山本周五郎 赤ひげ診療譚 狂女の話 13 終

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投稿者投稿者uzuraいいね3お気に入り登録
プレイ回数917難易度(4.4) 2019打 長文 長文モード可
映画でも有名な、山本周五郎の傑作短編です。
長崎から江戸へ帰ってきた青年医師保本登は、小石川養生所で働くことになるが…。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 zero 6046 A++ 6.2 96.8% 323.8 2024 66 41 2024/11/10
2 pechi 5842 A+ 6.6 88.9% 308.1 2055 255 41 2024/10/20

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問題文

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(のぼるはめのまえにすわっているあかひげをみた。)

登は眼の前に坐っている赤髯を見た。

(そのわきにもりはんだゆうがおり、あかひげがはんだゆうにはなしているのがきこえた。)

その脇に森半太夫がおり、赤髯が半太夫に話しているのが聞えた。

(ーーまだゆめをみているのか。かれはそうおもった。)

ーーまだ夢を見ているのか。彼はそう思った。

(すぐめのまえにいるふたりのすがたが、ひどくとおいようにおもえるし、そのはなしごえも、)

すぐ眼の前にいる二人の姿が、ひどく遠いように思えるし、その話し声も、

(かべをへだててきこえるようなひびきのない、ひげんじつてきなかんじなのである。)

壁を隔てて聞えるような響きのない、非現実的な感じなのである。

(たしかにゆめだ、そうおもってめをつむり、)

たしかに夢だ、そう思って眼をつむり、

(もういちど、ようじんぶかくめをあいてみると、)

もういちど、用心ぶかく眼をあいてみると、

(もりはんだゆうのすがたはなく、にいできょじょうがひとりですわっていた。)

森半太夫の姿はなく、新出去定が一人で坐っていた。

(「ねむれねむれ」ときょじょうがいった、)

「眠れ眠れ」と去定が云った、

(「もういちにちもねていればよくなる、なにもかんがえずにねむっていろ」)

「もう一日も寝ていればよくなる、なにも考えずに眠っていろ」

(のぼるはくちをきこうとした。)

登は口をきこうとした。

(「なんでもない」ときょじょうはくびをふった、)

「なんでもない」と去定は首を振った、

(「おまえはやくしゅをのまされたのだ、)

「おまえは薬酒をのまされたのだ、

(あのさけにはおれのくふうしたくすりがちょうごうしてある、)

あの酒にはおれのくふうした薬が調合してある、

(あのむすめのほっさをしずめるための、ごくとくしゅなくすりだ、)

あの娘の発作をしずめるための、ごく特殊な薬だ、

(あのむすめはおすぎからおまえのはなしをきいていて、)

あの娘はお杉からおまえの話を聞いていて、

(いつかこうしてやろうときかいをうかがっていたのだ、)

いつかこうしてやろうと機会を覘(うかが)っていたのだ、

(おまえはさけによっていた、ばかなやつだ、)

おまえは酒に酔っていた、ばかなやつだ、

(よっていなければひとがちがっていることぐらい、すぐにわかったはずだぞ」)

酔っていなければ人が違っていることぐらい、すぐにわかった筈だぞ」

(のぼるはくびをふった。よってはいたが、それだけではない、)

登は首を振った。酔ってはいたが、それだけではない、

など

(くらがりでもあったし、あのしゃがれごえにだまされたのだ。)

暗がりでもあったし、あのしゃがれ声に騙(だま)されたのだ。

(そういおうとしたが、くびをふるだけがようやくのことで、)

そう云おうとしたが、首を振るだけがようやくのことで、

(こえもでず、したもうごかなかった。)

声も出ず、舌も動かなかった。

(「おれのかえりがもうすこしおそかったら、おまえはしんでいたところだぞ」)

「おれの帰りがもう少しおそかったら、おまえは死んでいたところだぞ」

(とあかひげはいった、「おすぎもいえのなかでねむりこんでいた、)

と赤髯は云った、「お杉も家の中で眠りこんでいた、

(おなじやくしゅをのまされたのだ、おれはそれをみてすぐにこしかけへいった、)

同じ薬酒をのまされたのだ、おれはそれを見てすぐに腰掛へいった、

(あのむすめはいまあたまをさらしもめんでまいているが、)

あの娘はいま頭を晒木綿(さらしもめん)で巻いているが、

(そうするよりほかになかった、まるでけもののようにくるいたっていたからだ、)

そうするよりほかになかった、まるでけもののように狂いたっていたからだ、

(このてをみろ」あかひげはひだりてをまくってみせた。)

この手を見ろ」赤髯は左手を捲(まく)って見せた。

(てくびからうでへ、さらしもめんがまいてあった。)

手首から腕へ、晒木綿が巻いてあった。

(「あのむすめはここへごかしょもかみついたのだ」ときょじょうはいってそでをおろした、)

「あの娘はここへ五カ所も噛みついたのだ」と去定は云って袖をおろした、

(「ーーこのことはだれもしらない、はんだゆうもしってはいない、)

「ーーこのことは誰も知らない、半太夫も知ってはいない、

(だからたにんにはじるにはおよばないが、こりることはこりろ、わかったか」)

だから他人に恥じるには及ばないが、懲りることは懲りろ、わかったか」

(のぼるはじぶんのめからなみだがこぼれおちるのをかんじた。きょじょうはふところしをだした。)

登は自分の眼から涙がこぼれ落ちるのを感じた。去定はふところ紙を出した。

(なみだをふいてくれるのかとおもったが、そうではなく、)

涙を拭(ふ)いてくれるのかと思ったが、そうではなく、

(くちのまわりをふいてくれた。よだれをだしていたのかとおもい、)

口のまわりを拭いてくれた。涎(よだれ)を出していたのかと思い、

(のぼるははずかしさのためかたくめをつむった。)

登は恥ずかしさのため固く眼をつむった。

(「ばかなやつだ」ときょじょうはいった、「いいからねむれ、)

「ばかなやつだ」と去定は云った、「いいから眠れ、

(よくなったらはなすことがある」きょじょうはたってでていった。)

よくなったら話すことがある」去定は立って出ていった。

(そのあしおとをみみでおいながら、のぼるはこころのなかでつぶやいた。)

その足音を耳で追いながら、登は心の中でつぶやいた。

(ーーあかひげか、わるくはないな。)

ーー赤髯か、わるくはないな。

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