山本周五郎 赤ひげ診療譚 狂女の話 6

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投稿者投稿者uzuraいいね3お気に入り登録
プレイ回数951難易度(4.5) 3528打 長文 長文モード可
映画でも有名な、山本周五郎の傑作短編です。
長崎から江戸へ帰ってきた青年医師保本登は、小石川養生所で働くことになるが…。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 じゅんこ 4951 B 5.3 93.8% 666.5 3533 233 63 2024/04/26
2 hutaba 3751 D++ 3.9 96.0% 895.7 3504 144 63 2024/04/10

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問題文

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(ーーそのよる、のぼるはにいできょじょうとやりあったあと、)

ーーその夜、登は新出去定とやりあったあと、

(えんぷのきちたろうにさけをかってこさせ、へやでのんでいたのだが、)

園夫の吉太郎に酒を買って来させ、部屋で飲んでいたのだが、

(どうにもやりきれなくなってでてきた。そしてそのこしかけで、)

どうにもやりきれなくなって出て来た。そしてその腰掛で、

(ふくべにつめてきたさけをのんでいると、おすぎがあらわれたのだ。)

瓠(ふくべ)に詰めて来た酒を飲んでいると、お杉があらわれたのだ。

(かのじょはゆみのおかゆをしまつしたあとで、)

彼女はゆみのおかゆを始末したあとで、

(ふとのぼるがそこにいるようなきがしたから、)

ふと登がそこにいるような気がしたから、

(ちょっとようすをみにきたのだという。)

ちょっとようすをみに来たのだという。

(ーーゆみははんときほどまえにほっさをおこしたが、)

ーーゆみは半刻ほどまえに発作を起こしたが、

(いつものくすりをのんでじゅくすいしたから、かぎをかけてでてきた、ともおすぎはいった。)

いつもの薬を飲んで熟睡したから、鍵を掛けて出て来た、ともお杉は云った。

(のぼるはそれを、ゆっくりしていってもいい、といういみにうけとり、)

登はそれを、ゆっくりしていってもいい、という意味にうけとり、

(よってもいたので、そんなはなしまでしはじめたのであった。)

酔ってもいたので、そんな話までしはじめたのであった。

(「おまえさんはきがいいからそんなふうにおもうんだ」とかれはいった、)

「おまえさんは気がいいからそんなふうに思うんだ」と彼は云った、

(「かれらがそんなにりちぎなもんか、おれがせけんにいてはめんどうがおこる、)

「かれらがそんなに律儀なもんか、おれが世間にいては面倒が起こる、

(ここへいれてしまえばてすうがはぶけるとおもってやったしごとだ、)

ここへ入れてしまえば手数が省けると思ってやった仕事だ、

(おれにはちゃんとそのからくりがわかっているんだ」)

おれにはちゃんとそのからくりがわかっているんだ」

(「でもあなたをここへおよびしたことは、きょじょうせんせいだとおもうんですけれど」)

「でもあなたをここへお呼びした事は、去定先生だと思うんですけれど」

(のぼるはふくべのくちからまたのんだ。)

登は瓠の口からまた飲んだ。

(「せんせいはずっとまえから、ここにはもっといいいしゃがほしい、)

「先生はずっとまえから、ここにはもっといい医者が欲しい、

(ほかのどんなところよりも、このようじょうしょにこそうでのある、)

ほかのどんなところよりも、この養生所にこそ腕のある、

(ほんきでびょうにんをなおすいしゃがほしい、っておっしゃっていましたわ」)

本気で病人を治す医者が欲しい、って仰しゃっていましたわ」

など

(「それならわたしをよぶはずはないさ、いいいしゃになるにはがくもんだけではだめだ、)

「それなら私を呼ぶ筈はないさ、いい医者になるには学問だけではだめだ、

(がくもんしたうえにじかんとけいけんがひつようだ、おれなんかまだひよっこもどうぜんなんだぜ」)

学問したうえに時間と経験が必要だ、おれなんかまだひよっこも同然なんだぜ」

(そこでかれはふいにうんとうなずいた、)

そこで彼はふいにうんと頷いた、

(「うん、おれをよんだりゆうはひとつある、それでわたしはあかひげどのとやりあった」)

「うん、おれを呼んだ理由は一つある、それで私は赤髯どのとやりあった」

(「まあ、あなたまでがあかひげだなんて」 「あかひげでたくさんだ」)

「まあ、あなたまでが赤髯だなんて」 「赤髯でたくさんだ」

(とかれははきすてるようにいった。そのひのゆうはんのあとで、にいできょじょうはのぼるをよび、)

と彼は吐き捨てるように云った。その日の夕飯のあとで、新出去定は登を呼び、

(ながさきゆうがくちゅうのひっきやずろくをていしゅつするように、といった。)

長崎遊学ちゅうの筆記や図録を提出するように、と云った。

(のぼるはこばんだ。かれはらんぽういがくのかくかをまなんだが、とくにほんどうではずいぶんくしんし、)

登は拒んだ。彼は蘭方医学の各科をまなんだが、特に本道ではずいぶん苦心し、

(じぶんなりにしんだんやちりょうのくふうをした。それはかれじしんのものであり、)

自分なりに診断や治療のくふうをした。それは彼自身のものであり、

(かれだけのえとくしたぎょうせきなのだ。)

