「悪魔の紋章」42 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。
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1 kanta 4505 C++ 4.8 93.4% 863.0 4181 293 62 2024/03/07

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問題文

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(いや、そればかりじゃない。たとえきさまがおれをみやぶらなかったとしたところが、)

イヤ、そればかりじゃない。仮令貴様が俺を看破らなかったとしたところが、

(きさまたちふうふがそうしてなかよくしているところをみせつけられちゃ、)

貴様達夫婦がそうして仲よくしているところを見せつけられちゃ、

(おれあだまっちゃあかえられねえ。はちねんまえのいしゅばらしだ。いや、はちねんまえから)

俺ア黙っちゃあ帰られねえ。八年前の意趣ばらしだ。イヤ、八年前から

(きょうがひまで、かたときとしてわすれたことのねえこいのいこんだ。きさまもにくいが、)

今日が日まで、片時として忘れたことのねえ恋の遺恨だ。貴様も憎いが、

(みつよはもっとにくいんだ。こいこがれていただけに、いまのにくさがどれほどか、)

満代はもっと憎いんだ。恋いこがれていただけに、今の憎さがどれ程か、

(おもいしらせてくれるのだ」 ぞくはにくにくしくいいながら、ちにぬれたくすんごぶを、)

思い知らせてくれるのだ」 賊は憎々しく云いながら、血に濡れた九寸五分を、

(またしてもみつよのほおにあてた。それとしったみつよは、きょうふのぜっちょうに、)

又しても満代の頬に当てた。それと知った満代は、恐怖の絶頂に、

(みをいしのようにかため、りょうめががんかをとびだすかとばかりみひらいて、)

身を石のように固め、両眼が眼窩を飛び出すかとばかり見開いて、

(きょうきのようにぞくをみつめながら、さるぐつわのおくから、このよのものともおもわれぬ)

狂気のように賊を見つめながら、猿轡の奥から、この世のものとも思われぬ

(せいさんなうめきごえをはっした。 「まってくれ、かわで、おれはけっして)

凄惨なうめき声を発した。 「待ってくれ、川手、俺は決して

(きみのなをこうがいしない。ちかいをたてる。けっしてけっしてけいさつにうったえたりなんか)

君の名を口外しない。誓いを立てる。決して決して警察に訴えたりなんか

(しない。そのいちまんえんはおれのじゆういしできみにぞうよしたことにする。だから、)

しない。その一万円は俺の自由意志で君に贈与したことにする。だから、

(ねえかわでくん、どうかゆるしてくれ。いのちはたすけてくれ。おねがいだ」)

ねえ川手君、どうか許してくれ。命は助けてくれ。お願いだ」

(いいながらやまもとは、はらはらとなみだをこぼした。 「かわでくん、きみもまさか)

云いながら山本は、ハラハラと涙をこぼした。 「川手君、君もまさか

(おにではあるまい。ぼくのきもちをさっしてくれ。ぼくはかほうものだ。みつよは)

鬼ではあるまい。僕の気持ちを察してくれ。僕は果報者だ。満代は

(よくしてくれるし、ふたりのちいさいこどもはかわいいさかりだ。しょうばいのほうも)

よくしてくれるし、二人の小さい子供は可愛い盛りだ。商売の方も

(じゅんちょうにいっている。ぼくはこうふくのまっただなかにいるのだ。まだこのよにみれんがある。)

順調に行っている。僕は幸福の真只中にいるのだ。まだこの世に未練がある。

(しにきれない。あのかわいいこどもたちや、このじぎょうをのこしては、)

死に切れない。あの可愛い子供達や、この事業を残しては、

(しんでもしにきれない。かわでくん、さっしてくれ。そして、むかしのほうばいがいに、)

死んでも死に切れない。川手君、察してくれ。そして、昔の朋輩甲斐に、

(おれをたすけてくれ。ねえ、おねがいだ。そのかわり、きみのことはわるくはしない。)

