが、

(ちちのぞくしていたあるせいとうのゆうめいじんがこのまちにえんぜつにきて)

父の属していた或る政党の有名人が、この町に演説に来て、

(じぶんはげなんたちにつれられてげきじょうにききにいきましたまんいんでそうして)

自分は下男たちに連れられて劇場に聞きに行きました。満員で、そうして、

(このまちのとくにちちとしたしくしているひとたちのかおはみなみえて)

この町の特に父と親しくしている人たちの顔は皆、見えて、

(おおいにはくしゅなどしていましたえんぜつがすんで)

大いに拍手などしていました。演説がすんで、

(ちょうしゅうはゆきのよみちをさんさんごごかたまっていえじにつき)

聴衆は雪の夜道を三々五々かたまって家路に就き、

(くそみそにこんやのえんぜつかいのわるぐちをいっているのでしたなかには)

クソミソに今夜の演説会の悪口を言っているのでした。中には、

(ちちととくにしたしいひとのこえもまじっていましたちちのかいかいのじもへた)

父と特に親しい人の声もまじっていました。父の開会の辞も下手、

(れいのゆうめいじんのえんぜつもなにがなにやらわけがわからぬといわゆるちちのどうしたち)

れいの有名人の演説も何が何やら、わけがわからぬ、と所謂父の「同士たち」

(がどせいににたくちょうでいっているのですそうしてそのひとたちは)

が怒声に似た口調で言っているのです。そうしてそのひとたちは、

(じぶんのいえにたちよってきゃくまにあがりこみこんやのえんぜつかいはだいせいこうだったと)

自分の家に立ち寄って客間に上り込み、今夜の演説会は大成功だったと、

(しんからうれしそうなかおをしてちちにいっていましたげなんたちまで)

しんから嬉しそうな顔をして父に言っていました。下男たちまで、

(こんやのえんぜつかいはどうだったとははにきかれとてもおもしろかった)

今夜の演説会はどうだったと母に聞かれ、とても面白かった、

(といってけろりとしているのですえんぜつかいほどおもしろくないものはない)

と言ってけろりとしているのです。演説会ほど面白くないものはない、

(とかえるみちみちげなんたちがなげきあっていたのです)

と帰る途々、下男たちが嘆き合っていたのです。

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