山本周五郎 赤ひげ診療譚 駈込み訴え 5

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投稿者投稿者uzuraいいね2お気に入り登録
プレイ回数791難易度(4.5) 2412打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作短編です。
赤ひげ診療譚の第二話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 にこーる 5062 B+ 5.2 95.8% 486.5 2574 111 44 2024/10/10

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問題文

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(しっしんしていたのはごくみじかいじかんで、だれかにほおをたたかれると、すぐわれにかえった。)

失神していたのはごく短い時間で、誰かに頬を叩かれると、すぐわれに返った。

(じぶんではながいこときをうしなっていたようなかんじだったが、われにかえってみると、)

自分ではながいこと気を失っていたような感じだったが、われに返ってみると、

(そこはやはりおもてのさんばんで、じぶんはまきのしょうさくにかかえられていた。)

そこはやはり表の三番で、自分は牧野昌朔に抱えられていた。

(ほおをたたいたのはまきのであろう、むこうにきょじょうがおり、にがりきったかおつきで、)

頬を叩いたのは牧野であろう、向うに去定がおり、苦りきった顔つきで、

(へやへかえっていろ、といった。 ーーのぼるはめをそらしたままたちあがった。)

部屋へ帰っていろ、と云った。 ーー登は眼をそらしたまま立ちあがった。

(そこにあるおんなのからだをみれば、またしっしんしそうだったし、たとえいじにもせよ、)

そこにある女の躯を見れば、また失神しそうだったし、たとえ意地にもせよ、

(そこにいるだけのゆうきはなかった。)

そこにいるだけの勇気はなかった。

(のぼるはじぶんのへやでねころがった。)

登は自分の部屋で寝ころがった。

(おもいだすとおうとをもよおしそうになるので、なるべくほかのことをかんがえようとした。)

思いだすと嘔吐を催しそうになるので、なるべくほかのことを考えようとした。

(けれども、きょうじょおゆみのできごとにつづくきょうのしっぱいは、)

けれども、狂女おゆみの出来事に続く今日の失敗は、

(すくいようのないくつじょくかんでかれじしんをあっとうし、うちのめした。)

救いようのない屈辱感で彼自身を圧倒し、うちのめした。

(「なんというだらしのないざまだ」のぼるはねころんだままうででかおをおおった、)

「なんというだらしのないざまだ」登は寝ころんだまま腕で顔を掩った、

(「それでもながさきでしゅぎょうしてきたなどといえるのか」)

「それでも長崎で修業して来たなどといえるのか」

(かれはきょうじょのつきそいのおすぎにむかって、じぶんがらんぽうをほんしきにまなんできたとか、)

彼は狂女の付添いのお杉に向かって、自分が蘭方を本式に学んで来たとか、

(きょじょうなどのしらないちりょうほうをしっているなどと、)

去定などの知らない治療法を知っているなどと、

(いいきになってじまんしたことをおもいだし、)

いい気になって自慢したことを思いだし、

(ぞっとして、あたまをふりながらうめきごえをあげた。)

ぞっとして、頭を振りながら呻き声をあげた。

(のぼるはひるめしをたべなかった。)

登は午飯(ひるめし)をたべなかった。

(もりはんだゆうがへやをのぞきにきて、いっしょにしょくじをしようといったが、)

森半太夫が部屋を覗きに来て、いっしょに食事をしようと云ったが、

(のぼるはねころんだままでことわった。まだむねがむかむかして、)

登は寝ころんだままで断わった。まだ胸がむかむかして、

など

(しょくよくなどはまったくなかったのである。)

食欲などはまったくなかったのである。

(「たべておくほうがいいんですがね」とはんだゆうはいった、)

「たべておくほうがいいんですがね」と半太夫は云った、

(「ごごからにいでせんせいががいしんにつれてゆくといっておられましたよ」)

「午後から新出先生が外診に伴れてゆくと云っておられましたよ」

(「がいしんですって」)

「外診ですって」

(「ちりょうにまわることです」とはんだゆうがいった、)

「治療にまわることです」と半太夫が云った、

(「ことによるとかえりはよるになりますよ」のぼるはだまった。)

「ことによると帰りは夜になりますよ」登は黙った。

(「ろくすけというろうじんはしにました」とはんだゆうはいいしょうじをしめてさった。)

「六助という老人は死にました」と半太夫は云い障子を閉めて去った。

(あかひげのがいしんにはふたつあった。いちはまねかれたもので、しょこうやふごうのかんかがおおく、)

赤髯の外診には二つあった。一は招かれたもので、諸侯や富豪の患家が多く、

(ほかのいちはまずしいひとたちのせりょうであった。)

他の一は貧しい人たちの施療であった。

(ーーぞくにせやくいんともいわれた「こいしかわようじょうしょ」は、)

ーー俗に施薬院ともいわれた「小石川養生所」は、

(もとよりまずしいびょうにんをむりょうでしんさつしちりょうするのがもくてきであって、)

もとより貧しい病人を無料で診察し治療するのが目的であって、

(びょうじょうそのほかのじじょうによっては、かよいでなく、)

病状その他の事情によっては、かよいでなく、

(にゅうしょしてちりょうをうけられることもすでにしるしたとおりである。)

入所して治療を受けられることもすでに記したとおりである。

(それにもかかわらず、そういうせりょうをうけることをきらって、)

それにもかかわらず、そういう施療を受けることを嫌って、

(ちょうないのものややぬしなどがすすめても、)

町内の者や家主などがすすめても、

(どうしてもようじょうしょへこようとしないものがすくなくなかった。)

どうしても養生所へ来ようとしない者が少なくなかった。

(あかひげはそういうひとたちをたずねて、うむをいわさずしんさつし、)

赤髯はそういう人たちを訪ねて、うむを云わさず診察し、

(ちりょうしてまわるのであるが、しかも、かれらからかんしゃされたり、)

治療してまわるのであるが、しかも、かれらから感謝されたり、

(こういをもたれたりすることはすくない、というはなしを、のぼるはしばしばみみにしていた。)

好意をもたれたりすることは少ない、という話を、登はしばしば耳にしていた。

(「よろこばれないせりょうのおともか」とのぼるはくたびれたようにつぶやいた、)

「よろこばれない施療のお供か」と登はくたびれたようにつぶやいた、

(「しかしあんなしっぱいのあとでは、ことわるわけにもいかないだろう、)

「しかしあんな失敗のあとでは、断わるわけにもいかないだろう、

(もちろんことわってしょうちするあかひげでもないだろうが」)

もちろん断わって承知する赤髯でもないだろうが」

(ひるめしからはんときほどたって、はんだゆうがまたしらせにき、)

午飯から半刻ほど経って、半太夫がまた知らせに来、

(のぼるはきょじょうのともをしてでかけた。)

登は去定の供をしてでかけた。

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