江戸川乱歩 幽霊-3-
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
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1 | baru | 4392 | C+ | 4.8 | 91.3% | 1038.3 | 5039 | 478 | 81 | 2024/12/12 |
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問題文
(ひらたしのふみんしょうはだんだんひどくなっていった。)
平田氏の不眠症はだんだんひどくなって行った。
(やっとねむりについたかとおもうと、とつぜんきみわるいさけびごえをたてて)
やっと眠りについたかと思うと、突然気味わるい叫び声を立てて
(とびおきるようなこともたびたびあった。かぞくのものはしゅじんのみょうなようすに)
飛び起きるようなこともたびたびあった。家族の者は主人の妙な様子に
(すくなからずしんぱいした。そしていしゃにみてもらうことをくどくすすめた。)
少なからず心配した。そして医者に見てもらうことをくどく勧めた。
(ひらたしは、もしできることなら、ちょうどおさないこどもが「こわいよう」といって)
平田氏は、もしできることなら、ちょうど幼い子供が「怖いよう」といって
(ははおやにすがりつくように、だれかにすがりつきたかった。)
母親にすがりつくように、誰かにすがりつきたかった。
(そして、このごろのこわさおそろしさをすっかりうちあけたかった。)
そして、このごろの怖さ恐ろしさをすっかり打ち明けたかった。
(でもさすがにそうもなりかねるので、「なあに、しんけいすいじゃくだろう」といって、)
でもさすがにそうもなりかねるので、「なあに、神経衰弱だろう」といって、
(かぞくのてまえをとりつくろい、いしゃのしんさつをうけようともしなかった。)
家族の手前をとりつくろい、医者の診察を受けようともしなかった。
(そしてまたすうじつがすぎさった。あるひのこと、ひらたしのじゅうやくをつとめているかいしゃの)
そしてまた数日が過ぎ去った。ある日のこと、平田氏の重役を勤めている会社の
(かぶぬしそうかいがあって、かれはそのせきですこしばかりおしゃべりしなければ)
株主総会があって、彼はその席で少しばかりおしゃべりしなければ
(ならなかった。そのはんとしのあいだのかいしゃのえいぎょうじょうたいはこれまでにないこうせいせきを)
ならなかった。その半年のあいだの会社の営業状態はこれまでにない好成績を
(しめしていたし、ほかにべつだんしんぱいするようなもんだいもなかったので、)
示していたし、ほかに別段心配するような問題もなかったので、
(ただとおりいっぺんのほうこくえんぜつをすればことはすむのであった。)
ただ通り一ぺんの報告演説をすれば事はすむのであった。
(かれはひゃくにんちかくもあつまったかぶぬしたちのまえにたって、もうそういうことにはなれきって)
彼は百人近くも集まった株主たちの前に立って、もうそういう事には慣れきって
(いるので、しごくいたについたたいどくちょうで、はなしをすすめるのであった。)
いるので、至極板についた態度口調で、話を進めるのであった。
(ところが、しばらくおしゃべりをつづけているうちに、むろんそのあいだには、)
ところが、しばらくおしゃべりをつづけているうちに、むろんそのあいだには、
(ちょうしゅうであるかぶぬしたちのかおをそれからそれへとながめまわしていたのだが、)
聴衆である株主たちの顔をそれからそれへと眺め廻していたのだが、
(ふとへんなものがめにはいった。かれはそれにきづくと、おもわずえんぜつをやめて、)
ふと変なものが眼にはいった。彼はそれに気づくと、思わず演説をやめて、
(ひとびとがあやしむほどもながいあいだ、だまったままぼうだちになっていた。)
人々があやしむほども長いあいだ、だまったまま棒立ちになっていた。
(そこには、たくさんのかぶぬしたちのうしろから、あのしんだつじどうと)
そこには、たくさんの株主たちのうしろから、あの死んだ辻堂と
(すんぶんちがわないかおがじっとこちらをみつめていたのだ。)
寸分ちがわない顔がじっとこちらを見つめていたのだ。
(「じょうじゅつのじじょうでござりまして」)
「上述の事情でござりまして」
(ひらたしはきをとりなおしたようにいちだんとこえをはりあげて、えんぜつを)
平田氏は気を取りなおしたように一段と声をはり上げて、演説を
