山本周五郎 赤ひげ診療譚 駈込み訴え 13

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プレイ回数746難易度(4.3) 2992打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作短編です。
赤ひげ診療譚の第二話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 pechi 6196 A++ 6.8 90.9% 445.4 3067 307 61 2024/11/21

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問題文

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(とみさぶろうとふうふになってから、まるにねんたったふゆのあるよる、)

富三郎と夫婦になってから、まる二年経った冬の或る夜、

(ーーおくにはかれとははおやとのなかをはじめてしった。)

ーーおくには彼と母親との仲を初めて知った。

(かみやちょうのそのいえは、みせのおくにろくじょうがひとまあるだけで、)

神谷町のその家は、店の奥に六帖が一と間あるだけで、

(ふうふとははおやとはまくらびょうぶをへだててねていた。)

夫婦と母親とは枕屏風を隔てて寝ていた。

(そのころになっても、おくにはねやごとがまだわからず、)

そのころになっても、おくには寝屋ごとがまだわからず、

(ただいとわしいのをがまんしているだけであった。)

ただ厭(いと)わしいのをがまんしているだけであった。

(そのよるもおなじことのあとで、だが、いつものようにすぐにはねむれず、)

その夜も同じことのあとで、だが、いつものようにすぐには眠れず、

(しんにひのもえているようなからだと、)

芯(しん)に火の燃えているような躯と、

(いらだたしくさえたきもちをもてあましていると、)

苛だたしく冴えた気持をもてあましていると、

(やがて、とみさぶろうをよぶははのこえがした。)

やがて、富三郎を呼ぶ母の声がした。

(ーーかれはよくねむっており、はははにど、さんどとよんだ。)

ーー彼はよく眠っており、母は二度、三度と呼んだ。

(おくにはみをちぢめ、いきをころしていた。)

おくには身をちぢめ、息をころしていた。

(するとははがしのんできて、かれをゆりおこし、かれはねぼけたこえをあげたが、)

すると母が忍んで来て、彼をゆり起こし、彼はねぼけた声をあげたが、

(したうちをしておきあがった。)

舌打ちをして起きあがった。

(おくにはやはりいきをころしたまま、やぐのなかでみをちぢめていた。)

おくにはやはり息をころしたまま、夜具の中で身をちぢめていた。

(そしてまもなく、おくにはきがついたのだ。)

そしてまもなく、おくには気がついたのだ。

(ははののどからもれるそのこえは、はじめてきいたのではない、)

母の喉からもれるその声は、初めて聞いたのではない、

(これまでいくじゅったびとなく、ゆめうつつのなかできいたおぼえがある。)

これまで幾十たびとなく、夢うつつのなかで聞いた覚えがある。

(きりきりとはがみをするおと、のどでかすれるあえぎ、)

きりきりと歯がみをする音、喉でかすれる喘(あえ)ぎ、

(くもんするようなうめきなど、なかばねむりながらいくじゅったびとなくきき、)

苦悶するような呻きなど、半ば眠りながら幾十たびとなく聞き、

など

(はははゆめをみているのだ、うなされているのだ、などとおもったものであった。)

母は夢をみているのだ、うなされているのだ、などと思ったものであった。

(ーーしかしそのよる、おくにはすべてのことをしった。)

ーーしかしその夜、おくにはすべてのことを知った。

(ははとかれのかんけいもわかったし、にねんこのかた、りゆうもなくははがおこったり、)

母と彼の関係もわかったし、二年このかた、理由もなく母が怒ったり、

(じぶんにあたりちらしたりするわけもわかった。)

自分に当りちらしたりするわけもわかった。

(とみさぶろうにはすこしもあいじょうをもっていなかったので、)

富三郎には少しも愛情をもっていなかったので、

(しっとなどはまったくかんじなかったが、けがらわしさとえんおとで、)

嫉妬などはまったく感じなかったが、けがらわしさと厭悪(えんお)とで、

(とつぜんはげしいはきけにおそわれ、やぐからでるひまもなくおうとした。)

とつぜん激しい吐きけにおそわれ、夜具から出る暇もなく嘔吐した。

(そこまではなすと、おくには「う」といって、りょうてでかたくくちをおさえた。)

そこまで話すと、おくには「う」といって、両手で固く口を押えた。

(おそらくそのときのきおくがよみがえって、またはきけをもよおしたものであろう、)

