山本周五郎 赤ひげ診療譚 狂女の話 13 終
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | zero | 6046 | A++ | 6.2 | 96.8% | 323.8 | 2024 | 66 | 41 | 2024/11/10 |
2 | pechi | 5842 | A+ | 6.6 | 88.9% | 308.1 | 2055 | 255 | 41 | 2024/10/20 |
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問題文
(のぼるはめのまえにすわっているあかひげをみた。)
登は眼の前に坐っている赤髯を見た。
(そのわきにもりはんだゆうがおり、あかひげがはんだゆうにはなしているのがきこえた。)
その脇に森半太夫がおり、赤髯が半太夫に話しているのが聞えた。
(ーーまだゆめをみているのか。かれはそうおもった。)
ーーまだ夢を見ているのか。彼はそう思った。
(すぐめのまえにいるふたりのすがたが、ひどくとおいようにおもえるし、そのはなしごえも、)
すぐ眼の前にいる二人の姿が、ひどく遠いように思えるし、その話し声も、
(かべをへだててきこえるようなひびきのない、ひげんじつてきなかんじなのである。)
壁を隔てて聞えるような響きのない、非現実的な感じなのである。
(たしかにゆめだ、そうおもってめをつむり、)
たしかに夢だ、そう思って眼をつむり、
(もういちど、ようじんぶかくめをあいてみると、)
もういちど、用心ぶかく眼をあいてみると、
(もりはんだゆうのすがたはなく、にいできょじょうがひとりですわっていた。)
森半太夫の姿はなく、新出去定が一人で坐っていた。
(「ねむれねむれ」ときょじょうがいった、)
「眠れ眠れ」と去定が云った、
(「もういちにちもねていればよくなる、なにもかんがえずにねむっていろ」)
「もう一日も寝ていればよくなる、なにも考えずに眠っていろ」
(のぼるはくちをきこうとした。)
登は口をきこうとした。
(「なんでもない」ときょじょうはくびをふった、)
「なんでもない」と去定は首を振った、
(「おまえはやくしゅをのまされたのだ、)
「おまえは薬酒をのまされたのだ、
(あのさけにはおれのくふうしたくすりがちょうごうしてある、)
あの酒にはおれのくふうした薬が調合してある、
(あのむすめのほっさをしずめるための、ごくとくしゅなくすりだ、)
あの娘の発作をしずめるための、ごく特殊な薬だ、
(あのむすめはおすぎからおまえのはなしをきいていて、)
あの娘はお杉からおまえの話を聞いていて、
(いつかこうしてやろうときかいをうかがっていたのだ、)
いつかこうしてやろうと機会を覘(うかが)っていたのだ、
(おまえはさけによっていた、ばかなやつだ、)
おまえは酒に酔っていた、ばかなやつだ、
(よっていなければひとがちがっていることぐらい、すぐにわかったはずだぞ」)
酔っていなければ人が違っていることぐらい、すぐにわかった筈だぞ」
(のぼるはくびをふった。よってはいたが、それだけではない、)
登は首を振った。酔ってはいたが、それだけではない、
(くらがりでもあったし、あのしゃがれごえにだまされたのだ。)
暗がりでもあったし、あのしゃがれ声に騙(だま)されたのだ。
(そういおうとしたが、くびをふるだけがようやくのことで、)
そう云おうとしたが、首を振るだけがようやくのことで、
(こえもでず、したもうごかなかった。)
声も出ず、舌も動かなかった。
(「おれのかえりがもうすこしおそかったら、おまえはしんでいたところだぞ」)
「おれの帰りがもう少しおそかったら、おまえは死んでいたところだぞ」
(とあかひげはいった、「おすぎもいえのなかでねむりこんでいた、)
と赤髯は云った、「お杉も家の中で眠りこんでいた、
(おなじやくしゅをのまされたのだ、おれはそれをみてすぐにこしかけへいった、)
同じ薬酒をのまされたのだ、おれはそれを見てすぐに腰掛へいった、
(あのむすめはいまあたまをさらしもめんでまいているが、)
あの娘はいま頭を晒木綿(さらしもめん)で巻いているが、
(そうするよりほかになかった、まるでけもののようにくるいたっていたからだ、)
そうするよりほかになかった、まるでけもののように狂いたっていたからだ、
(このてをみろ」あかひげはひだりてをまくってみせた。)
この手を見ろ」赤髯は左手を捲(まく)って見せた。
(てくびからうでへ、さらしもめんがまいてあった。)
手首から腕へ、晒木綿が巻いてあった。
(「あのむすめはここへごかしょもかみついたのだ」ときょじょうはいってそでをおろした、)
「あの娘はここへ五カ所も噛みついたのだ」と去定は云って袖をおろした、
(「ーーこのことはだれもしらない、はんだゆうもしってはいない、)
「ーーこのことは誰も知らない、半太夫も知ってはいない、
(だからたにんにはじるにはおよばないが、こりることはこりろ、わかったか」)
だから他人に恥じるには及ばないが、懲りることは懲りろ、わかったか」
(のぼるはじぶんのめからなみだがこぼれおちるのをかんじた。きょじょうはふところしをだした。)
登は自分の眼から涙がこぼれ落ちるのを感じた。去定はふところ紙を出した。
(なみだをふいてくれるのかとおもったが、そうではなく、)
涙を拭(ふ)いてくれるのかと思ったが、そうではなく、
(くちのまわりをふいてくれた。よだれをだしていたのかとおもい、)
口のまわりを拭いてくれた。涎(よだれ)を出していたのかと思い、
(のぼるははずかしさのためかたくめをつむった。)
登は恥ずかしさのため固く眼をつむった。
(「ばかなやつだ」ときょじょうはいった、「いいからねむれ、)
「ばかなやつだ」と去定は云った、「いいから眠れ、
(よくなったらはなすことがある」きょじょうはたってでていった。)
よくなったら話すことがある」去定は立って出ていった。
(そのあしおとをみみでおいながら、のぼるはこころのなかでつぶやいた。)
その足音を耳で追いながら、登は心の中でつぶやいた。
(ーーあかひげか、わるくはないな。)
ーー赤髯か、わるくはないな。