「悪魔の紋章」3 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 123 6555 S+ 6.7 97.1% 680.3 4596 136 66 2024/10/26

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問題文

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(さんじゅうかじょうもん こいけじょしゅをみおくると、むなかたはかせはしたいのうえにかがんで、)

三重渦状紋 小池助手を見送ると、宗像博士は死体の上に屈んで、

(そのてをしらべた。ちいさなかみづつみをにぎっている。しんでもこれだけはてばなすまいと)

その手を調べた。小さな紙包を握っている。死んでもこれだけは手放すまいと

(するかのごとく、かたくかたくにぎりしめている。はかせはしにんのゆびをいっぽんいっぽん)

するかの如く、固く固く握りしめている。博士は死人の指を一本一本

(ひきはなして、やっとそれをもぎとることができた。 なにかちいさな)

引きはなして、やっとそれをもぎ取ることが出来た。 何か小さな

(いたきれのようなものが、ていねいにいくえにもかみをまいて、ひもでくくってある。)

板切れのようなものが、丁寧に幾重にも紙を巻いて、紐でくくってある。

(はかせはとなりのじっけんしつから、いちまいのがらすいたをもってきて、かみづつみをそのうえにのせ、)

博士は隣りの実験室から、一枚のガラス板を持って来て、紙包をその上に乗せ、

(なるべくそれにてをふれないように、ないふとぴんせっとをつかって、ひもをきり、)

なるべくそれに手をふれないように、ナイフとピンセットを使って、紐を切り、

(かみをといていった。 はかせもむごん、それをじっとみつめているそうさかかりちょうもむごん、)

紙を解いて行った。 博士も無言、それをじっと見つめている捜査係長も無言、

(ただときどきないふやぴんせっとががらすいたにふれて、かちかちとちいさなおとを)

ただ時々ナイフやピンセットがガラス板に触れて、カチカチと小さな音を

(たてるばかり、まるで、しゅじゅつしつのようなうすきみわるいしずけさであった。)

立てるばかり、まるで、手術室のような薄気味悪い静けさであった。

(「なあんだ、くつべらじゃありませんか」 なかむらかかりちょうがとんきょうなこえをだした。)

「なあんだ、靴箆じゃありませんか」 中村係長が頓狂な声を出した。

(いかにもかみづつみのしなものは、いちまいのこがたのぞうげいろをしたせるろいどせいの)

如何にも紙包の品物は、一枚の小型の象牙色をしたセルロイド製の

(ありふれたくつべらである。 きじまじょしゅはきでもちがったのであろうか。)

ありふれた靴箆である。 木島助手は気でも違ったのであろうか。

(ふうとうのなかへたいせつそうにはくしのたばをいれていたかとおもうと、こんどはごていねいな)

封筒の中へ大切そうに白紙の束を入れていたかと思うと、今度はご丁寧な

(くつべらのかみづつみだ。いったいこんなものになにのいみがあるというのだろう。)

靴箆の紙包だ。一体こんなものに何の意味があるというのだろう。

(しかし、はかせはべつにいがいらしいようすもなく、さもたいせつそうに、そのくつべらのはしを、)

しかし、博士は別に意外らしい様子もなく、さも大切そうに、その靴箆の端を、

(そっとつむと、まどからのこうせんにすかしてみたが、そのじぶんにはもう、まどのそとに)

ソッと摘むと、窓からの光線にすかして見たが、その時分にはもう、窓の外に

(ゆうやみがせまっていて、じゅうぶんしらべることができなかったので、へやのすみの)

夕闇が迫っていて、十分調べることが出来なかったので、部屋の隅の

(すいっちをおしてでんとうをつけ、そのひかりのしたで、くつべらをにゅうねんにけんさした。)

スイッチを押して電燈をつけ、その光の下で、靴箆を入念に検査した。

(「しもんですか」 なかむらかかりちょうが、やっとそこへきがついてたずねた。)

「指紋ですか」 中村係長が、やっとそこへ気がついて訊ねた。

など

(「そうです。しかし・・・・・・」 はかせはすいつけられたように)

「そうです。しかし・・・・・・」 博士は吸いつけられたように

(くつべらのひょうめんにみいって、ふりむこうともしないのである。 「そとがわのしもんは)

