生きている腸4 海野十三
青空文庫より引用
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問題文
(「すばらしきじっけん」)
【素晴らしき実験】
(かれは、べつじんのようにかっぱつになっていた。「さあ、くんれんだ」)
彼は、別人のように活潑になっていた。「さあ、訓練だ」
(なにをくんれんするのであろうか。かれは、へやのなかをあるきまわって、じゃかんやせいじょうきや)
なにを訓練するのであろうか。彼は、部屋の中を歩きまわって、蛇管や清浄器や
(かだいなど、いろいろなものをかかえあつめてきた。「さあ、いがくしはじまっての)
架台など、いろいろなものを抱えあつめてきた。「さあ、医学史はじまっての
(だいじっけんに、おれはきっとがいかをあげてみせるぞ」かれは、ぼつぼつひとりごとを)
大実験に、俺はきっと凱歌をあげてみせるぞ」彼は、ぼつぼつ独り言を
(いいながら、さらにれとるとやかなあみやぶんぜんとうなどをあつめてきた。)
いいながら、さらにレトルトや金網やブンゼン燈などをあつめてきた。
(そのうちにかれは、あつめてきたどうぐのまんなかにたって、まるでしばいのおおどうぐかたの)
そのうちに彼は、あつめてきた道具の真ん中に立って、まるで芝居の大道具方の
(ようにじっけんようきのくみたてにかかった。みるみるがらすとかなぐとえきたいとのけんちくは、)
ように実験用器の組立てにかかった。見る見るガラスと金具と液体との建築は、
(たいへんおおがかりにまとまっていった。そのけんちくはどうやらいけるはらわたのはいった)
たいへん大がかりにまとまっていった。その建築はどうやら生ける腸の入った
(がらすかんをちゅうしんとするようにみえた。でんきのすいっちがはいって)
ガラス管を中心とするように見えた。電気のスイッチが入って
(ぱいろっとらんぷがあおからあかにかわった。へやのすみでは、ごとごとと)
パイロット・ランプが青から赤にかわった。部屋の隅では、ごとごとと
(ひくいおとをたててぽんぷもーとるがまわりだした。いがくせいふきやりゅうじのりょうめは、)
低い音をたてて喞筒モートルが廻りだした。医学生吹矢隆二の両眼は、
(いよいよきみわるいひかりをおびてきた。いったいかれは、なにをはじめようと)
いよいよ気味わるい光をおびてきた。一体彼は、何を始めようと
(いうのであるか。でんきもつうじてぶんぜんとうにもうすあおいほのおがてんぜられた。)
いうのであるか。電気も通じてブンゼン燈にも薄青い焔が点ぜられた。
(いけるはらわたのはいったがらすかんのなかには、にほんのほそいがらすかんがさしこまれた。)
生ける腸の入ったガラス管の中には、二本の細いガラス管がさしこまれた。
(そのいっぽんからは、ぶくぶくとちいさいあわがたった。ふきやりゅうじは、)
その一本からは、ぶくぶくと小さい泡がたった。吹矢隆二は、
(おおきながばんみたいなものをくびからひもでかけ、そしてえんぴつのさきをなめながら、)
大きな画板みたいなものを首から紐でかけ、そして鉛筆のさきをなめながら、
(でんりゅうけいやひじゅうけいやおんどけいのまえを、かわるがわるいったりきたりして、)
電流計や比重計や温度計の前を、かわるがわる往ったり来たりして、
(くびにかけたほうがんしのうえにいろえんぴつでもってまーくをつけていった。)
首にかけた方眼紙の上に色鉛筆でもってマークをつけていった。
(あかとあおとみどりとむらさきとくろとのきょくせんがすこしずつほうがんしのうえをのびてゆく。)
赤と青と緑と紫と黒との曲線がすこしずつ方眼紙の上をのびてゆく。
(そうしているうちにも、かれはがらすかんのまえにこくびをかたむけ、ねっしんなめつきで、)
そうしているうちにも、彼はガラス管の前に小首をかたむけ、熱心な眼つきで、
(ぜんどうをつづけるはらわたをながめるのであった。かれはもじどおりしんしょくをわすれて、)
蠕動をつづける腸をながめるのであった。彼は文字通り寝食を忘れて、
(このにんたいのいるじっけんをけいぞくした。まったくにんげんわざとはおもわれない)
この忍耐のいる実験を継続した。まったく人間業とはおもわれない
(かつどうぶりであった。けさのろくじと、ゆうがたのろくじと、このふたつのじこくにおける)
