江戸川乱歩 幽霊-4-

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明智小五郎事件簿

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問題文

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(「ちかごろどうかなすったのではありませんか。)

「近頃どうかなすったのではありませんか。

(おからだのぐあいでもわるいんじゃないんですか」)

おからだのぐあいでも悪いんじゃないんですか」

(ひらたしにあうとだれもがしんぱいそうなかおをしてこんなことをいった。)

平田氏に会うと誰もが心配そうな顔をしてこんなことを言った。

(ひらたしじしんでも、なんだかめっきりとしをとったようなきがした。)

平田氏自身でも、なんだかめっきり年をとったような気がした。

(あたまのしらがもいち、にねんいぜんにくらべると、ずっとふえたようにおもわれた。)

頭のしらがも一、二年以前にくらべると、ずっとふえたように思われた。

(「いかがでしょう。どこかへほようにでもいらしってみては」)

「いかがでしょう。どこかへ保養にでもいらしってみては」

(いしゃにみてもらうことはいくらいってもだめなので、かぞくのものはこんどはかれに)

医者に見てもらうことはいくら言ってもだめなので、家族の者は今度は彼に

(てんちをすすめるのであった。ひらたしとても、もんぜんであのかおに)

転地をすすめるのであった。平田氏とても、門前であの顔に

(であってからというものは、もういえにいてもあんしんできないようなきがして、)

出あってからというものは、もう家にいても安心できないような気がして、

(りょこうでもしてきぶんをかえてみたらとおもわないではなかったので、)

旅行でもして気分を変えてみたらと思わないではなかったので、

(そこで、そのすすめをいれて、しばらくあるあたたかいかいがんへてんちすることにした。)

そこで、そのすすめをいれて、しばらく或る暖かい海岸へ転地することにした。

(あらかじめいきつけのりょかんへ、へやをとっておくようにはがきをださせたり、)

あらかじめ行きつけの旅館へ、部屋を取って置くようにハガキを出させたり、

(とうざのいりようのしなをととのえさせたり、おとものじんせんをしたり、そんなことがひらたしを)

当座の入用の品を調えさせたり、お供の人選をしたり、そんなことが平田氏を

(ひさしぶりであかるいきもちにした。かれは、いくらかわざとではあったけれど、)

久しぶりで明るい気持にした。彼は、いくらかわざとではあったけれど、

(わかいものがゆさんにでもいくときのようにはしゃいでいた。)

若い者が遊山にでも行く時のようにはしゃいでいた。

(さて、かいがんへいってみると、よきしたとおりすっかりきぶんがかるくなった。)

さて、海岸へ行ってみると、予期した通りすっかり気分が軽くなった。

(かいがんのはればれしたけしきもきにいった。じゅんぼくなあけっぱなしなまちのひとたちの)

海岸のはればれした景色も気に入った。醇朴なあけっぱなしな町の人たちの

(きふうもきにいった。りょかんのへやもいごこちがよかった。)

気風も気に入った。旅館の部屋も居心地がよかった。

(そこはかいがんではあったけれど、かいすいよくじょうというよりはむしろおんせんまちとして)

そこは海岸ではあったけれど、海水浴場というよりはむしろ温泉町として

(なだかいところだった。かれはそのおんせんへはいったり、あたたかいかいがんを)

名高い所だった。彼はその温泉へはいったり、暖かい海岸を

など

(さんぽしたりしてひをくらした。)

散歩したりして日を暮らした。

(しんぱいしていたれいのかおも、このようきなばしょへはあらわれそうにもなかった。)

心配していた例の顔も、この陽気な場所へは現われそうにもなかった。

(ひらたしはいまではひとのいないかいがんをさんぽするときにも、もうあまり)

平田氏は今では人のいない海岸を散歩する時にも、もうあまり

(びくびくしないようになっていた。)

ビクビクしないようになっていた。

(あるひ、かれはこれまでになく、すこしとおくまでさんぽしたことがあった。)

