山本周五郎 赤ひげ診療譚 狂女の話 2
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | zero | 6132 | A++ | 6.3 | 96.3% | 618.8 | 3944 | 149 | 69 | 2024/11/04 |
2 | pechi | 5920 | A+ | 6.7 | 89.0% | 592.2 | 3999 | 493 | 69 | 2024/10/12 |
3 | BE | 3823 | D++ | 4.3 | 89.8% | 915.3 | 3943 | 443 | 69 | 2024/11/12 |
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問題文
(やすもとのぼるはいいんみならいとして、こいしかわようじょうしょにすみこんだ。)
保本登は医員見習として、小石川養生所に住みこんだ。
(かれはまったくふふくだった。かれはばくふのごばんいになるつもりで、)
彼はまったく不服だった。彼は幕府の御番医になるつもりで、
(ながさきへゆうがくしたのであるし、えどへかえればおめみえいのせきが)
長崎へ遊学したのであるし、江戸へ帰れば御目見医(おめみえい)の席が
(あたえられるはずであった。かれのちちはやすもとりょうあんといって、)
与えられる筈であった。 彼の父は保本良庵(りょうあん)といって、
(こうじまちごちょうめでまちいしゃをしているが、そのちちのちじんであるばくふのおもてごばんい、)
麹町五丁目で町医者をしているが、その父の知人である幕府の表御番医、
(ほういんあまのげんぱくがのぼるのさいをはやくからみとめてい、)
法印天野源伯(ほういんあまのげんぱく)が登の才を早くから認めてい、
(のぼるのためにながさきゆうがくのべんぎもはからってくれたし、)
登のために長崎遊学の便宜もはからってくれたし、
(おめみえいにすいせんするやくそくもしてくれたのであった。)
御目見医に推薦する約束もしてくれたのであった。
(のぼるはそのことをつがわげんぞうにはなした。)
登はそのことを津川玄三に話した。
(「そんなうしろだてがあるのにこういうことになったとすると」)
「そんなうしろ楯があるのにこういうことになったとすると」
(つがわはそういいかけたが、そこでなにかをあんじするようにわらった、)
津川はそう云いかけたが、そこでなにかを暗示するように笑った、
(「ーーまああきらめるんですね、あなたのくることははんつきもまえにわかっていたし、)
「ーーまあ諦めるんですね、あなたの来ることは半月もまえにわかっていたし、
(どうやらあなたはあかひげにすかれたらしいですからね」)
どうやらあなたは赤髯に好かれたらしいですからね」
(つがわはかれをへやのほうへあんないした。それはにいでのへやのまえをいって、)
津川は彼を部屋のほうへ案内した。 それは新出の部屋の前をいって、
(ひだりへまがったろうかのみぎがわにあり、おなじようなこべやがみっつならんでいた。)
左へ曲った廊下の右側にあり、同じような小部屋が三つ並んでいた。
(つがわはまずそのはしにあるへやへよって、)
津川はまずその端にある部屋へよって、
(おなじみならいのもりはんだゆうをかれにひきあわせた。)
同じ見習の森半太夫を彼にひきあわせた。
(はんだゆうはにじゅうしちはちにみえるやせたおとこで、ひどくつかれたあとのような、)
半太夫は二十七八にみえる痩せた男で、ひどく疲れたあとのような、
(いんきな、ちからのないかおつきをしていた。)
陰気な、力のない顔つきをしていた。
(「おうわさはきいていました」とはんだゆうはなのりあったあとでいった、)
「お噂は聞いていました」と半太夫はなのりあったあとで云った、
(「ここはそうとうきついですがね、しかし、そのつもりになればべんきょうすることも)
「ここは相当きついですがね、しかし、そのつもりになれば勉強することも
(おおいし、しょうらいきっとやくにたちますよ」はんだゆうのこえはやわらかであったが、)
多いし、将来きっと役にたちますよ」半太夫の声はやわらかであったが、
(かみそりをつつんだわたのようなかんじがしたし、よくすんだおだやかなめのおくにも、)
剃刀を包んだ綿のような感じがしたし、よく澄んだ穏やかな眼の奥にも、
(やはりかみそりをひそめているようなものがかんじられた。)
やはり剃刀をひそめているようなものが感じられた。
(そうして、はんだゆうがまったくつがわをむししていることに、のぼるはきづいた。)
そうして、半太夫がまったく津川を無視していることに、登は気づいた。
(つがわのいうことにはへんじもせず、そっちへめをむけようともしなかった。)
津川の云うことには返辞もせず、そっちへ眼を向けようともしなかった。
(「さがみのどこかのごうのうのじなんだそうです」)
「相模のどこかの豪農の二男だそうです」
(とつがわはろうかへでてからささやいた、)
と津川は廊下へ出てからささやいた、
(「わたしとはきがあわないんですが、かれはなかなかしゅうさいなんですよ」)
「私とは気が合わないんですが、彼はなかなか秀才なんですよ」
(のぼるはききながした。もりのとなりがつがわ、そのつぎがのぼるのへやであった。)
登は聞きながした。森の隣りが津川、その次が登の部屋であった。
(どのへやもろくじょうであるが、まどはきたにむいていてうすぐらく、)
どの部屋も六畳であるが、窓は北に向いていてうす暗く、
(たたみなしのゆかいたにうすべりをしいただけという、)
