「悪魔の紋章」37 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。
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1 pechi 5931 A+ 6.5 91.1% 692.8 4549 440 63 2024/11/05

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問題文

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(かわでしはそのきょだいなもようめいたものをみつめているうちに、しんぞうのこどうが)

川手氏はその巨大な模様めいたものを見つめているうちに、心臓の鼓動が

(ぴったりととまってしまうほどの、はげしいおどろきにうたれた。おどろきというよりも)

ピッタリと止まってしまうほどの、激しい驚きにうたれた。驚きというよりも

(おそれであった。げえっ、とはきけをもよおすようなふかいきょうふであった。)

恐れであった。ゲエッ、と吐き気を催すような深い恐怖であった。

(むすうのへびのかたまりとみえたのは、なんぜんなんまんばいにかくだいされたにんげんのしもんであることが)

無数の蛇の塊と見えたのは、何千何万倍に拡大された人間の指紋であることが

(わかってきたからだ。しかも、おお、どうしてあれをわすれよう。そのきょだいな)

分って来たからだ。しかも、オオ、どうしてあれを忘れよう。その巨大な

(しもんには、みっつのうずまきがあったではないか。ふたつは、まんまるくじょうぶにならび、)

指紋には、三つの渦巻があったではないか。二つは、まん丸く上部に並び、

(ひとつは、だえんけいにかぶにひろがっている。おばけのかおだ。いっけんしほうのおばけが)

一つは、楕円形に下部に拡がっている。お化けのかおだ。一間四方のお化けが

(さんちゅうのひとつやのにわで、にやにやとわらっているのだ。 かわでしは、わけのわからぬ)

山中の一つ家の庭で、ニヤニヤと笑っているのだ。 川手氏は、訳のわからぬ

(うめきごえをたてながら、しにものぐるいにろうかをはしった。 そして、ろうふうふの)

うめき声を立てながら、死にもの狂いに廊下を走った。 そして、老夫婦の

(へやのしょうじをらんだしながら、きょうきのようにそのなをよんだ。 それから、)

部屋の障子を乱打しながら、狂気のようにその名を呼んだ。 それから、

(なにごとがおこったのかと、びっくりしてとびおきたふたりに、ことのしだいをはなして、)

何事が起ったのかと、びっくりして飛び起きた二人に、事の次第を話して、

(にわをしらべてくれるようにたのんだ。 ろうじんたちは、またかというように、)

庭を調べてくれるように頼んだ。 老人達は、又かというように、

(かわでしのげんかくをわらった。いくらなんでも、そのさんじゅううずまきのわるものとやらが、)

川手氏の幻覚を笑った。いくらなんでも、その三重渦巻の悪者とやらが、

(こんなやまのなかまでやってくるはずがない。むなかたせんせいがあれほどようじんにようじんをかさねて、)

こんな山の中までやって来る筈がない。宗像先生があれ程用心に用心を重ねて、

(てきのめをくらましておしまいなすったのだから、けっしてけっしてそのしんぱいはない。)

敵の目をくらましておしまいなすったのだから、決して決してその心配はない。

(だんなさまはまぼろしでもごらんなさったのでしょうと、あいてにしないのである。)

旦那様は幻でもごらんなさったのでしょうと、相手にしないのである。

(それでもと、たのむようにして、やっとにわをしらべてもらったが、ふたりのろうじんが)

それでもと、頼むようにして、やっと庭を調べて貰ったが、二人の老人が

(ちょうちんをつけて、れいのしらかべのところへいってみたときには、もうそこには)

提灯をつけて、例の白壁のところへ行って見た時には、もうそこには

(なんのひかりもなければ、きょだいなおばけしもんなどかげもかたちもないのであった。)

何の光りもなければ、巨大なお化け指紋など影も形もないのであった。

(それではやっぱりまぼろしをみたのかしら。こわいこわいとおもっているところへ、)

それではやっぱり幻を見たのかしら。怖い怖いと思っているところへ、

など

(あのわらいごえをきいたものだから、ついふくしゅうきをれんそうして、なにもないしらかべのうえに、)

