江戸川乱歩 幽霊-1-
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問題文
(「つじどうのやつ、とうとうしにましたよ」)
「辻堂のやつ、とうとう死にましたよ」
(ふくしんのものが、たしょうてがらがおにこうほうこくしたとき、)
腹心のものが、多少手柄顔にこう報告した時、
(ひらたしはすくなからずおどろいたのである。)
平田氏は少なからず驚いたのである。
(もっとも、だいぶいぜんから、かれがびょうきでとこについたきりだということは)
もっとも、だいぶ以前から、彼が病気で床についたきりだということは
(きいていたのだけれど、それにしても、あのじぶんをうるさくつけねらって、)
聞いていたのだけれど、それにしても、あの自分をうるさくつけ狙って、
(かたきを(あいつはかってにそうきめていたのだ)うつことをしょうがいのもくてきにしていた)
敵を(あいつは勝手にそうきめていたのだ)討つことを生涯の目的にしていた
(おとこが、「きゃつのどてっぱらへ、このたんとうをぐっさりとつきさすまでは、)
男が、「きゃつのどてっ腹へ、この短刀をぐっさりと突きさすまでは、
(しんでもしにきれない」とくちぐせのようにいっていたあのつじどうが、)
死んでも死にきれない」と口ぐせのようにいっていたあの辻堂が、
(そのもくてきをはたしもしないでしんでしまったとは、どうにもかんがえられなかった。)
その目的を果たしもしないで死んでしまったとは、どうにも考えられなかった。
(「ほんとうかね」)
「ほんとうかね」
(ひらたしはおもわずそのふくしんのものにこうといかえしたのである。)
平田氏は思わずその腹心の者にこう問い返したのである。
(「ほんとうにもなんにも、わたしはいまあいつのそうしきのでるところを)
「ほんとうにもなんにも、私は今あいつの葬式の出るところを
(みとどけてきたんです。ねんのためにきんじょできいてみましたがね。)
見とどけてきたんです。念のために近所で聞いてみましたがね。
(やっぱりそうでした。おやこふたりぐらしのおやじがしんだのですから、)
やっぱりそうでした。親子ふたり暮らしのおやじが死んだのですから、
(むすこのやつかわいそうに、なきがおでひつぎのそばへついていきましたよ。)
息子のやつ可哀そうに、泣き顔で棺のそばへついて行きましたよ。
(おやじににあわない、あいつはよわむしですね」)
おやじに似合わない、あいつは弱虫ですね」
(それをきくと、ひらたしはがっかりしてしまった。やしきのまわりに)
それを聞くと、平田氏はがっかりしてしまった。屋敷のまわりに
(たかいこんくりーとべいをめぐらしたのも、そのへいのうえにがらすのはへんを)
高いコンクリート塀をめぐらしたのも、その塀の上にガラスの破片を
(うえつけたのも、もんながやをほとんどただのようなやちんで)
植えつけたのも、門長屋をほとんどただのような家賃で
(けいかんのいっかにかしたのも、くっきょうなふたりのしょせいをおいたのも、)
警官の一家に貸したのも、屈強なふたりの書生を置いたのも、
(やぶんはもちろん、ひるまでも、やむをえないようじのほかは)
夜分はもちろん、昼間でも、止むを得ない用事のほかは
(なるべくがいしゅつしないことにしていたのも、やむをえずがいしゅつするばあいには、)
なるべく外出しないことにしていたのも、止むを得ず外出する場合には、
(かならずしょせいをともなうようにしていたのも、それもこれもみな、)
必らず書生を伴うようにしていたのも、それもこれも皆、
(ただひとりのつじどうがこわいからであった。ひらたしはいちだいでいまのだいしんだいを)
ただひとりの辻堂が怖いからであった。平田氏は一代で今の大身代を
(つくりあげたほどのおとこだから、それはときにはずいぶんつみなこともやってきた。)
作り上げたほどの男だから、それは時にはずいぶん罪なこともやってきた。
(かれにふかいうらみをいだいているものもふたりやさんにんではなかった。)
彼に深い恨みをいだいている者もふたりや三人ではなかった。
(といって、それをきにするひらたしではないのだが、あのはんきょうらんの)
といって、それを気にする平田氏ではないのだが、あの半狂乱の
