山本周五郎 赤ひげ診療譚 駈込み訴え 12

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プレイ回数695難易度(4.2) 1813打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作短編です。
赤ひげ診療譚の第二話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 zero 6573 S+ 6.7 98.0% 271.4 1821 37 39 2024/11/18

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問題文

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(いちねんちかくたって、おくにがひとりでみせばんをしていると、)

一年ちかく経って、おくにが独りで店番をしていると、

(ふいにちちおやがはいってきた。)

ふいに父親がはいって来た。

(おくにはそれがちちおやだとしって、にげようとおもったが、)

おくにはそれが父親だと知って、逃げようと思ったが、

(おそろしさのあまりみうごきができなかった。)

怖ろしさのあまり身動きができなかった。

(「おとっさんはあたしに、うちへかえろうといいました、)

「お父っさんはあたしに、うちへ帰ろうと云いました、

(いまでもおぼえています、おとっさんはあおいかおをして、)

いまでも覚えています、お父っさんは蒼(あお)い顔をして、

(むりやりにやさしくわらいかけながら、いっしょにかえってくれ、)

むりやりにやさしく笑いかけながら、いっしょに帰ってくれ、

(おくに、おまえはおれのだいじな、たったひとりのむすめだって、ーー」)

おくに、おまえはおれの大事な、たった一人の娘だって、ーー」

(おくにのこえはほそくなり、ひどくふるえをおびた、)

おくにの声は細くなり、ひどくふるえを帯びた、

(「おれのだいじな、たったひとりのむすめだって」)

「おれの大事な、たった一人の娘だって」

(かのじょのめからなみだがこぼれおちた。)

彼女の眼から涙がこぼれ落ちた。

(だが、おくにはそれをふこうともせず、こぼれおちるままにしてかたりつづけた。)

だが、おくにはそれを拭こうともせず、こぼれ落ちるままにして語り続けた。

(ちちおやのようすをみて、おくにのきょうふはさった。)

父親のようすを見て、おくにの恐怖は去った。

(かのじょはもうじゅうさんになっていたのだ。)

彼女はもう十三になっていたのだ。

(みっつのとしからさとごにやられて、いっしょにくらしたのはにねんほどである。)

三つの年から里子にやられて、いっしょに暮したのは二年ほどである。

(おやこというあいじょうも、まだはっきりとはかんじていなかった。)

親子という愛情も、まだはっきりとは感じていなかった。

(ーーいやです、あたしおっかさんといっしょにいます。)

ーーいやです、あたしおっ母さんといっしょにいます。

(おくにははっきりそういった。)

おくにははっきりそう云った。

(ろくすけはしばらくおくにをみまもっていたが、)

六助は暫くおくにを見まもっていたが、

(ではなにかこまったことがあったらおいで、)

ではなにか困ったことがあったらおいで、

など

(おまえのためならどんなことでもしてやるから、そういってたちさった。)

おまえのためならどんなことでもしてやるから、そう云ってたち去った。

(おくにはそのことをははにもとみさぶろうにもだまっていた。)

おくにはそのことを母にも富三郎にも黙っていた。

(ちちはもうにどとこないだろうとおもったから、)

父はもう二度と来ないだろうと思ったから、

(ーーじじつ、それからじゅうねんも、ろくすけはすがたをみせなかった。)

ーー事実、それから十年も、六助は姿をみせなかった。

(そしておくにはじゅうろくのなつ、ははにしいられてとみさぶろうとふうふになった。)

そしておくには十六の夏、母にしいられて富三郎と夫婦になった。

(じぶんではいやでたまらなかったが、ははにないてくどかれた。)

自分ではいやでたまらなかったが、母に泣いてくどかれた。

(ーーそうしなければおっかさんといっしょにいられなくなるんだから。)

ーーそうしなければおっ母さんといっしょにいられなくなるんだから。

(おっかさんのためだとおもってしょうちしておくれ、そうくりかえしてときふせられた。)

おっ母さんのためだと思って承知しておくれ、そう繰り返して説き伏せられた。

(おくにはきもちがよほどおくてだったのだろう、ふうふとはどういうものか、)

おくには気持がよほどおくてだったのだろう、夫婦とはどういうものか、

(よくしらないままでとみさぶろうのつまになった。)

よく知らないままで富三郎の妻になった。

(そうして、うちのなかがあれだした。)

そうして、うちの中が荒れだした。

(もちろんめずらしいはなしではない。)

もちろん珍らしい話ではない。

(ははおやはおくにとふうふにすることで、とみさぶろうをつなぎとめようとしたのだ。)

母親はおくにと夫婦にすることで、富三郎を繋ぎ留めようとしたのだ。

(もうしじゅうちかいとしになって、)

もう四十ちかい年になって、

(こののちかれのほかにたよるおとこができようともおもえない。)

こののち彼のほかに頼る男ができようとも思えない。

(かのじょにとってはそれがゆいいつのしゅだんだったのである。)

彼女にとってはそれが唯一の手段だったのである。

(けれども、おんなとしてせいじゅくのさかりにあったかのじょは、おとこをつなぎとめたとどうじに、)

けれども、女として成熟のさかりにあった彼女は、男を繋ぎ留めたと同時に、

(はげしいしっとになやまなければならなくなった。)

激しい嫉妬に悩まなければならなくなった。

(おくにはそのことをかたった。)

おくにはそのことを語った。

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