ある日、彼はこれまでになく、少し遠くまで散歩したことがあった。

(うかうかとあるいているうちに、ふときがつくといつのまにかゆうやみが)

うかうかと歩いているうちに、ふと気がつくといつの間にか夕闇が

(せまっていた。あたりには、ひろいすなはまにひとかげもなく、どどん・・・・・・ざー、)

迫まっていた。あたりには、広い砂浜に人影もなく、ドドン……ザー、

(どどん・・・・・・ざーっとよせてはかえすなみのおとばかりが、おもいなしかなにかふきつなことを)

ドドン……ザーっと寄せては返す波の音ばかりが、思いなしか何か不吉なことを

(つげしらせでもするように、きみわるくひびいていた。)

告げ知らせでもするように、気味わるく響いていた。

(かれはおおいそぎでやどのほうへひっかえした。かなりのみちのりであった。)

彼は大急ぎで宿の方へ引っ返した。可なりの道のりであった。

(わるくするとはんぶんもいかぬうちにひがくれきってしまうかもしれなかった。)

悪くすると半分も行かぬうちに日が暮れきってしまうかもしれなかった。

(かれはてくてく、てくてく、あせをながしていそいだ。)

彼はテクテク、テクテク、汗を流して急いだ。

(あとからだれかついてくるようにきこえるじぶんのあしおとに、かれはおもわずはっと)

あとから誰かついてくるように聞こえる自分の足音に、彼は思わずハッと

(ふりかえったりした。なにかがひそんでいそうなまつなみきのうすぐらいかげもきになった。)

ふり返ったりした。何かがひそんでいそうな松並木のうす暗い影も気になった。

(しばらくいくと、ゆくてのこだかいさきゅうのむこうがわに、ちらとひとかげがみえた。)

しばらく行くと、行く手の小高い砂丘の向こう側に、チラと人影が見えた。

(それがひらたしをいくらかこころじょうぶにした。はやくあのそばまでいって)

それが平田氏をいくらか心丈夫にした。早くあのそばまで行って

(はなしかけでもしたら、このみょうなきもちがなおるだろうと、かれはさらにあしを)

話しかけでもしたら、この妙な気持が直るだろうと、彼は更らに足を

(はやめてそのひとかげにちかづいた。)

早めてその人影に近づいた。

(ちかづいてみると、それはひとりのおとこが、もうだいぶとしよりらしかったが、)

近づいてみると、それはひとりの男が、もうだいぶ年寄りらしかったが、

(むこうをむいてじっとうずくまっているのだった。)

向こうをむいてじっとうずくまっているのだった。

(そのようすは、なにかいっしんふらんにかんがえこんでいるらしくみえた。)

そのようすは、何か一心不乱に考え込んでいるらしく見えた。

(それが、ひらたしのあしおとにきづいたのか、びっくりしたように、いきなりひょいと)

それが、平田氏の足音に気づいたのか、びっくりしたように、いきなりヒョイと

(こちらをふりむいた。はいいろのはいけいのなかに、あおじろいかおがくっきりと)

こちらをふり向いた。灰色の背景の中に、青白い顔がくっきりと

(うきだしてみえた。)

浮き出して見えた。

(「あっ」)

「アッ」

(ひらたしはそれをみると、おしつぶされたようなさけびごえをはっした。)

平田氏はそれを見ると、押しつぶされたような叫び声を発した。

(そしてやにわにはしりだした。ごじゅうまえのおとこが、まるでかけっこをする)

そしてやにわに走り出した。五十前の男が、まるでかけっこをする

(しょうがくせいのようにめったむしょうにはしった。)

小学生のように滅多無性に走った。

(ふりむいたのは、もうここではだいじょうぶだとあんしんしきっていた、)

ふりむいたのは、もうここでは大丈夫だと安心しきっていた、

(あのつじどうのかおだったのである。)

あの辻堂の顔だったのである。

(「あぶない」)

