人間失格【太宰治】8
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ヤス | 7156 | 王 | 7.5 | 95.0% | 421.7 | 3182 | 164 | 53 | 2024/10/31 |
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問題文
(うみのなみうちぎわといってもいいくらいにうみにちかいきしべにまっくろいきはだのやまざくらの)
海の、波打ち際、といってもいいくらいに海に近い岸辺に、真黒い樹肌の山桜の
(かなりおおきいのがにじゅっぽんいじょうもたちならびしんがくねんがはじまるとやまざくらは)
かなり大きいのが二十本以上も立ちならび、新学年がはじまると、山桜は、
(かっしょくのねばっこいようなわかばとともにあおいうみをはいけいにして)
褐色のねばっこいような嫩葉と共に、青い海を背景にして、
(そのけんらんたるはなをひらきやがてはなふぶきのときには)
その絢爛たる花をひらき、やがて、花吹雪の時には、
(はなびらがおびただしくうみにちりこみかいめんをちりばめてただよい)
花びらがおびただしく海に散り込み、海面を鏤めて漂い、
(なみにのせられふたたびなみうちぎわにうちかえされるそのさくらのはまべが)
波に乗せられ再び波打ち際に打ちかえされる、その桜の浜辺が、
(そのままこうていとしてしようせられているとうほくのあるちゅうがっこうに)
そのまま校庭として使用せられている東北の或る中学校に、
(じぶんはじゅけんべんきょうもろくにしなかったのにどうやらぶじににゅうがくできました)
自分は受験勉強もろくにしなかったのに、どうやら無事に入学できました。
(そうしてそのちゅうがくのせいぼうのきしょうにもせいふくのぼたんにも)
そうして、その中学の制帽の徽章にも、制服のボタンにも、
(さくらのはながずあんかせられてさいていましたそのちゅうがっこうのすぐちかくに)
桜の花が図案化せられて咲いていました。その中学校のすぐ近くに、
(じぶんのいえととおいしんせきにあたるもののいえがありましたのでそのりゆうもあって)
自分の家と遠い親戚に当る者の家がありましたので、その理由もあって、
(ちちがそのうみとさくらのちゅうがっこうをじぶんにえらんでくれたのでしたじぶんは)
父がその海と桜の中学校を自分に選んでくれたのでした。自分は、
(そのいえにあずけられなんせがっこうのすぐちかくなので)
その家にあずけられ、何せ学校のすぐ近くなので、
(ちょうれいのかねがなるのをきいてからはしってとうこうするというような)
朝礼の鐘が鳴るのを聞いてから、走って登校するというような、
(かなりたいだなちゅうがくせいでしたがそれでもれいのおどけによって)
かなり怠惰な中学生でしたが、それでも、れいのお道化に依って、
(ひいちにちとくらすのにんきをえていましたうまれてはじめて)
日一日とクラスの人気を得ていました。生れてはじめて、
(いわばたきょうへでたわけなのですがじぶんにはそのたきょうのほうが)
謂わば他郷へ出たわけなのですが、自分には、その他郷の方が、
(じぶんのうまれこきょうよりもずっときらくなばしょのようにおもわれましたそれは)
自分の生れ故郷よりも、ずっと気楽な場所のように思われました。それは、
(じぶんのおどけもそのころにはいよいよぴったりみについてきて)
自分のお道化もその頃にはいよいよぴったり身について来て、
(ひとをあざむくのにいぜんほどのくろうをひつようとしなくなっていたからである)
人をあざむくのに以前ほどの苦労を必要としなくなっていたからである、
(とかいせつしてもいいでしょうがしかしそれよりもにくしんとたにんこきょうとたきょう)
と解説してもいいでしょうが、しかし、それよりも、肉親と他人、故郷と他郷、
(そこにはぬくべからざるえんぎのなんいのさがどのようなてんさいにとっても)
そこには抜くべからざる演技の難易の差が、どのような天才にとっても、
(たといかみのこいえすにとってもそんざいしているものなのではないのでしょうか)
たとい神の子イエスにとっても、存在しているものなのではないのでしょうか。
(はいゆうにとってもっともえんじにくいばしょはこきょうのげきじょうであって)
俳優にとって、最も演じにくい場所は、故郷の劇場であって、
(しかもろくしんけんぞくぜんぶそろってすわっているひとへやのなかにあっては)
しかも六親眷属全部そろって坐っている一部屋の中に在っては、