彼だけの会得した業績なのだ。

(そしてそのひっきるいやずろくは、かれのしょうらいをやくそくするものであって、)

そしてその筆記類や図録は、彼の将来を約束するものであって、

(ほかにこうかいすることは、そのかちをうしなうけっかになるだけであった。)

他に公開することは、その価値を失う結果になるだけであった。

(ーーそこひのちりょうだけでなをあげ、)

ーー内障眼(そこひ)の治療だけで名をあげ、

(さんをなしたいしゃさえあるではないか。)

産をなした医者さえあるではないか。

(じぶんのいじゅつはもっとあたらしく、ひろくおおきなかちがある。これはじぶんのひようと、)

自分の医術はもっと新らしく、ひろく大きな価値がある。これは自分の費用と、

(じぶんのどりょくとでかちえたものだ。たにんにみせるいわれもないし、)

自分の努力とでかち得たものだ。他人にみせるいわれもないし、

(ぎむもないはずである、とのぼはいった。けれどもきょじょうはうけつけなかった。)

義務もない筈である、と登は云った。けれども去定はうけつけなかった。

(ーーことわっておくが、ここではむだなくちをきくな。)

ーー断わっておくが、ここではむだな口をきくな。

(きょじょうはきめつけるようにそういった。)

去定はきめつけるようにそう云った。

(ーーひっきとずろくはぜんぶだせ、ようじはそれだけだ。)

ーー筆記と図録はぜんぶ出せ、用事はそれだけだ。

(のぼるはそうするよりしかたがなかったことをおすぎにはなした。)

登はそうするよりしかたがなかったことをお杉に話した。

(「もしほんとうにあかひげがわたしをよんだのだとすれば、たしかにあれがりゆうのひとつだ」)

「もし本当に赤髯が私を呼んだのだとすれば、たしかにあれが理由の一つだ」

(とのぼるはふくべをなでながらいった、「だからかれはこれまでわたしにかまわなかった、)

と登は瓠を撫でながら云った、「だから彼はこれまで私に構わなかった、

(わたしがあのおしきせをきず、なにもしないであそんでいても、)

私があのお仕着を着ず、なにもしないで遊んでいても、

(まるっきりしらないかおをしていたんだ」「あなたはよっていらっしゃるわ」)

まるっきり知らない顔をしていたんだ」「あなたは酔っていらっしゃるわ」

(「よっているものか、ただのんでいるだけのことだ」のぼるはまたのんだ、)

「酔っているものか、ただ飲んでいるだけのことだ」登はまた飲んだ、

(「きんじられているからのむんだ、)

「禁じられているから飲むんだ、

(ここできんじられていることならなんでもやるつもりだ」)

ここで禁じられていることならなんでもやるつもりだ」

(「もうおよしなさいまし」おすぎはふくべをとろうとした、)

「もうおよしなさいまし」お杉は瓠を取ろうとした、

(「よってそんなことをいうかたはきらいです」ふくべをとろうとしたおすぎのてを、)

「酔ってそんなことを云う方は嫌いです」瓠を取ろうとしたお杉の手を、

(のぼるのほうでらんぼうにつかんだ。ひんやりとあたたかく、なめらかなてだった。)

登のほうで乱暴につかんだ。ひんやりと温かく、なめらかな手だった。

(おすぎはさけようとはせず、つかまれたままじっとしていた。)

お杉は避けようとはせず、掴まれたままじっとしていた。

(ほしのあかるいよるで、かなりあたたかく、やくえんのほうからじんちょうげがにおってきた。)

星の明るい夜で、かなり暖かく、薬園のほうから沈丁花が匂って来た。

(「おれをきらいか」とのぼるがささやいた。おすぎはおちついたこえでいった、)

「おれを嫌いか」と登がささやいた。お杉はおちついた声で云った、

(「よってそんなことをおっしゃるあなたはきらいです」 のぼるはすこしだまっていて、)

「酔ってそんなことを仰しゃるあなたは嫌いです」 登は少し黙っていて、

(それからおすぎのてをはなした。 「じゃあかえれ」)

それからお杉の手を放した。 「じゃあ帰れ」

(「そのふくべをあたしにください」とおすぎがいった、「あしたまでおあずかりしますわ」)

「その瓠をあたしに下さい」とお杉が云った、「明日までお預かりしますわ」

(「あしたまでおあずかりしますわ」 「ほっとけ」とのぼはひとくちのんでからいった、)

「明日までお預かりしますわ」 「放っとけ」と登は一と口飲んでから云った、

(「あのきちがいむすめのせわだけでじゅうぶんだろう、おれのことなんかにかまうな」)

「あの気違い娘の世話だけで充分だろう、おれのことなんかに構うな」

(おすぎはかれのてからふくべをとりあげた。ちからのこもったすばやいどうさで、)

お杉は彼の手から瓠を取りあげた。力のこもったすばやい動作で、

(のぼるはよけることができなかった。おすぎはこしかけからたち、)

登はよけることができなかった。お杉は腰掛から立ち、

(これはあしたおかえしするからといって、じゅうきょのほうへさっていった。)

これは明日お返しするからと云って、住居のほうへ去っていった。

(のぼるはだまったまま、さっていくおすぎのぞうりのおとをきいていた。)

登は黙ったまま、去っていくお杉の草履の音を聞いていた。

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