畳なしの床板に薄縁(うすべり)を敷いただけという、
(いかにもさむざむとしたかんじだった。まどのしたにふるびたこづくえがあり、)
いかにもさむざむとした感じだった。窓の下に古びた小机があり、
(がまであんだえんざがおいてある。かたほうはひびわれたかべ、)
蒲(がま)で編んだ円座(えんざ)が置いてある。片方はひび割れた壁、
(かたほうはおもたげないたどのとだなになっていた。)
片方は重たげな板戸の戸納(とだな)になっていた。
(「たたみはしかないんですか」「どこにも」とつがわはりょうてをひろげた、)
「畳は敷かないんですか」 「どこにも」と津川は両手をひろげた、
(「いいんのへやもこのとおりです、)
「医員の部屋もこのとおりです、
(びょうとうもゆかいたにうすべりで、そのうえにしんぐをしくというわけです」)
病棟も床板に薄縁で、その上に寝具を敷くというわけです」
(のぼるはひくいこえでつぶやいた、「ろうのようだな」)
登は低い声でつぶやいた、「牢のようだな」
(「みんなそういいますよ、ことにびょうとうのかんじゃたちがね」と)
「みんなそう云いますよ、ことに病棟の患者たちがね」と
(つがわはひにくにいった、「かれらはひんみんだし、)
津川は皮肉に云った、「かれらは貧民だし、
(せりょういんへはいったというひけめがあるからとくにそういうかんじがするんでしょう、)
施療院へはいったというひけめがあるから特にそういう感じがするんでしょう、
(おまけにきものまであれですからね」のぼるはあかひげのきていたものをおもいだし、)
おまけに着物まであれですからね」登は赤髯の着ていたものを思いだし、
(もりはんだゆうもおなじきものをきていた、ということをおもいだした。)
森半太夫も同じ着物を着ていた、ということを思いだした。
(きいてみると、いいんはなつふゆともぜんぶおなじいろのおなじしたてであるし、)
訊いてみると、医員は夏冬ともぜんぶ同じ色の同じ仕立であるし、
(びょうとうのかんじゃはしろのつつそでにきまっている。)
病棟の患者は白の筒袖にきまっている。
(それはだんじょともきょうつうで、こどものきもののようにつけひもがついており、)
それは男女とも共通で、子供の着物のように付紐が付いており、
(つけひもをとけばすぐしんさつができるようにかんがえられたものだという。)
付紐を解けばすぐ診察ができるように考えられたものだという。
(だがかんじゃたちはそれをこのまない、ゆかいたにうすべりというへやのつくりとともに、)
だが患者たちはそれを好まない、床板に薄縁という部屋の造りと共に、
(どうしてもろうやのしきせのようなかんじがする、)
どうしても牢屋の仕着のような感じがする、
(というふへいがたえないそうであった。「むかしからのきそくですか」)
という不平が絶えないそうであった。「昔からの規則ですか」
(「あかひげどののごかいかくです」つがわはかたをゆすった、「かれはここのどくさいしゃでしてね、)
「赤髯どのの御改革です」津川は肩をゆすった、「彼はここの独裁者でしてね、
(ちりょうにかんしてはねっしんでもあるしいいうでをもっています、)
治療に関しては熱心でもあるしいい腕を持っています、
(だいみょうしょこうやふごうのあいだにも、ひじょうなしんらいしゃがすくなくないんですが、)
大名諸侯や富豪のあいだにも、ひじょうな信頼者が少なくないんですが、
(ここではあまりにどくだんとせんおうがすぎるので、)
ここではあまりに独断と専横が過ぎるので、
(だいぶみんなからきらわれているようです」「ひばちなどもつかわないとみえますね」)
だいぶみんなから嫌われているようです」「火鉢なども使わないとみえますね」
(「びょうとうのほかはね」とつがわがいった、)
「病棟のほかはね」と津川が云った、
(それに、びょうとういがいにすみをつかうようなよさんもないそうでしてね、)
それに、病棟以外に炭を使うような予算もないそうでしてね、
(「えどのさむさくらいは、かえってけんこうのためにいいんだそうです、)
「江戸の寒さくらいは、却って健康のためにいいんだそうです、
(ーーちょっとひとまわりしてみましょう」ふたりはへやをでた。)
ーーちょっとひと廻りしてみましょう」二人は部屋を出た。
(ばんいのつめるへやからはじめて、かよいりょうじのものをしんさつするおもてべや、)
番医の詰める部屋からはじめて、かよい療治の者を診察する表部屋、
(くすりのちょうごうをするへや、にゅうしょかんじゃのためのはいぜんじょ、)
薬の調合をする部屋、入所患者のための配膳所、
(いいんのじきどうなどをみたあと、つがわはみなみのくちから、)
医員の食堂(じきどう)などを見たあと、津川は南の口から、
(にわげたをはいてそとへでた。みなみのくちというのは、わたりろうかのかどにあり、)
庭下駄をはいて外へ出た。南の口というのは、渡り廊下の角にあり、
(そこをでるとすぐむこうにすいじばがみえた。かわらぶきの、)
そこを出るとすぐ向うに炊事場が見えた。瓦葺(かわらぶ)きの、
(さんじゅっつぼちかくありそうなひらやのたてもので、やねをかけたいどがわきにあり、)
三十坪ちかくありそうな平屋の建物で、屋根を掛けた井戸が脇にあり、
(しごにんのおんなたちがなをあらっていた。つけものにでもするのであろう、)
四五人の女たちが菜を洗っていた。漬け物にでもするのであろう、
(あらってやまとつまれたなの、しろいくきとみどりとが、あさのにっこうをあびて、)
洗って山と積まれた菜の、白い茎と緑とが、朝の日光をあびて、
(めのさめるほどみずみずしくしんせんにみえた。)
眼のさめるほどみずみずしく新鮮にみえた。