(つじどうろうじんばかりは、かれはほとほともてあましていたのである。)
辻堂老人ばかりは、彼はほとほと持てあましていたのである。
(そのあいてがいましんでしまったときくと、かれはほっとあんしんのためいきをつくと)
その相手が今死んでしまったと聞くと、彼はホッと安心のため息をつくと
(どうじに、なんだかはりあいがぬけたような、さびしいきもちもするのであった。)
同時に、なんだか張合いが抜けたような、淋しい気持もするのであった。
(そのよくじつ、ひらたしはねんのためにじしんでつじどうのすまいのきんじょへでかけていって、)
その翌日、平田氏は念のために自身で辻堂の住まいの近所へ出掛けて行って、
(それとなくようすをさぐってみた。そして、ふくしんのもののほうこくが)
それとなく様子をさぐってみた。そして、腹心のものの報告が
(まちがっていなかったことをたしかめることができた。そこで、いよいよ)
まちがっていなかったことを確かめることができた。そこで、いよいよ
(だいじょうぶだとおもったかれは、これまでのげんじゅうなけいかいをといて、ひさしぶりで)
大丈夫だと思った彼は、これまでの厳重な警戒をといて、久しぶりで
(ゆったりしたきぶんをあじわったことである。)
ゆったりした気分を味わったことである。
(くわしいじじょうをしらぬかぞくのものは、ひごろいんきなひらたしが、にわかにかいかつになって、)
詳しい事情を知らぬ家族の者は、日頃陰気な平田氏が、にわかに快活になって、
(かれのくちからついぞきいたことのないわらいごえがもれるのを、)
彼の口からついぞ聞いたことのない笑い声がもれるのを、
(すくなからずいぶかしがった。ところが、このかれのかいかつなようすは)
少なからずいぶかしがった。ところが、この彼の快活な様子は
(あんまりながくはつづかなかった。かぞくのものは、こんどは、まえよりもいっそうひどい)
あんまり長くはつづかなかった。家族の者は、今度は、前よりも一そうひどい
(しゅじんこうのゆううつになやまされなければならなかった。)
主人公の憂鬱に悩まされなければならなかった。
(つじどうのそうしきがあってから、みっかのあいだはなにごともなかったが、そのつぎのよっかめの)
辻堂の葬式があってから、三日のあいだは何事もなかったが、その次の四日目の
(あさのことである。しょさいのいすにもたれて、なにごころなくそのひとどいたゆうびんぶつを)
朝のことである。書斎の椅子にもたれて、何心なくその日とどいた郵便物を
(しらべていたひらたしは、たくさんのふうしょやはがきのなかにまじっって、)
調べていた平田氏は、たくさんの封書やはがきの中にまじって、
(いっつうの、かなりみだれてはいたが、たしかにみおぼえのあるしゅせきでかかれた)
一通の、かなりみだれてはいたが、確かに見覚えのある手蹟で書かれた
(てがみをはっけんして、あおくなった。)
手紙を発見して、青くなった。
(このてがみは、おれがしんでからきさまのところへとどくだろう。)
この手紙は、おれが死んでから貴様の所へとどくだろう。
(きさまはさだめしおれのしんだことをこおどりしてよろこんでいるだろうな。)
貴様は定めしおれの死んだことを小躍りして喜んでいるだろうな。
(そして、やれやれこれであんしんだと、さぞのうのうしたきでいるだろうな。)
そして、ヤレヤレこれで安心だと、さぞのうのうした気でいるだろうな。
(ところが、どっこいそうはいかぬぞ。おれのからだはしんでも、おれのたましいは)
ところが、どっこいそうは行かぬぞ。おれのからだは死んでも、おれの魂は
(きさまをやっつけるまではけっしてしなないのだからな。)
貴様をやっつけるまでは決して死なないのだからな。
(なるほど、きさまのあのばかばかしいようじんはいきたにんげんにはききめがあるだろう。)
なるほど、貴様のあのばかばかしい用心は生きた人間には利き目があるだろう。
(たしかにおれはてもあしもでなかった。だがな、どんなげんじゅうなしまりでも、)
たしかにおれは手も足も出なかった。だがな、どんな厳重なしまりでも、
(すうっと、けむりのようにとおりぬけることのできるたましいというやつには、)
すうっと、煙のように通りぬけることのできる魂というやつには、
(いくらきさまがおおがねもちでもさくのほどこしようがないだろう。おい、おれはな、)
