山本周五郎 赤ひげ診療譚 狂女の話 1

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投稿者投稿者uzuraいいね3お気に入り登録
プレイ回数1906難易度(4.5) 5126打 長文 長文モード可
映画でも有名な、山本周五郎の傑作短編です。
長崎から江戸へ帰ってきた青年医師保本登は、小石川養生所で働くことになるが…。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 ㅁㅁ 5370 B++ 5.6 94.7% 897.0 5100 283 95 2024/04/04
2 じゅんこ 5017 B+ 5.3 94.5% 962.8 5128 297 95 2024/04/22
3 hutaba 3793 D++ 3.9 96.8% 1310.8 5139 167 95 2024/04/07
4 i 3596 D+ 3.7 95.9% 1367.4 5135 217 95 2024/03/28
5 たけ 3511 D+ 3.6 95.7% 1377.9 5064 226 95 2024/04/23

関連タイピング

問題文

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(そのもんのまえにきたとき、やすもとのぼるはしばらくたちどまって、)

その門の前に来たとき、保本登(やすもとのぼる)はしばらく立停って、

(ばんごやのほうをぼんやりとながめていた。ふつかよいでむねがむかむかし、)

番小屋のほうをぼんやりと眺めていた。宿酔(ふつかよい)で胸がむかむかし、

(あたまがひどくおもかった。「ここだな」とかれはくちのなかでつぶやいた、)

頭がひどく重かった。「ここだな」と彼は口の中でつぶやいた、

(「こいしかわようじょうしょか」)

「小石川養生所(ようじょうしょ)か」

(だがあたまのなかではちぐさのことをかんがえていた。)

だが頭の中ではちぐさのことを考えていた。

(かれのめはもんばんごやをながめながら、どうじにちぐさのおもかげをおっていたのだ。)

彼の眼は門番小屋を眺めながら、同時にちぐさのおもかげを追っていたのだ。

(せたけのたかい、ゆったりしたからだつきや、)

背丈の高い、ゆったりしたからだつきや、

(ぜんしんのやわらかいながれるようなせんや、めはなだちのぱちっとした、)

全身のやわらかいながれるような線や、眼鼻だちのぱちっとした、

(おもながでいろのしろいかお、ーーちょっとどこかにてがふれても、)

おもながで色の白い顔、ーーちょっとどこかに手が触れても、

(すぐにほほがあからみ、めのうるんでくるかおなどが、)

すぐに頬が赤らみ、眼のうるんでくる顔などが、

(まるでかれをまねきよせでもするように、ありありとめにうかぶのであった。)

まるで彼を招きよせでもするように、ありありと眼にうかぶのであった。

(「たったさんねんじゃないか」とかれはまたつぶやいた、)

「たった三年じゃないか」と彼はまたつぶやいた、

(「どうしてまてなかったんだ、ちぐさ、どうしてだ」ひとりのせいねんがきて、)

「どうして待てなかったんだ、ちぐさ、どうしてだ」一人の青年が来て、

(もんのほうへゆきながら、ふりむいてかれをみた。)

門のほうへゆきながら、振向いて彼を見た。

(ふくそうとかみのかたちで、いしだということはすぐにわかる。)

服装と髪のかたちで、医師だということはすぐにわかる。

(のぼるはわれにかえり、そのせいねんのあとからもんばんごやへちかづいていった。)

登はわれに返り、その青年のあとから門番小屋へ近づいていった。

(かれがもんばんになをつげていると、せいねんがもどってきて、)

彼が門番に名を告げていると、青年が戻って来て、

(やすもとさんですかとといかけた。かれはうなずいた。)

保本さんですかと問いかけた。彼はうなずいた。

(「わかってる」とせいねんはもんばんにいった、)

「わかってる」と青年は門番に云った、

(「おれがあんないするからいい」そしてのぼるにえしゃくして、)

「おれが案内するからいい」そして登に会釈して、

など

(どうぞときどったいちゆうをし、ならんであるきだした。)

どうぞと気取った一揖(いちゆう)をし、並んで歩きだした。

(「わたしはつがわげんぞうというものです」とせいねんがあいそよくいった、)

「私は津川玄三(げんぞう)という者です」と青年があいそよく云った、

(「あなたのくるのをまっていたんですよ」のぼるはだまってあいてをみた。)

「あなたの来るのを待っていたんですよ」登は黙って相手を見た。

(「ええ」とつがわはびしょうした、「あなたがくればわたしはここからでられるんです、)

「ええ」と津川は微笑した、「あなたが来れば私はここから出られるんです、

(つまりあなたとこうたいするわけなんですよ」のぼるはいぶかしそうにいった、)

つまりあなたと交代するわけなんですよ」登は訝しそうに云った、

(「わたしはただよばれてきただけなんだが」「ながさきへゆうがくされていたそうですね」)

「私はただ呼ばれて来ただけなんだが」「長崎へ遊学されていたそうですね」

(とつがわははなしをそらした、「どのくらいいっておられたんですか」)

と津川は話をそらした、「どのくらいいっておられたんですか」

(「さんねんとちょっとです」のぼるはそうこたえながら、)

