「悪魔の紋章」39 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。
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問題文

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(こどもがたちどまったので、てしょくでそこをてらしてみると、いがいにも、そのろうかの)

子供が立止ったので、手燭でそこを照らして見ると、意外にも、その廊下の

(つきあたりに、いどのようなふかいあながぽっかりとくちをひらいていた。ゆかいたが)

突当りに、井戸のような深い穴がポッカリと口を開いていた。床板が

(あげぶたになっていて、そのしたにどうやらかいだんがついているらしい。)

揚げ蓋になっていて、その下にどうやら階段がついているらしい。

(ちていのあなぐらへのいりぐちである。 ふだんのかわでしなれば、このふしぎなちかどうを)

地底の穴蔵への入口である。 不断の川手氏なれば、この不思議な地下道を

(みて、たちまちけいかいしんをおこすはずであった。ろうじんふうふさえしらぬ、こんなひみつの)

見て、忽ち警戒心を起す筈であった。老人夫婦さえ知らぬ、こんな秘密の

(あなぐらへ、たとえいたいけなこどものねがいとはいえ、むぼうにはいっていくようなことは)

穴蔵へ、仮令いたいけな子供の願いとはいえ、無謀に入って行くようなことは

(しなかったはずである。 だが、そのときのかわでしは、このできごとを)

しなかった筈である。 だが、その時の川手氏は、この出来事を

(げんじつかいのものとはかんがえていなかった。めいじじだいのふうぞくをしたようじと、)

現実界のものとは考えていなかった。明治時代のふうぞくをした幼児と、

(ゆめのなかであそんでいるようなばくぜんとしたひげんじつのかんじ、きょうふもきょうふとは)

夢の中で遊んでいるような漠然とした非現実の感じ、恐怖も恐怖とは

(うけとれぬむけいかいなこころもち、いわばそらをただよっているようないっしゅいようのもうろうとした)

受取れぬ無警戒な心持、謂わば空を漂っているような一種異様の朦朧とした

(しんりじょうたいで、ついこどものせがむままに、そのあなぐらのかいだんをそこへそこへと)

心理状態で、つい子供のせがむままに、その穴蔵の階段を底へ底へと

(おりていった。 かいだんをおりてせまいろうかのようなところをすこしいくと、)

降りて行った。 階段を降りて狭い廊下のようなところを少し行くと、

(はちじょうじきほどもあるちかしつにでた。ゆかはこんくりーと、しほうはぐるっといたかべに)

八畳敷程もある地下室に出た。床はコンクリート、四方はグルッと板壁に

(かこまれている。しめっぽいつちのにおい、おしつめられたようにうごかぬくうき、)

囲まれている。湿っぽい土の匂、押しつめられたように動かぬ空気、

(じーんとみみなりのするしのようなしずけさ。てしょくのろうそくのほのおは、こたいのように)

ジーンと耳鳴りのする死のような静けさ。手燭の蝋燭の焔は、個体のように

(ちょくりつしたまま、すこしもゆれうごかぬ。 そのてしょくをかざして、あたりのようすを)

直立したまま、少しも揺れ動かぬ。 その手燭をかざして、あたりの様子を

(ながめると、なにひとつどうぐとてもないがらんとしたへやのかたすみに、たったひとつ)

眺めると、何一つ道具とてもないガランとした部屋の片隅に、たった一つ

(みょうなはこがおいてあるのがめをひいた。 ちょうどねがんほどのおおきさの、)

妙な箱が置いてあるのが目を惹いた。 丁度寝棺ほどの大きさの、

(ちょうほうけいのしらきのはこだ。ちかづいてみると、そのふたのひょうめんに、すみくろぐろと)

長方形の白木の箱だ。近づいて見ると、その蓋の表面に、墨黒々と

(なにかかいてある。よむまいとしてもよまぬわけにはいかなかった。おもいもよらぬ)

何か書いてある。読むまいとしても読まぬ訳には行かなかった。思いもよらぬ

など

(そのきばこに、かわでしじしんのせいめいがしるされていたからである。)