おそらくそのときの記憶がよみがえって、また吐きけを催したものであろう、

(しっかりとくちをおさえたまま、かなりながいことじっとしていた。)

しっかりと口を押えたまま、かなり長いことじっとしていた。

(「そのはなしはもういい」ときょじょうがいった、「ははおやはどうしたのだ」)

「その話はもういい」と去定が云った、「母親はどうしたのだ」

(おくにはくちからてをはなして、ぼんやりときょじょうをみた。)

おくには口から手をはなして、ぼんやりと去定を見た。

(「しにました」おくにはけだるそうにこたえた、)

「死にました」おくにはけだるそうに答えた、

(「そのことがあってからすぐに、うちをでて、)

「そのことがあってからすぐに、うちを出て、

(すみこみのちゃやぼうこうにはいったんです」)

住込みの茶屋奉公にはいったんです」

(おくにはにじゅうさんさいでともをうんだ。)

おくには二十三歳でともを産んだ。

(そのはんとしまえにはははしんだのであるが、しにめにはあわなかった。)

その半年まえに母は死んだのであるが、死に目には会わなかった。

(きとくだとしらせたとみさぶろうは、ははがおくににはあいたくない、)

危篤だと知らせた富三郎は、母がおくにには会いたくない、

(きてもあわないといっている、とつげた。おくにはそうかとおもった。)

来ても会わないと云っている、と告げた。おくにはそうかと思った。

(ーーうちをでていってからごねんちかいあいだ、はははいちどもかえってこず、)

ーーうちを出ていってから五年ちかいあいだ、母はいちども帰って来ず、

(どこにいるかもわからなかった。)

どこにいるかもわからなかった。

(だがとみさぶろうとのなかはつづいていたらしい、かれはしばしばよそでとまるようになり、)

だが富三郎との仲は続いていたらしい、彼はしばしばよそで泊るようになり、

(みっかもうちをあけることさえあった。)

三日もうちをあけることさえあった。

(あらもののしょうあきないではくらしもたたないので、)

荒物の小あきないでは暮しもたたないので、

(おくにはじゅうしちはちのころからちんしごとをするようになったし、)

おくには十七八のころから賃仕事をするようになったし、

(ははのかせぎとあわせてかつかつにやってきた。)

母の稼ぎと合わせてかつかつにやって来た。

(ーーしたがって、ははがさったあとはかけいがつまるいっぽうであるのに、)

ーーしたがって、母が去ったあとは家計が詰まる一方であるのに、

(とみさぶろうはかくべつふへいもいわないし、)

富三郎はかくべつ不平も云わないし、

(ときにはいくらかのぜにをよこすこともあった。)

ときには幾らかの銭をよこすこともあった。

(ーーとっておきな、ゆうべともだちといたずらをして、すこしばかりかったんだ。)

ーー取っておきな、ゆうべ友達といたずらをして、少しばかり勝ったんだ。

(かれはそんなふうにいうが、おくにはかれがははとあったこと、)

彼はそんなふうに云うが、おくには彼が母と逢ったこと、

(それはははのかせいだものだということをさっしていた。)

それは母の稼いだものだということを察していた。

(ははにはそれほどかれがだいじだったのだ。)

母にはそれほど彼が大事だったのだ。

(だからしぬときもかれだけにみとってもらいたいのであろう、おくににあえば、)

だから死ぬときも彼だけにみとってもらいたいのであろう、おくにに会えば、

(みれんとしっととで、しにきれないおもいをする。)

みれんと嫉妬とで、死にきれない思いをする。

(それがじぶんでわかっているのだ、とおくにはおもった。)

それが自分でわかっているのだ、とおくには思った。

(「あたしはそうしきにもいきませんでした、)

「あたしは葬式にもいきませんでした、

(いまでも、おはかがどこにあるのかさえしりません」とおくにはいった、)

いまでも、お墓がどこにあるのかさえ知りません」とおくには云った、

(「くようしてもおっかさんはよろこばないでしょうから、)

「供養してもおっ母さんはよろこばないでしょうから、

(ぶつだんもこしらえませんでした、たましいがあるとすれば、)

仏壇も拵(こしらえ)ませんでした、たましいがあるとすれば、

(おっかさんはいまでもあたしをにくんでいるとおもいます」)

おっ母さんはいまでもあたしを憎んでいると思います」

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