山本周五郎 赤ひげ診療譚 駈込み訴え 11
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | zero | 6418 | S | 6.6 | 97.1% | 509.3 | 3367 | 98 | 67 | 2024/11/18 |
2 | pechi | 5014 | B+ | 5.8 | 86.9% | 585.3 | 3452 | 517 | 67 | 2024/11/20 |
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問題文
(おくにはさんじゅうにだといったが、どうしてもしじゅういかにはみえなかった。)
おくには三十二だといったが、どうしても四十以下にはみえなかった。
(ひとたばねにしてわらしべでむすんでいるかみのけは、)
ひと束ねにして藁蕊(わらしべ)で結んでいる髪の毛は、
(なかばはいいろですこしもつやがなく、やせてほねばったかおはあおぐろく、)
半ば灰色で少しも艶がなく、痩せて骨ばった顔は蒼黒く、
(ひふはかさかさにかわいているうえにしわだらけであった。)
皮膚はかさかさに乾いているうえに皺だらけであった。
(ーーふるぎれをつぎあわせてつくったあわせに、)
ーー古切(ふるぎれ)を継ぎ合わせて作った袷(あわせ)に、
(やはりつぎはぎだらけのはんはばおびをしめているが、)
やはり継ぎはぎだらけの半幅帯をしめているが、
(それはどんなこじきよりもあさましくみじめにみえた。)
それはどんな乞食よりもあさましくみじめにみえた。
(きょじょうのいきごみにもかかわらず、おくにはただぼうとしたかおで、)
去定のいきごみにもかかわらず、おくにはただぼうとした顔で、
(へんじもせずにすわっていた。そこのぬけたとっくりのようだな、とのぼるはおもった。)
返辞もせずに坐っていた。底の抜けた徳利のようだな、と登は思った。
(からだのかたちはあるがなかみはなにもない、)
躯(からだ)の形はあるが中身はなにもない、
(ぬけがら、といったふうにかんじられた。)
ぬけがら、といったふうに感じられた。
(「おまえかわれ、やすもと」ときょじょうはやがてこんをきらしていった、)
「おまえ代れ、保本」と去定はやがて根(こん)を切らして云った、
(「おれはちょっとおかのにあってくる」)
「おれはちょっと岡野に会って来る」
(そしてかれはでていった。)
そして彼は出ていった。
(のぼるはしんだろくすけのことをかんがえた。それからかしわやにいるこどもたち。)
登は死んだ六助のことを考えた。それから柏屋にいる子供たち。
(そふとまご。そふはせりょうじょでひとりでしに、)
祖父と孫。祖父は施療所で一人で死に、
(こどもたちはみしらぬきちんはたごでふるえている。)
子供たちは見知らぬ木賃旅籠でふるえている。
(のぼるはそのことをおもい、こどもたちのはなしからはじめた。)
登はそのことを思い、子供たちの話から始めた。
(すると、おくにはきゅうにみぶるいをし、めをおおきくみひらいた。)
すると、おくには急に身ぶるいをし、眼を大きくみひらいた。
(「あのこたちはぶじですか」とおくにはどもりながらきいた、)
「あの子たちは無事ですか」とおくには吃りながら訊いた、
(「おじいさんにひきとってもらえたでしょうか」)
「お祖父(じい)さんに引取ってもらえたでしょうか」
(のぼるはろくすけのしとこどもたちのことをつげた。)
登は六助の死と子供たちのことを告げた。
(ろくすけはかねをのこしてしんだし、きょじょうはかならずおくにをたすけるであろう。)
六助は金を残して死んだし、去定は必ずおくにを助けるであろう。
(またしょうらいのこともめんどうをみるはずだから、くわしいじじょうをはなすがいいといった。)
また将来のことも面倒をみる筈だから、詳しい事情を話すがいいと云った。
(「おとっさんは、なくなりましたか」おくにはぼんやりとつぶやいた。)
「お父(とっ)さんは、亡くなりましたか」おくにはぼんやりとつぶやいた。
(くちからことばがこぼれおちたというかんじで、そのままちんもくし、)
口から言葉がこぼれ落ちたという感じで、そのまま沈黙し、
(かなりながいことぼうぜんとちゅうをみまもっていたが、やがてひくいこえでといかけた、)
かなりながいこと茫然と宙を見まもっていたが、やがて低い声で問いかけた、
(「くるしんだでしょうか」)
「苦しんだでしょうか」
(のぼるはくびをふった、「いや、あんらくなしにかただった」)
登は首を振った、「いや、安楽な死にかただった」
(おくにはしょうてんのきまらないめで、ぼんやりとのぼるをながめていたが、)
おくには焦点のきまらない眼で、ぼんやりと登を眺めていたが、
(やがてちからのない、きのぬけたようなちょうしでかたりだした。)
やがて力のない、気のぬけたような調子で語りだした。