「三年とちょっとです」登はそう答えながら、

(さんねん、ということばにまたちぐさのことをれんそうし、するどくまゆをしかめた。)

三年、という言葉にまたちぐさのことを連想し、するどく眉をしかめた。

(「ここはひどいですよ」とつがわがいっていた、)

「ここはひどいですよ」と津川が云っていた、

(「どんなにひどいかということは、いてみなければわかりませんがね、)

「どんなにひどいかということは、いてみなければわかりませんがね、

(なにしろかんじゃはのみとしらみのたかった、はれものだらけの、)

なにしろ患者は蚤(のみ)と虱(しらみ)のたかった、腫物だらけの、

(くさくてもうまいなひんみんばかりだし、きゅうよはさいていだし、)

臭くて蒙昧(もうまい)な貧民ばかりだし、給与は最低だし、

(おまけにちゅうやのべつなくあかひげにこきつかわれるんですからね、)

おまけに昼夜のべつなく赤髯(あかひげ)にこき使われるんですからね、

(それこそいしゃなんかになろうとしたじぶんをのろいたくなりますよ、)

それこそ医者なんかになろうとした自分を呪いたくなりますよ、

(ひどいもんです、まったくここはひどいですよ」のぼるはなにもいわなかった。)

ひどいもんです、まったくここはひどいですよ」登はなにも云わなかった。

(ーーおれはよばれてきただけだ。)

ーーおれは呼ばれて来ただけだ。

(まさかこんな「ようじょうしょ」などというせりょうじょへ)

まさかこんな「養生所」などという施療(せりょう)所へ

(おしこめられるはずはない。)

押しこめられる筈はない。

(ながさきでしゅぎょうしてきたから、なにかさんこうにきかれるのだろう。)

長崎で修業して来たから、なにか参考に訊かれるのだろう。

(このおとこはごかいしているのだ、とのぼるはおもった。)

この男は誤解しているのだ、と登は思った。

(もんからごじゅっぽばかり、しょうじゃりをしいたしもどけみちをいくと、)

門から五十歩ばかり、小砂利を敷いた霜どけ道をいくと、

(そのたてものにつきあたった。すっかりふるびていて、げんかんのひさしはゆがみ、)

その建物につき当った。すっかり古びていて、玄関の庇(ひさし)は歪み、

(やねがわらはずれ、りょうよくのむねはでこぼこになみをうっていた。)

屋根瓦はずれ、両翼の棟はでこぼこに波を打っていた。

(つがわげんぞうはわきげんかんへいき、はきものをいれるはこをおしえ、)

津川玄三は脇玄関へいき、履物を入れる箱を教え、

(そこからのぼるといっしょにあがった。)

そこから登といっしょにあがった。

(ろうかをまがっていくとたまりばがあって、そこにひとがいっぱいいた。)

廊下を曲っていくと溜り場があって、そこに人がいっぱいいた。

(しんさつをまつかんじゃたちであろう、ちゅうねんいじょうのだんじょとこどもたちで、)

診察を待つ患者たちであろう、中年以上の男女と子供たちで、

(みんなまずしいみなりをしているし、あたりはごみだめか、)

みんな貧しいみなりをしているし、あたりはごみ溜か、

(ふはいしたくだものでもぶちまけたような、しげきてきなにおいがじゅうまんしていた。)

腐敗した果物でもぶちまけたような、刺激的な匂いが充満していた。

(「かよいりょうじのれんちゅうです」とつがわははなのさきをてではらいながらいった、)

「かよい療治の連中です」と津川は鼻のさきを手で払いながら云った、

(「みんなむりょうでしんさつしとうやくするんです、)

「みんな無料で診察し投薬するんです、

(いきているよりしんだほうがましなれんちゅうですがね」そしてひどくしぶいかおをし、)

生きているより死んだほうがましな連中ですがね」そしてひどく渋い顔をし、

(かたまんへてをふった、「こちらです」わたりろうかをいって、)

片万へ手を振った、「こちらです」渡り廊下をいって、

(みぎへまがったとっつきのへやのまえで、つがわはたちどまってじぶんのなをなのった。)

右へ曲ったとっつきの部屋の前で、津川は立停って自分の名をなのった。

(へやのなかから、はいれというこえがきこえた。)

部屋の中から、はいれという声が聞えた。

(よくひびくいんのふかいこえであった。「あかひげです」とつがわはささやき、)

よくひびく韻(いん)の深い声であった。「赤髯です」と津川はささやき、

(のぼるにいっしゅのめくばせをして、それからしょうじをあけた。)

登に一種の眼くばせをして、それから障子をあけた。

(そこはろくじょうをふたつつなげたような、たてにながいへやで、)

そこは六畳を二つつなげたような、縦に長い部屋で、

(むこうにこしだかまどがあり、さゆうはさんだんのとだなになっていた。)

向うに腰高窓があり、左右は三段の戸納になっていた。

(ふるくてあめいろになったかしざいのがっちりしたもので、うえのにだんはとだな、)

古くて飴色になった樫材のがっちりしたもので、上の二段は戸納、

(げだんはさゆうともひきだしになっている。)