その木箱に、川手氏自身の姓名が記されていたからである。

(「ぞくみょうかわでしょうたろう」「しょうわじゅうさんねんしがつじゅうさんにちぼつ」)

「俗名川手庄太郎」「昭和十三年四月十三日歿」

(ああ、それはかわでしのしたいを)

アア、それは川手氏の死体を

(おさめるためによういされたかんおけであった。しがつじゅうさんにちぼつというつきひさえ、)

納める為に用意された棺桶であった。四月十三日歿という月日さえ、

(あのにわのせきひにきざみつけてあったひづけと、ぴったりいっちしているではないか。)

あの庭の石碑に刻みつけてあった日附と、ピッタリ一致しているではないか。

(ああ、そうだったのか。おれはこのかんにおさめられるのか。そして、にわのせきひのしたへ)

アア、そうだったのか。俺はこの棺に納められるのか。そして、庭の石碑の下へ

(うめられるのか。じゅうさんにちといえば、あしただな。いや、もうじゅうにじを)

埋められるのか。十三日といえば、明日だな。イヤ、もう十二時を

(すぎているから、きょうというほうがただしい。いよいよおれはそういうことになるのかな。)

すぎているから、今日という方が正しい。愈々俺はそういう事になるのかな。

(かわでしはあくむをみているようなきもちで、まだほんとうにはおどろけなかった。)

川手氏は悪夢を見ているような気持で、まだ本当には驚けなかった。

(おくそこもしれないほどのきょうふではあったが、それがなにかしゃをとおしてながめるようで、)

奥底も知れない程の恐怖ではあったが、それが何か紗を通して眺めるようで、

(まだみにしみてかんじられなかった。 ふときづくと、いままでそばにいたこどものすがたが)

まだ身にしみて感じられなかった。 ふと気附くと、今まで側にいた子供の姿が

(みえぬ。いったいどこへきえてしまったのだ。しほうをいたでかこまれたへやのなか、)

見えぬ。一体どこへ消えてしまったのだ。四方を板で囲まれた部屋の中、

(どこにもみをかくすばしょはないではないか。ああ、これもあくむだな。)

どこにも身を隠す場所はないではないか。アア、これも悪夢だな。

(こどもはまほうつかいのようじゅつで、けむりのようにきえてしまったのにちがいない。)

子供は魔法使の妖術で、煙のように消えてしまったのに違いない。

(だが、ちていのかいいはそれでおわったのではなかった。ぼうぜんとゆめみるように)

だが、地底の怪異はそれで終ったのではなかった。呆然と夢見るように

(たたずんでいるかわでしのみみもとに、どこからともなく、ぼそぼそとおおぜいのひとの)

佇んでいる川手氏の耳元に、どこからともなく、ボソボソと多勢の人の

(はなしごえがきこえてきた。いつかしんしつできいたのとはちがって、いたかべの)

話声が聞えて来た。いつか寝室で聞いたのとは違って、板壁の

(すぐむこうからのようにちかぢかとひびいてくる。ああ、そうだったのか、)

すぐ向うからのように近々と響いて来る。アア、そうだったのか、

(やまのちみもうりょうはこんなところにかくれて、しんやのかいごうをもよおしていたのか。)

山の魑魅魍魎はこんなところに隠れて、深夜の会合を催していたのか。

(かわでしはこえするほうのかべにちかづいて、どこかにひみつのでいりぐちでもないかと、)

川手氏は声する方の壁に近づいて、どこかに秘密の出入口でもないかと、

(さがしもとめた。すると、そのいたかべのちょうどめのたかさのあたりに、おおきなふしあながひとつ、)

探し求めた。すると、その板壁の丁度目の高さの辺に、大きな節穴が一つ、

(さあのぞいてくださいといわぬばかりにひらいているのがめについた。かれは)

