「悪魔の紋章」41 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(「そうともさ、おらあこのいこんはどうあってもわすれるこたあできねえ。)

「そうともさ、俺あこの遺恨はどうあっても忘れるこたあ出来ねえ。

(ちょうどいまからはちねんまえ、きさまもしっているとおり、おれはちっとばかりのみせのかねを)

丁度今から八年前、貴様も知っている通り、俺はちっとばかりの店の金を

(つかいこんで、いたたまれずにげだしたが、それというのも、おもいにおもった)

遣い込んで、いたたまれず逃げ出したが、それというのも、思いに思った

(みつよさんを、きさまにとられたやけっぱち。あれからちょうせんへたかとびして、)

満代さんを、貴様に取られたやけっ八。あれから朝鮮へ高飛びして、

(ほとぼりのさめたころをみはからってかえってみれば、やまもとのおやじさんは)

ほとぼりのさめた頃を見はからって帰って見れば、山本の親爺さんは

(なくなって、きさまがしゅじんにおさまりかえっている。しょうばいはますますさかんで、)

なくなって、貴様が主人に納まり返っている。商売は益々盛んで、

(やまもとさんもよいむこをとりあてたともっぱらせけんのうわさだ。)

山本さんもよい婿を取り当てたともっぱら世間の噂だ。

(にっくいきさまたちふうふが、こうしておかいこぐるみでぬくぬくとくらしているに)

にっくい貴様達夫婦が、こうしてお蚕ぐるみでぬくぬくと暮らしているに

(ひきかえ、このおれはちょうせんでもくろんだやましごともさんざんのしっぱい、にょうぼうとこどもをかかえて、)

引かえ、この俺は朝鮮で目論んだ山仕事も散々の失敗、女房と子供を抱えて、

(まるでこじきどうぜんのみのうえさ。しょうことなしに、このあいだはじをしのんできさまのみせへ)

まるで乞食同然の身の上さ。しょうことなしに、この間恥を忍んで貴様の店へ

(むしんにいったが、きさまはけんもほろろのあいさつ、いやそればかりじゃねえ、)

無心に行ったが、貴様はけんもほろろの挨拶、イヤそればかりじゃねえ、

(おおぜいのてんいんのみているまえで、よくもおれのきゅうあくをしゃべりたて、あかっぱじを)

大勢の店員の見ている前で、よくも俺の旧悪を喋り立て、赤恥を

(かかせやあがったな。 もしみつよさんが、あのときおれになびいていさえすりゃ、)

かかせやあがったな。 若し満代さんが、あの時俺になびいていさえすりゃ、

(いまごろはおれがやまもとしょうかいのしゅじんとなり、なんじゅうまんのしんだいをじゆうにするみのうえに)

今頃は俺が山本商会の主人となり、何十万の身代を自由にする身の上に

(なっていたかとおもうと、おれときさまのうんせいの、あんまりひどいちがいに、)

なっていたかと思うと、俺と貴様の運勢の、あんまりひどい違いに、

(おれあくやしくって、くやしくって、てんとうさまをうらまずにやいられなかった。)

俺アくやしくって、くやしくって、天道様を恨まずにやいられなかった。

(ええ、ままよ。どうせてんとうさまにみはなされたこのおれだ。まっとうに)

エエ、ままよ。どうせ天道様に見離されたこの俺だ。まっとうに

(していたんじゃ、いっしょうこじきどうぜんのみじめなくらしをせにゃならねえ。いっそ)

していたんじゃ、一生乞食同然のみじめな暮しをせにゃならねえ。いっそ

(うきよをふとくみじかくとおもいついたのが、きさまたちのうんのつきよ。 それからようすを)

浮世を太く短くと思いついたのが、貴様達の運の尽きよ。 それから様子を

(さぐってみると、ちょうどきょう、いちまんえんというげんきんが、このじたくのきんこのなかへ)

探って見ると、丁度今日、一万円という現金が、この自宅の金庫の中へ

など

(おさまるというめぼしがついたので、それをまちかねてやってきたのだ。)