活動ぶりであった。今朝の六時と、夕方の六時と、この二つの時刻における
(はらわたのじょうきょうをくらべてみると、たしかにすこしようすがかわっている。さらにまた)
腸の状況をくらべてみると、たしかにすこし様子がかわっている。さらにまた
(じゅうにじかんたつと、またなにかしらかわったじょうたいがかんしゅされるのであった。)
十二時間経つと、また何かしら変った状態が看取されるのであった。
(じっけんがすすむにつれ、りんげるしえきのおんどはすこしずつのぼり、それからまた)
実験がすすむにつれ、リンゲル氏液の温度はすこしずつのぼり、それからまた
(りんげるしえきののうどはすこしずつげんしょうしていった。じっけんだいよんにちめにおいては、)
リンゲル氏液の濃度はすこしずつ減少していった。実験第四日目においては、
(はらわたをしゅうようしているがらすかんのなかは、ほとんどみずばかりのえきになった。)
腸を収容しているガラス管の中は、ほとんど水ばかりの液になった。
(じっけんだいろくにちめには、がらすかんのなかにえきたいはみえずになり、そのかわりにたんこうしょくの)
実験第六日目には、ガラス管の中に液体は見えずになり、その代りに淡紅色の
(がすがもやもやとくものようにうごいていた。がらすかんのなかには、)
ガスがもやもやと雲のようにうごいていた。ガラス管の中には、
(えきのなくなったことをしらぬげに、れいのはらわたはぴくりぴくりとぜんどうを)
液のなくなったことを知らぬげに、例の腸はぴくりぴくりと蠕動を
(つづけているのであった。いがくせいふきやのかおは、ばかばやしのめんのように、)
つづけているのであった。医学生吹矢の顔は、馬鹿囃の面のように、
(かたいわらいがはりついていた。「うふん、うふん。いやもうここまででも、)
かたい笑いが貼りついていた。「うふん、うふん。いやもうここまででも、
(せかいのいがくしをりっぱにやぶってしまったんだ。がすたいのなかでいきているはらわた!)
世界の医学史をりっぱに破ってしまったんだ。ガス体の中で生きている腸!
(ああなんというすばらしいじっけんだ!」かれはつぎつぎにあたらしいそうちをじゅんびしては)
ああなんという素晴らしい実験だ!」彼はつぎつぎに新らしい装置を準備しては
(ふるいそうちをとりのけた。じっけんだいはちにちめには、がらすかんのなかのがすは、)
古い装置をとりのけた。実験第八日目には、ガラス管の中のガスは、
(むしょくとうめいになってしまった。じっけんだいきゅうにちめには、ぶんぜんとうのほのおがきえた。)
無色透明になってしまった。実験第九日目には、ブンゼン燈の焔が消えた。
(ぶくぶくとあわだっていたがすがとまった。じっけんだいじゅうにちめには、もーとるのおとまでが)
ぶくぶくと泡立っていたガスが停った。実験第十日目には、モートルの音までが
(ぴたりととまってしまった。じっけんしつのなかは、はいきょのようにしーんと)
ぴたりと停ってしまった。実験室のなかは、廃墟のようにしーんと
(してしまった。ちょうどそれは、ごぜんさんじのことであった。それからなお)
してしまった。ちょうどそれは、午前三時のことであった。それからなお
(にじゅうよじかんというものを、かれはしんちょうなかんどでそのままにほうちした。)
二十四時間というものを、彼は慎重な感度でそのままに放置した。
(にじゅうよじかんたったそのよくじつのごぜんさんじであった。かれはおずおずとがらすかんの)
二十四時間経ったその翌日の午前三時であった。彼はおずおずとガラス管の
(そばにかおをよせた。がらすかんのなかのはらわたは、いまやじょうおんじょうしつどのたいきちゅうで、)
そばに顔をよせた。ガラス管の中の腸は、今や常温常湿度の大気中で、
(ぐにゃりぐにゃりとかっぱつなぜんどうをつづけていた。いがくせいふきやりゅうじはかれのこうあんした)
ぐにゃりぐにゃりと活潑な蠕動をつづけていた。医学生吹矢隆二は彼の考案した
(どくとくのくんれんほうにより、せかいじゅうのいかなるいがくせいもてをつけたことの)
独特の訓練法により、世界中のいかなる医学生も手をつけたことの
(なかったところの、たいきちゅうにおけるはらわたのせいぞんじっけんについてせいこうしたのであった。)
なかったところの、大気中における腸の生存実験について成功したのであった。