ヴィヨンの妻 太宰治 1
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | りく | 6142 | A++ | 6.2 | 97.7% | 247.6 | 1557 | 36 | 25 | 2024/10/25 |
問題文
(あわただしく、げんかんをあけるおとがきこえて、わたしはそのおとで、めをさまし)
あわただしく、玄関を開ける音が聞こえて、私はその音で、眼をさまし
(ましたが、それはでいすいのおっとの、しんやのきたくにきまっているのでござい)
ましたが、それは泥酔の夫の、深夜の帰宅に決まっているのでござい
(ますから、そのままだまってねていました。おっとは、となりのへやにでんきを)
ますから、そのまま黙って寝ていました。夫は、隣の部屋に電気を
(つけ、はあっはあっ、とすさまじくあらいこきゅうをしながら、つくえのひきだしや)
つけ、はあっはあっ、とすさまじく荒い呼吸をしながら、机の引き出しや
(ほんばこのひきだしをあけてかきまわし、なにやらさがしているようすでしたが、)
本箱の引き出しをあけてかき回し、何やら探している様子でしたが、
(やがて、どたりとたたみにこしをおろしてすわったようなものおとがきこえまして、)
やがて、どたりと畳に腰を下ろして座ったような物音が聞こえまして、
(あとはただ、はあっはあっというあらいこきゅうばかりで、なにをしていること)
あとはただ、はあっはあっという荒い呼吸ばかりで、何をしている事
(やら、わたしがねたまま、「おかえりなさいまし。ごはんは、おすみで)
やら、私が寝たまま、「おかえりなさいまし。ごはんは、おすみで
(すか?おとだなに、おむすびがございますけど」ともうしますと、「や、)
すか?お戸棚に、おむすびがございますけど」と申しますと、「や、
(ありがとう」といつになくやさしいへんじをいたしまして、「ぼうやはどう)
ありがとう」といつになく優しい返事をいたしまして、「坊やはどう
(です。ねつは、まだありますか?」とたずねます。これもめずらしいことで)
です。熱は、まだありますか?」とたずねます。これも珍しいことで
(ございました。ぼうやは、らいねんはよっつになるのですが、えいようぶそくのせいか)
ございました。坊やは、来年は四つになるのですが、栄養不足のせいか
(またはおっとのしゅどくのせいか、びょうどくのせいか、よそのふたつのこどもよりも)
または夫の酒毒のせいか、病毒のせいか、よその二つの子供よりも
(ちいさいくらいで、あるくあしもとさえおぼつかなく、ことばもうまうまとか、)
小さいくらいで、歩く足許さえおぼつかなく、言葉もウマウマとか、
(いやいやとかをいえるくらいがせきのやまで、のうがわるいのではないかもと)
イヤイヤとかを言えるくらいが関の山で、脳が悪いのではないかもと
(おもわれ、わたしはこのこをせんとうにつれていきはだかにしてだきあげて、)
思われ、私はこの子を銭湯に連れて行きはだかにして抱き上げて、
(あんまりちいさくみにくくやせているので、さびしくなって、おおぜいのひとの)
あんまり小さく醜く痩せているので、さびしくなって、おおぜいの人の
(まえでないてしまったことさえございました。そうしてこのこは、)
前で泣いてしまったことさえございました。そうしてこの子は、
(しょっちゅう、おなかをこわしたり、ねつをだしたり、おっとはほとんどいえに)
しょっちゅう、おなかをこわしたり、熱を出したり、夫は殆ど家に
(おちついていることはなく、こどものことなどなんとおもっているのやら、)
落ち着いていることはなく、子供のことなど何とおもっているのやら、
(ぼうやがねつをだしまして、とわたしがいっても、あ、そう、おいしゃにつれて)
坊やが熱をだしまして、と私が言っても、あ、そう、お医者につれて
(いったらいいでしょう、といって、いそがしげににじゅうまわしをはおって)
行ったらいいでしょう、と言って、忙しげに二重廻しを羽織って
(どこかへでかけてしまいます。おいしゃにつれていきたくっても、おかねも)
どこかへ出かけてしまいます。お医者に連れて行きたくっても、お金も
(なにもないのですから、わたしはぼうやにそいねして、ぼうやのあたまをだまって)
何も無いのですから、私は坊やに添い寝して、坊やの頭を黙って
(なでてやっているよりほかはないのでございます。)
撫でてやっているより他はないのでございます。