人造人間事件2 海野十三

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人造人間事件/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(2)

2

(ほむらはあめにぬれてゆくせたけのたいへんちがっただんじょのあとをたくみにおっていった。)

帆村は雨に濡れてゆく背丈のたいへん違った男女の後を巧みに追っていった。

(ふたりはほりばたへでたが、じどうしゃにもあわず、そのままどんどんむこうへ)

二人は濠端へ出たが、自動車にも会わず、そのままドンドン向うへ

(あるいていった。そしてしんとみばしのうえにさしかかったとき、おんなははっとしたようすで)

歩いていった。そして新富橋の上にさしかかったとき、女はハッとした様子で

(たちどまった。おんなはむこうをゆびさした。「あら、まどにあかりがついているわ。)

立ち停った。女は向うを指した。「アラ、窓に灯がついているわ。

(だれもいないはずなのに」はしをこえて、ほりぞいにみぎへとっていったところに、)

誰もいない筈なのに」橋を越えて、濠添いに右へ取っていったところに、

(じんぞうにんげんのけんきゅうでしられたたけだはかせけんきゅうじょがそびえている。おんなはあきらかに)

人造人間の研究で知られた竹田博士研究所が聳えている。女は明らかに

(そのいえのまどをゆびさしているのだった。ふたりはいそぎあしとなった。そしていちど)

その家の窓を指しているのだった。二人は急ぎ足となった。そして一度

(おいこしたほむらを、またおいこしかえして、ほりばたをはしった。もんぜんちかくにまで)

追い越した帆村を、また追い越しかえして、濠端を駛った。門前ちかくにまで

(すすんだふたりだったけれど、なにをみたのかにわかにいそいでひきかえしてきた。ほむらは)

進んだ二人だったけれど、何を見たのか俄かに急いで引返してきた。帆村は

(めんくらった。しかしほんとうにめんくらったのはふたりのほうらしかった。おとこはおんなをうしろに)

面喰った。しかし本当に面喰ったのは二人の方らしかった。男は女を後に

(かばってつとほりばたにみをひいた。がいじんのおおきなこぶしがながいずぼんのかげにぶるぶると)

かばってツと濠端に身を引いた。外人の大きな拳が長いズボンの蔭にブルブルと

(うなっているのがわかった。ほむらはじろりといちべつしたまま、へいぜんとふたりのまえを)

呻っているのが判った。帆村はジロリと一瞥したまま、平然と二人の前を

(とおりすぎた。かれはうしろのほうで、ふかいふたつのといきのするのをきいた。)

通りすぎた。彼は後の方で、深い二つの吐息のするのを聞いた。

(ほむらはかまわず、たけだはかせけんきゅうじょのもんぜんにちかづいた。いしだんのうえに、げんかんのとびらが)

帆村は構わず、竹田博士研究所の門前に近づいた。石段の上に、玄関の扉が

(あけはなしになっていて、そのおくにはでんとうがひとつ、こうりょうたるひかりをなげていた。)

開け放しになっていて、その奥には電灯が一つ、荒涼たる光を投げていた。

(しかしひとかげはない。かれはかまわずいしだんをのぼっていった。いしだんをのぼりきったと)

しかし人影はない。彼は構わず石段をのぼっていった。石段を上りきったと

(おもったら、「こらっ」とだいかついっせい、へいのかげからはいけんをならしてとびだしてきた)

思ったら、「こらッ」と大喝一声、塀のかげから佩剣を鳴らして飛びだしてきた

(ひとりのけいかん!ほむらのくびったまをぎゅっとおさえつけた、ぼうしがまえにすっとんだ。)

一人の警官!帆村の頸っ玉をギュッとおさえつけた、帽子が前にすっ飛んだ。

(「まあまってください。ほむらですよ」「なんだ、ほむらだとお。ーー」)

「まあ待って下さい。帆村ですよ」「なんだ、帆村だとオ。ーー」

など

(けいかんはおどろいてかれのかおをのぞきこんで「ーーやあ、これはどうもしっけい。ほむらさん、)

警官は愕いて彼の顔を覗きこんで「ーーやあ、これはどうも失敬。帆村さん、

(ばかにかぎつけようがはやいじゃありませんか」「なあに、このへんはぼくの)

莫迦に嗅ぎつけようが早いじゃありませんか」「なアに、この辺は僕の

(なわばりなんでね」といってかれはわらった。ほむらりがくしといえばどうらくはんぶんに)