(のぼるにはなすというよりも、じぶんだけでひとりごとをいっているようなくちぶりだったし、)
登に話すというよりも、自分だけで独り言を云っているような口ぶりだったし、
(そこにのぼるがいることも、いしきからとおのいてゆくらしい。)
そこに登がいることも、意識から遠のいてゆくらしい。
(ちょうどきょじょうがもどってきたので、のぼるがめくばせをし、きょじょうはだまってすわったが、)
ちょうど去定が戻って来たので、登が眼くばせをし、去定は黙って坐ったが、
(おくにはそれさえきがつかないようすだった。)
おくにはそれさえ気がつかないようすだった。
(おくにはろくすけのひとりむすめだったが、みっつのとしからじゅっさいになるまで、)
おくには六助の一人娘だったが、三つの年から十歳になるまで、
(たまがわざいののうかへさとごにやられた。とおのときちちおやにひきとられ、)
多摩川在の農家へ里子にやられた。十のとき父親に引取られ、
(にねんばかりいっしょにくらしたが、そこへうみのははがあらわれて、)
二年ばかりいっしょに暮したが、そこへ生みの母があらわれて、
(おくにをつれだしてしまった。)
おくにを伴(つ)れ出してしまった。
(ーーあとになってからわかったのであるが、)
ーーあとになってからわかったのであるが、
(はははろくすけのわかいでし(それがとみさぶろうであった)とつうじてしゅっぽんし、)
母は六助の若い弟子(それが富三郎であった)と通じて出奔し、
(そのためおくにはさとごにやられた。しかし、ははおやはやがておくにがほしくなり、)
そのためおくには里子にやられた。しかし、母親はやがておくにが欲しくなり、
(じゅうにさいになったおくにをひそかによびだして、)
十二歳になったおくにをひそかに呼びだして、
(そのままつれてにげたのであった。)
そのまま伴れて逃げたのであった。
(「あたしはははおやのあじをしらなかったし、)
「あたしは母親の味を知らなかったし、
(ちょうどははおやのほしいとしごろでした」とおくにはいった、)
ちょうど母親の欲しい年ごろでした」とおくには云った、
(「あたしがおまえのうみのははだといわれ、)
「あたしがおまえの生みの母だと云われ、
(いっしょにきておくれといわれたときには、)
いっしょに来ておくれと云われたときには、
(ーーええ、あたしにはいやもおうもありませんでした、)
ーーええ、あたしには否(いや)も応もありませんでした、
(うれしくって、ゆめでもみているようなきもちでいっしょについてゆきました」)
うれしくって、夢でもみているような気持でいっしょについてゆきました」
(はははとみさぶろうをしんるいのものだといった。)
母は富三郎を親類の者だといった。
(おくにはむろんそれをしんじた。)
おくにはむろんそれを信じた。
(かれらはきょうばしのすみやがしにすんでいたが、)
かれらは京橋の炭屋河岸に住んでいたが、
(ろくすけのみせがにほんばしまきちょうにあったので、)
六助の店が日本橋槇町(まきちょう)にあったので、
(しばのかみやちょううらへうつり、そこでちいさなあらものやをはじめた。)
芝の神谷町裏へ移り、そこで小さな荒物屋をはじめた。
(しかしみせをやるのはとみさぶろうで、ははおやはかよいのちゃやぼうこうにでていた。)
しかし店をやるのは富三郎で、母親はかよいの茶屋奉公に出ていた。
(ーーこれもあとでしったことだが、ははとしゅっぽんしたとき、)
ーーこれもあとで知ったことだが、母と出奔したとき、
(とみさぶろうはじゅうしちだったそうで、はははななつもとしうえだったから、)
富三郎は十七だったそうで、母は七つも年上だったから、
(それいらいずっとおとこをやしなってきたものらしく、)
それ以来ずっと男をやしなって来たものらしく、
(そのためとみさぶろうはなまけぐせがみについてしまったのだろう、)
そのため富三郎は怠け癖が身についてしまったのだろう、
(おくにがいっしょになってからは、みせばんをおくににまかせて、)
おくにがいっしょになってからは、店番をおくにに任せて、
(いちにちじゅうあそびあるいたり、ひるからさけをのんでごろねをする、)
一日じゅう遊び歩いたり、昼から酒を飲んでごろ寝をする、
(というふうであった。)
というふうであった。
(ははととみさぶろうのかんけいを、おくにはまったくしらなかった。)
母と富三郎の関係を、おくにはまったく知らなかった。
(たんじゅんにしんるいのものだとおもい、それにしてもなぜはたらかないのか、)
単純に親類の者だと思い、それにしてもなぜ働かないのか、
(どうしてぶらぶらあそんでいるのか、なぜはははそれをだまってみているのか。)
どうしてぶらぶら遊んでいるのか、なぜ母はそれを黙って見ているのか。
(そんなことがふにおちないだけであった。)
そんなことが腑におちないだけであった。