山本周五郎 赤ひげ診療譚 駈込み訴え 14
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | pechi | 4970 | B | 5.9 | 86.3% | 436.4 | 2578 | 409 | 51 | 2024/11/21 |
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問題文
(のぼるはうしろくびがさむくなるようにかんじた、しんでからじゅうねんもたつははが、)
登はうしろ首が寒くなるように感じた、死んでから十年も経つ母が、
(いまでもじぶんをにくんでいるとおもうという、)
いまでも自分を憎んでいると思うという、
(のぼるにはりかいしがたいじょうちのつみのねぶかさ、)
登には理解しがたい情痴の罪の根深さ、
(もうしゅうのすさまじさといったものが、)
妄執(もうしゅう)のすさまじさといったものが、
(おくにのひょうげんがむぞうさであるだけよけいに、)
おくにの表現がむぞうさであるだけよけいに、
(まざまざとあらわれているようにおもえた。)
まざまざとあらわれているように思えた。
(おくにはなおはなしつづけていたが、やがてきょじょうはそれをさえぎった。)
おくにはなお話し続けていたが、やがて去定はそれを遮った。
(「そこからあとのことはしっている」ときょじょうはいった、)
「そこからあとのことは知っている」と去定は云った、
(「ろくすけはおまえにたよりをしていたのだな」)
「六助はおまえに便りをしていたのだな」
(「ええ、おっかさんがしんでからまもなく、かみやちょうのうちへきました」)
「ええ、おっ母さんが死んでからまもなく、神谷町のうちへ来ました」
(とおくにがこたえた。)
とおくにが答えた。
(「そのときはじめて、あのひとがおとっさんのでしで、)
「そのとき初めて、あの人がお父っさんの弟子で、
(おっかさんとわるいことをしてにげた、ということをきいたんです、)
おっ母さんと悪いことをして逃げた、ということを聞いたんです、
(おとっさんはおれといっしょにこい、といってくれました、)
お父っさんはおれといっしょに来い、と云ってくれました、
(あんなおとこといるとかならずなくようになる、いまのうちにここをでて、)
あんな男といると必ず泣くようになる、いまのうちにここを出て、
(おれといっしょにくらそうって、ーーあたしは、わざとじゃけんに、)
おれといっしょに暮そうって、ーーあたしは、わざと邪慳(じゃけん)に、
(ことわりました、いやです、あたしのことはほっといてくださいって」)
断わりました、いやです、あたしのことは放っといて下さいって」
(おくにはみごもっていたが、とみさぶろうにあいじょうをもってはいなかった。)
おくには身ごもっていたが、富三郎に愛情をもってはいなかった。
(かのじょはただ、ちちのせわにはなれない、せわになってはすまない、)
彼女はただ、父の世話にはなれない、世話になっては済まない、
(それではかみほとけもゆるすまいとおもった。)
それでは神ほとけも赦(ゆる)すまいと思った。
(「あたしはそうおもいました、おっかさんがあのひととにげたとき、)
「あたしはそう思いました、おっ母さんがあの人と逃げたとき、
(そして、あたしがおっかさんにつれだされ、よびもどしにこられてことわったとき、)
そして、あたしがおっ母さんに伴れだされ、呼び戻しに来られて断わったとき、
(ーーおとっさんはどんなきもちだったろうかって、どんなにかなしい、)
ーーお父っさんはどんな気持だったろうかって、どんなに悲しい、
(つらいおもいをしたろうかって、おもいました」)
辛いおもいをしたろうかって、思いました」
(おくにはとみさぶろうにいって、かなすぎのほうへひっこした。)
おくには富三郎に云って、金杉のほうへ引越した。
(そこでともをうみ、すけぞうをうんだ。)
そこでともを産み、助三を産んだ。
(するとまたちちがさがしあててき、いくらかのぎんをおいてさった。)
するとまた父が捜し当てて来、幾らかの銀を置いて去った。
(そのときちちは、まきちょうのみせをたたんだこと、もしなにかあったら、)
そのとき父は、槇町の店をたたんだこと、もしなにかあったら、
(でんづういんうらのかしわやというはたごへしらせろ、ということをつげたのだという。)
伝通院裏の柏屋という旅籠へ知らせろ、ということを告げたのだという。
(ーーおれはもうしごとをするはりもない、なにもかもつまらない、)
ーーおれはもう仕事をする張りもない、なにもかもつまらない、
(おれのいっしょうはつまらないもんだった。)
おれの一生はつまらないもんだった。
(ろくすけはそういいのこしていった。)
六助はそう云い残して行った。
(のぼるはかしわやできいたはなしをおもいだした。)
登は柏屋で聞いた話を思いだした。
(にじゅうねんほどまえからときどきあらわれ、なにをするともなくとまってゆき、)
二十年ほどまえからときどきあらわれ、なにをするともなく泊ってゆき、
(またときをおいてとまりにきたという。)
またときをおいて泊りに来たという。
(それはろくすけがかみやちょうのいえで、おくにからすげなくきょぜつされたころとふごうする。)
それは六助が神谷町の家で、おくにからすげなく拒絶されたころと符合する。
(ーーかれにはせけんからも、じぶんからさえもかくれたくなることがあったのだろう。)
ーー彼には世間からも、自分からさえも隠れたくなることがあったのだろう。
(あのばすえのさびれたまちの、ふるくてくらいきちんはたごは、)
あの場末のさびれた町の、古くて暗い木賃旅籠は、
(そういうときのかれにとってもかっこうだったのだ。)
そういうときの彼にとっても恰好だったのだ。
(のぼるにはそれがめにうかぶようにおもえた。)
登にはそれが眼にうかぶように思えた。
(まきえしとしてえどじゅうにしられたなもわすれ、)
蒔絵師として江戸じゅうに知られた名も忘れ、
(つくったしなをごさんけにかいあげられるほどのうでもすて、)
作った品を御三家に買いあげられるほどの腕も捨て、
(みしらぬひとりのろうじんとしてやすやどにとまり、うらぶれたきゃくたちのなかで、)
見知らぬ一人の老人として安宿に泊り、うらぶれた客たちの中で、
(かれらのはなしをききながらだまってさけをのむ。)
かれらの話を聞きながら黙って酒を飲む。
(ーーそうだ、とのぼるはこころのなかでつぶやいた。)
ーーそうだ、と登は心の中でつぶやいた。
(そういうところでしかなぐさめられないほど、ろくすけのひたんやくるしみはふかかったのだ。)
そういうところでしか慰められないほど、六助の悲嘆や苦しみは深かったのだ。
(もっともくるしいといわれるびょうきにかかりながら、)
もっとも苦しいといわれる病気にかかりながら、
(りんじゅうまで、くつうのうめきすらもらさなかったのも、それまでにもっとふかく、)
臨終まで、苦痛の呻きすらもらさなかったのも、それまでにもっと深く、
(もっとねづよいくつうをけいけんしたためかもしれない。)
もっと根づよい苦痛を経験したためかもしれない。
(のぼるはそうおもい、めをつむりながらためいきをついた。)
登はそう思い、眼をつむりながら溜息をついた。
(「いいえ」とおくにがいっていた、「あたしはそうはおもいません」)
「いいえ」とおくにが云っていた、「あたしはそうは思いません」