(つづけようとした。だがどうしたものか、いくらげんきをだしてみても、)
つづけようとした。だがどうしたものか、いくら元気を出してみても、
(そのきみのわるいかおからめをそらすことができないのである。)
その気味のわるい顔から眼をそらすことができないのである。
(かれはだんだんうろたえだした。はなしのすじもしどろもどろになってきた。)
彼はだんだんうろたえ出した。話の筋もしどろもどろになってきた。
(すると、そのつじどうとすんぶんちがわないかおが、ひらたしのろうばいをあざけりでも)
すると、その辻堂と寸分ちがわない顔が、平田氏の狼狽をあざけりでも
(するように、いきなりにやりとわらったではないか。)
するように、いきなりニヤリと笑ったではないか。
(ひらたしはどうしてえんぜつをおわったか、ほとんどむがむちゅうであった。)
平田氏はどうして演説を終わったか、ほとんど無我夢中であった。
(かれはひょいとおじぎをしててーぶるのそばをはなれると、ひとびとがあやしむのも)
彼はヒョイとおじぎをしてテーブルのそばを離れると、人々が怪しむのも
(かまわず、へやのでぐちのほうへはしっていって。かれをおびやかしたあのかおのもちぬしを)
かまわず、部屋の出口の方へ走って行って。彼をおびやかしたあの顔の持ち主を
(ぶっしょくした。しかし、いくらさがしてもそんなかおはみあたらないのだ。)
物色した。しかし、いくら探してもそんな顔は見当たらないのだ。
(ねんのためにいちどかみざのほうへもどって、もとのいちにちかいところから、かぶぬしたちのかおを)
念のために一度上座の方へ戻って、元の位置に近い所から、株主たちの顔を
(ひとりひとりみなおしても、もうつじどうににたかおさえみいだすことができなかった。)
一人一人見直しても、もう辻堂に似た顔さえ見いだすことができなかった。
(そのかいじょうのおおひろまは、ひとのでいりじゆうなあるびるでぃんぐのなかにあったのだが、)
その会場の大広間は、人の出入り自由な或るビルディングの中にあったのだが、
(かんがえようによっては、ぐうぜん、ちょうしゅうのなかにつじどうとにたじんぶつがいて、)
考えようによっては、偶然、聴衆の中に辻堂と似た人物がいて、
(それがひらたしのさがしたときには、もうたちさったあとだったかもしれない。)
それが平田氏の探した時には、もう立ち去ったあとだったかもしれない。
(でもよのなかにあんなによくにたかおがあるものだろうか。ひらたしは)
でも世の中にあんなによく似た顔があるものだろうか。平田氏は
(どうかんがえなおしてみても、それがひんしのつじどうのあのおそろしいせんげんに)
どう考え直してみても、それが瀕死の辻堂のあの恐ろしい宣言に
(かんけいがあるようなきがしてしようがなかった。)
関係があるような気がしてしようがなかった。
(それいらい、ひらたしはしばしばつじどうのかおをみた。あるときはげきじょうのろうかで、)
それ以来、平田氏はしばしば辻堂の顔を見た。ある時は劇場の廊下で、
(あるときはこうえんのゆうやみのなかで、あるときはりょこうさきのとかいのにぎやかなおうらいで、)
ある時は公園の夕闇の中で、ある時は旅行先の都会のにぎやかな往来で、
(あるときはかれのやしきのもんぜんでさえ。このさいごのばあいなどは、ひらたしは)
ある時は彼の屋敷の門前でさえ。この最後の場合などは、平田氏は
(あやうくそっとうするところであった。あるよふけに、よそからかえったかれのじどうしゃが)
危うく卒倒するところであった。ある夜ふけに、よそから帰った彼の自動車が
(いまもんをはいろうとしたときだった。もんのなかからひとつのひとかげがすうっとでてきて)
今門をはいろうとした時だった。門の中から一つの人影がすうっとでてきて
(じどうしゃとすれちがったが、すれちがうときに、じつにしゅんかんのできごとだった、)
自動車とすれちがったが、すれちがう時に、実に瞬間の出来事だった、
(そのかおがじどうしゃのまどからひょいとのぞいたのである。)
その顔が自動車の窓からヒョイと覗いたのである。
(それがやっぱりつじどうのかおだった。しかし、げんかんについて、そこにでむかえていた)
それがやっぱり辻堂の顔だった。しかし、玄関について、そこに出迎えていた
(しょせいやじょちゅうなどのこえでやっとげんきをかいふくしたひらたしが、うんてんしゅにめいじて)
書生や女中などの声でやっと元気を回復した平田氏が、運転手に命じて
(さがさせたじぶんには、ひとかげはもうそのへんにはみえなかった。)
探させた時分には、人影はもうその辺には見えなかった。
