「悪魔の紋章」38 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(まるできつねにつままれたようなはなしだけれど、かわでしじしんも、あのおおきなせきひが、)

まるで狐につままれたような話だけれど、川手氏自信も、あの大きな石碑が、

(かきけすようになくなっていることをみとめないわけにはいかなかった。)

かき消すようになくなっていることを認めない訳には行かなかった。

(かわでしはわがみみわがめがおそろしくなった。かさなるしんつうのために、しかくやちょうかくに)

川手氏は我が耳我が目が恐ろしくなった。重なる心痛の為めに、視覚や聴覚に

(いじょうをきたしたのではあるまいか。いや、しかくちょうかくばかりではない、)

異状を来たしたのではあるまいか。イヤ、視覚聴覚ばかりではない、

(のうさいぼうそのものがびょうきにかかっているのではないだろうか。こんなやまのなかの)

脳細胞そのものが病気に罹っているのではないだろうか。こんな山の中の

(ひとりいがいけないのかもしれぬ。このままここにいては、きがくるって)

独り居がいけないのかも知れぬ。このままここにいては、気が狂って

(しまうようなふあんをかんじた。 かわでしはそこで、ろうじんにはなしてとうきょうの)

しまうような不安を感じた。 川手氏はそこで、老人に話して東京の

(むなかたはかせに、かきゅうにそうだんしたいことができたから、すぐおいでをこうという)

宗像博士に、火急に相談したいことが出来たから、直ぐお出でを乞うという

(でんぽうをうつことした。そしてはかせのはんだんをもとめ、そのけっかによってはべつのばしょへ)

電報を打つことした。そして博士の判断を求め、その結果によっては別の場所へ

(きょをうつそうとかんがえたのだ。 ごごになってはかせからのでんぽうがとうちゃくした。)

居を移そうと考えたのだ。 午後になって博士からの電報が到着した。

(あしたいくというへんじである。かわでしはそのへんでんにちからをえて、やっときぶんを)

明日行くという返事である。川手氏はその返電に力を得て、やっと気分を

(おちつけることができた。そして、そのばんしんにつくまではべつだんのいへんも)

落ちつけることが出来た。そして、その晩寝につくまでは別段の異変も

(おこらなかったのだが・・・・・・ しかし、かわでしはついにむなかたはかせに)

起らなかったのだが・・・・・・ しかし、川手氏は遂に宗像博士に

(あうことはできなかった。はかせがこなかったのではない。かわでしのほうが)

会うことは出来なかった。博士が来なかったのではない。川手氏の方が

(じょうかくからすがたをけしてしまったのだ。そのよくあさ、ろうじんふうふはだんなさまのふとんが)

城郭から姿を消してしまったのだ。その翌朝、老人夫婦は旦那様の蒲団が

(からっぽになっているのをはっけんした。そうちょうからにわでもさんぽしているのかと、)

空っぽになっているのを発見した。早朝から庭でも散歩しているのかと、

(ていないをくまなくさがしたが、どこにもすがたはなかった。ざしきというざしきを)

庭内を隈なく探したが、どこにも姿はなかった。座敷という座敷を

(みてまわったが、かわでしはおくないにもいなかった。まるでかみかくしにでも)

見て廻ったが、川手氏は屋内にもいなかった。まるで神隠しにでも

(あったように、くうきのなかへとけこんででもしまったように、かれは、そのひかぎり、)

遭ったように、空気の中へ溶け込んででもしまったように、彼は、その日限り、

(つまりしがつじゅうさんにちかぎり、このせかいからきえうせたのであった。 ではかわでしは)

つまり四月十三日限り、この世界から消失せたのであった。 では川手氏は

など

(いったいどうなったのか。そのやちゅうかれのしんぺんにどのようなかいいがおこったのであるか。)

一体どうなったのか。その夜中彼の身辺にどのような怪異が起ったのであるか。

(われわれはしばらくかわでしのかげみにそって、よにもふしぎなことのしだいを)

我々は暫らく川手氏の影身に添って、世にも不思議な事の次第を

(かんさつしなければならぬ。 そのよふけ、かわでしはれいによってとこのなかで)

観察しなければならぬ。 その夜更け、川手氏は例によって床の中で

(ふとめをさました。なにかひとごえらしいものをきいたからである。またげんちょうが)

ふと目を覚ました。何か人声らしいものを聞いたからである。また幻聴が

(おこったのかと、りつぜんとしてみみをすますと、ついしょうじのそとのろうかのあたりで、)

起ったのかと、慄然として耳を澄ますと、つい障子の外の廊下の辺で、

(しくしくとひとのないているこえがする。さもさもかなしげに、いつまでも)

シクシクと人の泣いている声がする。さもさも悲しげに、いつまでも

(なきつづけている。だれだとこえをかけても、こたえはなくて、ただ)

泣きつづけている。誰だと声をかけても、答えはなくて、ただ

(なくばかりである。 かわでしはまたてしょくにひをつけた。そしてふとんから)

泣くばかりである。 川手氏はまた手燭に火をつけた。そして蒲団から

(おきあがると、そっとしょうじをひらいて、ろうかのやみをのぞいてみた。 すると、こんやは)

起き上ると、ソッと障子を開いて、廊下の暗を覗いて見た。 すると、今夜は

(こえばかりではなくてすがたがあった。りょうてをめにあてて、すすりないている)

声ばかりではなくて姿があった。両手を目に当てて、啜り泣いている

(こどものすがたがはっきりとながめられた。 まだしごさいのじょうひんなかわいらしいようじだ。)