縄ばりなんでネ」といって彼は笑った。帆村理学士といえば道楽半分に

(しりつたんていをやっていることでけいかんなかまによくしれわたっていた。かれのがくしきを)

私立探偵をやっていることで警官仲間によく知れわたっていた。彼の学識を

(きそとするいっぷうかわったたんていほうはけんさつとうきょくにもちょうほうがられて、しばしばなんじけんの)

基礎とする一風変った探偵法は検察当局にも重宝がられて、しばしば難事件の

(おうえんにたのまれることがあった。かれはゆうめいなわるくちやで、じけんにきんちょうしている)

応援に頼まれることがあった。かれは有名な悪口家で、事件に緊張している

(したっぱのけいかんたちのあごをとくみょうほうをこころえていた。)

下ッ端の警官たちの頤を解く妙法を心得ていた。

(「ねえきみ。これはにげたふくろうでもとらえるえんしゅうしているのかね」)

「ねえ君。これは逃げた梟でも捕える演習しているのかネ」

(「じょうだんじゃありませんよ。ここのしゅじんがやられたんですよ」)

「冗談じゃありませんよ。ここの主人が殺られたんですよ」

(「ほう、たけだはかせさつがいじけんか。それにしてはいやにしずかだねえ。こくさいれんめいは)

「ほう、竹田博士殺害事件か。それにしてはいやに静かだねえ。国際連盟は

(おしいれからふとんでもだして、おそろいでひとねいりやっているのかね」)

押入から蒲団でもだして、お揃いで一と寝入りやっているのかネ」

(「じょ、じょうだんを・・・・・・」といっているところへ、おもてにじどうしゃのえんじんがたからかに)

「じょ、冗談を……」といっているところへ、表に自動車のエンジンが高らかに

(ひびいて、ほむらのいういわゆるこくさいれんめいいいんがどやどやとはいってきた。)

響いて、帆村のいう所謂国際連盟委員がドヤドヤと入ってきた。

(かりがねけんじ、おかよしんはんじ、おおえやまそうさかちょう、おびひろけいぶをはじめたすうの)

雁金検事、丘予審判事、大江山捜査課長、帯広警部をはじめ多数の

(かかりかんいっこうのかおがすっかりそろっていた。)

係官一行の顔がすっかり揃っていた。

(「お、ほむらくん、もうきていたか。でんわをかけたが、)

「お、帆村君、もう来ていたか。電話をかけたが、

(ゆくえふめいだということだったぞ」と、かりがねけんじが、かれのかたをたたいた。)

行方不明だということだったぞ」と、雁金検事が、彼の肩を叩いた。

(「いやきかんがたがごぞんじないうちに、うちのじょしゅにさつじんげんばをおしえとくのは)

「いや貴官がたが御存知ないうちに、うちの助手に殺人現場を教えとくのは

(しつれいだとおもいましてね」とほむらはあいさつをかえした。「さあ、はじめましょう」)

失礼だと思いましてネ」と帆村は挨拶を返した。「さあ、始めましょう」

(おおえやまかちょうはせんとうにたつと、いえのなかにはいっていった。ほむらもいちばんしんがりから)

大江山課長は先登に立つと、家の中に入っていった。帆村も一番殿りから

(ついていった。かいだんをふたつのぼると、さんかいがはかせのじっけんしつになっていた。)

ついていった。階段を二つのぼると、三階が博士の実験室になっていた。

(そこはだだっぴろいさんじっつぼばかりのへやだった。たくさんのきかいだながかべぎわに)

そこはだだっ広い三十坪ばかりの部屋だった。沢山の器械棚が壁ぎわに

(ならんでいた。すみにはちいさいてつこうじょうほどのこうぐきかいがすえつけてある。)

並んでいた。隅には小さい鉄工場ほどの工具機械が据えつけてある。

(それとはんたいのひがしがわのまどぎわにはむらさきいろのあついかーてんがはってあって、そのうえに)

それと反対の東側の窓ぎわには紫色の厚いカーテンが張ってあって、その上に

(おおきなしんだいがあり、そのうえにたけだはかせのざんしたいがうえをむいてよこたわっていた。)

大きな寝台があり、その上に竹田博士の惨死体が上を向いて横たわっていた。

(かかりかんは、はかせのしたいのまわりにいしゅうした。じつにみるもむざんなしにざまであった。)

係官は、博士の死体のまわりに蝟集した。実に見るも無惨な死にざまであった。

(がんめんはぐしゃぐしゃにおしつぶされ、にんそうどころのさわぎではなかった。)