靴箆の表面に見入って、振り向こうともしないのである。 「外側の指紋は

(みなかさなりあっていて、はっきりしないが、うちがわにひとつだけ、ひじょうに)

皆重なり合っていて、はっきりしないが、内側に一つだけ、非常に

(めいりょうなやつがある。おやゆびのしもんらしい。おや、これはふしぎだ。なかむらくん、)

明瞭な奴がある。拇指の指紋らしい。オヤ、これは不思議だ。中村君、

(じつにみょうなしもんですよ。ぼくはこんなふしぎなしもんをみたことがない。)

実に妙な指紋ですよ。僕はこんな不思議な指紋を見たことがない。

(まるでおばけだ。それともぼくのめがどうかしているのかしら」 「どれです」)

まるでお化けだ。それとも僕の目がどうかしているのかしら」 「どれです」

(なかむらしがちかづいて、はかせのてもとをのぞきこんだ。 「ほら、こいつですよ。)

中村氏が近づいて、博士の手元を覗き込んだ。 「ホラ、こいつですよ。

(すかしてごらんなさい。かんぜんなしもんでしょう。べつにかさなりあってはいない。)

すかしてごらんなさい。完全な指紋でしょう。別に重なり合ってはいない。

(しかし、ほら、うずがみっつもあるじゃありませんか」 「そういえば、なるほど、)

しかし、ホラ、渦が三つもあるじゃありませんか」 「そういえば、なる程、

(みょうなしもんらしいが、このままじゃ、よくみわけられませんね」)

妙な指紋らしいが、このままじゃ、よく見分けられませんね」

(「かくだいしてみましょう。こちらへきてください」 はかせはくつべらをもって、)

「拡大して見ましょう。こちらへ来て下さい」 博士は靴箆を持って、

(さきにたってとなりのじっけんしつへはいっていった。なかむらかかりちょうもそのあとにつづく。)

先に立って隣りの実験室へ入って行った。中村係長もそのあとにつづく。

(じゅっつぼほどのへやである。いっぽうのまどにめんしておおきなしらきのかがくじっけんだいがあり、)

十坪程の部屋である。一方の窓に面して大きな白木の科学実験台があり、

(そのうえにだいしょうさまさまのがらすきぐ、けんびきょうなどがおかれ、)

その上に大小様々のガラス器具、顕微鏡などが置かれ、

(いっぽうにはおびただしいびんのならんだやくひんだながたっている、かがくじっけんしつとちょうざいしつとを)

一方には夥しい瓶の並んだ薬品棚が立っている、化学実験室と調剤室とを

(いっしょにしたようなながめだ。 またべつのすみには、おおがたしゃしんき、しがいせん、せきがいせん、)

一緒にしたような眺めだ。 又別の隅には、大型写真器、紫外線、赤外線、

(れんとげんのきかいまでそろっている。それらのあいだに、くろいげんとうきかいのはこが、)

レントゲンの機械まで揃っている。それらの間に、黒い幻燈器械の箱が、

(がんじょうなさんきゃくにのせておいてある。じつぶつげんとうきかいなのだ。)

頑丈な三脚にのせて置いてある。実物幻燈器械なのだ。

(これによってしもんはもとより、あらゆるびさいなしなものをかくだいして、すくりーんじょうに)

これによって指紋は元より、あらゆる微細な品物を拡大して、スクリーン上に

(うつしだすことができる。しもんはかみやいたにおされたものとかぎらない。)

映し出すことが出来る。指紋は紙や板に捺されたものと限らない。

(がらすびんであろうが、どあのはんどるであろうが、こっぷであろうが、)

ガラス瓶であろうが、ドアの把手であろうが、コップであろうが、

(ぴすとるであろうが、それらのじつぶつのしもんのぶぶんを、ただちにかくだいして)

ピストルであろうが、それらの実物の指紋の部分を、直ちに拡大して

(えいしゃすることができる。はかせじまんのそうちである。 なかむらそうさかかりちょうは、)

映写することが出来る。博士自慢の装置である。 中村捜査係長は、

(このへやへはたびたびはいったことがあるのだが、はいるたびごとに、まるでけいしちょうの)