(「ひょっとしたら、つじどうのやつ、いきているのではないかな。そして、)
「ひょっとしたら、辻堂のやつ、生きているのではないかな。そして、
(こんなおしばいをやっておれをくるしめようというのではないかな」)
こんなお芝居をやっておれを苦しめようというのではないかな」
(ひらたしはふとそんなふうにうたがってみた。しかし、たえずつじどうのむすこを)
平田氏はふとそんなふうに疑ってみた。しかし、絶えず辻堂の息子を
(みはらせてあるふくしんのものからのほうこくでは、すこしもあやしむべきところは)
見張らせてある腹心のものからの報告では、少しも怪しむべきところは
(みられなかった。)
見られなかった。
(もしつじどうがいきているのだったら、ながいあいだにはいちどくらいは)
もし辻堂が生きているのだったら、長いあいだには一度くらいは
(むすこのところへやってきそうなものだが、そんなけぶりもみえないのだ。)
息子のところへやってきそうなものだが、そんなけぶりも見えないのだ。
(それにだいいちおかしいのは、いきたにんげんに、あんなにこちらのいくさきが)
それに第一おかしいのは、生きた人間に、あんなにこちらの行く先が
(わかるものだろうか。ひらたしはふだんからひみつしゅぎのおとこで、がいしゅつするばあいにも)
わかるものだろうか。平田氏は平常から秘密主義の男で、外出する場合にも
(めしつかいはもちろんかぞくのものにさえ、いくさきをしらさないことがおおかった。)
召使いはもちろん家族の者にさえ、行く先を知らさないことが多かった。
(だかられいのかおがかれのいくさきざきへあらわれるためには、たえずかれのやしきのもんぜんに)
だから例の顔が彼の行く先々へ現われるためには、絶えず彼の屋敷の門前に
(はりこんでいてじどうしゃのあとをつけるほかはないのだが、そのへんは)
張りこんでいて自動車のあとをつけるほかはないのだが、その辺は
(さびしいばしょで、ほかのじどうしゃがくればそれにきのつかぬはずはなく、)
淋しい場所で、ほかの自動車がくればそれに気のつかぬはずはなく、
(またじどうしゃをやとおうにも、ちかくにがれーじはないのだ。といって、まさか)
また自動車を雇おうにも、近くにガレージはないのだ。といって、まさか
(とほであとをつけるわけにもいくまい。どうかんがえてみても、やっぱりこれは)
徒歩であとをつけるわけにも行くまい。どう考えてみても、やっぱりこれは
(おんりょうのたたりとおもうほかはなかった。)
怨霊の祟りと思うほかはなかった。
(「それともおれのきのまよいかしら」)
「それともおれの気の迷いかしら」
(だが、たとえきのまよいであっても、おそろしさにかわりはなかった。)
だが、たとえ気の迷いであっても、恐ろしさに変わりはなかった。
(かれははてしもなくおもいまどった。)
彼ははてしもなく思いまどった。
(ところが、そうしていろいろとあたまをなやましているうちに、)
ところが、そうしていろいろと頭を悩ましているうちに、
(ふとひとつのみょうあんがうかんできた。)
ふと一つの妙案が浮かんできた。
(「これならもうたしかなもんだ。なぜはやくそこへきがつかなかったのだろう」)
「これならもう確かなもんだ。なぜ早くそこへ気がつかなかったのだろう」
(ひらたしはいそいそとしょさいへはいっていって、ふでをとると、つじどうのきょうりの)
平田氏はいそいそと書斎へはいって行って、筆をとると、辻堂の郷里の
(やくばへあてて、かれのむすこのなまえで、こせきとうほんかふねがいをかいた。)
役場へあてて、彼の息子の名前で、戸籍謄本下付願を書いた。
(もしこせきとうほんのひょうにつじどうがいきてのこっているようだったらもうしめたものだ。)
もし戸籍謄本の表に辻堂が生きて残っているようだったらもう占めたものだ。
(どうかそうであってくれるようにとひらたしはいのった。)
どうかそうであってくれるようにと平田氏は祈った。
(すうじつたつと、やくばからこせきとうほんがとどいた。しかしひらたしのがっかりした)
数日たつと、役場から戸籍謄本が届いた。しかし平田氏のがっかりした
(ことには、そこには、つじどうのなまえのうえにじゅうもんじにしゅせんがひかれて、じょうらんには)
ことには、そこには、辻堂の名前の上に十文字に朱線が引かれて、上欄には
(しぼうのねんがっぴじかんととどけがきをうけつけたひづけとがめいりょうにきにゅうされていた。)
死亡の年月日時間と届書を受け付けた日付とが明瞭に記入されていた。
(もはやうたがうよちはないのだ。)
もはや疑う余地はないのだ。