(いかなるめいゆうもえんぎどころではなくなるのではないでしょうか)
いかなる名優も演技どころでは無くなるのではないでしょうか。
(けれどもじぶんはえんじてきましたしかもそれがかなりのせいこうをおさめたのです)
けれども自分は演じて来ました。しかも、それが、かなりの成功を収めたのです
(それほどのくせものがたきょうにでて)
それほどの曲者が、他郷に出て、
(まんがいちにもえんじそこねるなどということはないわけでしたじぶんのにんげんきょうふは)
万が一にも演じ損ねるなどという事は無いわけでした。自分の人間恐怖は、
(それはいぜんにまさるともおとらぬくらいはげしくむねのそこでぜんどうしていましたが)
それは以前にまさるとも劣らぬくらい烈しく胸の底で蠕動していましたが、
(しかしえんぎはじつにのびのびとしてきてきょうしつにあっては)
しかし、演技は実にのびのびとして来て、教室にあっては、
(いつもくらすのものたちをわらわせきょうしもこのくらすはおおばさえいないと)
いつもクラスの者たちを笑わせ、教師も、このクラスは大庭さえいないと、
(とてもいいくらすなんだがとことばではたんじながら)
とてもいいクラスなんだが、と言葉では嘆じながら、
(てでくちをおおってわらっていましたじぶんは)
手で口を覆って笑っていました。自分は、
(あのかみなりのごときばんせいをはりあげるはいぞくしょうこうをさえ)
あの雷の如き蛮声を張り上げる配属将校をさえ、
(じつによういにふきださせることができたのですもはや)
実に容易に噴き出させることが出来たのです。もはや、
(じぶんのしょうたいをかんぜんにいんぺいしえたのではあるまいかとほっとしかけたやさきに)
自分の正体を完全に隠蔽し得たのではあるまいか、とほっとしかけた矢先に、
(じぶんはじつにいがいにもはいごからつきさされましたそれは)
自分は実に意外にも背後から突き刺されました。それは、
(はいごからつきさすおとこのごたぶんにもれずくらすでもっともひんじゃくなにくたいをして)
背後から突き刺す男のごたぶんにもれず、クラスで最も貧弱な肉体をして、
(かおもあおぶくれでそうして)
顔も青ぶくれで、そうして
(たしかにふけいのおふるとおもわれるそでがしょうとくたいしのそでみたいにながすぎるうわぎをきて)
たしかに父兄のお古と思われる袖が聖徳太子の袖みたいに長すぎる上着を着て、
(がっかはすこしもできずきょうれんやたいそうはいつもけんがくというはくちににたせいとでした)
学科は少しも出来ず、教練や体操はいつも見学という白痴に似た生徒でした。
(じぶんもさすがにそのせいとにさえけいかいするひつようはみとめていなかったのでした)
自分もさすがに、その生徒にさえ警戒する必要は認めていなかったのでした。
(そのひたいそうのじかんにそのせいとせいはいまきおくしていませんが)
その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、
(なはたけいちといったかとおぼえていますそのたけいちはれいによってけんがく)
名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、
(じぶんたちはてつぼうのれんしゅうをさせられていましたじぶんは)
自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、
(わざとできるだけげんしゅくなかおをしててつぼうめがけてえいっとさけんでとび)
わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、
(そのままはばとびのようにぜんぽうへとんでしまって)
そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、
(すなじにどすんとしりもちをつきましたすべてけいかくてきなしっぱいでした)
砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。
(はたしてみなのおおわらいになり)
果して皆の大笑いになり、
(じぶんもくしょうしながらおきあがってずぼんのすなをはらっていると)
自分も苦笑しながら起き上がってズボンの砂を払っていると、
(いつそこへきていたのかたけいちがじぶんのせなかをつつきひくいこえでこうささやきました)
いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました
(わざわざ)
「ワザ。ワザ。」