納まるという目ぼしがついたので、それを待ち兼ねてやって来たのだ。

(さあ、きんこのかぎをわたさねえか」 ぞくはじだいめいたせりふを、ながながとしゃべりおわると、)

サア、金庫の鍵を渡さねえか」 賊は時代めいたせりふを、長々と喋り終ると、

(またしても、ちにぬれたたんとうで、みつよとよばれたうつくしいさいじょのほおを、)

又しても、血に濡れた短刀で、満代と呼ばれた美しい妻女の頬を、

(ぺたぺたときみわるくたたくのであった。 「かわで、そりゃ、さかうらみというものだ。)

ペタペタと気味悪く叩くのであった。 「川手、そりゃ、逆恨みというものだ。

(なにもぼくがむりやりにこのみつよを、きみからうばいとったというわけではなし、)

何も僕が無理やりにこの満代を、君から奪い取ったという訳ではなし、

(おやのめがねにかなって、ちゃんとじゅんじょをふんでけっこんをしたあいだがらだ。それを、)

親の眼鏡に叶って、ちゃんと順序を踏んで結婚をした間柄だ。それを、

(ねにもってとやかくいわれるおぼえはない。さあ、とっととかえってくれ。)

根に持って兎や角云われる覚えはない。サア、トットと帰ってくれ。

(ぐずぐずしているときさまのみのためにならぬぞ」 しゅじんのやまもとは、)

ぐずぐずしていると貴様の身の為にならぬぞ」 主人の山本は、

(みのじゆうをうばわれながらも、まけてはいなかった。 「ははははははは、)

身の自由を奪われながらも、負けてはいなかった。 「ハハハハハハハ、

(そのしんぱいはごむようだ。じょちゅうたちはみんなしばりつけてさるぐつわをかましてあるし、)

その心配はご無用だ。女中達はみんな縛りつけて猿轡をかましてあるし、

(それにさびしいこうがいのいっけんや、きさまたちがいくらわめいたって、だれがたすけに)

それに淋しい郊外の一軒家、貴様達がいくらわめいたって、誰が助けに

(くるものか。おまわりのじゅんかいのじかんまで、おれあちゃんとしらべてあるんだ。)

来るものか。お巡りの巡回の時間まで、俺アちゃんと調べてあるんだ。

(さあわたせ、わたさねえと・・・・・・」 「どうするんだ?」)

サア渡せ、渡さねえと・・・・・・」 「どうするんだ?」

(「こうするのさ」 またしても、うーむというみぶるいのでるようなうめきごえ。)

「こうするのさ」 又しても、ウームという身震いの出るようなうめき声。

(みつよのほおにすーっとふたすじめのいとがひいて、まっかなちがぼとぼとと)

満代の頬にスーッと二筋目の糸が引いて、真赤な血がボトボトと

(たたみのうえにしたたった。 「まて、まってくれ」)

畳の上に滴った。 「待て、待ってくれ」

(しゅじんはみもだえして、ふりしぼるようなこえでさけんだ。 「かぎをわたす。)

主人は身もだえして、ふり絞るような声で叫んだ。 「鍵を渡す。

(たいせつなあずかりきんだけれど、みつよのみにはかえられぬ。かぎはこのつぎのまの、)

大切な預り金だけれど、満代の身には換えられぬ。鍵はこの次の間の、

(きんこのとなりのたんすにある。うえからみっつめのこひきだしの、ほうせきいれの)

金庫の隣の箪笥にある。上から三つ目の小抽斗の、宝石入れの

(ぎんのこばこのなかだ」 「うん、よくいった。で、くみあわせもじは?」)

銀の小匣の中だ」 「ウン、よく云った。で、組合せ文字は?」

(「・・・・・・・・・・・・」 「おい、くみあわせもじはときいているんだ」)

「・・・・・・・・・・・・」 「オイ、組合せ文字はと聞いているんだ」

(「うーん、しかたがない。みつよのさんじだ」 しゅじんがはがみをして)

「ウーン、仕方がない。ミツヨの三字だ」 主人が歯がみをして

(くやしがるのを、ぞくはこきみよげにながめて、 「うふふふふ、きんこのあんごうまで)