この部屋へは度々入ったことがあるのだが、入る度毎に、まるで警視庁の

(かんしきかをそのまましゅくしょうしたようだとかんじないではいられなかった。)

鑑識課をそのまま縮小したようだと感じないではいられなかった。

(いや、このへやにはかんしきかにもないような、むなかたはかせそうあんのきみょうなきかいも)

イヤ、この部屋には鑑識課にもないような、宗像博士創案の奇妙な器械も

(すくなくはないのだ。 はかせはまず、くつべらをじっけんだいのうえにおいて、)

少くはないのだ。 博士は先ず、靴箆を実験台の上に置いて、

(しもんのぶぶんにこくしょくふんまつをぬり、りゅうせんをくろくそめてから、まどのひもをひいて)

指紋の部分に黒色粉末を塗り、隆線を黒く染めてから、窓の紐を引いて

(あついくろしゅすのかーてんをしめ、へやをあんしつにすると、げんとうないのでんとうをてんかし、)

暑い黒繻子のカーテンを閉め、部屋を暗室にすると、幻燈内の電燈を点火し、

(くつべらをきかいにそうにゅうして、ぴんとをあわせた。 たちまちへやのいっぽうのかべの)

靴箆を器械に挿入して、ピントを合せた。 忽ち部屋の一方の壁の

(すくりーんじょうに、きょだいなしもんのげんとうがうつしだされた。ごぶにもたらぬおやゆびの)

スクリーン上に、巨大な指紋の幻燈が映し出された。五分にも足らぬ拇指の

(しもんが、さんしゃくしほうほどにかくだいされ、しもんのりゅうせんのいっぽんいっぽんがくろいひものように)

指紋が、三尺四方程に拡大され、指紋の隆線の一本一本が黒い紐のように

(うずまいている。 はかせもかかりちょうも、くらやみのなかでじっとそれをみつめたまま、)

渦巻いている。 博士も係長も、暗闇の中でじっとそれを見つめたまま、

(しばらくはくちをきくことさえできなかった。ふたりとも、しもんではなくて、)

暫くは口を利くことさえ出来なかった。二人とも、指紋ではなくて、

(なにかしらえたいのしれぬばけものににらみつけられているような、ふしぎなきみわるさを)

何かしらえたいの知れぬ化物に睨みつけられているような、不思議な気味悪さを

(かんじたからだ。 ああ、なんというきかいなしもんであろう。いっこのしもんに)

感じたからだ。 アア、何という奇怪な指紋であろう。一箇の指紋に

(みっつのうずまきがあるのだ。だいしょうふたつのうずまきがじょうぶにならび、そのしたに)

三つの渦巻があるのだ。大小二つの渦巻が上部に並び、その下に

(よこにながいうずまきがある。じっとみていると、いようないきもののかおのように)

横に長い渦巻がある。じっと見ていると、異様な生きものの顔のように

(みえてくる。じょうぶのふたつのうずまきはかいぶつのめだま、そのしたのうずまきはにやにやと)

見えて来る。上部の二つの渦巻は怪物の目玉、その下の渦巻はニヤニヤと

(わらったくちである。 「なかむらくん、こんなしもんをみたことがありますか」)

笑った口である。 「中村君、こんな指紋を見たことがありますか」

(やみのなかから、はかせのひくいこえがたずねた。 「ありませんね。ぼくもそうとういろいろなしもんを)

闇の中から、博士の低い声が訊ねた。 「ありませんね。僕も相当色々な指紋を

(みていますが、こんなへんなやつにはでくわしたことがありません。)

見ていますが、こんな変な奴には出くわしたことがありません。

(しもんのぶんるいでは、へんたいもんにぞくするのでしょうね。うずまきがふたつ)

指紋の分類では、変態紋に属するのでしょうね。渦巻が二つ

(だきあっているのは、たまにでくわしますが、うずまきがみっつもあって、)

抱き合っているのは、たまに出くわしますが、渦巻が三つもあって、

(こんなおばけみたいなかおをしているやつは、まったくれいがありません。)

こんなお化みたいな顔をしている奴は、全く例がありません。

(さんじゅうかじょうもんとでもいうのでしょうか」)

三十渦状紋とでも云うのでしょうか」

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