あの笑い声を聞いたものだから、つい復讐鬼を聯想して、何もない白壁の上に、

(あんなおそろしいもののかげを、われとわがこころにつくりだしたのかしら。)

あんな恐ろしい物の影を、我れと我が心に作り出したのかしら。

(そのばんはときがたいなぞをのこして、そのまましんについたが、よくじつはうらうらと)

その晩は解き難い謎を残して、そのまま寝についたが、翌日はうらうらと

(あたたかいひざしをみかたに、まさかまっぴるまあやしいやつがにわにかくれていることも)

暖かい日ざしを味方に、まさか真昼間怪しい奴が庭に隠れていることも

(あるまいと、かわでしはさくやのなぞをたしかめるためににわへおりていった。)

あるまいと、川手氏は昨夜の謎を確めるために庭へ降りて行った。

(たいようのひかりで、れいのしらかべのひょうめんをしらべてみたが、べつにあやしいかげもなく、)

太陽の光で、例の白壁の表面を調べて見たが、別に怪しい影もなく、

(それとみまがうひびがあるわけでもない。もしあれがげんとうのかげだったとすれば、)

それと見まがう亀裂がある訳でもない。若しあれが幻燈の影だったとすれば、

(げんとうきかいはあのへんにすえつけてあったはずとかたわらのこだちのおくにめをやると、)

幻燈器械はあの辺に据えつけてあった筈と傍らの木立の奥に目をやると、

(そこのこだかくなったうすぐらいあきちに、ひょっこりとあたらしいせきひがたっているのに)

そこの小高くなった薄暗い空地に、ヒョッコリと新しい石碑が建っているのに

(きづいた。 おや、いままでたびたびにわをさんぽしたのに、ここにこんなものが)

気付いた。 オヤ、今まで度々庭を散歩したのに、ここにこんなものが

(あるのは、すこしもしらなかった。へんだなあ。あれはどうやらだれかの)

あるのは、少しも知らなかった。変だなあ。あれはどうやら誰かの

(はかいしらしいが、にわのまんなかにぼちがあるなんて。 かわでしはいぶかしきまま、)

墓石らしいが、庭の真中に墓地があるなんて。 川手氏はいぶかしきまま、

(ついこだちをかきわけて、そのじめじめしたうすぐらいなかへはいっていった。)

つい木立をかき分けて、そのじめじめした薄暗い中へ入って行った。

(ちかよってみると、それはまだみがいたばかりのまあたらしいはかいしであることがわかった。)

近よって見ると、それはまだ磨いたばかりの真新しい墓石であることが分った。

(けっしてはんつきもひとつきもまえからあるものではなく、きのうきょうここに)

決して半月も一月も前からあるものではなく、昨日今日ここに

(はこびこまれたものとしかみえぬのだ。 みょうなことに、そのはかいしのひょうめんには、)

運び込まれたものとしか見えぬのだ。 妙なことに、その墓石の表面には、

(かいみょうのあるべきちゅうおうのぶぶんがくうはくになっていて、そのわきのところに、)

戒名のあるべき中央の部分が空白になっていて、その傍のところに、

(ちいさく「しょうわじゅうさんねんしがつじゅうさんにちぼつ」とだけ、いまのみをいれたばかりのように、)

小さく「昭和十三年四月十三日歿」とだけ、今鑿を入れたばかりのように、

(くっきりとあざやかにきざんであった。 まてよ。しょうわじゅうさんねんといえば)

クッキリと鮮かに刻んであった。 待てよ。昭和十三年と云えば

(ことしではないか。しがつといえばこんげつではないか。そして、じゅうさんにちといえば、)

今年ではないか。四月といえば今月ではないか。そして、十三日といえば、

(ああ、なんということだ。きょうはじゅうににちだから、じゅうさんにちといえば)

アア、何ということだ。今日は十二日だから、十三日と云えば

(あしたのひづけではないか。 かわでしはきでもくるったのではないかと、)