「危ない」

(むちゅうになってはしっていたひらたしが、なにかにつまずいてばったりたおれたのを)

夢中になって走っていた平田氏が、何かにつまずいてばったり倒れたのを

(みると、ひとりのせいねんがかけよってきた。)

見ると、ひとりの青年がかけ寄ってきた。

(「どうなすったのです。あ、けがをしましたね」)

「どうなすったのです。ア、怪我をしましたね」

(ひらたしはなまづめをはがして、うんうんうなっているのだ。せいねんはたもとからとりだした)

平田氏は生爪をはがして、うんうん唸っているのだ。青年は袂から取り出した

(あたらしいはんけちでてぎわよくきずのうえにほうたいをすると、きょくどのきょうふと)

新らしいハンケチで手ぎわよく傷の上に包帯をすると、極度の恐怖と

(きずのいたみとで、もういっぽもあるけぬほどよわっているひらたしを、)

傷の痛みとで、もう一歩も歩けぬほど弱っている平田氏を、

(ほとんどだくようにしてそのやどへつれかえった。)

ほとんどだくようにしてその宿へつれ帰った。

(じぶんでもねこんでしまうかとしんぱいしたのが、そんなこともなく、)

自分でも寝込んでしまうかと心配したのが、そんなこともなく、

(ひらたしはよくじつになるとわりあいげんきにおきあがることができた。)

平田氏は翌日になると割合い元気に起き上がることができた。

(あしのいたみであるきまわるわけにはいかなかったけれど、しょくじなどはふつうにとった。)

足の痛みで歩き廻るわけにはいかなかったけれど、食事などは普通にとった。

(ちょうどあさめしをすませたところへ、きのうせわをしてくれたせいねんが)

ちょうど朝飯をすませたところへ、きのう世話をしてくれた青年が

(みまいにきた。かれもやっぱりおなじやどにとまっていたのだ。みまいのことばや)

見舞いにきた。彼もやっぱり同じ宿に泊まっていたのだ。見舞いの言葉や

(おれいのあいさつが、だんだんせけんばなしにうつっていった。ひらたしはそういうさいで、)

お礼の挨拶が、だんだん世間話に移って行った。平田氏はそういう際で、

(はなしあいてがほしかったのと、れいごころとで、いつになくかいかつにくちをきいた。)

話し相手がほしかったのと、礼心とで、いつになく快活に口をきいた。

(どうせきしていたひらたしのめしつかいがいなくなると、それをまっていたように、)

同席していた平田氏の召使いがいなくなると、それを待っていたように、

(せいねんはすこしかたちをあらためてこんなことをいった。)

青年は少し形を改めてこんなことを言った。

(「じつはぼくはあなたがここへいらしたさいしょから、あるきょうみをもって)

「実は僕はあなたがここへいらした最初から、ある興味をもって

(あなたのごようすにちゅういしていたのですよ・・・・・・なにかあるのでしょう。)

あなたのご様子に注意していたのですよ……何かあるのでしょう。

(おはなしくださるわけにはいきませんかしら」)

お話しくださるわけにはいきませんかしら」

(ひらたしはすくなからずおどろいた。このしょたいめんのせいねんが、いったいなにを)

平田氏は少なからず驚いた。この初対面の青年が、いったい何を

(しっているというのだろう。それにしてもあまりぶしつけなしつもんではないか。)

知っているというのだろう。それにしてもあまりぶしつけな質問ではないか。

(かれはこれまでいちどもつじどうのおんりょうについてひとにはなしたことはなかった。)

彼はこれまで一度も辻堂の怨霊について人に話したことはなかった。

(はずかしくってそんなばかばかしいことはいえなかったのだ。)

恥ずかしくってそんなばかばかしいことは言えなかったのだ。

(だからいまこのせいねんのしつもんにたいしても、かれはむろんほんとうのことを)

だから今この青年の質問に対しても、彼はむろんほんとうのことを

(うちあけようとはしなかった。)

打ち明けようとはしなかった。

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