あの世から便りをする話2 海野十三
青空文庫より引用
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問題文
(ともだちはでてきました。が、しょうしょうあやしいともだちがでてきた。いつもそのともだちから)
友達は出て来ました。が、少々怪しい友達が出て来た。いつもその友達から
(きいていたんですが、れいばいをつうじてでてくるさいくんはじぶんのさいくんとまったくおなじで、)
聞いていたんですが、霊媒を通じて出て来る細君は自分の細君と全く同じで、
(せきばらいから、こえのよくようから、はなしぶりから、わらいごえから、なにからなにまで)
咳払いから、声の抑揚から、話振りから、笑い声から、何から何まで
(すべてひゃくぱーせんとにしんださいくんそっくりである。それでおもわずれいばいと)
すべて百パーセントに死んだ細君そっくりである。それで思わず霊媒と
(てをとりあうようなこともあったんだというはなしをしましたが、わたしがいったときは、)
手を取り合うようなこともあったんだという話をしましたが、私が行った時は、
(ややがさつなゆうじんがでてきた。いろいろはなしをしたんですが、けっきょくどうもあのよに)
稍々がさつな友人が出て来た。いろいろ話をしたんですが、結局どうもあの世に
(ぶじにいきついたからあんしんしてくれろ、というきわめてふつうなはなしばかりでるので、)
無事に行き着いたから安心して呉れろ、という極めて普通な話ばかり出るので、
(すこしせんもんてきなはなしをしてみようとおもい、はじめたところが「いますこしあたまがわるいから」と)
少し専門的な話をして見ようと思い、始めたところが「今少し頭が悪いから」と
(いうのではねられました(しょうせい)。わたしはそのともだちからげんこうをひとつ)
いうので刎ねられました(笑声)。私はその友達から原稿を一つ
(あずかっていました。それはゆきのふるひにうたったしんたいしでしたが、それをどこかへ)
預かっていました。それは雪の降る日に歌った新体詩でしたが、それを何処かへ
(せわしてくれとたのまれていたんです。「ぼくはきみのげんこうをあずかっているが、)
世話して呉れと頼まれていたんです。「僕は君の原稿を預かって居るが、
(あれはいつだしたらよかろうか」ときいてみました。そうしたら「そうだね、)
あれは何時出したら宜かろうか」と聴いて見ました。そうしたら「そうだね、
(それはやがていっしゅうかんほどするとぼくのしじゅうくにちがくるから、そのときにひとつ)
それは軈て一週間程すると僕の四十九日が来るから、その時に一つ
(だしてもらいたい」こういうはなしでした。ところがいっしゅうかんごのしじゅうくにちというひは、)
出して貰いたい」こういう話でした。ところが一週間後の四十九日という日は、
(はちがつのさなかです。はちがつのさなかにゆきがちらちらふるしんたいしがだせるものか)
八月の最中です。八月の最中に雪がチラチラ降る新体詩が出せるものか
(だせないものか、これはおやおやとおもったのです。だいいち、げんこうということが)
出せないものか、これはオヤオヤと思ったのです。第一、原稿ということが
(どうしてもそのともだちにのみこめないのです。せいぜんげんこうをまいにちかいていたくらいの)
どうしてもその友達に呑み込めないのです。生前原稿を毎日書いていた位の
(おとこが、しぬときゅうにげんこうがなんであるかということをしらなかったのは)
男が、死ぬと急に原稿が何であるかということを知らなかったのは
(どうもおかしい。わからずにくるしがっていたから「げんこうというのはつまりきみが)
どうも訝しい。分らずに苦しがっていたから「原稿というのはつまり君が
(いつだかかいたぶんしょうのことだ」とぼくがたすけぶねをだしてやってはじめて)
何時だか書いた文章のことだ」と僕が助け舟を出してやって初めて
(わかったのです。そのうちにとうとうゆうじんはだいぶくるしがりまして、いよいよひっこむことに)
分ったのです。その中に到頭友人は大分苦しがりまして、愈々引込むことに
(なりました。「まだはなしがあるけれども、じつはぼくのつまがきみにあいたいそうで)
なりました。「まだ話があるけれども、実は僕の妻が君に逢いたいそうで
(まっているから、かわる」というので、ふりきるようにしてともだちのれいは)
待っているから、替る」というので、振切るようにして友達の霊は
(なくなりまして、こんどはさいくんがでてきた。たちまちさいくんのこえにかわりまして、)
無くなりまして、今度は細君が出て来た。忽ち細君の声に変りまして、
(ひじょうにやさしいこえです。やっているれいばいはおばあさんですから、おんなのほうがうまく)