明日の日附ではないか。 川手氏は気でも狂ったのではないかと、

(わがめをうたがった。げんかくではない。けっしてよみちがいではない。このとおりたしかに)

我が目を疑った。幻覚ではない。決して読み違いではない。この通り確かに

(しょうわじゅうさんねん、しがつ、じゅうさんにちとほってある。わざわざゆびをあてて、いちじいちじを)

昭和十三年、四月、十三日と刻ってある。態々指を当てて、一字一字を

(さすってみたが、けっしてよみあやまりではなかった。 いったいこれはなにを)

さすって見たが、決して読み誤りではなかった。 一体これは何を

(いみするのだ。あしたしぬにちがいないだれかのはかが、こうしてちゃんと)

意味するのだ。明日死ぬに違いない誰かの墓が、こうしてちゃんと

(よういされているのであろうか。だが、どんなじゅうびょうにんでも、いついくかにしぬと)

用意されているのであろうか。だが、どんな重病人でも、いつ何日に死ぬと

(あらかじめわかっているというのはへんではないか。しけいしゅうででもないかぎり・・・・・・、)

予め分っているというのは変ではないか。死刑囚ででもない限り・・・・・・、

(とかんがえているうちに、かわでしはみるみるゆうれいのようにあおざめていった。)

と考えている内に、川手氏は見る見る幽霊のように青ざめて行った。

(もしかしたら、これはおれのはかじゃないのかしら。 あのしんやのわらいごえといい、)

若しかしたら、これは俺の墓じゃないのかしら。 あの深夜の笑い声といい、

(さくやのしらかべのかいしもんといい、げんしげんちょうとおもえばそうのようでもあるが、)

昨夜の白壁の怪指紋といい、幻視幻聴と思えばそうのようでもあるが、

(もしあれらが、なにものかのけいかくてきないたずらであったとすれば・・・・・・)

若しあれらが、何者かの計画的な悪戯であったとすれば・・・・・・

(なにものかといって、そとにだれがあんなみょうなまねをするものか。さんじゅううずまきの)

何者かといって、外に誰があんな妙な真似をするものか。三重渦巻の

(しもんのぬしだ!あいつがはやくもこのかくれがをさがしあてて、きかいなふくしゅうのしょくしゅを)

指紋の主だ!あいつが早くもこの隠れ家を探し当てて、奇怪な復讐の触手を

(のばしているのではあるまいか。そうとすれば、このはかいしのなぞのひづけのいみも)

伸ばしているのではあるまいか。そうとすれば、この墓石の謎の日附の意味も

(わかってくる。「じゅうさんにち」に「ぼつ」するひとは、ほかならぬおれじしんなのだ。)

分って来る。「十三日」に「歿」する人は、外ならぬ俺自身なのだ。

(おれはあしたじゅうに、なんらかのしゅだんによってふくしゅうまのためにざんさつされるのでは)

俺は明日中に、何らかの手段によって復讐魔の為めに惨殺されるのでは

(ないだろうか。おれはいま、こうしてじぶんじしんのはかいしをみせつけられて)

ないだろうか。俺は今、こうして自分自身の墓石を見せつけられて

(いるのではあるまいか。 かわでしはくらくらとめまいをかんじて、いまにも)

いるのではあるまいか。 川手氏はクラクラと眩暈を感じて、今にも

(たおれそうになるのを、やっとがまんして、あえぎながらおもやにひきかえし、ろうふうふに)

倒れそうになるのを、やっと我慢して、喘ぎながら母屋に引返し、老夫婦に

(このことをつげたので、ふたりのものは、またかといわぬばかりに、めを)

この事を告げたので、二人のものは、又かと云わぬばかりに、目を

(みかわしながら、ともかくいそいでげんじょうへいってみたが、あんのじょう、そこには、)

見交しながら、兎も角急いで現場へ行って見たが、案の定、そこには、

(いくらさがしてもあたらしいはかいしなんて、かげもかたちもないことがたしかめられた。)

いくら探しても新しい墓石なんて、影も形もないことが確かめられた。

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