下段は左右とも抽出(ひきだし)になっている。

(もちろんくすりがしまってあるのだろう、ひきだしのひとつひとつに、)

もちろん薬がしまってあるのだろう、抽出の一つ一つに、

(やくひんのなをかいたふだがはってあった。)

薬品の名を書いた札が貼ってあった。

(ーーまどはきたむきで、すすけたしょうじがつめたいひかりにそまっており、)

ーー窓は北向きで、煤けた障子が冷たい光に染まっており、

(そのひかりが、こちらへせをむけたろうじんの、たくましくひろいせや、)

その光が、こちらへ背を向けた老人の、逞しく広い背や、

(はいいろになったほうはつをうつしだしていた。)

灰色になった蓬髪(ほうはつ)をうつしだしていた。

(つがわげんぞうがすわってあいさつをし、やすもとのぼるをどうどうしたことをつげた。)

津川玄三が坐って挨拶をし、保本登を同道したことを告げた。

(ろうじんはだまったまま、こづくえにむかってなにかかいていた。)

老人は黙ったまま、小机に向かってなにか書いていた。

(ねずみいろのつつそでのあわせに、おなじいろのみょうなはかまをはいている。)

鼠色の筒袖の袷(あわせ)に、同じ色の妙な袴(はかま)をはいている。

(はかまというよりも「たっつけ」というほうがいいだろう、)

袴というよりも「たっつけ」というほうがいいだろう、

(こしまわりにちょっとひだはあるが、すねのほうはほそく、)

腰まわりにちょっと襞(ひだ)はあるが、脛のほうは細く、

(あしくびのところはきっちりひもでしめてあった。)

足首のところはきっちり紐でしめてあった。

(そのへやにはひおけがなかった。きたにむいているので、)

その部屋には火桶がなかった。北に向いているので、

(ひのあたることもないのだろう、くすりくさいくうきはひどくひえていて、)

陽のあたることもないのだろう、薬臭い空気はひどく冷えていて、

(すわったひざのしたから、さむさがぜんしんにのぼってくるようにかんじられた。)

坐った膝の下から、寒さが全身にのぼってくるように感じられた。

(やがて、ろうじんはふでをおいて、こちらへむきなおった。ひたいのひろくはげあがった、)

やがて、老人は筆を置いて、こちらへ向き直った。額の広く禿げあがった、

(かくばったかおつきで、くちのまわりからあごへかけてびっしりひげがはえている。)

角張った顔つきで、口のまわりから顎へかけてびっしり髯が生えている。

(ぞくに「ちょうめいまゆげ」といわれる、ながくてこいまゆげのしたに、)

俗に「長命眉毛」といわれる、長くて濃い眉毛の下に、

(ちからづよいめがひかっていた。「へ」のじなりにむすんだくちびると、)

ちから強い眼が光っていた。「へ」の字なりにむすんだ唇と、

(そのめとは、けんじゅはのようなひにくさとどうじに、)

その眼とは、犬儒派のような皮肉さと同時に、

(しょうにのようにあからさまなこうきしんがあらわれていた。)

小児のようにあからさまな好奇心があらわれていた。

(ーーなるほどあかひげだな、とのぼるはおもった。)

ーーなるほど赤髯だな、と登は思った。

(じっさいにはしらちゃけたはいいろなのだが、そのたくましいかおつきが、)

実際には白茶けた灰色なのだが、その逞しい顔つきが、

(「あかひげ」というかんじをあたえるらしい。としはしじゅうからろくじゅうのあいだで、)

「赤髯」という感じを与えるらしい。年は四十から六十のあいだで、

(しじゅうだいのせいかんさと、ろくじゅうだいのおちつきとがすこしのふしぜんさもなく)

四十代の精悍さと、六十代のおちつきとが少しの不自然さもなく

(いったいになっているようにみえた。のぼるはじぎをし、なをなのった。)

一躰(いったい)になっているようにみえた。登は辞儀をし、名をなのった。

(「にいできょじょうだ」とあかひげがいった。そしてのぼるをぎょうしした。)

「新出去定(にいできょじょう)だ」と赤髯が云った。そして登を凝視した。

(まるできりでももみこむような、するどいぶえんりょなめつきで、)

まるで錐でも揉みこむような、するどい無遠慮な眼つきで、

(じっとかれのかおをみつめ、それから、きめつけるようにいった。)

じっと彼の顔をみつめ、それから、きめつけるように云った。

(「おまえはきょうからみならいとしてここにつめる、)

「おまえは今日から見習としてここに詰める、

(にもつはこっちでとりにやるからいい」「しかし、わたしは」とのぼるはどもった、)

荷物はこっちで取りにやるからいい」「しかし、私は」と登は吃(ども)った、

(「しかしまってください、わたしはただここへよばれただけで」)

「しかし待って下さい、私はただここへ呼ばれただけで」

(「ようはそれだけだ」ときょじょうはさえぎり、つがわにむかっていった、)

「用はそれだけだ」と去定は遮り、津川に向かって云った、

(「へやへつれていってやれ」)

「部屋へ連れていってやれ」

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