顔面はグシャグシャに押し潰され、人相どころの騒ぎではなかった。

(もしあかいちにまみれいっぽんいっぽんぴんとたったあごひげのねもとに、ひとつかみほどの)

もし赤い血にまみれ一本一本ピンと立った頤髯の根もとに、ひとつかみほどの

(しらがをはっけんしなかったら、これをはかせとにんちするのがそうとうこんなんであったろう。)

白毛を発見しなかったら、これを博士と認知するのが相当困難であったろう。

(たけだはかせはねんしわずかによんじっさいであるのに、ぶしょうからきたあごひげをはやしていたが、)

竹田博士は年歯僅かに四十歳であるのに、不精から来た頤髯を生やしていたが、

(どういうものかそのくろいけにまじって、ちょうどあごのさきのところにまっしろなひとつかみの)

どういうものかその黒い毛に交って、丁度頤の先のところに真白なひとつかみの

(しらががみっせいしていることでゆうめいだった。)

白毛が密生していることで有名だった。

(ほむらは、たけだはかせのしたいをちょっとのぞいていただけで、まもなくきゅうしゅしている)

帆村は、竹田博士の死体をちょっと覗いていただけで、間もなく鳩首している

(かかりかんのそばをはなれた。そしてかれは、しつないをあらためてずーっとみまわしたのであった。)

係官の傍を離れた。そして彼は、室内を改めてズーッと見廻したのであった。

(そのときかれのめについたのは、きかいだなとならんでおおきなかんおけをかべぎわに)

そのとき彼の眼についたのは、器械棚と並んで大きな棺桶を壁ぎわに

(たてかけたようなはこのなかにおさまっているこうてつせいのじんぞうにんげんであった。それは)

立てかけたような函の中に納まっている鋼鉄製の人造人間であった。それは

(にんげんよりすこしせがたかくちゅうせいきのきしが、ふたまわりほどおおきいかっちゅうをきたような)

人間より少し背が高く中世紀の騎士が、ふたまわりほど大きい甲冑を着たような

(かっこうをしていて、なかなかりっぱなものであった。そしてあごのはったかおを)

恰好をしていて、なかなか立派なものであった。そして頤の張った顔を

(しょうめんにむけ、たかいはなをつんとまえにのばし、そのしたにきりこんだみかづきがたの)

正面に向け、高い鼻をツンと前に伸ばし、その下に切り込んだ三日月形の

(こうこうのおくにはこうせいきがみえ、それからつぶらなふたつのめはこうでんかんでできていた。)

口孔の奥には高声器が見え、それから円らな二つの眼は光電管でできていた。

(またりょうのみみは、むかしはやったらじおのらっぱのようにかおのそくめんにとりつけられ、)

また両の耳は、昔流行ったラジオのラッパのように顔の側面に取りつけられ、

(まえをむいたらっぱのくちにはくろいきれでおおいがしてあった。じんぞうにんげんにちかづいて、)

前を向いたラッパの口には黒い布で覆いがしてあった。人造人間に近づいて、

(しばらくみていると、どこからともなくぎりぎりぎりというひくいおとが)

しばらく見ていると、どこからともなくギリギリギリという低い音が

(しているのにきがついた。「おや」とおもったほむらは、こころみにじんぞうにんげんのこうてつばりの)

しているのに気がついた。「オヤ」と思った帆村は、試みに人造人間の鋼鉄張の

(むねに、みみをおしつけてみた。するとおどろいたことにひやりとするだろうと)

胸に、耳を押しつけてみた。すると愕いた事にヒヤリとするだろうと

(おもったてっぱんがなまあたたかく、そしてそのてっぱんのむこうにぎりぎりぎりという)

思った鉄板が生暖く、そしてその鉄板の向うにギリギリギリという

(なにかちいさいきかいがまわっているらしいおとをききとることができた。)

何か小さい器械が廻っているらしい音を聞きとることができた。

(「ほう、このじんぞうにんげんはいきているぞ」かれはめをみはって、あらためてこのじんぞうにんげんを)

「ほう、この人造人間は生きているぞ」彼は目を瞠って、改めてこの人造人間を

(ながめなおした。そのときかれは、じつにおどろくべきはっけんをしたのだった。)

眺めなおした。そのとき彼は、実に愕くべき発見をしたのだった。

(「あっ!ちだ、ちだっ。じんぞうにんげんのこぶしに、ちがいっぱいついている!」)

「呀ッ!血だ、血だッ。人造人間の拳に、血が一杯ついている!」

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