俺を助けてくれ。ねえ、お願いだ。その代り、君の事は悪くはしない。

など

(これからもできるだけのえんじょはするつもりだ。もういちど、むかしのほうばいの)

これからも出来るだけの援助はするつもりだ。もう一度、昔の朋輩の

(きもちになってくれ」 「ふふん、あいかわらずきさまはくちさきがうまいなあ。)

気持になってくれ」 「フフン、相変らず貴様は口先がうまいなあ。

(おんなをよこどりしておいて、ひとりいいこになっておいて、むかしのほうばいが)

女を横取りして置いて、一人いい子になって置いて、昔の朋輩が

(きいてあきれらあ。そんなあまくちにのるおれじゃねえ。まあ、そんなむだぐちを)

聞いてあきれらあ。そんな甘口に乗る俺じゃねえ。マア、そんな無駄口を

(たたくひまがあったら、ねんぶつでもとなえるがいい」 「それじゃ、どうあっても)

叩く暇があったら、念仏でも唱えるがいい」 「それじゃ、どうあっても

(ゆるしちゃくれないのか」 「くどいよ。ゆるすかゆるさねえか、ろんよりしょうこだ。)

許しちゃくれないのか」 「くどいよ。許すか許さねえか、論より証拠だ。

(これをみるがいい」 そしてぞくはいきなりたんとうをみつよのむねへ・・・・・・。)

これを見るがいい」 そして賊はいきなり短刀を満代の胸へ・・・・・・。

(かわでしはもはやみるにしのびなかった。いまふたりのだんじょがころされようと)

川手氏は最早や見るに忍びなかった。今二人の男女が殺されようと

(しているのだ。めをふさいでも、だんまつまのひつうなうめきごえがきこえてくる。)

しているのだ。目を閉いでも、断末魔の悲痛なうめき声が聞えて来る。

(しかもそれは、いっすんだめしごぶだめし、かぶきしばいのころしばそっくりの、)

しかもそれは、一寸だめし五分だめし、歌舞伎芝居の殺し場そっくりの、

(あのいやらしい、いんさんな、そくそくとしてききのみにせまるものであった。)

あのいやらしい、陰惨な、惻々として鬼気の身に迫るものであった。

(そのざんぎゃくをあえてしているじんぶつがわがなきちちであるとおもうと、かわでしは)

その残虐を敢てしている人物が我が亡き父であると思うと、川手氏は

(よけいたまらなかった。じぶんよりもわかいちちおやが、めのまえにあらわれるなんて、)

余計たまらなかった。自分よりも若い父親が、目の前に現われるなんて、

(りせいでははんだんできないふしぎだけれど、それをおもいめぐらしているほど、かわでしは)

理性では判断出来ない不思議だけれど、それを思いめぐらしている程、川手氏は

(れいせいではなかった。ゆめにもせよ、まぼろしにもせよ、このざんぎゃくをだまってみているわけには)

冷静ではなかった。夢にもせよ、幻にもせよ、この残虐を黙って見ている訳には

(いかぬ。とめなければ、とめなければ・・・・・・。 かわでしはもう)

行かぬ。止めなければ、止めなければ・・・・・・。 川手氏はもう

(きもくるわんばかりになって、いきなりこぶしをかためてまえのいたかべをらんだしはじめた。)

気も狂わんばかりになって、いきなり拳を固めて前の板壁を乱打し始めた。

(ぢだんだをふみながら、こえをかぎりにわけもわからぬことをわめきはじめた。)

地だんだを踏みながら、声を限りに訳も分らぬ事をわめき始めた。

(せいたいまいそう それからじゅっぷんほどのち、かわでしはもうわめくことをやめて、)

生体埋葬 それから十分程のち、川手氏はもうわめくことをやめて、

(またふしあなをくいいるようにのぞきこんでいた。 そのあいだにいたかべのむこうがわで)

又節穴を喰い入るように覗き込んでいた。 その間に板壁の向側で

(なにごとがおこなわれたかは、ここにさいじょすることをさしひかえなければならぬ。)