いくら貴様が大金持ちでも策のほどこしようがないだろう。おい、おれはな、
(みうごきもできないたいびょうにとっつかれてねているあいだに、こういうことを)
身動きもできない大病にとっつかれて寝ているあいだに、こういうことを
(ちかったのだよ。このよできさまをやっつけることができなければ、)
誓ったのだよ。この世で貴様をやっつけることができなければ、
(しんでからおんりょうになって、きっときさまをとりころしてやるということをな。)
死んでから怨霊になって、きっと貴様をとり殺してやるということをな。
(なんじゅうにちというあいだ、おれはねどこのなかでそればっかりをかんがえていたぞ。)
何十日というあいだ、おれは寝床の中でそればっかりを考えていたぞ。
(そのおもいがとおらないでどうするものか。ようじんしろ、おんりょうというものはな、)
その思いが通らないでどうするものか。用心しろ、怨霊というものはな、
(いきたにんげんよりもよっぽどおそろしいものだぞ。)
生きた人間よりもよっぽど恐ろしいものだぞ。
(ひっせきがみだれているうえに、かんじのほかはぜんぶかたかなでかかれていて、)
筆蹟がみだれている上に、漢字のほかは全部片仮名で書かれていて、
(ずいぶんよみにくいものだったが、そこにはだいたいみぎのようなもんくが)
ずいぶん読みにくいものだったが、そこには大体右のような文句が
(しるされていた。いうまでもなく、つじどうがびょうしょうでしんぎんしながら、たましいをこめて)
しるされていた。いうまでもなく、辻堂が病床で呻吟しながら、魂をこめて
(かいたものにちがいない。そして、それをじぶんのしんだあとでむすこに)
書いたものに違いない。そして、それを自分の死んだあとで息子に
(とうかんさせたものにちがいない。)
投函させたものに違いない。
(「なにをばかな。こんなこどもだましのおどしもんくで、おれがびくびくするとでも)
「なにをばかな。こんな子供だましのおどし文句で、おれがビクビクするとでも
(おもっているのか。いいとしをして、さてはやつもびょうきのせいで、)
思っているのか。いい年をして、さてはやつも病気のせいで、
(もうろくしていたんだな」)
もうろくしていたんだな」
(ひらたしは、そのばではこのしにんのきょうはくじょうをいっしょうにふしてしまったことだが、)
平田氏は、その場ではこの死人の脅迫状を一笑に付してしまったことだが、
(さて、だんだんときがたつにつれて、なんともいえないふあんが、そろそろと)
さて、だんだん時がたつにつれて、なんともいえない不安が、そろそろと
(かれのこころにわきあがってくるのをどうすることもできなかった。)
彼の心にわき上がってくるのをどうすることもできなかった。
(どうにもぼうぎょのほうほうがないということが、あいてがどんなふうに)
どうにも防禦の方法がないということが、相手がどんなふうに
(せめてくるのだか、まるでわからないことが、すくなからずかれをいらいらさせた。)
攻めてくるのだか、まるでわからないことが、少なからず彼をイライラさせた。
(かれはよるとなくひるとなく、きみのわるいもうそうにくるしめられるようになった。)
彼は夜となく昼となく、気味のわるい妄想に苦しめられるようになった。
(ふみんしょうがますますひどくなっていった。)
不眠症がますますひどくなって行った。
(いっぽうにおいては、つじどうのむすこのそんざいもきがかりであった。)
一方においては、辻堂の息子の存在も気がかりであった。
(あのおやじとはちがってきのよわそうなおとこに、まさかそんなこともあるまいが、)
あのおやじとはちがって気の弱そうな男に、まさかそんなこともあるまいが、
(もしおやじのこころざしをついで、やっぱりおれをつけねらっているのだったら)
もしおやじの志をついで、やっぱりおれをつけ狙っているのだったら
(たいへんである。そこへきづくと、かれはさっそくいぜんつじどうをみはらせるために)
大変である。そこへ気づくと、彼はさっそく以前辻堂を見張らせるために
(やとってあったおとこをよびよせ、こんどはむすこのほうのかんしをめいじるのであった。)
雇ってあった男を呼びよせ、今度は息子の方の監視を命じるのであった。