非常に優しい声です。やって居る霊媒はお婆さんですから、女の方がうまく
(いくんでしょう。「どうもせいぜんはいろいろおせわになりました」から)
行くんでしょう。「どうも生前はいろいろお世話になりました」から
(はじまりまして(しょうせい)、けっきょくさいごに「なにかもうしのこしたいことはありませんか」と)
始まりまして(笑声)、結局最後に「何か申し残したい事はありませんか」と
(いったところが、「それではひとつおねがいがあります、じつはしながわくにわたしのおばが)
言ったところが、「それでは一つお願いがあります、実は品川区に私の伯母が
(すんでおりますが、そこのむすめのちーちゃんをはやくいっぺんここへきてもらうように)
住んで居りますが、そこの娘のチーちゃんを早く一遍此処へ来て貰うように
(いってください」というたのみでわかれました。そのつぎのひでしたが、ぐうぜんしながわえきの)
言って下さい」という頼みで別れました。その次の日でしたが、偶然品川駅の
(きんじょで、そのちーちゃんのおかあさん、つまりしんださいくんのおばさんにあたるひとに)
近所で、そのチーちゃんのお母さん、つまり死んだ細君の伯母さんに当る人に
(であったので、「あのゆうじんのさいくんがあなたのむすめさんのちーちゃんにあいたい、)
出会ったので、「あの友人の細君があなたの娘さんのチーちゃんに合いたい、
(なるたけはやくきてくれといっておりましたよ」といったんです。そうしたら)
成るたけ早く来て呉れと言って居りましたよ」と言ったんです。そうしたら
(おばさんがけげんなかおをして、「それはおかしい、ちーちゃんというのはわたしのいえの)
伯母さんが怪訝な顔をして、「それは訝しい、チーちゃんというのは私の家の
(むすめではありません。あのこのほんとうのいもうとでございますよ」といった。つまり)
娘ではありません。あの子の真実の妹でございますよ」と言った。つまり
(しんださいくんは、じぶんのいもうとのことをおばさんのこどもみたいにおもっていたわけです。)
死んだ細君は、自分の妹のことを伯母さんの子供みたいに思っていた訳です。
(そこもひじょうにまちがっている。そんなてんからして、このれいばいはひじょうな)
其処も非常に間違って居る。そんな点からして、この霊媒は非常な
(いんちきであるということがわかったんです。しかもそんないんちきなれいばいの)
インチキであるということが判ったんです。しかもそんなインチキな霊媒の
(ところに、われわれがかがくてきにひじょうにしんようしていたともだちが、ぜんごろくじっかいもかよって)
所に、吾々が科学的に非常に信用していた友達が、前後六十回も通って
(いんちきたることがわからなかったのはなぜであるかというので、がぜんわたしは)
インチキたることが判らなかったのは何故であるかというので、俄然私は
(だいなるぎもんにぶつかったんです。どうじにまたいんちきであるがゆえに、とうしょこれは)
大なる疑問に打突かったんです。同時に又インチキであるが故に、当初これは
(みらいのせかいがあるとおもしろいなというかがくのもんだいにたいするたのしみが)
未来の世界があると面白いなという科学の問題に対する楽しみが
(あったんですが、れいばいをつうじてみると、それもいんちきであるということが)
あったんですが、霊媒を通じて見ると、それもインチキであるということが
(わかって、さびしがったりくるしがったりしたものです。そこでそのともだちの)
判って、淋しがったり苦しがったりしたものです。そこでその友達の
(ゆうじんにあたるぼういがくはくしをたずねてきいてみましたところが、かんたんにそのもんだいを)
友人に当る某医学博士を訪ねて聞いて見ましたところが、簡単にその問題を
(かいけつしてくれたのです。「いやきみ、あのおとこはさいしょからはっきょうしておったのだよ」)
解決して呉れたのです。「いや君、あの男は最初から発狂して居ったのだよ」
((しょうせい)。「だってせんせい、かがくてきにはひじょうにしんようがおけるし、いうことも)
(笑声)。「だって先生、科学的には非常に信用が置けるし、言うことも
(ふつうであるし、ゆうぎもけっぺきであるほどあついし、ことにさいくんのことなどけっぺきで、)
普通であるし、友誼も潔癖であるほど厚いし、殊に細君のことなど潔癖で、
(さいくんがしんでからほかのおんなにはぜったいにせっしなかったというほどのじんかくしゃとしては)
細君が死んでから他の女には絶対に接しなかったという程の人格者としては
(おかしいですが」「いや、それがおかしくない。そういうりっぱなひとに)
訝しいですが」「いや、それが訝しくない。そういう立派な人に
(よくきょうじんがある」というはなしでした。)
能く狂人がある」という話でした。