くやしがるのを、賊は小気味よげに眺めて、 「ウフフフフ、金庫の暗号まで

(みつよか。ばかにしてやがる。よし、それじゃ、おれがつぎのまへいってるあいだ、)

満代か。馬鹿にしてやがる。よし、それじゃ、俺が次の間へ行ってる間、

(おとなしくしているんだぞ。こえでもたてたら、みつよさんのいのちがねえぞ」)

大人しくしているんだぞ。声でも立てたら、満代さんの命がねえぞ」

(すごいくちょうでいいのこして、ぞくはつぎのまへきえていったが、ややしばらくあって、)

凄い口調で云い残して、賊は次の間へ消えて行ったが、ややしばらくあって、

(ふくさづつみのさつたばらしいものをてにして、にやにやわらいながらもどってきた。)

袱紗包みの札束らしいものを手にして、ニヤニヤ笑いながら戻って来た。

(「たしかにもらった。ひさしぶりにおめにかかるたいきんだ。わるくねえなあ。)

「確かに貰った。久しぶりにお目にかかる大金だ。悪くねえなあ。

(・・・・・・ところで、これでようじもすんだから、おさらばといいたいんだが、)

・・・・・・ところで、これで用事もすんだから、おさらばといいたいんだが、

(そうはいかねえ。まだたいせつなごようがのこっておいであそばすのだ」)

そうはいかねえ。まだ大切な御用が残っておいで遊ばすのだ」

(「えっ、まだようじがあるとは?」 しゅじんのやまもとは、なぜかぎょっとしたように、)

「エッ、まだ用事があるとは?」 主人の山本は、なぜかギョッとしたように、

(ぞくのふくめんをにらみつける。 「おれあ、こんやはきさまたちふたりにうらみをはらしに)

賊の覆面を睨みつける。 「俺ア、今夜は貴様達二人に恨みをはらしに

(きたんだ。そのほうのようじが、まだすんでいないというのさ」)

来たんだ。その方の用事が、まだすんでいないというのさ」

(「じゃあ、きさまは、かねをとったうえにまだ・・・・・・」)

「じゃあ、貴様は、金を取った上にまだ・・・・・・」

(「うん、さきにころしたんじゃ、きんこをひらくことができねえからね」)

「ウン、先きに殺したんじゃ、金庫を開くことが出来ねえからね」

(「えっ、ころす?」 「うふふふふ、こわいかね」)

「エッ、殺す?」 「ウフフフフ、怖いかね」

(「おれをころすというのか」 「おおさ、きさまをよ。それから、きさまの)

「俺を殺すというのか」 「オオサ、貴様をよ。それから、貴様の

(だいじのだいじのみつよさんをよ」 「なぜだ。なぜおれたちをころさなければ)

大じの大じの満代さんをよ」 「なぜだ。なぜ俺達を殺さなければ

(ならないんだ。きみはそうして、たいきんをてにいれたじゃないか。)

ならないんだ。君はそうして、大金を手に入れたじゃないか。

(それだけでまんぞくができないのか」 「ところがね、やっぱりころさなくちゃ)

それだけで満足が出来ないのか」 「ところがね、やっぱり殺さなくちゃ

(ならないんだよ。まあかんがえてもみるがいい。おれがこのやをたちさったら、)

ならないんだよ。マア考えても見るがいい。俺がこの家を立去ったら、

(きさまはすぐおれのなをいってけいさつへうったえてでるだろう。そうすれば、)

貴様はすぐ俺の名を云って警察へ訴えて出るだろう。そうすれば、

(おれはせっかくもらったこのかねをつかうひまさえなかろうじゃないか。え、いろおとこ、)

俺は折角貰ったこの金を使うひまさえなかろうじゃないか。エ、色男、

(どうだね。まあそういったりくつじゃねえか。きさまがよけいなおせっかいをして、)

どうだね。マアそう云った理窟じゃねえか。貴様が余計なおせっかいをして、

(おれのしょうたいをみやぶったのがうんのつきというものだ。じごうじとくとあきらめるがいいのさ。)

俺の正体を看破ったのが運の尽きというものだ。自業自得と諦めるがいいのさ。

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