サア覗いて下さいと云わぬばかりに開いているのが目についた。彼は

(ちゅうごしになってそこをのぞいたが、ひとめのぞくと、もうみうごきもできなかった。)

中腰になってそこを覗いたが、一目覗くと、もう身動きも出来なかった。

(かれはそこに、まったくそうぞうもしなかったふしぎなものをみたのである。)

彼はそこに、全く想像もしなかった不思議なものを見たのである。

(ちていのさつじん ああ、これがしょうきのさたであろうか。このよになにかおもいもかけぬ)

地底の殺人 アア、これが正気の沙汰であろうか。この世に何か思いもかけぬ

(いへんがしょうじたのではあるまいか。そのちかしつのあなぐらのいたかべのむかいがわには、)

異変が生じたのではあるまいか。その地下室の穴蔵の板壁の向側には、

(ゆめのようなひとつのせかいがあったのである。 そこには、げんだいばなれのした、)

夢のような一つの世界があったのである。 そこには、現代ばなれのした、

(ひどくふるめかしいそうしょくの、りっぱなにほんざしきがあって、そのとこのまのはしらに、)

ひどく古めかしい装飾の、立派な日本座敷があって、その床の間の柱に、

(ふうふとおぼしきだんじょが、うしろでにしばりつけられていた。おんなのほうはさるぐつわまで)

夫婦と覚しき男女が、後手に縛りつけられていた。女の方は猿轡まで

(はめられている。 おとこはさんじゅうしごさいの、かみのけをふさふさとわけたこうだんし、)

はめられている。 男は三十四五歳の、髪の毛を房々と分けた好男子、

(おんなはにじゅうごろくさいであろうか、ゆうぜんのながじゅばんのえりもしどけなく、こふうなまるまげの)

女は二十五六歳であろうか、友禅の長襦袢の襟もしどけなく、古風な丸髷の

(びんのほつれなまめかしいびじょ。ふたりともねいっているところをたたきおこされ、)

鬢のほつれ艶めかしい美女。二人とも寝入っているところを叩き起され、

(いきなりしばりつけられたらしく、ついそのまえにみだれたしんぐがふたつ)

いきなり縛りつけられたらしく、ついその前に乱れた寝具が二つ

(しいたままになっている。 しばられてうなだれたふたりのまえに、くろっぽいあわせの)

敷いたままになっている。 縛られてうなだれた二人の前に、黒っぽい袷の

(すそをたかだかとはしおり、けむくじゃらのすあしをまるだしにしたよんじゅうぜんごとみえる)

裾を高々とはしおり、毛むくじゃらの素足を丸出しにした四十前後と見える

(おおおとこが、くろぬのですっぽりとほおかぶりをして、みぎてにどきどきひかるくすんごぶをもち、)

大男が、黒布ですっぽりと頬被りをして、右手にドキドキ光る九寸五分を持ち、

(ふうふのものをきょうはくしているていである。 そのいようのこうけいを、たかいたけづつの)

夫婦のものを脅迫している体である。 その異様の光景を、高い竹筒の

(だいのついたまるほやのせきゆらんぷが、うすぐらくてらしだしているありさまは、)

台のついた丸火屋の石油ランプが、薄暗く照らし出している有様は、

(どうみてもげんだいのこうけいではない。しつないのちょうどといい、じんぶつのふくそうといい、)

どう見ても現代の光景ではない。室内の調度といい、人物の服装といい、

(めいじじだいのかんじである。どこかへすがたをかくした、さいぜんのようじが、やはり)

明治時代の感じである。どこかへ姿を隠した、さい前の幼児が、やはり

(めいじじだいのふくそうをしていたことをおもいあわせると、いちやのうちにじかんがぎゃくてんして、)

明治時代の服装をしていたことを思い合せると、一夜の内に時間が逆転して、

(さんよんじゅうねんもむかしのせかいが、とつじょとしてがんぜんにあらわれたとしかかんがえられなかった。)

三四十年も昔の世界が、突如として眼前に現われたとしか考えられなかった。

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