何事が行われたかは、ここに細叙することを差控えなければならぬ。

(かわでしょうべえなるじんぶつは、それほどざんぎゃくであり、ふうふのもののさいごは、)

川手庄兵衛なる人物は、それ程残虐であり、夫婦のものの最期は、

(それほどものおそろしかったのである。 いま、ふしあなのむこうには、もはや)

それ程物恐ろしかったのである。 いま、節穴の向うには、最早や

(うごくものとてはなにもなかった。ふたりのだんじょは、うしろでにしばられたまま、)

動くものとては何もなかった。二人の男女は、後手に縛られたまま、

(ぐったりとうつぶせにたおれていた。あおだたみのうえには、いけのようにまっかなものが)

グッタリとうつぶせに倒れていた。青畳の上には、池のように真赤なものが

(ながれていた。くもんとぜっきょうのあとに、ただしのせいじゃくがあった。)

流れていた。苦悶と絶叫のあとに、ただ死の静寂があった。

(まるほやのだいらんぷが、かぜもないのに、さまようこんぱくをあんじするかのごとく、)

丸火屋の台ランプが、風もないのに、さまよう魂魄を暗示するかの如く、

(じじじじとおとをたてて、いようにめいめつしていた。 しばらくすると、いっぽうのふすまが)

ジジジジと音を立てて、異様に明滅していた。 暫くすると、一方の襖が

(あわただしくあけられて、にじゅうごろくさいほどのめしつかいらしいおんなが、むねにえいじをだきしめ、)

慌しく明けられて、二十五六歳程の召使らしい女が、胸に嬰児を抱きしめ、

(しごさいのおとこのこのてをひいて、いきせききってかけこんできた。)

四五歳の男の子の手を引いて、息せき切って駈け込んで来た。

(ぞくにしばられていたなわを、やっとといて、しゅじんふうふのあんぴをたしかめにきたものに)

賊に縛られていた繩を、やっと解いて、主人夫婦の安否を確めに来たものに

(ちがいない。あかんぼうをだいているのをみると、うばででもあろうか。)

違いない。赤ん坊を抱いているのを見ると、乳母ででもあろうか。

(てをひかれているおとこのこは、ああ、これはなんとしたことだ。かわでしを)

手を引かれている男の子は、アア、これは何としたことだ。川手氏を

(このちかしつへみちびいた、あのふしぎなようじであった。 うばらしいおんなは、ひとめ、)

この地下室へ導いた、あの不思議な幼児であった。 乳母らしい女は、一目、

(ざしきのようすをみると、あまりのおそろしさに、さっとかおいろをかえて)

座敷の様子を見ると、あまりの恐ろしさに、サッと顔色を変えて

(たちすくんだが、やがてきをとりなおすと、たおれているふたりのそばにかけよって、)

立ちすくんだが、やがて気を取り直すと、倒れている二人の側に駈け寄って、

(なみだごえをふりしぼった。 「だんなさま、おくさま、しっかりなすってくださいまし。)

涙声を振りしぼった。 「旦那様、奥様、しっかりなすって下さいまし。

(だんなさま、だんなさま」 こわごわかたにてをかけて、ゆりうごかすと、しゅじんのやまもとは、)

旦那様、旦那様」 こわごわ肩に手をかけて、揺り動かすと、主人の山本は、

(まだことぎれていなかったとみえて、きかいじかけのにんぎょうのような、)

まだことぎれていなかったと見えて、機械仕掛の人形のような、

(いようなうごきかたで、ゆっくりとかおをあげた。おお、そのかお!めはちばしり、)

異様な動き方で、ゆっくりと顔を上げた。オオ、その顔!目は血走り、

(ほおはこけ、かみのようなぶきみなしろさのなかに、なかばひらいたくちびるとしたとが、)

頬はこけ、紙のような不気味な白さの中に、半ば開いた唇と舌とが、

(むらさきいろにかわっている。しかも、そのひたいからほおにかけてべっとりとあかいものが。)

紫色に変っている。しかも、その額から頬にかけてベットリと赤いものが。

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