子供の姿がハッキリと眺められた。 まだ四五歳の上品な可愛らしい幼児だ。

(きぬものらしいつつそでのきものとはおり、そでからは、めいじじだいにりゅうこうした、てくびのところで)

絹物らしい筒袖の着物と羽織、袖からは、明治時代に流行した、手首のところで

(ぼたんをかけるしろいねるのしゃつがのぞいている。おとこのくせにあたまはしょうじょのような)

ボタンをかける白いネルのシャツが覗いている。男の癖に頭は少女のような

(おかっぱだ。どうもこんなやまざとにいそうなこどもではない。それにふうぞくが)

おかっぱだ。どうもこんな山里にいそうな子供ではない。それにふうぞくが

(いようにふるめかしくて、げんだいのこどもともおもわれぬ。 かわでしはゆめでも)

異様に古めかしくて、現代の子供とも思われぬ。 川手氏は夢でも

(みているようなきもちであった。へんだぞ。おれはこのとおりのこどもをしっている。)

見ているような気持であった。変だぞ。俺はこの通りの子供を知っている。

(とおいとおいきおくのなかに、ちょうどこんなふくそうをしたこどものすがたがやきついている。)

遠い遠い記憶の中に、丁度こんな服装をした子供の姿が焼きついている。

(だれだろう。ひょっとしたらようねんじだいのあそびともだちのおもかげではないかしら。)

誰だろう。ひょっとしたら幼年時代の遊び友達の面影ではないかしら。

(なにかものなつかしいきもちにしはいされて、おもわずろうかにたちいでると、ないている)

何か物懐かしい気持に支配されて、思わず廊下に立出でると、泣いている

(ようじのそばにちかづいていった。 「おいおい、なくんじゃない。いいこだ。)

幼児の傍に近づいて行った。 「オイオイ、泣くんじゃない。いい子だ。

(いいこだ。おまえいまじぶん、いったいどこからきたんだね」 おかっぱのあたまを)

いい子だ。お前今時分、一体どこから来たんだね」 おかっぱの頭を

(なでてやると、こどもはなみだのいっぱいたまっためでかわでしをみあげ、)

撫でてやると、子供は涙の一杯湛った目で川手氏を見上げ、

(ろうかのおくのやみのなかをゆびさした。 「おとうちゃんとおかあちゃんが・・・・・・」)

廊下の奥の闇の中を指さした。 「お父ちゃんとお母ちゃんが・・・・・・」

(「え、おとうちゃんとおかあちゃんが、どうかしたの?」 「あっちで、)

「エ、お父ちゃんとお母ちゃんが、どうかしたの?」 「あっちで、

(こわいおじちゃんにたたかれているの・・・・・・」 こどもはまたしくしくと)

怖い小父ちゃんに叩かれているの・・・・・・」 子供はまたシクシクと

(なきだしながら、かわでしのてをとって、たすけでももとめるように、そのほうへ)

泣き出しながら、川手氏の手を取って、助けでも求めるように、その方へ

(ひっぱっていこうとする。 かわでしはゆめにゆめみるここちであった。)

引っぱって行こうとする。 川手氏は夢に夢見る心地であった。

(このさんちゅうのひとつやに、こんなかわいらしいこどもがあらわれるさえあるに、)

この山中の一つ家に、こんな可愛らしい子供が現われるさえあるに、

(そのちちとははとがこのやしきのなかでなにものかにちょうちゃくされているなんて、)

その父と母とがこの邸の中で何者かに打擲されているなんて、

(じょうしきをもってしては、まったくしんじがたいことがらであった。 ああ、おれはまたまぼろしを)

常識を以てしては、全く信じ難い事柄であった。 アア、俺はまた幻を

(みているのだ。いけない、いけない。しかし、いけないとおもえばおもうほど、)

見ているのだ。いけない、いけない。しかし、いけないと思えば思う程、

(こころはかえって、いたいけなようじのほうへひかれていった。とられたてを)

心は却って、いたいけな幼児の方へ引かれて行った。取られた手を

(ふりはなすこともできず、いつのまにか、そのあやしいこどもといっしょに、)

振り放すことも出来ず、いつの間にか、その妖しい子供と一緒に、

(あしはろうかのおくへおくへとたどっていた。 こどもははためもふらずやみのなかへすすんでいく。)

足は廊下の奥へ奥へと辿っていた。 子供は傍目もふらず闇の中へ進んで行く。

(かわでしさえとまどいしそうなふくざつなていないのまどりを、こどものくせにちゃんと)

川手氏さえ戸惑いしそうな複雑な邸内の間取りを、子供の癖にちゃんと

(そらんじているらしく、すこしもちゅうちょしないで、ろうかからざしきへ、)

諳んじているらしく、少しも躊躇しないで、廊下から座敷へ、

(ざしきからまたべつのろうかへと、ぐんぐんすすんでいく。 かわでしはあいてがあまりに)

座敷からまた別の廊下へと、グングン進んで行く。 川手氏は相手があまりに

(おさないこどもなので、みのきけんをかんじはしなかった。それよりも、とおいむかし、)

幼い子供なので、身の危険を感じはしなかった。それよりも、遠い昔、

(どこかでみたことのあるようなそのこどもが、なんとやらゆかしく、かわいそうにも)

どこかで見たことのあるようなその子供が、なんとやら懐しく、可哀想にも

(おもわれて、とられたてをふりはらうどころか、みずからすすんで、こどものみちびくままに)

思われて、取られた手を振り払うどころか、自ら進んで、子供の導くままに

(つきしたがっていくのであった。 「おじちゃん、ここ」)

つき従って行くのであった。 「小父ちゃん、ここ」

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